7 ヴィンセント
同室のリュートは週末は実家に帰っていたが、ここ数回は騎士団の寮にいる。
帰っていた理由は妻のミレシアに会いたかったからなんだろう。
ミレシアの為に買っていたんだと思うが、メイドや妹や姉のいる騎士に美味しいお菓子の店を聞いているリュートをよく見かけた。
妹のいる俺、ヴィンセントも聞かれた事がある。
俺は急に消えた幼なじみのミレシアを探している時だったから、妹ではなくミレシアの好きにお菓子を教えた。
俺も懐かしくなって、そのお菓子——マドレーヌを買って実家に帰って妹と食べた。
——そのミレシアは今騎士団の寮にいる。
だから、リュートが週末だからと実家に帰る理由もなくなったんだろう。
むしろ、騎士団の寮に残る理由が出来たのか。
しかし、なんだか今週は騎士達に連れられて酒場に向かった。
「『子爵なのにメイドのミレシアに相手にされない男達の集い』だ。侯爵子息のヴィンセントは残念ながら入れてやれないんだ」
別にそんな惨めな集いに参加したくないが……。
リュート!? お前はミレシアの元夫だろうが!!
その夜の俺は騎士団の寮に残っていたせいで、出かけて今は寮にいない騎士団長の親父からの用事を頼まれて遅くまで仕事をする羽目になった。
遅くなって、多分飲みに出掛けたリュートも部屋に戻っているだろうと思って、部屋まで戻ると、
ミレシアがいた——。
……なんで俺とリュートの部屋の前で……。
ほんのり赤く染まった頬に手を当てている。
物思いに耽っているように、扉の前から動かない。
——……!
「ミレシア……」
俺が声を掛けると、ミレシアがビクッと肩を振るわせた。
「ヴィ、ヴィンセント……! 何処に行ってたんですか? こんな遅くまで!」
「親父に頼まれて仕事してただけだ」
「え? 叔父様が戻っていらしたの!?」
ミレシアの顔が明るくなる。
なんで俺の親父が帰ってきたらそんなに喜ぶんだ。
「伝言で指示されただけだから、騎士団長が戻るのはもっと先だ」
「……そうなんですか……」
なんでそんなに落ち込む!?
俺が部屋に入りたい様子なのを見て、自分が扉を塞いでいた事を思い出したミレシアが移動する。
「ヴィンセント、リュート様が酔って寝ているのでちゃんと見てあげてくださいね」
またミレシアの頬が赤い。
酒場帰りの酔っ払った騎士達の世話はメイドの仕事……ではないが、ほっとく訳にもいかないのでやらされてる。
リュートは相当飲まされたのか?
「……分かった……」
俺が扉に手を掛けると、ミレシアは自分の部屋に戻って行く。
「……ヴィンセントがいなくて良かった……」
去り際にミレシアがつぶやく。
唇が妙に艶っぽく見えた……。
——なんだ?
嫌な予感がした。
「……大丈夫か? リュート」
部屋に入るとリュートが自分のベッドで寝ている。
顔色がかなり悪い。
「……ミレシア……」
リュートが寝言でつぶやいて、起き上がる。
「……違う、俺だ……」
ボーっと俺を見ているのに、焦点は遠くを見ている。
ミレシアはこれを聞いたのか……だから……。
「……ミレシア……」
またつぶやくと、今度は俺に抱きついてくる。
ミレシアにも抱きついたのか?
「……違うっつーの!! ……あ……!」
リュートは俺の胸の上で、吐いた——……。
パタッとリュートはベッドに倒れると、スヤスヤと気持ち良さそうに眠った。
「ね、寝るな、リュート!!」
……。
ミレシアにも……って、これはやってないか……。
メイドを呼んだら、多分ミレシアが来るんだろう。
仕方なく、俺は自分で片付けた。
親父に仕事を頼まれて、帰ったらこれ……。
惨めな奴らに無理矢理ついて行って、俺も酔っ払っていれば良かった。
——そしたら、ミレシアが俺がいなくて良かったなんて言わなかったのに……。
「ヴィンセント、もう昼だ、そろそろ起きよう」
リュートの声が聞こえて、窓からは強すぎる陽射しが差し込んでいた。
「……もういいのか? リュート」
「ああ、いつも通りだ」
昨日は、あれだけ酔っていたのにすっかり元気なようだった。
俺に吐いたからスッキリしたのか……忘れてるなら仕方ないが感謝くらいして欲しいもんだ。
「……ところで……昨日の夜……僕……まさか、ヴィンセントに抱きついてないよね……?」
リュートが恐々と俺に質問する。
「……覚えてたのか」
リュートが愕然とする。
「ま、まさか……吐いたりとか……」
「ああ、したな」
リュートがさらに驚く。
「本当に、ごめん!」
まあ、謝ってくれたからいいか……。
「それは、いいとして……」
リュート、本人が言う。
「よくねーよっ!! 本人が開き直るなっ!」
「あ、ごめん……もしかして、これも……やってるかなと思って……」
リュートの言葉尻が窄んで行く。
「……なんだ……?」
昨夜のミレシアの様子が目に浮かんだ。
あの……艶っぽい唇が——。
「まさか……押し倒してキスなんてしてないよね……?」
——っ!
俺は呆然とした……。
ミレシアを、押し倒して……キス……した……。
「……! ま、まさか……!! ほんっとに、ごめん!!」
リュートが土下座する勢いで、俺に謝る。
「いや、されてない! 変な誤解するな!」
「え? なんで固まってたんだ?」
「お前が、恐ろしい事を言うからだろう! 変な想像しただろう!!」
「あ、そうだね……ごめん……」
リュートはあからさまにホッとしてる。
俺もずっとリュートに、「押し倒してキスしたかも」なんてずっと誤解される事にならずに済んで良かった!
——でも、ミレシアとはキスしたんだな。
昨夜のミレシアの様子を思い出す。
リュートの眠る部屋の扉に寄り掛かって、赤くなった頬を手で押さえて、起こった出来事を思い返していた。
なんて、初々しくて可愛いんだろう——。
俺の胸の奥が疼いた。
でも、これっておかしいだろう——?
お前たちは、三年間夫婦だったんじゃないのか!!
キスした事が無いはずないだろう!?
——前に、ミレシアは、ジュリアン様とネイサン様に頬にキスされた時も言っていたが……。
『頬でも……キス……初めてなのに……』
本当に夫婦の間にキスもしてなかったのか——?
俺は、目の前で俺とキスしてない事に安堵しているリュートを見つめた。
リュートが、ミレシアを好きって本当なのか?
ジュリアン様とネイサン様が騎士団の寮に戻ってきた。
「ミレシア! 会いたかったよ!」
「俺も会いたかった」
食堂で二人はミレシアに抱きついている
正直に言うと、お二人のことは応援できない……。
ただ、リュートに対抗するためには必要なのかもしれない。
——俺は、リュートとミレシアの誤解を解きたいと思っていたのに……。
でも、結婚して三年間もキスしない夫婦なんているか?
二人には、何かがあるんだと思う。
それが分からないと……俺の胸のモヤモヤが消えない……。
ジュリアン様とネイサン様に抱きつかれて、ミレシアは笑っていた。
ネイサン様の狙い通りに、二人はミレシアと仲良くなっていると思う。
でも、ミレシアの視線の先……食堂の隅にリュートがいた——。




