9 リュート
僕、リュートは、ミレシアがジュリアン様とネイサン様に抱きつかれるのを見ているしか出来なかった。
休日の間は実家に呼ばれていたお二人だった。
ミレシアに対して子爵好きを止めさせると宣言していたが、これはその一環か。
夫の僕だって抱きついたことはないのに……。
二日前の夜に、酔ってミレシアを押し倒してキスしてしまった気がしたけど、それはヴィンセントに吐いただけだった。
ミレシアを抱きしめることが出来たら……ちゃんと愛してるって伝えられるのに。
「リュート、悩んでるみたいだな」
ミレシアたちを眺めていたら、子爵の三人に声をかけられる。
二日前に一緒に酒場に飲みに行った子爵の一部だった。
「俺たちは、レオン隊長よりもお前の方を応援する事にしたんだ、リュート!」
「……応援って?」
応援してもらうような事は何もないけど。
「『ミレシアは僕のものだから、誰にも渡さない!!』って言ってただろう」
え……?
「そこまで、強く思っているなら、告白くらいはさせてやろうと思ってな」
「……言ってない。僕はそんなこと言ってない!」
ミレシアを誰にも渡したくないとは思っているけど……僕は契約結婚しただけの夫なのに、ミレシアを自分のものだと思うなんて……。
「まあ、なんとかリュートがミレシアと二人っきりになれるようにするから、心の準備はしておけよ!」
話を聞いてくれない。
子爵三人組は行ってしまう。
……勝手な事を……心の準備って、振られる準備になるだろう!
ミレシアの方を見ると、ジュリアン様とネイサン様がいなくなって、別の騎士の配膳をしている。
最初と比べると格段に配膳の手際が良くなっていた。
きっと、僕と離れたらミレシアの周りでは色々なことが変わっていって、それに対処するうちに僕の知ってるミレシアじゃなくなってしまうんだろう。
三年間の契約結婚でただ一緒にいなければいけなかっただけの人だ。
契約が終わったらそれで終わり。
でも、それは嫌だ。
これからもずっとミレシアは僕の知ってるミレシアでいて欲しい。
僕のものでいて欲しい——。
そうか、僕は今のミレシアを自分のものだと思っているのか。
そして、ずっと変わらずにいて欲しい……。
でも、それは無理だ……。
今のミレシアは、父親のヴェルディア侯爵に与えられたものにすぎない。
ミレシアに自分の気持ちを伝える事で、僕はその与えられた状況と完全に決別しなくてはいけない。
侯爵家から押し付けられて断れなかった契約結婚だった。
ミレシアを僕の妻にする事で、ヴェルディア侯爵が何をしているのか、ヴァルセイン子爵家には分からないようになっていた。
詮索もしない事を約束させられ、調べようとしても近づけない。
契約違反があれば僕の父のヴァルセイン子爵を社会的に抹殺することも出来る権力がヴェルディア侯爵にはあった。
何より毎月、領地を貸している事で支払われる金が、ヴァルセイン子爵家と領地にとってはなくてはならないものだった。
だから、何か良くないことが行われている予感があっても何も言うことが出来なかった。
何も知らなフリをして過ごすのが一番いい。
ミレシアとも本当の夫婦にならずに楽しく過ごせればいい。
でも、愛してしまったなら——。
契約結婚の終了の日に、ミレシアに僕の本当の気持ちを伝えるつもりだった。
彼女が僕を好きじゃないのなら、もう彼女の人生には関われない。
だけど、彼女も僕を好きでいてくれたなら。
見ないふりはやめる。
ヴェルディア侯爵が何をしているのか確かめて、不正があるなら告発して、彼女を父親から解放する。
それで、僕の父や母、領民たちと対立する事になっても、彼女の為ならやれると思った……。
今だってその気持ちは変わっていない。
寮の部屋で考え事をしていると扉がノックされた。
開けるとミレシアがいた。
「『ヴィンセントを捕まえたから、ミレシアにあの事を伝えてろ』と子爵の三人からリュート様に伝言を頼まれました」
し、仕事が早い!
心の準備なんて出来てないのに……!
「……あ、入って」
僕はミレシアを部屋に入れたけど……ミレシアが顔を赤らめてる気がするのはなんでだ?
部屋に入れたはいいけど、騎士の寮の部屋には椅子やテーブルなんて上等なものはない。
ミレシアにはベッドに座って貰ったけど……妙に緊張してしまう。
あれはヴィンセントに吐いた時の記憶だけど、僕にとってはこの部屋のこのベッドの上でミレシアを押し倒してキスしたイメージで覚えてしまっている。
真相を知っていたら滑稽だけど、それでも僕にはミレシアを連想させてドキドキしてしまう。
それで告白しろと言われいるんだから、緊張で何も言葉が出てこなくなる。
僕とミレシアが契約結婚をしていた事を確認して、契約の終わりに君に愛を伝えるつもりだったと言えば、ミレシアを責めているように聞こえるし……。
でも、どうして騎士団の寮に居るのかは知りたいし……。
「リュート様、具合はいいんですか?」
ミレシアが僕を見て聞く。
「……僕は、別に病気だったことは……」
あれ? 酔って記憶がない時の事をミレシアは知ってる——。
寮にいた子爵ほぼ全員が酔って帰ってきたんだ……ミレシアにも知られていても不思議じゃない……。
「伝えたいことってなんですか?」
この流れで……!?
「この間、僕が酔っ払ってた時に、もしかして、ミレシアが僕を介抱してくれたの……」
「あ、そのことですか? それなら、部屋までリュート様を連れて来たのは私です。その後は、ヴィンセントがやってくれました」
「ああ、やっぱりミレシアだったのか……でも、やっぱりヴィンセントが部屋にいてくれて良かった」
そうか、ヴィンセントが部屋にいたんだから、押し倒してキスするなんて止められるに決まってるよ……。
僕は完全に否定されて、ホッとしたような、がっかりしたような気持ちになった。
ミレシアはにこりと笑ってる。
僕が変に勘違いしている事を分かっているって顔をしてる。
「これが知りたかった事だから……こんな事で呼んでごめん」
僕は、結局、告白は出来ない……今のミレシアは満足そうなんだ。
これを壊したくない。
「……子爵家にいる時より、騎士団の寮の方がミレシアが幸せそうで良かった……」
僕は心からそう思った。
「だってリュート様のそばにずっといられますから」
え……?
パタンっと扉が閉まって、ミレシアは消えていた。
え? 今なんて……?
『だってリュート様のそばにずっといられますから』
そう、はっきり聞こえたけど……。
まさか、ミレシアが騎士団の寮に居るのって……夫探しじゃない……?
——僕のそばに、いるため?




