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魔力ゼロの無能判定を下された転生者、本物の身体操作で世界を凌駕する  作者: Y.K
第1章

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最初の|術理《システム》と、静かに迫る鉄錆の足音

「──ふぅ、よし。これで第一段階の数式固定(アンカー)は完了だよ、ジン」


 秘密基地である廃屋の片隅で、エルが額の汗を拭いながら、上質な紙のノートを掲げてみせた。

 そこには、炭とわずかな魔力インクで、幾何学的な魔術数式(マナ・フォーミュラ)がびっしりと書き込まれている。


 僕たちの『最初の共同研究』の成果。

 それは、僕のスピリチュアルで胡散臭いとも言える極意──自分の認識を建物、そして世界全体へと拡大させる『圏境けんきょう』の身体感覚を、エルの超一級品の頭脳で完全にシステム化したものだった。


「僕がいくら『意識の愛や慈しみで空間と調和するんだ』って言っても、普通の人にはオカルトにしか聞こえないからね。それをここまで明確な魔力波形の同期理論に落とし込めるなんて、やっぱりエルは最高に優秀な相棒だよ」


「もう、からかわないでよ……。でも、本当に不思議だね。ジンの言う通りに、自分の意識を『自分の内側』じゃなくて『ジンのいる空間全体』に溶かすようにイメージすると、僕の頭の中で暴走していた魔力波形が、ジンの穏やかな魔力と完全に調和するんだ。波形が相殺(キャンセリング)されて、胸の奥の痛みが消えるだけじゃない。……ほら」


 エルがスッと自身の右腕を前に突き出す。

 その瞬間、エルの衣服の袖が、内部から発生した微細な空気の振動で細かく震えた。


「ジンの『圏境』の波動と、僕の『魔力局所循環』の数式を完全に同期リンクさせることで、僕の病弱な肉体を、ジンの完璧な身体操作のデータで『上書き駆動』させているんだ。──これなら、僕の細い身体でも、ジンの『軸定』の威力を十割再現できる。2人の魔力と身体を一つに繋ぐ、僕たちの初めての共同術理──『圏境・共鳴軸』コスモ・シンクロニシティの完成だね!」


 エルは満面の笑顔で言った。

 これこそが、僕たちの新世代の武術魔法の第一歩。


ただの自己満足のチートではない。病弱なエルが、僕の身体操作の感覚を共有して、自分の足で立ち、僕と同じ威力の拳を振るえるようになるための、再現性のある『後世への遺産』。のちに僕たちが創り上げる道場で、最初に門下生に受け継がれることになる記念すべき術理のプロトタイプだった。


「素晴らしいよ。やるのと語るのでは大違いの武術の世界を、君は見事に言語化してみせた。これなら、数年後には本当に『誰もが健康に、誰もが絶対に強くなれる道場』が開けるかもしれない」


「うん! その時は、僕が最初の門下生兼、副道場長だからね!」


 冷たい床に座り込み、2人でノートを囲んで未来の夢を語り合う。


 前世の僕の道場でも、こんな風に仲間たちと「ああでもない、こうでもない」と身体を動かしながら、技術の深淵を貪欲に追い求めていた。異世界に転生して、魔力ゼロの無能と蔑まれても、この知的な興奮と情熱だけは、あの頃と全く変わらない。いや、エルの頭脳がある分、前世以上のスピードで武が進化していくのが分かって、楽しくて仕方がなかった。


 しかし──そんな僕たちの密やかな幸福を打ち砕くように、廃屋の外の空気が、一瞬にして刺すような冷気へと変貌した。


「……む?」


 僕の『圏境』のアンテナが、村の方向から伝わってくる、尋常ではない『悪意』と『殺気』の波動を感知した。


 ただの子供の喧嘩のレベルではない。完全に人を殺し慣れている、冷酷な鉄の匂いがする集団の気配だ。


「どうしたの、ジン?」

「……村の様子がおかしい。エルの言う通りだったよ。どうやら、思ったよりも早く『大人の事情』が、僕たちの足元まで迫ってきたみたいだ」

 僕は買い物袋を手に取り、表情を引き締めて立ち上がった。


     *

 秘密基地を出て、村の中心へと続く一本道を急ぐ。夕暮れの赤黒い光が、不吉に周囲の影を長く伸ばしていた。


 ハルバート家の実家が近づくにつれ、その気配の正体が明確になっていく。

 我が家の前には、鈍い銀色に輝く頑強なプレートアーマーを身にまとった、体格の凄まじい男たちが、巨大な軍馬(ぐんば)に乗って数騎佇んでいた。甲冑の胸元には、精緻な刺繍で『ヴァレンシュタイン公爵家』の紋章が刻まれている。


 彼らが放つ、ステータス強化と膨大な魔力による、圧倒的な威圧感──本物の『魔導騎士』(まどうきし)の精鋭たちだ。


 村の住人たちは、遠巻きに恐怖に震えながらその光景を見守っている。


「──おい。平民風情が、我が公爵家の正規魔導師を妖術で暗殺しようとしたなどという大罪、元騎士のお前なら、その重さが理解できぬわけではあるまい」

 冷酷な、地を這うような声が響く。


 馬上の先頭に立つ、一際大きな黒い甲冑を着た魔導騎士の隊長が、地面に向かって冷徹な視線を投げ下ろしていた。


 その視線の先──我が家の庭の泥土の上に、僕の父親であるガルク・ハルバートが、両腕を後ろに組まれ、屈強な騎士たちによって無理やり地面に膝をつかされていた。


「クソッ……! バルト殿が倒れていたのは事実だが、我が子ジンはまだわずか七歳の子供だ! 暗殺計画など、何かの間違いだと言っているだろう!」


 ガルクは元騎士としての意地を振り絞り、身体強化の魔力を練って激しく抵抗していた。大人数人の腕力を跳ね除けようと、その太い腕の筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がっている。


