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魔力ゼロの無能判定を下された転生者、本物の身体操作で世界を凌駕する  作者: Y.K
第1章

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男装《だんそう》の天才美少女と、最初の共同研究

「……。あの、そろそろ離してくれないかな。男同士でこんなに抱き合っているのを見られたら、流石にその、変な誤解を生むというか……」


「あ……っ! ご、ごめんなさい! 僕、嬉しさのあまりつい……!」


 エルの細い身体がハッと震え、僕の胸から飛びのくようにして離れた。

 泥に汚れた顔を林檎のように真っ赤に染め、エルは気まずそうに視線を泳がせている。その仕草一つとっても、男の子にしてはあまりにも可憐(かれん)が過ぎる。


(……いや、落ち着け僕。前世でもこういう中性的な美少年はたまにいた。格闘技の世界にも、線が細いのにキレのある技を打つ天才少年はいたじゃないか。変に意識しちゃダメだ)


 僕は自分の乱れた『軸定』の呼吸をそっと整え、大人の理性を総動員して平静を装った。

「ううん、気にしないで。それより君の言っていた魔法理論、もっと詳しく聞きたいな。僕の身体操作の感覚を、そんな風に明確なシステムとして説明してくれた人は初めてなんだ」


 僕がそう言うと、エルの瞳が再びパッと輝いた。先ほどまでの泣き虫な表情は消え去り、まさに『水を得た魚』のような、生き生きとした知性の光が宿る。

「本当かい!? じゃあ、あっちの古い廃屋に行こう! あそこなら、普段は誰も来ないから落ち着いて話ができるんだ!」


 エルに手を引かれ、村のはずれにある崩れかけた古い物置小屋へと移動する。


 埃っぽい室内には、壊れた農具や古い木箱が転がっていたが、エルの陣地らしく、床の一角にはびっしりと炭で書かれた複雑な魔術数式(まじゅつすうしき)の数々が広がっていた。


「ここが僕の研究室なんだ。……実はね、僕の家は──超名門の『ヴァレンシュタイン家』なんだよ」

 エルは木箱に腰掛け、少し寂しそうに微笑みながら自身の秘密を語り始めた。


「ヴァレンシュタイン家といえば、帝国の宮廷魔導師を何人も輩出している大名家だよね? どうしてそんな名家の子が、こんな辺境の村の路地裏でいじめられていたんだい?」


「……僕の家は、絶対に『男の跡継ぎ』が必要な家系なんだ。でも、生まれたのは僕……女の子だった。だから、父親は激怒してね。僕の戸籍を男に偽り、髪を伸ばすことも、女の子の格好をすることも一切禁じたんだ。僕の本当の名前は、エレノア(Eleanor)っていうんだよ」

 エルの口から明かされた衝撃の事実に、僕は思わず目を見張った。


(やっぱり、女の子だったのか……! 道理で、あの柔らかさと良い匂いは男のそれじゃないわけだ。納得がいったよ)


 僕の疑念は氷解したが、彼女の置かれた境遇の理不尽さには、静かな怒りが湧いてきた。エルの告白はさらに続く。


「それだけならまだ良かったんだけど、僕は生まれつき身体が病弱すぎて、体内の魔力回路を稼働させると、肉体がその負荷に耐えきれずに壊れちゃうんだ。だから、既存の『膨大な魔力を外に放出する魔法』が一つも使えない。家からは『ヴァレンシュタインの恥晒し』としてここに隠居させられて、僕の作った理論を提出しても『魔法も使えない無能の妄想だ』って、誰にも信じてもらえなかった。……今日いじめてきた奴らも、本家から差し向けられた家庭教師の子供たちなんだ」


 エル──エレノアは、小さな拳を膝の上で強く握りしめていた。


 魔法至上主義のこの世界において、理論はあっても実演できない彼女は、ただの「嘘つきの落ちこぼれ」として虐げられていたのだ。


「なるほどね。既存の魔法が『魔力をガチガチに固めて外にぶっ放す』ものなら、確かに君の細い身体じゃ回路が焼き切れる。──だったら、僕の技を試してみようか」


 僕は部屋の中央に立ち、埃を被った頑丈な樫の木の丸太(かしのきのまるた)の前に立った。


「エル、よく見ていて。僕の『緩解』──君の言う『局所魔力循環』を、打撃に応用するよ」


 僕は構えない。ただ、丸太の前に自然体で立つ。

 筋肉のブレーキをすべて外し、体内の魔力抵抗を完全にゼロにする。そして、ただ右腕を、適切な角度で丸太に向かって『放り投げた』。


 ──ドンッ!(・・・・・)


