15 ミレシア
私、ミレシアはヴィンセントの家についた。
子供の頃からお母様に連れられてよく遊びに来ていただき場所だ。
騎士団の寮からのヴィンセントの家に続く道は通った事が無かったけど、途中からは見覚えのある風景が続いて屋敷の近くに来た事が分かった。
昔もヴィンセントに馬に乗せて貰った事があった。
ヴィンセントの妹のカタリナと遊んでいて、馬で出掛けようと言うことになった時に、私は馬に乗れないからカタリナが乗せてくれることになった。
でも、ヴィンセントに見つかって、「危ない! 馬に乗るなら必ず俺に言え」と言われて、それから何年もカタリナと出かける時にはヴィンセントもついてきてくれた。
三年ぶりで懐かしいはずだわ。
ヴィンセントの家に着くとカタリナが泣きながら迎えてくれた。
私は騎士団の寮でヴィンセントに再会して三年の時間が巻き戻た気がしていて、カタリナともいつも会っている幼なじみという気分だったけど……三年ぶりなんだ。
ここまでの風景を懐かしく感じるくらいの時間が経っていたんだ。
カタリナと泣きながら再会してカタリナの部屋で今までの話をする為にヴィンセント馬を残して屋敷に入る。
ヴィンセントはその間に、屋敷での私の部屋を用意してくれるという。
カタリナと屋敷の中へ歩いて行く私を、ヴィンセントがずっと見ていてくれる。
昔も、カタリナと馬での遠出から帰った後にヴィンセントが馬と一緒に私たちを見ていてくれた。
カタリナが自分の馬をヴィンセントに押し付けているから、悪いと思ったけど、
『厩舎にカタリナがいる間、ミレシアが退屈するだろう』
ヴィンセントはそう言って嫌な顔せずに馬を二匹連れて私とカタリナが屋敷に入るのを見守ってくれた。
一度だけ厩舎まで行った事があったけど、ヴィンセントが言う通りで、私には退屈だった。
カタリナも馬が好きだから、厩舎にいけば楽しそうで、私だけ厩舎から少し離れて見ていた。
『ミレシアは馬が嫌いなのか……?』
『嫌いじゃないですけど、一人でそばに近づくのは苦手なんです。でも、ヴィンセントが好きな事なら、好きになります』
私が言ったら、ヴィンセントが真っ赤になって喜んでくれた。
ちょうど社交界にデビューする直前で、結局、馬を好きになる機会はそれから持てなかった……。
「三年間も私を探していてくれたの? ヴィンセントと一緒に……」
「そうよ。お兄様の方が熱心に街でミレシアが行きそうな店を熱心に回っていたけれど」
「……そうだったの……」
カタリナの部屋のテーブルには私の為のお菓子が用意されていた。
マドレーヌは私が大好きなお菓子だった。
リュート様のヴァルセイン子爵家でまだ契約結婚だと思って結婚していた時に、リュート様が騎士団からの帰りに、買ってきてくださった事がある。
私はリュート様と一緒にお茶にして一緒にマドレーヌを食べた。
マドレーヌは私の大好きなお菓子で、私自身を食べているような幸福感があった。
『ミレシアと似てるね、このお菓子』
リュート様が私が密かに思っていることを言ってくれて嬉しかった。
丸い貝殻の形が可愛い、優しくて甘い美味しさのお菓子。
マドレーヌが自分みたいなんて言うと変だけど、ずっとそういうイメージでいたいと思っていたの。
カタリナの用意してくれたマドレーヌを前にリュート様を思い出して幸せな気分になった。
「私の子供っぽい主張を、まだ覚えていてくれたのね、カタリナ」
「お兄様が覚えていたのよ。騎士団で女性の好きなお菓子を聞かれて、お兄様はミレシアが好きなお菓子を思い出したんですって。妹の事よりも、ミレシアのことを先に考えるなんて、お兄様らしいけど」
「え……?」
「騎士団で聞かれて懐かしくなって、お兄様がマドレーヌを買ってきてくださったのよ。私はお兄様と一緒に食べながら、ミレシアを食べてるみたいって思い出したの。それからは、いつでもミレシアが見つかったら一緒に食べれるように、マドレーヌはずっと切らさずに台所にいつも置いてあるのよ」
「……そう……なの……」
——『可愛いから、ミレシアみたいな形だと思ったんだよ』
小さなヴィンセントが言う。
私が遊びに来る前日に、叔母様と街の中心に出掛けていたヴィンセントが、たまたま見つけてマドレーヌを私みたいだと買ってきたものだった。
『私の形なの?』
貝殻の形でふんわり丸い形が可愛いくて、ヴィンセントには私がこう見えていると思うとなんだか嬉しくなった。
それに美味しから大好きになったの……。
「あ……」
マドレーヌは私とヴィンセントの思い出のお菓子だった。
ヴィンセントは小さな頃から、私に優しくて、とても可愛がってくれて……。
『ミレシアみたいな子と一緒に馬に乗れて、俺はとても幸せだよ』
カタリナが馬に乗って遠出しようという度に、ヴィンセントまで私を連れていく為についてくる。
『いつも巻き込んでごめんなさい』と言ったらヴィンセントが言ったんだ。
その数年後に、ヴァルセイン子爵で似たセリフを聞く。
『あなたのような人を契約結婚でもお嫁さんに出来て、僕はとても幸せです』
リュート様が言ったんだ。
初めてお会いした契約結婚の相手。
私に気を遣っての、優しさと笑顔。
ヴィンセントに似てる——。
心の片隅で思った。
その時の私は、ヴィンセントの事を諦めなきゃと必死に考えないようにしていたから、似ていると思った事も意識できなかった。
でも、ヴィンセントと同じセリフに、私の張り詰めていた心が溶けていった。
同じ歳の同じ騎士団に所属する見習い騎士だった。
同じなら、絶対に結ばれないヴィンセントに恋していた事はなかったことにすればいい。
目の前のリュート様を好きになればいいの。
——これは、一目惚れ。
契約結婚の話を聞いた時に、私は泣いた。
社交界デビューして旦那様を探すなら、ヴィンセントが選んでくれることもあるかもしれないのに……。
最低でも三年間の契約結婚で、見ず知らずの子爵家へ行かなくてはいけないなんて……。
きっとその間に、ヴィンセントは別の人と結婚してしまう……。
泣いても、泣いても、契約結婚をしなければいけない事実はなくならない……。
お父様が身勝手な事は分かっていたでしょう……。
思い出が……蘇ってくる……ずっとなかった事にしていたのに……。
「ミレシア、部屋が用意できた……」
ヴィンセントがカタリナの部屋にきた。
ビクッと私の肩が動く。
ヴィンセントの顔が私の方を見ていた。
ドキッと胸が高鳴る。
忘れていた気持ちが動き出す。
十年以上の積み重ねが、この場所に来ない事で思い出さずに済んでいたんだ……。
一度思い出してこの屋敷に居続けたら、あっという間に、染まってしまうかもしれない。
「ヴィンセント……」
「どうしたんだ、ミレシア?」
ヴィンセントは私の様子にただ事ではないと感じたようだった。
私は、次の言葉を紡ぐ事に息苦しさを感じる。
ヴィンセントが好き——この屋敷で過ごした私が言っている。
でも——、
「リュート様に、会いたいの……」
契約結婚で過ごした三年間、リュート様に感じていた愛も嘘じゃない。
本当に私はリュート様を愛している——。




