第五章⑥ マクシム
夕餉からしばらく時間が経った。
グウェナエルがマクシムの執務室に入るとマクシムは窓越しに海を見つめ、深いため息をついていた。
グウェナエル、ダヴィット、リラが静かに彼の言葉を待つ。
「この戦争の火種……今思えば、あの大海賊フランソワを生捕にできなかったことが始まりでした」
マクシムの瞳が沈む。
「海賊は海で生き、そして死ぬ。それが理想の死です。あの時、僕は彼を海に沈め、自ら死を選ばせてしまった。あれは、僕の責任だ」
リラが問いかける。
「隊長は今回の戦闘をどうお考えですか」
マクシムは拳を握り、沈痛な声で答える。
「作戦が無事に進んだ暁には、僕がエドガーを捕らえる。いや、その場で殺しても構わない」
ダヴィットが口を開く。
「そういえば。あの日、隊長はフランソワと何を話してたんですか?」
マクシムはまだ窓の外の海を見つめ、目を細める。
あの瞬間の光景が、頭の中で鮮やかに蘇る。
——甲板に響いた自分の声。
裁きの号令のように力強く、どこか震えていた。
「大海賊フランソワ! 貴様は長年この海を荒らし、陸に生きる罪なき民を恐怖に陥れ、多くの命を奪ってきた!我らは国王陛下の信念を体現し、祖国の正義を示すために来た。貴様のような異端は、この手で裁き滅ぼす!」
やがて戦闘の末、剣が突き出され、仲間たちも一斉に彼を刺した。しかし、フランソワはなお立ち上がり、血に濡れた身体で舳先へと走る。
「この首……誰にも渡さない!」
マクシムは唇を噛み締めた。
追いかける仲間たちの焦燥、そして自分自身の葛藤。
海に身を投じる彼の姿を見届けざるを得なかったあの瞬間の感覚が胸を深く締めつける。
——海賊は、海に生き、海に死ぬ。
あの自由奔放な生き方も、結局は自分たちの手の届かないところで完結してしまった。
生け捕りにし、民衆の前で裁くべきだった。
それができれば、国王の威光も、海軍の威信も、すべて揃ったはず。
だが、叶わなかった。自分の器の小ささ、臆病さが、目の前の海賊を逃がしたのだ。
マクシムは剣を握り直した。冷たい海風が吹き込み、かすかに手のひらを震わせる。
あの瞬間の決断が、今でも胸の奥で疼く。
彼の死にざま——高らかな笑い声を上げながら海に身を投げた姿——それは悔しさとある種の羨望を同時に呼び起こす。
「彼は、自分の自由に責任を持った」
小さく呟きながら、マクシムは自分の胸を叩く。
自由に生きること、そして死ぬこと。フランソワはそれを全うした。しかし、自分は……。
その時、リラが静かに尋ねた。
「その思いは、今回の作戦にも影響しますか?」
マクシムは深く頷き、鋭い眼光で仲間たちを見渡す。
「はい。あの悔しさ、あの海賊の生き様……全てを胸に、僕は戦う。フランソワが望んだ自由も、守るべき秩序も、全て僕の手で刈り取らねばならない」
グウェナエルが少し間を置いてから口を開く。
「隊長。あなたがそう決意するなら、俺たちは全力でついていきます」
ダヴィットも静かに頷く。
「自分が撒いた種を、自分で刈り取る。隊長の覚悟、受け止めます」
リラは微笑む。
「当たり前です。私たちはあなたの部下ですから。どんな困難でも一緒に戦います」
マクシムは短く息をつき、剣を両手で握りしめた。
甲板でのあの光景——血潮と白波、三角帽子だけが残ったあの痕跡——全てを胸に刻み込み、彼は新たな作戦の決意を固めるのだった。
——海賊は海で死ぬ。そして、自分は……海賊を制し、秩序を守る。
自らの器を超えるために。




