011 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
AMI歴12年4月20日 武骸流空手道道場 砂金奏
「ね、ねえ止めなくていいの?」
痛みを必死に堪えている伊織くんの姿が痛々しくて私はとても見ていられなかった、不安になった私は隣に座る玲さんに試合を止めなくて良いのかと尋ねてしまったのだけど。
問に応えて静かに首を振る玲さんの態度は私には信じられないものであった、玲さんの瞳はただひたすらに伊織くんを静かに見つめている。そこに動揺や焦りは一切見られないで、ただただ伊織くんを信じて見つめているようだ。
他の人はどうなのかを確認しよと周りを見回すと、一くんは不安そうな表情を見せながらも伊織くんの勝利を信じて祈っているように見えるが。その隣に座る羽依ちゃんに至っては、いつものようにスマートフォンのカメラを試合中の二人に向けて、勝負の行方を動画として録画する事に夢中になっているかのようだ。その表情には楽し気な笑みさえ浮かべている。
え?なにこの子、前から少し変わっている子だとは思っていたけど、兄のような存在の伊織くんが窮地に陥っていると言うのに何なんだろうこの子のこの反応は。
私が楽し気な羽依ちゃんを見て軽くドン引きしていると、察したようにこちらに振り返って彼女は言った。
「大丈夫だよ奏ちゃん、伊織ちゃんは絶対に負けないからね♪」
不意に羽依ちゃんの迷いの無い顔を見せつけられ、揶揄うような光を湛えた翠の瞳に見つめられた私は、なんだかこう言い表せない負けたような気持になってしまった。ぐぬぬぬぬ・・・・
「羽依の言う通りよ奏さん」
羽依さんの方を向いていると反対側から玲さんが話しかけてくる。
そう言われて振り返ると、玲さんの美しく済んだ碧眼が真っすぐこちらを見つめてくる。
「さっきまでのアイツは、伊織の受けの強さに得体の知れない何かを感じて警戒していたけど。頭突きを当てて伊織を手負いにしたと喜んでいる今のアイツは、自分の勝利を確信して油断しきっているわ」
確信を持って揺るぎの無い美しいその声が告げる。
「相手の実力を見抜けずに完全に油断しているあんな奴に、伊織は絶対に負けないから」
そう言って再び顔を正面に向ける、銀色の髪を少しなびかせた凜としたその横顔はとてもとても美しいものだった。
乳姉妹三人の絆を見せつけられたような気がした私は、それ以上言葉を重ねる事を止め、黙って勝負の行く末を見つめる事にした。
(頑張って、伊織くん・・・・)
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AMI歴12年4月20日 武骸流空手道道場 宮代伊織
阿波根の攻撃を捌くたびに、ダメージを受けた腹の痛みは鋭さを増していく。
しかしそんな痛みはこちらを侮りきって雑な攻撃を仕掛けてくる相手へ抱く憤懣の前には些細な事にしか思えなかった。
防御に専念していても埒が明かないと判断した僕は、有効打にならない事は承知の上で嫌がらせのような掌打を浴びせていく。
正拳突きに対してカウンターで放った掌打が阿波根の顔面を打ち据えたけど、なんら痛痒を与えられていない事だけは感触からも察せられた。
「あー鬱陶しいなテメーいい加減諦めやがれ!!」
怒鳴りながらも態度を改めずに雑な連打を続ける阿波根。
「碌に『気』とやらも練れない今のお前の攻撃なんてもう怖くも何ともねーんだよ!!」
そんな事はこっちだって承知の上だ、それでも意味はあると信じて痛みを堪えつつ反撃を重ねていく僕。
「いい加減に沈めやっ!!」
苛立ちも露わに大振りの攻撃をしてくる阿波根に対し、ようやく十分な隙を見つけた僕はここぞとばかりに『剛の気』を練ったカウンターを重ねた。
十分に気を練って振りぬいた掌打は、再び阿波根の顎を捉えていた。
しかしその反動で胴が再び堪え難い激痛を訴えてくるけどひたすらに耐える。
既に一度強打を受けていた顎を打ち抜かれ再び膝をついた阿波根に対して、ここが勝負所だと見た僕は挑発するような言葉を発した。
「繰り返しになりますが、さっきの頭突きと比べたら欠伸が出るようなスピードですよ?」
怒りを堪えるように身体を震わせながら構えを取る阿波根。
「どうやら本気で死にたいようだな・・・」
無理を重ねたせいで激痛のあまり言葉を発するのもしんどくなって来た僕は、無言で差し出した掌を上に向けてこいこいとハンドサインで阿波根に伝える。
そのまま身を低くして先ほどと同じようにすさまじい『剛の気』が阿波根の身体を満たし始める。
阿波根が先程の頭突き技の「溜め」に入ると同時に、こちらもありったけの『柔の気』と『剛の気』を同時に練り上げる。
怒豪!
