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第七章② フェルナンドとエドガー

 小型ガレオン船が静かに港に滑り込む。

 昼の光が水面をきらめかせ、木製の舷側に反射する。

 港は相変わらず人々の気配もなく、潮風だけが穏やかに漂っていた。

 甲板から降りるのは、エドガー・ロジャース、マテオ、ジャスパー、ニール、コリンの五人。

 小型ガレオン船の舷側に、エドガー・ロジャースがゆっくりと足を下ろす。

 エドガーが石畳に着地する瞬間、ソフィーの視線は釘付けになった。

 戦いの余韻は残るが、昼光に照らされた港での姿はまるで支配者が降臨したかのような威厳を放っている。

 エドガー・ロジャースの足音が石畳の港に低く響く。小型ガレオン船を降りたその瞬間から空気が変わった。彼の存在がこの穏やかな昼間の港に異質な影を落としていた。エドガーの動作は無駄がなく、計算され尽くした力強さを帯びている。昼光に照らされながらも威圧感を失わない。まるで周囲の風景をすべて自分の手中に収めたかのように見える。

 ソフィーは無意識に体を低くし、影に身を隠す。彼の目が港の隅々まで探っているように感じられ、少しでも動けば見抜かれるのではないかという緊張感が全身を貫く。胸の鼓動が波の音や石畳の軋みと呼応するように高鳴った。

 四人しかいない五鬼衆もまた、感情を押し殺したまま静かに続く。海賊の威圧と規律が混ざり合い、ソフィーには彼らの気配すら重荷のように感じられた。

 フェルナンドが数歩近づく。エドガーの視線が自然に彼に注がれ、二人は瞬時に距離を詰める。

 ソフィーの心は一気に緊張で固まった。

 フェルナンドとエドガー。その間に立つ時間が、港全体の空気を張り詰めさせる。

 エドガーはフェルナンドを見つめて微かに唇を歪める。その瞳は狡猾で計算高い光を放っていた。

「久しいな、フェルナンド」

 彼の声は柔らかくも笑みの端には狡猾さが潜み、単なる挨拶ではなく心理の掌握を試みるような挑発でもあった。フェルナンドの表情に微かな緊張が走るのをエドガーは見逃さない。わずかな眉の動き、呼吸の変化まで、すべて読み取ろうとする目だ。

