第四章① マクシム隊、総司令部、???
夜のラド・ド・ブレスト。
アンドリュー・マラン率いる第一艦艇部隊の砲撃陣地からは、次々と轟音が響き渡っていた。
重厚な大砲が火を吹き、海面を砕く砲弾が赤い海賊船の甲板を打ち抜いていく。
炎と煙が立ち昇り、敵船が沈没していく様はまるで連鎖する火の手のようだった。
その光景を見守るのは、ブレスト城天守の屋上。
エリオットは険しい顔で海峡の様子を見つめていたが、目の端には明確な手応えがあった。
隣のルソーも拳を握り締め、わずかに微笑んでいる。
イザベルも集中した目で戦況を見つめ、誰もが勝利への可能性を感じていた。
エリオットが静かに呟く。
「いいぞ、このまま押し切れば敵を叩き潰せるかもしれん」
ルソーは屋上の端に立ち、遠く揺らめく火炎の中に鋭い視線を投げかける。
「アンドリューの部隊が頑張っている。だがまだ油断はできん。これが長期戦になれば、こちらにも損耗が出る」
イザベルは冷静に頷き、重々しい言葉を返した。
「ですが、敵の船団が減っていくのは明らかです。砲撃を集中すれば、一気に士気も崩れるでしょう」
三人の視線が合った瞬間、気迫のようなものが空気を震わせた。
海上。砲撃の最中、アンドリューの耳に声が届いた。
「隊長!不審な小舟を発見しました!」
甲板の部下が息を切らして報告する。
アンドリューは即座に命じた。
「攻撃していいぞ!」
だが、部下の表情が曇った。
「いや、それが……」
部下の側には数人の人影。
許可なく勝手に乗り込み、こちらへ向かっているようだった。
アンドリューの眉がひそめられる。
「なんだ? 海賊か。勝手に引き上げていいと言った覚えはない」
ところが、アンドリューの視線がある一人の顔に止まって顔が青ざめる。見覚えがあった。
「お前……まさか、サミュエルか?」
海賊に扮したサミュエルは、アンドリューに静かに礼をした。
「ご機嫌よう、アンドリュー」
アンドリューは困惑しながら、今度はサミュエルの側にいる者たちをじっと見る。
海賊と見紛う風貌の面々。
「な、まさか、マクシミリアン・ブーケ隊……」
言葉を詰まらせ、アンドリューはその場に崩れ落ちた。
泡を吹き、彼の膝はガタガタと震えていた。
砲撃の轟音が耳に遠く響く中、甲板は一瞬静寂に包まれた。
アンドリューは額に手を当て、深いため息をついた。
「まったく……本来の持ち場を離れて凶行に出るとはどういうつもりだ、君たちは!」
彼はそのまま言葉を止めて、口元を引きつらせながらも話を促す。
「それで? 具体的には何をした?」
シャルルが前に出て、胸を張って答えた。
「まず私が抜け出そうと提案しました」
メリッサが続けて説明する。
「シャルルさんの考案した火薬瓶を投げつける作戦で、海賊船を次々と沈めました」
シャルルも続けて堂々と話す。
「その後、またもや私の提案で海賊船を占領して、海賊のふりをして中央で攪乱していました」
その後、マクシムが一歩前に出て敬礼。
「すべての責任は、部隊長である僕が背負います!」
アンドリューは話を聞きながら眉間にシワを寄せていたが、だんだん顔がこわばり、やがて微妙に口角が上がる。
「うーん……君たち、正真正銘の『自由奔放な暴れん坊』だな。軍人としてはどうかと思うが、海賊としては一流かもしれん……」
周囲の隊員たちは思わず吹き出し、アンドリュー本人も苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「まあ……これ以上は、上官として諦めるしかなさそうだな」