二度目の『雷纏角突撃』が発動する。
再び阿波根に充満した『剛の気』が爆ぜた、ダメージを受けて片膝立ちだった先程の攻撃と比べ、万全の体制から放たれた阿波根の突撃は、いっそう勢いを増して僕に迫った。
だが僕はこの時を待っていたのだ。
宮代流 水月
水月という言葉には二つの意味がある。
一つは水面に映った月の意である。
鏡花水月とも言い、「鏡に映った花や水に映った月のように、目には見えながら手にとることができないもの。」を意味する言葉である。
阿波根の『雷纏角突撃』が発動する直前、僕は背後に身を投げた。
柔道には捨て身技と分類される技がある。自ら倒れ込む事により『体を捨てる』勢いを使って技をかける、それ故の名称である。
宮代流においてはただ倒れ込むだけでは無く、『気』を使って相手には自分がその場に留まっているかのよう錯覚させた状態で身を捨てる技となり、すなわち相手は先程までそこに居た筈のこちらを一瞬見失う事に繋がる。忍術における空蝉のような技である。
つまり相手にとって、気配を捉えられるが手にとることができないものと化す技である。
そして水月にはもう一つの意味がある。
それは即ち人体の急所の一つである鳩尾。
柔道の捨て身技の一つ巴投げは、背後に身を投げながら足を相手の下腹部にあてて投げる技である。
同様に後ろに身を投げて仕掛ける宮代流の水月は、その姿勢から全身をバネにして十分に剛の気を込めた蹴りを真下から相手の鳩尾に叩きつける技である。
同時に両の手は相手の袖口をしかと掴み込み、蹴りによって浮かせた身体を頭から地面に叩きつける技となる。
『雷纏角突撃』に対してカウンターで放った僕の水月により、結果として阿波根は自らが放った突進技の勢いそのままに地面へと頭から突っ込む形となった。
ドゴッ!
人体がたてては拙い感じの激しい地響きと共に、阿波根は畳に対して頭から激突し、斜めに頭から突っ込んだせいで畳で頭を擦りながらしばらく逆さまに滑りやがて垂直になって停止した。
いくら自滅したと言っても、阿波根の頭は凄まじい剛の気を纏っていた上に実際は畳に突っ込んだだけなので、見た目程のダメージは負っていないと思われる。でも今の一瞬で相当頭が揺さぶられているので脳震盪を起こしているはず。
「クソがぁああああああああああ!!!」
と案の定そのまま倒れるかと思った阿波根は叫び声を上げながらその場に立ち上がった。
僕も胴体が呼吸するだけで激しい痛みを訴える程になっていたが、急いで身を起こして阿波根に対峙する。
阿波根は立ち上がったはいいが、ダメージが残る状態で無理やり起き上がった反動で視線も定まらないような状態で足元もフラフラしている。
満身創痍の両者であるが、こっちは痛いだけで我慢さえすれば動くことは出来るんだよ。
「スーーーーーーッ」
深く息を吸い込んだ僕は、激痛を堪えながら体内に『柔の気』を練り上げる。
阿波根が脳震盪から復帰する前に十分な気を練った僕は、習得している技の中で最大の打撃技を放つ。
両の手を阿波根の胴に添えた状態で、大地を踏みしめる両の足から螺旋を描く様に練った気が駆け上がり、全身を螺旋状に巡らせた『頸力』と『柔の気』を両の掌に込めて爆発させる。
宮代流 柔波双掌
重心を落とす力と両の足を捻る力を『頸力』に変え、練り上げた『柔の気』と同時に密着させた両の掌から爆発的に相手に解き放つ技である。中国拳法で言う所の浸透頸と同じように、体内に直接衝撃を与えるこの技は、剛の気を纏って防御を構える相手にも有効な打撃となる。
僕の渾身の柔波双掌を受け、身体の内面にダメージを受けた阿波根達己は、今度こそ完全に気を失った状態で仰向けに倒れ込むのであった。
近付いて倒れた阿波根の眼前で手を振って反応を確かめる亮人くんが、手を振って声を上げた。
「それまで!!勝者宮代伊織!!!」
「はー」
想像以上に苦戦させらた僕は勝どきを上げる事も出来ずに気の抜けた声を出してその場に崩れ落ちる。
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AMI歴12年4月20日 武骸流空手道道場 砂金奏
亮人のあげた決着を告げる声を、私は信じられない想いで聞いていた。
「うそ・・・本当に勝っちゃった」
思わず声に出てしまったけど、私は改めて目の前の現実を中々呑み込む事が出来なかった。
でも、実際私より小柄な伊織くんがあの巨躯を誇った阿波根達己を倒してしまったのだ。
本当に何この子!凄く可愛い上に滅茶苦茶カッコいいんだけどーー!!