 フェルナンドは一瞬、微かな苦笑を返す。

「迷惑をかけてすまなかった。まさか、思わぬ人に返り討ちにされるとはね」

 その視線がマテオに一瞬向かう。マテオは鼻を鳴らすだけで何も言わない。

「おいおい、仲間を疑うなよ」

 エドガーは淡々とした口調で言った。どうやらマテオがフェルナンドを負傷させた事実は知らないようだ。

「それで、何か収穫はあったか? まさか、あれだけ海軍にいて何もなかったとは言うなよ」

 フェルナンドはわずかに視線を落として考え込むように唇を噛んだ後、真っ直ぐにエドガーを見つめ返す。

「船長、エドガー海賊団に協力者がいるとは聞いてない。なぜ著名な王族が君に資金援助を?」

 問いかけるフェルナンドを前に、エドガーは軽く首を傾げる。思索と計算の間で、彼の瞳は絶えず揺れている。怒り、楽しみ、皮肉、すべてが混ざり合い、表情の奥底で蠢く。

「落ち着け、疑問には一個ずつ答えてやる」

 微笑みを浮かべながらも、その瞳は鋭くフェルナンドを穿つ。答える言葉の一つひとつが、心理的な罠を仕掛けるように練り込まれている。

 エドガーの内面では復讐心と策略が複雑に絡み合っていた。

 フランソワの死の悲しみ、旧ブルボン派との接触、資金援助による計画の拡張──それらすべてを思い返し、今ここでフェルナンドに情報を与えるタイミングを測る。

「まず協力者についてだがな、フランソワが死んですぐのことだ。トルチュ島でのバカンス中、手紙が届いた……旧ブルボン派とかいう連中からな」

 言葉の端々に、あえて真実と虚実を織り交ぜるエドガーの技巧。顔の表情は柔らかく、瞳は鋭く光り、相手の心理を試す。フェルナンドは眉をひそめた。

「ちゃんと、嘘偽りなく答えてくれ。……旧ブルボン派と、最初に接触したのはいつだ?」

 フェルナンドの問いに、エドガーはゆっくりと視線をそらし、波間に漂う光の反射を一瞬眺める。

「去年のことだ。サン・マロでな。あの金の腕輪が目印の、情報屋と名乗る男と会った時だ」

 口角を軽く上げ、狡猾な笑みを浮かべる。眼光は鋭く、記憶を呼び起こすたびに小さな炎が瞳の奥で揺れる。

「その時、ベルリオーズのことも知らされた。伝説の情報屋コルヴァンの末裔だとさ。もしブレストに来たら接触してみるといい、と」

 エドガーの言葉には皮肉も混ざる。計算高く、情報を操作する余裕を隠さず、態度はあくまで自然体。フェルナンドは眉を軽く寄せ、真剣に頷く。

 フェルナンドの声は低く、問いの間に少し震えが混じる。

「次に手紙を寄越されたのは?」

「トルチュ島で……バカンスしてた時だ。手紙にはフランソワが死んだと書かれていた。怒りで体が震えたな。あの時、マクシミリアンと海軍に復讐することを決めた」

 エドガーは軽く拳を握るが、表情は穏やかさを装う。内面で渦巻く憎悪や策略を、言葉の端にほのめかす程度で抑える。

「復讐だけが目的だったのか?」

 フェルナンドは鋭い目を逸らさず、エドガーの表情を探る。

「最初はな。標的もマクシミリアンだけだった。だが手紙には続きがあって、旧ブルボン派が資金援助を勧めてきたんだ。海上を統治する夢を描けるとね」

 エドガーの言葉の抑揚に、ほんの僅かの興奮が混ざる。計画が自己中心的に膨らんだことを皮肉交じりに自覚している様子だ。

「それで戦争を始めるつもりだったのか?」

 フェルナンドの問いに、エドガーは目を細めてわずかに頷く。

「そうだ。愚かだと知りつつも、計画は路線変更した。ただし、元水夫の中には支配に嫌悪感を抱く者もいる。だから戦争計画は伏せていた」

 エドガーが語る口調は平静だが、内面での計算と緊張は明確に表情の端に滲む。

「海軍の情報は?」

 フェルナンドの瞳は険しく、問いの中に警戒と疑念が混ざる。

「ベルリオーズとは、なんとか繋がりを留めていた。ここからはお前も周知の通り、奴を脅迫しつつ海軍の部隊や動向に関する情報を入手していた」

 エドガーの言葉はゆっくりと吐き出されるが、港の光に照らされた瞳には不敵な計算と自信が煌めく。

 フェルナンドは短く息を吐き、手がわずかに硬直する。顔に出るのは警戒心だけで、エドガーの心理の奥底まで読み取ることはできない。

 エドガー・ロジャースの息遣いは穏やかだが、胸の奥にわだかまる熱が微かに震えを帯びている。

「フランソワ……あいつを思い出すと今も胸が熱くなる。アイツと交わした約束、笑い声、荒波を切り裂いたあの瞬間……一生忘れはしない」

 エドガーは口元に力を込め、肩がわずかに動く。息を吐くたびに港の静寂をかき消すかのように荒々しい波の匂いが鼻をくすぐる。

「あいつが死んだと聞かされて……心の奥底で感じた絶望、海そのものに呑まれたような感覚——あの瞬間を、オレは忘れはしない」

 エドガーの瞳が鋭く光り、波間に反射する陽光が微かに赤く染まる。怒りと憎しみが渦巻き、潮風がその熱をさらに煽る。

「マクシミリアンや海軍……奴らへの恨みつらみ……受けた屈辱の数々。だが、それ以上にオレを奮い立たせたのは、あの夢だ。海を制する夢、海上統治の夢、オレたち海賊が真に自由である瞬間を掴む夢だ」

