10 ヴィンセント
また、ミレシアが俺の部屋の前で物想いに耽っている。
子爵三人組に頼まれて用事を片付けていたんだが、無駄に要件を長引かせようとするから途中で帰ってきた。
ミレシアはなんで俺の部屋の前にいるんだ?
また、少し顔が赤い……。
ミレシアの唇が動くと何かを言っているように動いてにこりと笑う。
——っ!
笑顔が可愛すぎて、俺の頬も赤くなる。
「ミレシア」と呼びかけるタイミングを失う。
俺の方を見ずに、ミレシアは反対の方向に向かい、端の階段を降りて行った。
ドキドキと俺の心臓が高鳴っている……なんで俺はミレシアに声が掛けられなかったんだ——。
バタッと扉を開けると、リュートがベッドに腰掛けていた。
やっぱり、こっちも頬が赤く染まっている。
ミレシアはリュートと会っていたのか……。
「離縁したはずじゃないのか、お前たちは」
リュートが俺に今気づいたように顔を向ける。
「……してないんだ……」
「は!?」
いや、離縁したからミレシアは騎士団に来たんだろう?
「離縁する日にミレシアが出て行っていなかったんだ……だから、離縁の手続きが出来てないんだ……」
「手続き……いや、なんで今まで黙ってたんだよ!」
リュートはミレシアの元夫どころか、紛れもなく夫じゃないか!!
リュートは顔を伏せて続ける。
「離縁しなければいけないことは分かっていたけど、ミレシアが新しい夫をさがすって言うから……僕の本当の気持ちを伝えても確実に振られる事が分かってしまって……言い出せなかった……」
「なんだ……それは……。どうして、『離縁しなければいけない』なんだ? それじゃ、離縁する事が確定していたみたいじゃないか!」
俺が言うとリュートは、ハッと驚く。
まだ、隠している事があったのか——。
「喧嘩でもして離縁する事になったけど、リュートはまだミレシアに未練があるから、話し合って、リュートがミレシアに本当の気持ちを伝える必要があるんだと思っていたけど……違うのか——!」
リュートの言うことだけじゃない。
ミレシアのあの初々しい反応を見た後だと、俺の言ってる事は当てはまらない。
ミレシアが喧嘩したくらいでリュートと離縁するなんて言うはずがないだろう。
ミレシアもリュートの事が好きで、離縁なんて微塵も考えてない様子だった。
それなのに、『離縁しなければいけない』で、『離縁の日」まで決められていた。
そして、ミレシアの『頬でも……キス……初めてなのに……』と言う発言。
「お前たちは、どう言う経緯で結婚したんだ……?」
ミレシアは社交界デビューしたばかりで、 ネイサン・ローゼン公爵子息に誘われていたくらいなのに……なんで子爵のリュートと結婚する必要があったんだ?
親同士の決めた政略結婚なんて珍しくないが、子爵子息のリュートが侯爵令嬢のミレシアを妻に出来る程の何を持っていると言うんだ……!
でも、本当の結婚じゃなければ。
離縁させる予定で、契約した結婚なら?
ミレシアは、後から別の身分の高い男の嫁にもやれる。
そんな状態で、契約がミレシアとリュートに身体の関係を許すはずがない。
だから、ミレシアはまだ——。
——っ!!
俺は真っ赤になっている。
リュ、リュートが見ているのに……。
リュートの妻のミレシアの事を考えて……。
「——……ヴィンセント……」
リュートに怪しまれてる。
でも、考えが止められない、
ずっと、三年間、人妻になってしまったと思っていたのに……。
俺のミレシアじゃなくなってしまったと思っていたのに——!
でも、ミレシアは——。
この部屋の扉前で、この間もさっきも、幸せそうに微笑んでいたんだ。
リュートに押し倒されてキスされて、ミレシアは嬉しかったんだ。
さっきもリュートと話をした後にあんなに幸せそうに微笑んでいた。
ミレシアは——。
「ミレシアと、さっきはここで何を話したんだ、リュート」
俺はとても落ち着いてリュートに話しかけ
た。
ただならぬ雰囲気を感じていただろうリュートは、少し緊張しながら答える。
「この前、俺が酔った時にミレシアがお前のいるこの部屋まで連れてきてくれた事と、『俺の子爵家にいる時より、騎士団の寮の方がミレシアが幸せそうで良かった』と言ったら、『リュート様のそばにずっといられますから』って言って……」
カァァッと思い出して、リュートは赤くなっている。
……ミレシアは……。
リュートの事が好きなのか……。
それが、契約結婚でも——。
リュートは、赤くなった後に落ち着いて来ていた。
「……お前が勘違いしてる事、もっとあるぞ」
「……え……? 何……?」
リュートは俺が言うとビクついた。
勘違いで実は幸せな事が分かった男にしては、ビビり過ぎてる。
契約結婚というのはなかなか面倒臭いんだな。
「お前が酔って帰って来た時、俺は部屋に居なかった」
「え゛……」
「お前が俺を押し倒して……キスしたって……ミレシアだったんじゃないか?」
リュートが固まる。
赤くなってるのか青くなってるのか分からない。
「……ミレシアはそんな事いって……」
「言えないだろう? ミレシアは、お前を好きでも、お前と離縁したと思ってるんだ。キスされたって言ってどうなるんだよ」
「……それは、僕もミレシアのこが好きで、離縁は本当はしてないから……ただ、夫婦なだけで……」
リュートが、自分の言った事にハッとした。
そうだよ、お前たちに何の障害があるんだよ。
ただの仲の良い夫婦だろ!
「……でも、この結婚は契約で……」
「そんなの関係ないだろう! 何かあるなら夫婦で解決すれば良いだけだ、……お前がミレシアを好きで、ミレシアもお前を好きなだけだろう。ちゃんと話し合え!」
ズキっと全身を貫く胸の痛みは気にしない。
「……うん、そうだな……ありがとう、ヴィンセント!」
リュートが吹っ切れたような笑顔を向けた。
ミレシアがリュートを好きなんだ、もうしょうがないだろう……。
——俺が、どんなにミレシアを好きでも、もう終わった事だ——。