 地響きのような低い質量音が廃屋に響き渡る。

 次の瞬間、大人が三人かかってもビクともしないはずの頑丈な丸太の内部から、メキメキと不穏な亀裂の音が響き、そのままボロボロと内側から砕け散った。


「なっ……!?」


 エルは木箱から飛び上がり、砕けた丸太に駆け寄ってその断面を凝視した。


「表面の皮はほとんど傷ついていないのに、内部の繊維だけが完全に粉砕(ふんさい)されている……!? やっぱりそうだ! 君は魔力を外に放出していない! 腕を振るう自重の物理エネルギーと、体内の魔力波形を完全に同期させて、打撃の衝撃波を『浸透流体』として相手の内部に流し込んでいるんだ! これなら、外に魔力を撒き散らさないから、回路への負荷が通常の魔法の百分の一以下で済む!!」

 エルは狂ったように炭を掴み、床の魔術式を書き換え始めた。


「これだよジン! この『力みを外す』という挙動を数式化すれば、僕のこの脆弱な身体でも、肉体を破壊せずに超絶的な身体強化が可能になる! いや、それだけじゃない! 君がさっき言っていた『軸定』、背骨の軸をミリ単位で揃える制御を組み合わせれば……ほら、ここの因数とここの魔力回路が完全に合致して──!!」


 エルの天才的な頭脳が、僕のリアル武術の感覚を、ものすごい速度で「誰もが再現可能な数式」へと翻訳していく。


 やるのと語るのでは大違いの武術の世界。しかし今、僕の『実践』とエルの『理論』という、世界最強のパズルがガチッと噛み合ったのだ。


「面白いね。エル、じゃあここの骨の角度をこう変えたら、魔力の流れはどうなる?」


「あ、そこはね、魔力の流体密度(りゅうたいみつど)が跳ね上がるから、さらに威力が浸透するよ! すごいよジン、君は天才だ!」


 2人で時間を忘れて床に数式を書き殴り、身体を動かし、実験を繰り返す。


 これだ。僕が求めていた、チートスキルに頼らない、自分たちの頭と体で磨き上げる本物の強さ。僕たちの『最初の共同研究』が、この小さな廃屋で産声を上げた。


 しかし、そんな最高の時間をぶち壊すように、廃屋の扉が荒々しく蹴り開けられた。


「──おい。何をしている、エレノア」

 現れたのは、高級な魔導ローブをまとった、冷酷な眼差しの中年の男だった。


 エルの言っていた、ヴァレンシュタイン家から遣わされた家庭教師──バルト(Barth)という魔導師だ。その後ろには、さっき僕が路地裏でボコボコにしたクソガキが、鼻に包帯を巻いて泣きそうな顔で控えている。


「父上、そいつだ! そいつが僕の魔法を無効化して、僕たちを殴ったんだ!」


「ふん。ハルバート家の無能の小倅か。エレノア、お前が色白の無能を唆して、我が息子に暴力を振るわせたな? ただでさえ我が家の恥晒しであるというのに、平民風情とつるんで問題を起こすとは……。少し、痛い目を見せる必要があるようだな」


 バルトは侮蔑の笑みを浮かべ、その手に持った杖の先端に、パチパチと高密度の炎魔術(ほのおまじゅつ)の光を灯し始めた。大人げなく、七歳の子供に向けて本気の攻撃魔法を放とうとしているのだ。


「ま、待ってください、バルト先生! ジンは関係あ

りません! 僕が──」


「黙れ、嘘つきの無能が。お前たちのような『ステータス底辺』には、強者の力がどれほど絶対的なものか、その身に刻んでやるのが教育というものだ」


 バルトが冷酷に杖を突き出す。

 エルが恐怖に身を竦ませた瞬間、僕はスッと彼女の前に立ち塞がった。


 そして、先ほどエルと一緒に完成させたばかりの、新しい術理の脳内数式を起動する。

「エル、さっきの理論、さっそく実戦で検証してみようか」


「え……? ジ、ジン、相手は本物の魔導師だよ!?」

「大丈夫。彼の魔法、魔力を固めすぎてて『ブレーキ』だらけだから。──僕たちの技術が、どれだけ神の領域に近いか、見せてあげるよ」


 僕は爽やかに微笑み、バルトの放つ炎の渦に向けて、静かに最初の一歩を踏み出した。

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