 潮風が吹き、エドガーの髪を乱し、背筋をくすぐる。彼の手のひらに微かに力が入り、視線は港の先、水平線の向こうに定まる。

「偉大な海賊の弔い合戦。三本の剣を掲げた誓いを果たす瞬間が、ついに現実になる。あの日、胸に刻んだ誇りと誓いを……遂に」

 エドガーは口元にわずかに笑みを浮かべ、息を深く吸い込む。港の静寂と波の音が、まるで自分の鼓動に同調しているかのように感じられる。

「オレたちは、束縛されることなく真の自由を手に入れる。海賊たちが一致団結する、その瞬間を……ついに、この手で迎えられる! オレたちの旗―三本の剣の誓いが、今まさに……」

 エドガーは言葉を閉じると港に静寂が戻る。

 フェルナンドは沈黙を守りつつ、表情だけで全てを受け止める。だがエドガーの独白は港の光や潮風、静寂の中に確実に刻まれ、波間に小さな火花のように残る。

 フェルナンドは背筋を伸ばし、右手に広がる海を横目にしながらも視線はエドガーに釘付けだった。

「その自由を追い求めた結果、どうなった?」

 彼の声には怒りと失望が混じるが、冷静さを保とうとする抑制も感じられた。

 フェルナンドの瞳は鋭くジャスパー、マテオ、ニール、コリンの順に視線を送る。

「まず、彼らを強引に引き入れたな」

 彼は言い放ち、続ける。

「ほぼ監禁と言ってもいい。いや、奴隷か」

 フェルナンドは視線を一瞬止めて、エドガーの顔に鋭く釘付けにする。言葉の刃が空気を切り裂くようだった。そして、今度は遠く海上でなお戦闘を繰り広げる海賊船団を指さす。まだ砲声が響き、混乱が続いている。

「そして、あんたの計画のために多くの海賊団が犠牲になった。今もそうだ」

 フェルナンドの指先と視線が船団に向かい、エドガーの胸に鋭い圧を生む。彼の目は真っ直ぐにエドガーを捉えた。

「海軍のお偉いさんに言われたよ」

 フェルナンドの口元に辛辣な影が走る。

「あんたの本音は、自由ではない。支配であると」

 エドガーの瞳がわずかに細まり、顔の筋肉が引きつる。二人の間にある数歩分の距離が言葉の重みで圧縮される。フェルナンドは一歩、わずかに前に踏み出す。

「あんたの理念に自由意志なんてものは最初から存在しない、と真っ向から斬りつけてきたよ。さすが英雄と言われた男。器の大きさを思い知ったね」

 フェルナンドの瞳は冷たく、炎のような激情も帯びていた。間合いはわずかに縮まり、両者の呼吸が互いに届く距離だ。エドガーは鋭く答えた。

「……言いたいことはそれだけか?」

 視線はフェルナンドから一瞬も逸れず、まるで次の瞬間の行動を読もうとする狩人のようだ。潮風が二人の間を吹き抜け、波が港に小さくぶつかる音が聞こえる。風に乗って、二人の呼吸や足音の微かな響きまでが際立つ。港の石畳は陽光に照らされ、波の反射がちらちらと揺れている。