アンドリューはきびきびと指示を出し、背後から迫る海賊船団に向けて砲撃継続を命じた。
「我々はこのまま海賊の背後を突く。君たちもこの船で戦力になれ」
マクシミリアン隊は一斉に応じ、声を揃えて「了解!」と返す。礼を交わし合いながら、一瞬の緊張を経て、皆それぞれの役割に戻っていった。
ラド・ド・ブレストの燃え盛る戦火を別の港の高台から一人、静かに見下ろす影があった。
その男の名は、大海賊エドガー・ロジャース。鋭い眼差しは闘いの渦を逃さず捉えている。
「……堕ちぬか」
そう呟くとエドガーは大戦の火の手から視線を背け、暗がりの中に立つ五鬼衆へと目を向けた。
ただ一人、姿を見せていない者がいる。
「お前たちが次の作戦の首謀者だ」
冷たく断じるエドガーの声に五鬼衆は視線を交わす。
その中でマテオが冷笑し、申し訳なさげに言葉を零した。
「もう自分は何も考案しない、と?」
エドガーは笑いもせず、声を荒げる。
「あほ。全部オレの考えにするんだよ」
ジャスパーはその場に軽く笑みを浮かべた。本気のものではなく、むしろ嫌悪の色を隠せていない。
「強情なことだ」
「次こそはマクシミリアンを引きずり出す。絶対にな」
エドガーの決意は固かった。五鬼衆の面々は顔を見合わせ、やや緊張の色を帯びる。
ニールが静かに口を開いた。
「なんとなくは考えてるよ」
エドガーは笑みを浮かべながら言葉を重ねる。
「ほう? さすがだな。お前たちの正式な名称、五鬼衆。まさに我が軍の頭脳だ」
その声は冷徹な賞賛を帯び、次の激闘への布石を示していた。
その場に一瞬静寂が訪れるが、話は続いていった。
たとえ、戦火が消え去ろうとしていても。
最後の海賊船が大爆発を起こし、燃え盛る炎が夜空を真っ赤に染め上げた。
その轟音が大海原に轟き渡り、まるで戦いの終焉を告げる鐘の音のように響きわたる。
ブレスト城の屋上では、司令官たちが拳を突き上げて叫び声を上げた。
エリオットは激しく拳を振り上げ、ルソーは勝利の雄叫びをあげて咆哮した。
イザベルは感極まって目頭を押さえつつ、なおも力強く笑みを浮かべている。
城壁の兵士たちは剣や砲の柄を叩き鳴らし、歓声と笑い声、そして掛け声が入り混じって怒涛のように押し寄せた。
夜風を切り裂くような喝采がブレストの街に鳴り響き、民衆も遠巻きにその声に呼応していた。
海上の艦艇群でもマクシミリアン隊を中心に兵士たちが跳びはね、拳を振り上げ、笑い声と勝利の叫びが船体を震わせる。船上の旗が激しくはためき、砲身からあがる白煙が火薬の香りと共に祝祭の雰囲気を醸し出した。
燃えさかる最後の敵船の火柱は、まるで夜空に打ち上がった花火のように鮮烈で兵士たちの胸に熱い闘志と誇りを刻みつけた。
グウェナエルは疲れ切った顔で海面を見つめつつも闘いの終わりを実感し、にわかに拳を握りしめた。
やがて勝鬨の波は収まらず、ブレスト城と海の上の声は一体となって高く高く響き渡った。
夜空には火薬の余韻が光の輪を描き、勝利の余韻は永遠にこの夜を照らし続けるだろうと誰もが信じて疑わなかった。
アンドリューは短く号令をかけると、指示に従って船員たちが素早く散らばっていった。夜の空気に緊張感がまだ漂うなか、彼の声だけが凛と響く。
「よし、造船所に戻るぞ! 皆のもの、各々の配置につけ!」
「了解!」
船員たちは瞬時に動き出し、それぞれの任務へと散らばっていく。息を整えながらも、鋭い視線を絶やさないアンドリューの背中が頼もしい。彼は振り返り、マクシミリアン隊の隊長に向けて穏やかな声を投げかける。
