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魔力ゼロの無能判定を下された転生者、本物の身体操作で世界を凌駕する  作者: Y.K
第1章

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天才「美少年」との遭遇、あるいは怒涛のウザ理論

「おい、嘘つきの無能! 『魔力瞬間爆発理論』だあ? そんなにすごい理論があるなら、今ここで魔法を使ってみせろよ!」


「できないだろ? やっぱり全部妄想の嘘じゃん! ヴァレンシュタイン家の恥晒しが!」


 路地裏の湿った空気に、品性のない罵声が響く。

 先ほどのガキ大将とはまた別の、身なりの良い服を着た──おそらくは裕福な商人の子供か、下級貴族のクソガキどもが、一人の子供を囲んで泥の中に押しつけていた。


 いじめっ子たちが、容赦なくその子の細い背中を蹴りつける。

 泥まみれになりながら地面に這いつくばっているのは、驚くほど整った顔立ちをした、僕と同い年くらいの中性的な美少年だった。


 すっきりと切り揃えられた短い髪、大きな瞳。泥に汚れてはいるが、仕立ての良い白いシャツを着ている。

 その少年──エルは、悔しさに唇を噛み締め、大粒の涙をポロポロと流しながら、泥水の中で震えていた。しかし、その瞳の奥にある理性の光だけは、決して消えていなかった。


 僕は、買い物袋を左手に持ち替え、静かに歩みを進めた。

 右手の拳の関節を、パキパキと軽く鳴らす。

(……一日に二回も教育が必要な現場に遭遇するなんてね。本当に、この村の教育環境は世も末だな。よし、あの子もきっちり助けてあげようか)

 スッと呼吸を整え、体内の魔力密度を高めながら、僕はクソガキどもの背後に音もなく立った。


「ねえ。何をしてるの、君たち」

 僕が爽やかに声をかけると、いじめっ子たちが驚いたように振り返った。


「あんだぁ? 誰だお前、すっこんでろ無能!」

「なぜ彼をいじめてるんだい? 理由を聞かせてほしいな」

 僕が淡々と問い詰めると、主犯格のガキが鼻で笑いながら、泥まみれのエルを指差して理不尽な答えを返してきた。


「ハッ、こいつが嘘ばっかりつくからお仕置きしてんだよ! 魔法もまともに使えない病弱のくせに、偉そうに『既存の魔術構築は非効率的だ』とか言いやがってさ。使えない魔法の理論なんて、ただの妄想だろ! 嘘つきは殴られて当然なんだよ!」


 なるほど、と僕は脳内で納得する。

 要するに、自分たちの理解できない高度な話をされて嫉妬し、身体が弱くて反撃できない相手を数の暴力で蹂躙しているだけ、というわけだ。本当に、反吐が出るほどくだらない。


「そうか。理由はよく分かったよ」

「分かったなら失せ──」

「──じゃあ、僕が君たちをお仕置きする理由も、今からできるね」


 言い終わるよりも早く、僕は一歩を踏み出していた。

 足の裏から骨盤、背骨へと、ミリ単位の無駄もなく運動エネルギーを伝える『転位』の運歩。一瞬で主犯格のガキの懐へと滑り込む。


「え──」


 ガキが声を漏らす暇すらなかった。

 僕は拳を振り回さない。ただ、最短距離の直線上、相手の顎の先端に向けて、拳をスッと『放り投げた』。筋肉のブレーキを一切かけない、完全な『緩解』による一撃。


 パシィン、と乾いた、しかし重い音が響く。

 脳を揺らされたガキは、自分の何が起きたかも理解できないまま、崩れるように地面へと頽れた。完全な脳震盪による即効性の気絶だ。


「な、なんだお前っ!?」

「ひっ、速すぎ──」


 残りの二人が慌てて魔力を練ろうとするが、現代の論理派武術家として、そんな隙だらけの『発動待機』を見逃すはずがない。


 右のガキが大振りのパンチを放ってくる軌道をミリ単位で見切り、その腕の内側に滑り込みながら、掌底を相手の胸骨へと滑らせる。同時に、体内に圧縮していた魔力の衝撃を浸透させた。


