6 リュート
「新人メイドのミレシアは子爵が好き」
騎士達の間で噂になっていた。
王太子のジュリアン様と公爵子息のネイサン様という、高身分の男性二人を振った時に、
『夫候補を探すなら、子爵の身分の騎士様の中からです』
ミレシア自身が言ったらしいのだが……。
僕、リュートと結婚して、僕を気に入ってくれたから、子爵と結婚したいと思うようになったのか?
だったら、僕を好きでいいじゃないか!?
どうして、契約結婚終了の日にいなくなって、騎士団の寮で夫探しなんて……。
……多分、ミレシアは子爵家自体は気に入ってくれたんだと思う。
父や母とも上手くいってたし、使用人とも仲が良くて、お菓子を作ってくれた事もある。
……嫌いなのは、僕だけだったのか——!
第七部隊の隊長のレオン・グランヴィルは27歳で、子爵でありながら隊長を務める実力者だった。
そのレオン隊長の事をミレシアが好きだという噂が聞こえてくる。
実際に嬉しそうに手紙を持って階段を登るミレシアを何度も見かけた。
五階のレオン隊長の所に行くとは限らないけど、僕の知らない場所で幸せそうに微笑むミレシアに胸が押しつぶされそうになる。
レオン隊長の第七部隊は、新人育成と訓練中心の部隊で、僕もつい先日まで見習い騎士としてお世話になっていた。
非常に有能で頼りになる良い方だった。
侯爵令嬢のミレシアの相手として反対できる事があるとすれば、子爵という身分くらいだろう。
それもミレシア本人が子爵がいいと言っているんだから問題にもならないだろう。
レオン隊長と比べて、僕、リュート・ヴァルセインの良いところってどこだろうか?
騎士団の寮から戻る時には出来るだけプレゼントを買って渡したり、一緒にいる時にはミレシアが心地良くなるように接していたつもりだけど……。
その時、ミレシアが微笑んでくれたから、喜んでくれたと思ったのに……。
全部が僕の勘違いならもうどうしようもない……——。
——はぁ……。
ため息すら重く沈んで行く。
「暗いな」
同室のヴィンセントがベッドに腰掛けて項垂れている僕を見て言う。
ただ、ヴィンセント自身も同じ格好をして、ため息をついていた。
「お前達の誤解を解いてやろうと思ったんだが、ミレシアの考えている事がさっぱりわからない……」
ヴィンセントが頭を抱えている。
ジュリアン様とネイサン様の為にミレシアの事情を聞いて、僕にも教えてくれると言っていたんだが……。
「ジュリアン様とネイサン様には報告したのか? 今日は食堂でお二人がミレシアに絡んでいたけど……」
「んー、ミレシアが侯爵令嬢で俺の幼なじみだと言う事は話した。つい先日まで子爵と結婚していて、何故今騎士団にいるのかは、子爵の夫探しだとミレシア本人が言っていると話した」
「結婚していた子爵が僕だとは言ってないのか? お二人とも気づいているとは思うけど……」
ヴィンセントは、またため息をつく、
「ミレシアが言っていた事をそのまま伝えたら、お前が大変な目に合うと思ってな……」
ヴィンセントが遠くを見つめている。
大変な目って……不気味な言い方だ。
何を言っていたんだ、ミレシアは……?
「……ミレシアは、『私が気に入っているのは子爵家のリュート様なんですから、王太子にも公爵にも興味がありません』と言っていたんだ……」
「……へ……?」
僕は間抜けな声を出した。
あまりに予想と違う言葉だった。
「僕を気に入ってるなら、夫探しなんてする必要ないだろう!?」
「だよな……」
僕の叫びにヴィンセントも深くため息をつく。
「……やっぱり、僕じゃなくて僕の実家のヴァルセイン子爵が気に入ったって事なのかな……」
しばらくの沈黙の後で僕がつぶやいた。
「……ミレシアの父上のヴェルディア侯爵はなかなか厳しい人だからな」
幼なじみだけあってヴィンセントはミレシアの父親のこともよく知っているようだった。
自分の利益の為に、随分格下の子爵家の僕と娘を政略結婚させるくらいだからなぁ。
どこの家だって住めばよく思えたのかもしれない……。
それなら、一緒にいる夫のことだってよく見えるものじゃないのか?