「マクシミリアン・ブーケ隊長。此度のことはすぐさま大元帥に報告する。しっかり休んでくれ」
マクシムは礼を尽くし、真っ直ぐに敬礼を返した。
「ありがとうございます、マラン副隊長」
その一瞬のやりとりの背後には、今しがた交わした死線の重みがひっそりと刻まれているようだった。
マクシム隊が造船所の一角に身を寄せると、ようやく皆の表情に安堵の色が浮かび始めた。
火薬や汗の匂いが混ざる静かな空間で、言葉少なに集まる仲間たち。
マクシムが重い息を吐きながら口を開く。
「やっと、一段落ですね。みなさん、本当にお疲れ様です」
ペネロペが疲れた笑みを浮かべながら、肩をすくめて応じる。
「久々にこんなに火薬の匂いを嗅いだ気がするわー。海賊服も懐かしいし。でも……勝ててよかった」
ジョルジュがちらりと視線を交わしながら、やや照れくさそうに言う。
「いやあ、正直ヒヤヒヤしましたよ。ボクたち、どんどん海賊に染まっていってる気もする…」
リラがニヤリと笑い、鋭い目でジョルジュをからかう。
「まあ、ジョルジュならむしろその方が似合うかもね」
場の空気が少し柔らかくなり、スザンヌがぽつりと言葉を継ぐ。
「怖かったけど、面白かった……かもしれない。こんな自分、ちょっと意外だけど」
皆が苦笑しつつ、そんなスザンヌの素直な言葉に緩んだ笑顔が広がる。
マクシムは真剣な眼差しで仲間たちを見渡し、改めて言葉を継ぐ。
「これからもこんな戦いが続くと思いますが……互いに支え合って、絶対に負けないようにしましょう」
みんなが頷き合い、夜の冷たい空気の中にも確かな連帯感が生まれていた。
戦いの余韻がまだ燻る造船所の片隅。
血と煤の匂いが混じった空気の中に、一人の海賊が身を潜めていた。
体は泥と汗でべったりと汚れ、荒い呼吸を繰り返しながらもその瞳だけは獰猛に光っている。
「まだ……終わっていない。おれたちはまだ……やられてたまるか」
その言葉は震えていたが、声の芯には深い憎悪と執念が宿っていた。
男はゆっくりと周囲の様子を窺う。降ろされた荷物の山の裏側から視線を送り、荷物の合間に動く粗末な服を纏った一団を捉えた。
淡い月明かりと炎の揺らめきが影を揺らし、男の目はじっとその動きを追う。
裏切り者、いや最初から敵だった奴ら。
海賊の皮を纏い、味方を装い、全てを混乱に陥れた張本人たちだ。
「あいつらだ……あいつらが、おれたちの仲間を散々に叩きのめした」
拳がギュッと震えながらも強く握られる。指先に力が入り、持ってた二丁の銃が冷たく震えた。
胸の中で炎のように燃え盛る復讐心。悲しみ、怒り、そして許せなさが渦巻いていた。
仲間たちの絶望の声、燃え落ちる船の熱気、焦げる木の匂いがすべて男の心を締め付ける。
「絶対に、絶対に許さねえ……!」
その決意を胸に、男は破損した木箱の陰からゆっくりと身体を乗り出す。動きは慎重だが、内に秘めた狂気は静かに膨れ上がっていった。ふいに、二人の影が視界に入る。男の瞳は冷たく光り、二丁の銃身をゆっくりと構える。
「行くぞ……!」
息を止め、積荷の裏から飛び出し、標的を見据えた瞬間だった。
「危ないっ!!」
メリッサの鋭い叫びが響き渡り、すぐさま周囲の緊張感がピークに達する。
その刹那、空気が張り詰めるのと同時に……造船所の静寂を破る二発の銃声が夜空を切り裂いた。
火薬の匂いと銃声が混じり合い、まるで嵐の前の静けさのような空気が瞬間凍りついた。




