11 ミレシア
騎士団の寮の三階、リュート様の部屋の前に私、ミレシアはいた。
『だってリュート様のそばにずっといられますから』
私は、リュート様の部屋から出る直前に、リュート様に言ってしまった言葉を声を出さずに繰り返した。
言ってしまった——!
もうリュート様が大好きだって言ってるのも同じ。
リュート様を、私のお父様のことにこれ以上巻き込みたくないけど、きっと叔父様がちゃんと解決してくれる。
リュート様にキスされて、なんだか色々なことが前向きに考えられるような気がした。
私は、明るい気持ちでにこりと笑うと、階段の方に歩いて、下にある自室に向かった。
——翌日は騎士団長——叔父様の部屋の掃除を頼まれた。
騎士団長の部屋は一般の騎士たちの部屋や食堂がある場所とは違う棟にあった。
こっちは騎士団長と副団長の個室と、会議室や執務室、来客用の部屋などがあって、落ち着いた静かな場所だった。
叔父様がもうすぐ騎士団に戻ってくるからいつもより念入りに掃除するようにとメイド長に言われた。
もうすぐ帰ってくるって!
叔父様は、実は私の父、ヴェルディア侯爵の不正の調査の為に騎士団を留守にしていた。
リュート様のヴァルセイン子爵家の領地を使って、他国に対して不正を働いていたのだ。
かなり慎重に進めなくてはならない要件だった。
叔父様は騎士団長で、フェルスター侯爵でもある。
私の父とは同じ侯爵家の嫡男で同じ歳で、昔から交流があったらしい。
友人というほど親しくはなかったらしく、私とヴィンセントが幼なじみなのは母親同士が仲が良いからだけど……。
私が父の不正について相談した時には驚いていた。
私が、騎士団の寮に着いて、叔父様が入れ違いで調査に出発する時に、私よりも父の疑惑に悲しい表情を作っていたと思う。
——でも、調査を終えて帰ってくる!
きっと、父の不正は暴かれて、処分されると思う。
それを良い知らせだと喜ぶ娘は良い子ではないのかもしれないけど……リュート様やヴァルセイン子爵家のみんなには良い事だから……。
叔父様が帰って来るのが待ち遠しくて、掃除がはかどった。
掃除が終わって帰ろうとすると、騎士団長の部屋にリュート様が入ってくる。
「リュート様? 騎士団長はまだお帰りじゃありません、もう直ぐお戻りになるそうですけど……」
リュート様は私の方を真すぐ見つめていた。
何故かドキッとしてしまう。
空気が張り詰めていくような気がした。
「——実は、僕がミレシアを騎士団長の部屋に呼び出して貰ったんだ……」
「え? リュート様が呼び出して……ということは、騎士団長が帰って来るって言うのが……嘘……」
期待していただけでにズンっと気持ちが落ち込む。
「ああ、違う! 騎士団長は本当にもうすぐ帰って来るみたいだよ! ヴィンセントがミレシアと話すなら騎士団長の部屋が静かで良いって言うから、……僕じゃなくてヴィンセントがミレシアを呼び出したのかな、これだと」
リュート様が慌てて訂正する。
ヴィンセントが、私とリュート様を会わせてくれたの?
「私、ヴィンセントにも、リュート様と私が契約結婚だって言っていないんです」
「うん、でも、気付かれてしまったんだ。三年も結婚してたのに、キスした事ないのはおかしいって……」
「え……」
リュート様が酔っ払って私にキスした後で、廊下に出た後で部屋の扉の前でヴィンセントにあったわ……。
あの時の私の様子で分かったの……?
た、確かに、初めてのキスで舞い上がってる子みたいに見えたと思うけど……キスしたのもバレてた!?
リュート様だって気づいてなかったのに……。
「……ごめん、ミレシア、君をお、押し倒して、キスして……酔っ払っていたとはいえ……」
「……」
リュート様が私に謝る。
リュート様にとって、私にキスした事が間違いだったの?