——やっぱり、ミレシアは僕のことは……
「……なら、俺ん家だって良いだろう……?」
すぐそばから、呟きが聞こえた。
ヴィンセントが、特に不満のなさそうな顔で呟いている。
ただの素朴な疑問だったんだろう——。
週末の夜に食堂に向かうと、ほとんどの騎士が実家に帰っているので人はまばらだ。
僕はミレシアが子爵家にいる時は一目散に実家に走ったけど、今はミレシアが食堂で配膳をしている。
「リュート様は、家にずっと帰らないんですか? お父様とお母様が寂しがっていると思います」
ミレシアが僕の食事を渡す時に言う。
今までもミレシアとは挨拶程度には話したけど、こんなにしっかり話すのは久しぶりだ。
「また今度帰るよ……」
でも、ミレシアのそばにいたいからだとは言えず、会話は広がりようがなかった。
けど、これは何が言いたいんだろう……?
気に入ってる子爵家の父と母を本当に気遣って息子の僕に帰った方がいいと言ってるのか。
単に元夫の僕がいると夫探しが捗らないと言う意味なのか……。
夫探しを邪魔しそうなジュリアン様とネイサン様は実家からの呼び出しで、必ず週末には帰るから今はいない。
そして、レオン隊長が副隊長と食事を取っている。
会議室で、今後の打ち合わせをする予定なのかすでに仕事の話になっている。
ミレシアが入る隙はないと思いたいが……会議の終わった後に会うつもりなのか……。
ミレシアがそんなこと……!
僕は妄想を振り払った。
「リュートも行くか?」
食堂を出ようとすると他の騎士達に誘われる。
週末の夜は酒場に繰り出す者もいると聞いていたが、ずっと実家にまっすぐ帰っていたから参加するのは初めてだ。
誘ってくれた男たちが全員子爵家の嫡男や息子達なのが気になった。
「子爵なのにメイドのミレシアに相手にされない男達の集いだ」
ええ……!?
僕は、夫だったんだけど……。
ミレシアが実は侯爵令嬢で婚姻歴があることは一部の者しか知らない。
みんなミレシアを、ただの平民の美少女だと思っている。
「ただのメイドが王太子と公爵を振っちゃうんだもん、凄いよな!」
「『公爵と王太子の力を見せてやる』って言われて、受けてたったところも痺れたな!」
……ちょっとミレシア像が僕と違う気がする。
「ヴィンセントも結構ミレシアの事が好きっぽいよな!?」
「よく一緒にいるよな、子爵じゃなくて侯爵子息なのに!」
それは幼なじみだからだと思うけど、侯爵の方が子爵より下って、謎の価値観が形成されている。
「ミレシアは俺たちの事も相手にしてくれないけど、王太子も公爵も侯爵にも興味ないんだ! 俺たちの勝ちだ!」
「そうだ!」
いや、全然勝ってないと思うが、だいぶ酔っ払ってるな……。
「レオン隊長がミレシアの夫に選ばれたら、俺たち子爵の時代だー!!」
「おー!」
酔っ払いって最悪だなぁ。
「俺たち子爵の星! レオン隊長を応援するぞ!」
ドンッ!!
「……絶対に応援しない! ミレシアは僕のものだから、誰にも渡さない!!」
僕は酒のグラスをテーブルに勢いよく置くと、叫んでいた。
「うん、いいぞ! リュート! 全然相手にされてなくても気持ちが大事だからな! その意気だ!!」
グッと、みんなに笑顔で親指を突き立てられる。
いや、だから、僕はミレシアの夫……。
フッと意識がなくなった——。
——柔らかいものを下に敷いて寝てる感覚がする。
……ミレシア……。
「……リュート様……なんでいないんですか、ヴィンセント……」
……ヴィンセントなんて……いなくて良い。
……いない方がいい……。
「——……っ!?」
ガチャッと扉の閉まる音がする。
急に気持ち悪くなってきた……。
「……大丈夫か? リュート」
……。
「……ミレシア……」
「……違う、俺だ……」
「……ミレシア……」
「……違うっつーの!! ……あ……!」
……気分が良くなった——スー——。
「ね、寝るな、リュート!!」




