第六章⑤ それぞれの場所で
ブレスト城の屋上。
エリオットの目は異様な光景に釘付けになっていた。
後方の海賊船たち、その一隻が沈んでいく。
二度目の戦闘で見られた、マクシム隊の撹乱作戦の痕跡が現実の光景となって広がる。
爆発が連鎖し、衝突で沈む船が水柱を上げる。
「我が軍員はもう後方にまで乗り移ったのか……?」
「いや、そんなはずは……」
アルフォンスは首を傾げ、他の司令官たちも恐怖に顔を強ばらせる。
「仲間割れでしょうか……?」
イザベルが小さく呟く。
「……だといいが」
エリオットは答えを濁すしかなかった。
黒煙と砲火が入り混じる海上。
第一艦艇部隊と第七艦艇部隊はエドガー船を目指して一斉に突進する。
剣と銃火の咆哮が飛び交い、甲板では海賊たちが悲鳴をあげて崩れ落ちる。
その頃、ルソーが黒船から少し離れた位置で、次々と海賊を蹂躙していた。剣を振るうたびに海賊たちは甲板の床に散り、波間に沈んでいく。
「隊長! 後方の海賊船、その一隻が沈んでいきます!」
アンドリューが息を切らしながら報告する。
「なんだと? 我が軍はもうそんなところまで進んだのか!」
ルソーは目を見開き、興奮に声が震える。
「いくらなんでも早すぎます! さっき着いたばかりですぞ!」
アンドリューが慌てて応える。だが、隊員たちの視界の隅で誰も手をつけていないはずの後方に異変が起きていた。海賊船が次々と沈み、帆が炎に包まれ、甲板ごと海に没していく。
エドガー船の甲板。
ジョルジュは剣を握り締め、目の前に立ちはだかる海賊を睨みつける。銃は手元になく、彼の武器はこの一本の剣だけ。互いの呼吸が荒く、鉄の響きが甲板にこだまする。
「あれ、隊長より弱い……?」
思わず呟いたその瞬間、身体が反応する。次の瞬間には剣を突き刺し、海賊の動きを止めていた。
「よし、これなら勝てる!」
根性と気迫でジョルジュは次々と敵を斬り伏せる。甲板の上に倒れる海賊たちの間を駆け抜けるたびに、剣が光を反射する。ふと後方に視線を移すと目の前の海賊船が旋回し、隣の船と激しく衝突している。炎と破片が舞い、船員たちが甲板上で悲鳴を上げていた。
「ん、なんだあれ……?」
混乱の中、波間に漂う破片と黒煙が入り乱れ、まるで海そのものが怒りに震えているかのようだ。
アルフォンスは屋上から目を見開き、声を震わせた。
「後方の船が勝手に、やっぱりおかしいです!」
隣の司令官も息を呑む。砲撃は届いていないはずなのに、次々と沈む船々。波間には破片と黒煙が漂い、まるで海そのものが怒りに目覚めたかのようだ。
エリオットとイザベルもその光景に釘付けだ。
「……やはり、我が軍員は、まさかあんな後方にまで……?」
「いや、ありえません。まだ白兵戦は始まったばかりの、はず…」
不安と恐怖が視界いっぱいに広がる。
誰も後方の海賊船を攻撃していないはずなのに次々と沈み、炎と破片が漂う。
周囲の司令官たちもざわつき、屋上から眺める海上の光景に恐怖を募らせる。
沈む船、炎、波間に漂う破片。まるで戦場そのものが意思を持ち、暴れ回っているかのようだ。
一方、ルソーは前線で興奮を抑えきれず甲板を駆け回る。剣を振り、鮮やかな斬撃で海賊を薙ぎ倒す。顔に刻まれた興奮は止まらず、瞳は爛々と輝く。
「いいぞ……この混乱、我々にとって有利だ! あの暴れ回る奴らに続け!」
剣を振るうたびに海賊の叫びが響き渡り、彼の心は更に燃え滾る。戦場全体が狂気と戦慄に包まれた。
「我が軍の力、これ以上ないほど発揮する! 次は……あそこだ!」
しかしルソーの目が黒船より後方に控える海賊船群に向く。
そこには手付かずだったはずの海賊たちが忽然と海に投げ出される様が映っていた。
「……なんだ、あれは……!?」
ルソーの声も思わず漏れるが、戦慄の表情はすぐに戦闘狂の笑みに変わる。
「ま、いいか!」
ルソーは再び後方の様子を見て、唸る。
「なんにせよ、我々にとって有利なのは間違いない」
戦闘狂の瞳がさらに爛々と光る。前線の荒れ狂う甲板と、不可解な後方の混沌。戦場は完全に、狂気に染まっていた。