と、思った次の瞬間いつの間にか飛び出していた玲さんが、倒れそうになっていた伊織くんを抱き止めていた。
そして伊織くんを抱きしめたまま、今度は伊織くんに自分の顔を重ねて長いキスをはじめていた。
「えっ?えっ?」
「あーお姉ちゃんだけずるいー」
武骸流の人間も含めその場の全員が固まってしまった中(羽依ちゃんを除く)、いつまでも伊織くんを抱きしめてキスをし続けている玲さん・・・人のキスシーンを間近に見るのって初めてだなぁと現実逃避気味に考えていると考えていると、長い間続けていたキスをようやくやめて伊織くんを見詰めている玲さん。
隣の羽衣ちゃんは相変わらずそんな二人の姿も動画に収め続けている。
本当にどんな状況でもブレない子ね・・・もう感心するしかない。
『精霊眼』で見ると玲さんが必死に伊織くんに自分の気を送り続けているのが見える。
「あ、そうか気を送ってダメージを回復させようとしてたのか」
ただ感極まって抱きしめてキスをしてるだけでは無かったのだ。
自分の曇りまくっていた眼を反省するしかない。
長い接吻を終えたその頃になって、ようやく周りの人々も状況を呑み込み始めたようだ。
「嘘だろ・・阿波根くんが・・・」
「あんなチビに負けた?」
「あり得ないだろ、あの阿波根くんだぞ!?」
「一体何なんだよ宮代流って!?」
「美少女と美少女(♂)のキスシーンとか俺得しか無い」
「もう一回、もう一回!!」
「さっすが師匠です!!滅茶苦茶カッコいいです!!もう一生付いていきます!!!!」
ざわついた道場の中、一くんの無邪気な喜びの声が響いていた。
そして一部に聞き捨てならない感想があったような気も。
しかし、うーん・・・・『アキ×イオ』はやっぱり尊い。
押しのオネ×ショタ風カップリングを前に、私は別のベクトルでのときめきを止められないのであった。
うん、さっきのキスシーンは夢で反芻しそうだ。
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AMI歴12年4月20日 武骸流空手道道場 宮代伊織
あぁ、こんな時は玲ちゃんの温かさがほっとするなぁ・・・
僕の事を強く抱きしめている玲ちゃんの高めの体温を感じながら、ぼーっとそんな事を考えていた。
改めて玲ちゃんから気が注がれているのを感じると、痛めた胴が大分楽になっている事に気が付いた。
「ありがとう玲ちゃん」
「ん」
言葉は不要とばかりに、再度口づけをしてくる玲ちゃん、僕も黙って受け入れると、啄むように何度も何度もキスを繰り返してきた。
ん?ちょっと待てよ。
勝利によって張りつめていた緊張がとけ、痛みと疲労で頭が回らない状態だった僕も、次第に落ち着いてきたおかげで周囲の状況が視界に入って来る。
あ、見られてる見られてる・・・当たり前だよねぇ・・・え、ちょっとそんな食い入るように見つめられても。
玲ちゃん程の美少女が目の前でキスシーンを展開しているのだから、見るなって方が無茶と言うものなのは分かるけど、これどうしたら良いんだ?さすがに恥ずかしすぎるんだけど・・・
「あっ、玲ちゃ・・・ん・・・」
「ちょっ、まっ・・んん・・ん」
キスの合間に玲ちゃんに止めてと言おうとするのだが、すぐ又口が塞がれ言葉を紡ぐことが出来ない。さすがに羞恥プレイが過ぎるってばーーー
気が付けば玲ちゃんに畳みに押し倒されてマウントまで取られている僕。えぇ?いつの間に!?
もう碌に抵抗も出来ない体制になって、更なるキスの雨が僕を襲うかと思ったその時。
「あー秋月姉、そういう事は二人っきりの時にしてくれんか?」
と、亮人くんが止めに入ってくれた。
「むー・・」
僕に抱き着いたまま、不満そうな警戒するような表情で亮人くんを見上げる玲ちゃん。
「誰もお前から伊織を奪おうなんて思わないから安心しろなっ、もうそいつは持って帰っていいから、家に帰ってから好きにしろ」
「わかった、持って帰る」
そう言うと玲ちゃんは今度は仰向け状態だった僕を持ち上げてそのまま立ち上がった。
「えっ?」
あ、これお姫様抱っこだ、お姫様抱っこされちゃってるよ。
衆人環視の中、同い年の女の子にお姫様抱っこされちゃう僕って・・・・ちょっと、さすがに顔が真っ赤になってる事が自分でも分かる。
僕の羞恥プレイはいつまで経っても終わりが見えなかった・・・・
っておいこら、止めろ羽依、動画に残すな!!
阿波根戦決着です、年内に決着まで行けました。
というわけで伊織くんの阿波根達己戦はここまでです、次回で結末を描いたら次の話が始まります。
よろしかったら感想やツッコミなど頂けると嬉しいです。
ここまで当作品をお読みいただきありがとうございます!
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『楽しい』『続きが気になる』『この伏線ちゃんと回収されるの?』
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