私は嬉しかったのに——。
でも、リュート様は酔っ払って押し倒してキスした行為自体を謝ってくれているんだ。
私が好きとか嫌いとか私たちの関係では変わらない、行動自体が良くないことだから。
それでも、私がそれに答えるなら、自分の気持ちを確定させなけれいけない……。
初めてのキスで、リュート様が私の名前を呼んでくれて、私を見て、キスしてくれたの。
とても嬉しかった……!
——でも、リュート様が好きとは言えない……リュート様から好きと言われても答えられない。
まだ、叔父様が戻っていないから、お父様の問題が片付いていないから……。
言えないの——。
「——でも、僕は反省してないんだ」
リュート様が言う。
「え?」
「こうでもしないと、僕は迷って何も前に進められなかったから、ミレシアに好きだって伝えるしかない状況になって良かったと思う!」
リュート様が笑顔で私を見てる。
リュート様は決めてしまったんだ……私の父の不正と戦うって。それが、どんな大変な道になるのか……っ!
「私は、嫌でした……リュート様にキスされるなんて……」
私がリュート様を拒絶して、父の不正が正されなくても、リュート様が大丈夫なら道を残すしかない——。
「ダメだよ、ミレシア。もう手遅れだよ。僕はもう、ミレシアがずっと僕のそばにいたいから騎士団の寮にいる事を知っているんだ。君が、僕を好きだってことは隠せないよ」
「あ……」
『だってリュート様のそばにずっといられますから』
舞い上がって、そんなこと言ってしまうから——。
「何があっても僕もミレシアのそばにずっといるよ」
リュート様が私の手を掴んで、自分の胸に抱き寄せる。
力強くて、暖かくて……。
まだ、言い訳して逃げることは出来たのに——。
ずっと、張り詰めていた気持ちが溶けてしまった。
たったこれだけで。
私もリュート様を抱きしめる。
リュート様の身体が驚いて鼓動が早くなった。
「ミレシア……」
二人で抱き合っているだけで、三年間の時間が溶けていく。
ずっと二人の気持ち同じだったから。
キスするのが当たり前の夫婦になった気がする。
窓から差し込む赤い夕日が、二人を照らしていた。
灯りを付けないと部屋の物が見辛くなっていた。
「戻ろうか……ミレシア」
リュート様に言われて、名残惜しいけど、騎士団長の部屋を後にする。
「……僕たちがまだ夫婦だって、知ってた?」
リュート様が歩きながら言う。
「……お父様が手続きをすると思っていましたけど、もしかしたらしていないのかもとは思っていました」
リュート様と夫婦でも並んで歩くだけで、手はつなげない……。
「騎士団長が君の父のヴェルディア侯爵を調べているっていうのは、レオン隊長にヴィンセントと一緒に行って聞いたんだ。僕がミレシアを守るつもりがあるなら話すようにレオン隊長は騎士団長から言われていたんだ。僕が迷っていたばかりに、心配させてごめん、ミレシア」
私は首を振る。
「私がそばにいたかっただけですから。叔父様には叔父様のフェルスター侯爵のお屋敷で、叔母様とヴィンセントの妹で私のもう一人の幼なじみと待つことも出来るって……本当は、そっちを進められていたんです。
でも、私がずっとリュート様のそばにいたくて、騎士団の寮が人で不足何を聞いて無理矢理メイドとして押しかけたんです」
「……そ、そうだったの!?」
リュート様が驚いている。
「そのせいで、変な手紙を書いてしまってごめんなさい」
リュート様を心配させてしまって、きっと謝るのは私のほうがずっと多い。
「……うん……それはすごく心配だったけど……やっぱり僕もミレシアと一緒にいられて嬉しかったよ」
リュート様が笑ってくれて、私の胸が張り裂けそうになった。
なんて素敵な笑顔なの——。
私とリュート様は騎士団長の部屋のある棟を出る。
ここを出たら私とリュート様はまた他人の演技をしないといけない。
叔父様が戻られて、父の不正についての決着がつくまで——。
「僕はずっとミレシアを思っている子爵子息のままでいいんだけどね」
リュート様が言う。
「私だってずっと子爵好きのメイドですよ」
私とリュート様は扉の前で、キスをした。
愛のなかった契約結婚は終わって、愛し合う夫婦になった。
それは、今だけは秘密だった——。
今だけは——。