ルソーは舳先で一歩前に踏み出す。潮風に髪をなびかせながら、手元の連結剣を振り回す。刃が風を切る音が耳を貫き、鋭い金属音が甲板に反響する。
「よし……試してみるか」
連結剣の鎖が伸び、弧を描く。刃が海面に近づくたび、白波が飛び散る。一振りで甲板の木片を切断し、鎖の先端が小さな的を正確に貫いた。ルソーの目には戦闘狂の光が宿っている。
「面白い……悪くない!」
彼が腕を回すたび鎖が鋭い軌道を描き、空気を切り裂く。戦闘経験を重ねた体が自然に動き、連結剣がまるでルソーの一部となったかのように自在に操られる。
「よし、奴らに続け! 我々も暴れろ!」
彼の声に応えるように兵士たちも前に進み始める。
ルソーは連結剣を振り回しながら次の海賊船に乗り込み、まるで舞うかのように甲板を駆ける。その動きは優雅で破壊力は絶大。斬撃の軌跡が海面を赤く染め、兵士たちは息を呑んだ。
「さあ、暴れろ……全力で!」
その瞳は戦場を求める炎で燃えていた。
連結剣を自在に操るルソーの姿はもはや戦闘狂そのものであり、敵にとって最大の脅威であり、味方にとっては士気の源となった。
ルソーは連結剣を振るい、海賊兵たちの列に突入する。刃が鎖とともに宙を舞い、次々と盾や武器を切り裂いた。甲板に立つ海賊たちはたちまち後退し、恐怖の声が波間に消える。
周囲には、同じく新型兵器を手にした部下たちがいた。鎖鎌を扱う者、連結槍を操る者、斬撃の軌道を読みつつ正確に海賊の動きを封じる者……。
甲板はまるで戦場の舞台装置のように、武器と兵士が一体となって動き回る。
ルソーはその光景を見渡し、さらに速度を上げる。連結剣が鋭い弧を描き、海賊兵の攻撃をものともせず切り裂く。周囲の兵士たちも負けじと戦い、甲板上に生まれた隙間を埋め、連携して敵を押し込んでいく。
「見事だな、皆!」
ルソーは一瞬立ち止まり、息を整えながら甲板の混乱を見渡す。海賊たちは押し戻され、戦況は完全に優勢に傾いていた。
「ふふ……新型兵器の開発は、二つとも大成功だ」
ルソーは鎖を軽く回転させ、ニヤリと笑った。瞳には戦場を楽しむ炎が宿り、兵士たちの士気も最高潮に達していた。
甲板上で騒ぐ海賊の一人が恐怖と苛立ちを混ぜた声で叫んだ。
「なんだよあの武器、あれじゃまともに近づけないぞ!」
しかしその言葉が彼の背後から伸びた剣によって断ち切られる。海賊は甲板に倒れ、波の音だけが残った。その様子を見ていたシャルルは淡々と剣を拭いながら呟く。
「……同じく。隊長でさえ扱えなかった、あんな変態的な武器。使える人がいるなんて」
彼は少し考え込み、やや口元を緩めて続ける。
「やはり、物事には得意不得意は必ずあるんですかね」
周囲の兵士たちはシャルルの言葉に頷き、戦場は静かな緊張感と戦闘への集中に包まれた。波の間を飛び越え、ルソーとシャルルは自らの足で海賊船からエドガーの旗艦へと渡る。二人が甲板に降り立つや否や、ルソーは連結剣を振るい、目の前の海賊を蹴散らす。シャルルも隣で的確に斬り込み、二人の連携はまるで一体の動きのようだ。
「そこの若いの、無理はするな!」
ルソーの声に若きジョルジュも必死に甲板を駆け、敵の攻撃をかわしながら援護に加わる。だが、動きの未熟さゆえに敵の斬撃に巻き込まれそうになり、シャルルが素早く間合いを詰めて守る。
黒き船上での戦いは苛烈を極める。ルソーの連結剣が鋭い弧を描き、次々と敵を討つ。
シャルルも的確に斬り伏せ、海賊たちは恐怖におののき、旗艦上での抵抗はほとんど消えた。
ジョルジュも戦闘勘を取り戻し、二人の後方から斬り込み、三人の連携は圧倒的な勢いで制圧を進める。血しぶきが舞う中、ルソーは笑みを浮かべて肩で息をつき、シャルルに告げる。
シャルルは微かに笑みを返し、血に濡れた剣を拭う。
甲板には戦いの痕が残るが、海軍による旗艦制圧はほぼ完了していた。
一方、ジョルジュは残りの敵に斬りかかる。だが視界の端に、破壊される船と甲板で暴れる海賊の姿を捉え、思わず立ち止まる。
「……さっきから何なんだよ……」
不気味な光景を前にするジョルジュの背後では砲声や衝突音、甲板の混乱、そして海のざわめき。すべてが戦場を不気味に、激烈に彩っていた。