 しかし、相手の魔導騎士たちは、ガルクの数倍のステータスを誇る帝国の精鋭だ。力み任せのガルクの抵抗は、圧倒的な物量の魔力によって無慈悲に抑え込まれていた。


「黙れ、反逆の加担者(かたんしゃ)が。証言はすでに得ている。エレノア様を唆し、公爵家に反旗を翻そうとした暗殺者の小倅──ジンを出せ。さもなくば、まずは親であるお前から、公爵家への不敬罪としてその首を刎ねる」


 隊長が腰の長剣を抜く。

 夕日の赤を浴びて、鋭利な鋼の刃が不気味な光を放った。


「あなた! お願い、ジンは何も知らないんです! どこかへ遊びに行っているだけで──」


 玄関先で、母親のセリアが涙を流しながら叫び、騎士たちに縋り付こうとしていた。しかし、非情な騎士の一人が、そのセリアの胸元を乱暴に突き放そうと、頑強な手甲に包まれた腕を振り上げる。

 両親の必死の愛。そして、それを踏みにじる理不尽な貴族の暴力。


 それを見た瞬間、僕の脳内のリミッターが、静かに、しかし完全に外れた。


「──ねえ。僕の両親から、その汚い手を離してくれないか」


 静かな、しかし凛とした少年の声が、張り詰めた庭の空気を切り裂いた。


 魔導騎士たちの視線が一斉にこちらを向く。

 そこには、買い物袋を提げたまま、線の細い、色白の七歳の少年が、一切の怯えもなく、淡々とした足取りで歩いてくる姿があった。


「ジン……!? 逃げろ! 来るんじゃない!!」

「ジン、ダメよ! 早く逃げて!!」


 ガルクとセリアが絶叫する。

 しかし、黒甲冑の隊長はニヤリと下卑た笑みを浮かべ、長剣を僕へと向けた。


「ほう……自ら現れたか、不気味な暗殺者のガキめ。バルトの奴め、こんな小倅に不意を突かれて失神するなどと、一族の面汚しもいいところだが……。まあいい。ここで公爵家の威信にかけて、反逆の芽は根絶やしにしてくれる」


 隊長が顎で合図を出すと、セリアを突き放そうとしていた一人の巨漢の魔導騎士が、獲物を見つけた肉食獣のような足取りで、僕の前に立ち塞がった。

 その手には、禍々しい光を放つ、肉厚の近接戦闘用ナイフ(タクティカル・ダガー)が握られている。

「おい、クソガキ。お前のせいで辺境まで駆り出されて迷惑してたんだ。……まずはその細い腕から、贅肉みたいに削ぎ落としてやるよ」


 騎士が凶悪な笑みを浮かべ、ステータス強化の魔力を爆発させる。


 ドッ、と地面の土が爆ぜ、巨漢の身体が弾丸のような速度で僕の目の前へと肉薄した。手元で閃く、鋭利なナイフの切っ先。常人であれば、その速度を視認することすらできずに、一瞬で肉塊に変えられているだろう。


 ──だけど、僕は、構えることすらしなかった。

 ただ、完全に身体の力を抜き、トロンとした『緩解』の極致の状態で、その刃を真っ向から迎え入れた。


(前世の武器術の基本だよ。刃物が迫る恐怖から、身体をガチガチに固めて力むから、刃のエネルギーが肉体に一点集中して、深く突き刺さるんだ。筋肉のブレーキをすべて外し、完全にリラックスして受ければ、刃物のダメージなんて──)


「死ねやぁ!!」


 騎士の渾身の突きが、僕の細い脇腹へと、正確に、そして容赦なく突き刺さった。

 衣服が裂け、鋭い刃が僕の肉へと食い込む──。


「ジン──ッ!!!」


 セリアの、この世の終わりかのような悲鳴が響き渡る。


 勝利を確信した魔導騎士が、下品な笑顔を浮かべ──そして、その表情のまま、完全に硬直した。


「……あ、え……? なんだ、これ……!?」


 ナイフを突き刺したはずの騎士の腕が、それ以上、一ミリも前に進まなくなっていた。


 衣服は裂け、確かに刃は僕の皮膚に触れている。しかし、僕の脇腹の肉は、まるで高密度の極上の真綿か液体であるかのようにエラスチックに凹み、刃の突進エネルギーを全て肉体全体の『脱力』によって四方に分散させ、地面へと逃がしてしまっていた。

 血は、薄皮一枚が切れただけの、わずか一滴すら流れていない。

 

「身体を固めない。相手の質量を、自分の肉体を通して床に落とす。……君たちの誇る魔力強化って、やっぱり力んでるから、僕のこの柔らかい皮膚すら貫通できないんだね」


 僕は、ナイフが脇腹に触れたままの状態で、驚愕に顔を歪める巨漢の騎士を見上げ、爽やかに微笑みかけた。


「ば、化け物……っ!! な、なんだお前のその身体はぁああっ!?」


 騎士が恐怖に叫び、慌ててナイフを引き抜こうとする。

 しかし、現代の論理派武術家が、そんな絶好の『死に体(隙だらけの状態)』を見逃すはずがなかった。


「僕たちの新理論、今から大人数向けに、実戦講義を始めようか」


 僕はスッと『軸定』の姿勢を取り、驚愕に凍りつく魔導騎士たちの中心へと、静かに、そして誰よりも速く踏み込んだ。

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