 フェルナンドは数歩進んだところで足を止めた。

「船長。いや、エドガー・ロジャース」

 彼の声は澄んでいるが、静かな緊張が張りつめている。

「ボクは船を降りる」

 その場の空気が重くなっていく。

 ジャスパー、マテオ、ニール、コリン。それぞれが反応を飲み込み、表情を固くする。少し離れた樽の陰からソフィーも息を潜めて見ていた。

「限界だ。あんたを信頼してここまでやってこれたが、もう耐えられない。ボクは船を降りさせてもらう」

 フェルナンドの告白にエドガーの視線がわずかに細まり、口元に冷笑が浮かぶ。

「そうか、残念だな」

 エドガーの低い声が石畳に響く。その冷たさは港風よりも刺さる。

「なら、裏切り者は殺されるのが定めだ」

 突如、鞘鳴りとともに剣が閃き、陽光を反射して白く光った。刃は一気にフェルナンドへ。だが、フェルナンドはわずかに身をひねってかわし、上着の胸元だけが鋭く裂ける。布がはらりと風に舞った。

「貴様に会うためにここまで計画を練ってきたんだ。なのにその仕打ちか、恩知らずめ!」

 エドガーの声は剣先のように鋭い。フェルナンドはふっと笑みを見せる。

「どうせその計画も、そこの彼が考案したんだろ?」

 フェルナンドの視線の先、ニールが一歩前に出て英国紳士のように浅く礼をした。ソフィーは心臓の鼓動が耳の奥に響くのを必死で押し殺していた。

 エドガーの目が鋭く光った。

「オレが大人しく帰らせると思ったら大間違いだ」

 エドガーの刃が港の石畳に反射し、光の筋となってフェルナンドに迫る。何度も切り込んでくるが、フェルナンドは冷静に身体をひねらせ、刃をかわす。石畳を踏みしめる音と剣が交わる鋭い金属音だけが港に響いた。

 フェルナンドは最後の一太刀を受け流した瞬間、懐から短剣を取り出した。鍔迫り合いが始まり、二つの刃が火花のように交わる。

「しばらく会わない間に忘れたかい? ボクは、寝てる時もナイフを隠してるってね」

 フェルナンドの声には笑みを帯びた余裕がある。

 ソフィーは思わず目を見開いて呟いた。

「今更ながら……あの噂、本当だったんだ」

 エドガーの表情は険しさを増し、歪んだ笑みが顔の片側に浮かぶ。

 一方でフェルナンドは落ち着き払った眼差しをエドガーに向け、短剣を握る手に力を込めた。フェルナンドの短剣がエドガーの斬撃を受け流す。刃と刃がぶつかるたびに、金属が火花を散らすような鋭い音が港の静寂に響いた。エドガーの眼光は冷たく、どこか興奮めいた光を帯びている。まるで敵を試すかのような挑発的な間合いで、切り込んでは引き、攻めては後退する。

 フェルナンドはわずかに身をひねり、鋭い一閃で石畳の上に溝を刻む。エドガーはその動きを見逃さず、次の瞬間、低く構えた刃で襲いかかる。フェルナンドは刃を握る手に力を込めつつも、身体全体で微妙なバランスを取り、エドガーの攻撃を受け流す。

「なるほど、まだ腕は落ちていないようだな……!」

 エドガーの声に軽い嘲笑が混ざる。まるで自らの興奮を抑えきれないかのようだ。

 フェルナンドは小刻みに後退して距離をとりながら、次の攻撃の間合いを測る。彼の目の端に、港に吹き付ける潮風が黒い短剣の刃を揺らすのが見えた。

 エドガーは瞬時に反応し、再び斬撃を繰り出す。フェルナンドはそれを横に躱し、瞬間的に前方へ踏み込みながら逆襲の一撃を放つ。刃がぶつかる音とともに、二人の視線が鋭く交わる。

 ソフィーは小屋の陰からその様子をじっと見守る。心臓の鼓動が耳に響く。風に混じって、二人の呼吸と金属音が脳裏に刻まれる。

 フェルナンドの冷静な眼差し、エドガーの狡猾な笑み。

 二人の間に生まれる緊張が、まるで港全体を押し潰すかのように感じられた。

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