「がはっ……!?」


 内部に響く重い打撃に、右のガキが呼吸を詰まらせて泥の上に転がる。


 最後の一人は、もはや戦意を完全に喪失していた。

「あ、あ、ああ……!」

「暴力は良くないよ。でも、言葉で分からない人には、物理的なフィードバックが一番効果的だからね。さあ、もう行くといいよ」


 僕が微笑みながら首を傾げると、最後の一人は気絶した仲間二人を引きずるようにして、泣き叫びながら路地裏から逃げ去っていった。一切の手加減なしの、完璧な鉄拳制裁。


 路地裏に、再び静けさが戻る。

 僕は泥だらけの買い物袋を地面に置き、這いつくばったままの美少年に向かって、そっと右手を差し伸べた。


「大丈夫? 怪我はないかい?」

 泥を払ってあげようと、できるだけ優しい声を意識した。


 少年──エルは、シクシクと鼻を鳴らしながら、僕の手を恐る恐る握り、立ち上がった。


「うん……大丈夫、ありがとう……」


 消え入りそうな、中性的な鈴の鳴るような声。やっぱり、ものすごい美少年だな、と僕はぼんやりと思った。


 怪我がないか確認しようと、「どこか痛むところは──」と聞きかけた、その瞬間だった。

 エルの大きな瞳が、カッと異様なほどの輝きを放って見開かれた。


 涙で濡れた顔のまま、彼は僕の胸ぐらに掴みかかるような勢いで、グイッと顔を近づけてきた。


「さ、さっきの君の動き!! あれは何なんだい!?」


「え? いや、普通の──」


「普通なわけないだろう! 君、最初のステップの瞬間、体内の魔力を体外に放射するんじゃなくて、骨格の隙間の『摩擦抵抗』を極限までゼロにする数式に変換して循環させていたよね!? あれは僕が提唱している『局所魔力循環による身体最適化理論』の第3項、つまりベクトル制御の応用だ! それに二皮目の打撃! 掌底が触れた瞬間に、魔力の波動を高周波に変調させて相手の防護障壁を透過、直接内部の魔力器官の経絡を揺さぶって機能を停止させた! 既存の魔導構築論だと、魔力は『固めてぶつける塊』と定義されているのに、君は魔力を液体……いや、完全に『質量を持った流体』として扱っている! そんなこと、人間の脳の演算速度じゃ不可能なはずなのに、君は一切の呪文も魔法陣の展開もなしに、ノーモーションで、肉体の挙動と完全に同期させて──!!」


 エルは、恐ろしいほどの早口でまくし立て始めた。

 顔を真っ赤にし、息を継ぐのも忘れるほどの猛烈な熱量。酸欠で倒れるんじゃないかと心配になるほどの、怒涛の魔法理論トークだ。


 僕は、あまりの勢いに数歩引きながら、内心で一人ごちた。


(……うわぁ。正直、ちょっとウザいな、この子)


 前世の僕の道場にもいた、技術の話になると周りが見えなくなるタイプの『格闘技オタク』と全く同じ人種だ。


 しかし──。僕の武術家としての脳が、エルのウザいオタクトークの中に含まれる、恐るべき言葉の数々を冷静にフィルタリングしていた。


(待てよ。この子が今言った『魔力の局所循環によるインナーマッスルの最適化』って……僕がさっきやった、背骨の位置を整えて重さを一方向に通す『軸定』の身体感覚と、全く同じことを言っているんじゃないか? それに、魔力を流体として内部に浸透させるっていうのは、筋肉のブレーキを外して自重を質量として流し込む『緩解』の術理そのものだ……)


 僕が前世の経験から『感覚』と『実践』で身につけたリアル武術の極意を、この子は一度見ただけで、完全に言語化し、この世界の魔法のシステムとして解析してみせたのだ。


 やるのと語るのでは天と地ほどの差がある武術の世界。だけど、もしこの子の持つ超一級品の『理論体系』があれば、僕の感覚を完全にシステム化できるかもしれない。


 僕は、エルの熱い視線を受け止め、僕自身の言葉──現代の武術家の言葉で、静かに返答した。


「なるほどね。君の言う通りだよ。力を外にぶっ放すんじゃなくて、骨の軸に通して相手の重心を奪う。固めないことで、逆に質量をロスなく相手の内部へ浸透させるんだ。……君のその理論、すごく面白いね」

 僕がそう言った瞬間、エルの時間がピタリと止まった。


 大きな瞳から、ぽろぽろと、さっきとは違う大粒の涙が溢れ出す。

「あ……あ……」

「エル?」


「僕の理論を……妄想の嘘じゃなくて、本物の技術として理解してくれた人……っ、生きてて初めてだよ、ジン!!」


 叫ぶと同時に、エルは僕の胸へと勢いよく飛び込んできた。


 小さな細い両腕が、僕の背中にぎゅっと回される。ものすごい力での、全力のハグだった。


「わっ、ちょっと待って……!?」


 突然の抱擁に、僕は完全に硬直した。

 前世も含めて、僕には男色の気なんて一切ない。男同士でこんなに密着して抱き合うなんて、本来ならすぐに『崩し』の技で引き離すところだ。


 だけど──。


(……え? なんか、妙に良い匂いがする。それに、男の子のわりには、身体の線が細すぎるというか……ものすごく柔らかくて、華奢なんだけど……)


 耳元で聞こえるエルの切ない呼吸。首筋に触れるエルの柔らかい髪。あまりの美少年ぶりに、そしてその圧倒的な肉体の「柔らかさ」に、僕は顔が火を吹くほど真っ赤になっていくのを感じていた。身体操作の達人であるはずの僕の『軸定』が、この時ばかりは照れ臭さのあまり、完全にグラグラに乱れてしまっていた。


 もちろん、この時の僕はまだ知る由もなかった。

 目の前で僕に涙を流して抱きついているこの「美少年」が、実は家系の歪んだ事情によって男装を強いられている、超名門ヴァレンシュタイン家の病弱な天才『美少女』であるということを。


 そして、誰も信じてくれなかった彼女の頭脳を、僕が初めて「体現」してみせたこの瞬間。

 彼女の心の中に、僕に対する異常なまでの執着と、世界を塗り替えるための巨大な感情が、狂おしいほどに芽生えてしまったということを──。

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