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魔力ゼロの無能判定を下された転生者、本物の身体操作で世界を凌駕する  作者: Y.K
第2章

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動く洋上道場《フローティング・ジム》と、一年目の決着

僕が放った水中の新術理──緩解・水流浸透撃(ハイドロ・バースト)の衝撃波は、全方位から均等に押してくる水圧のベクトルをサスペンションのように拳へと収束させ、水のブレーキを完全に無効化して放たれた。



 その目に見えない『物理の真理』の振動は、激流の水中を歪ませながら超高速で伝播し──海面下五十メートルに位置する、巨大海獣『深淵の巨妖』の『脳天の核』へと完璧に突き抜けた。



 ──パキィイイイイン。



 水中を奇妙な、硬質な破壊音が震わせる。



 ビルの一棟ほどもあるクラーケンの巨体は、外側の皮膚には一滴の血すら流していなかった。しかし、次の瞬間、内部の全細胞の結合を分子レベルで粉々に爆砕された巨獣は、悲鳴を上げることすらできず、中身だけがドロドロの液体のように自壊して深海の藻屑へと消え去っていった。



 完全なる即死。神のルール改変リミット・ブレイクによって数値が倍化したはずの超巨大海獣が、平民の少年の『ただ小突くだけの動き』によって完全に消滅させられたのだ。



「ゲホッ、ゴボゴボッ!?(な、なんだ今の打撃は!?)」



 周囲を取り囲んでいた魚人族の戦士たちの脳が、その理不尽なまでの『物理の暴力』によって完全に破壊された。彼らは手にした三叉槍を落とし、恐怖でヒレをガタガタと震わせる。



 それと同時に、彼らを狂暴化させていた神の洗脳の魔力(リミットブレイクの暴走状態)が、クラーケンの死によって内側からパキパキと音を立てて解けていった。彼らの瞳に、正気の色が戻る。



「ギャハハ! 見たか神の人形ども! これが俺たちの結社の格の違いだ! おい魚人の大将、まだやるか?」



 肉体をメッタ刺しにされながらも、黒い霧の障壁となってヘイトを買い続けてくれていたウロボロスが、瞬時に肉体を再構築して不敵に笑う。



 魚人族のリーダーは、魔力ゼロの少年が水中という最悪の環境でクラーケンを素手で屠ったという現実を前に、深く深く、水中で僕に向かって一礼(平伏)した。



「……神の神託など、偽りであったか。魔力なき人間の少年よ、お前こそがこの海の真の理(王)だ。……無礼を働き、申し訳なかった。お前たちが目指す『東方大陸』への、隔離海峡を安全に渡るための最短の潮流ルートを教えよう」



 魚人族のリーダーは精神感応マナ・リンクでエルの魔導具へと瞬時に安全な航路データを送信すると、畏怖の眼差しを僕に向けたまま、蜘蛛の子を散らすように深海へと撤退していった。



     *



 ザバァアアアアンッ!!!



 僕とウロボロスが、激しく揺れる『真理の揺り籠号』の甲板へと生還した。



「ジン──ッ!!! バカバカ、大バカ! 本当に心配したんだからね!!」



 甲板に上がるや否や、エルが涙目で僕の胸元へと勢いよく飛び込んできた。



 相変わらず華奢で、もの凄く良い匂いがする女の子の身体。しかし、彼女は僕の胸に顔を埋めたまま、即座にあの猛烈な早口オタクお説教トークを炸裂させ始めた。



「でも今の水中での水圧利用! 身体の表面の摩擦係数を流体力学の極限までゼロにして、全方位からの圧力を逆に『軸定』の突っ張りに変換してたよね!? 僕の脳内演算のデータでも、水中で骨格のエネルギーを100%伝える数式なんて存在しなかったのに! 君って本当に格闘技のバケモノ──!!」



「あはは、ただの『緩解』の応用だよ、エル。それより、魚人族が最短の安全ルートを教えてくれた。これで、東方大陸までの航海が一気に安定するよ」



 僕がエルの頭を撫でて苦笑いすると、エルは顔を真っ赤にしながら「もうっ、子供扱いしないでよ!」と膨れた。



 こうして、隔離海峡の最大の洗礼を乗り越えた僕たちは、魚人族から教わった潮流ルートを全速力で突き進むこととなった。



 ──だが、いくら最短ルートとはいえ、世界の果てから東方大陸までは、リアルに数ヶ月、合計で『一年』という果てしない時間がかかることに変わりはなかった。



 そして、ここからの航海の日々は、僕たちにとって究極の『動く洋上道場』としての特訓期間へと突入した。



 出航から、数ヶ月。さらに数ヶ月──。

 物語の時間は、僕たちの血の滲むような技術の進化とともに、じわじわと加速していく。



「トア、重心が左にブレてる! 船のピッチングの波のエネルギーを、もっと膝の『緩解』で地面に逃がして!」



「クッ……言うのは簡単だがな、ジン! この不安定な甲板の上で、お前の言う『骨のことわり』を維持するのは、野生の感覚だけじゃ追いつかんぞ!」



 僕とトアは、毎日毎日、嵐の中でも激しく揺れる甲板の上で、命がけの合同稽古を繰り返した。



 地面を蹴れない船の上だからこそ、自重の移動だけで放つ浸透打撃のキレは、前世の僕の全盛期すらも遥かに凌駕する領域へと化けていく。



「ギャハハ! ジン、お前の打撃を毎日毎日喰らってるおかげで、俺の脳のバグ(消された記憶)が刺激されて、色々思い出してきたぜ!」



 ウロボロスが僕の『神域浸透打撃』を正面からわざと喰らい、黒い霧となって再生しながら頭を押さえた。



 不死の身体を持つ彼が、僕の「細胞の結合を中和する打撃」を喰らい続けることで、神のシステムによって施されていた『記憶消去(初期化)』の呪詛の数式が、内側からハッキングされてパキパキと崩壊し始めていたのだ。



「思い出したぞ……一人目の怪物、アルテミシアの潜む東方大陸の『神の楔』は、あの国の中心にある『大数魔導学院』マセマティカル・タワーの地下最深部だ。あそこは世界のすべての確率が固定された、神の支配力が最も強い隔離空間だぞ」



「なるほど、大数魔導学院の地下、か……。攻略のターゲットが見えてきたね」



 後ろで演算魔導具を叩いていたエルが、不敵に微笑んだ。彼女はこの一年間で、ポータルの出力をさらに安定させ、最北の本拠地レムリアにいるレナードや父親のガルクたちと、通信の魔力波形を同期させる簡易連絡システム──真理の伝声回線(オーダー・リンク)を完全に完成させていた。



『──ジン様、エレノア様、聞こえますか? こちらレナードです。ジン様のアンチエイジング医療の支部が中央大陸で爆発的にヒットし、結社の今月の純利益が十億ゴールドを突破しました。集まった「無能」の子供たちも三百人を超え、ガルク総監の鬼特訓で、全員が教会の並の騎士をワンパンできるバケモノに育っています。資金と私兵のインフラは完璧です。そちらの攻略を急いでください』



 遠く離れたレムリアからのレナードの有能すぎる報告に、僕たちは深く頷いた。



 月日は流れ。



 出航から、ちょうど『一年』の歳月が経過した。

 年齢は、十三歳。



 鏡を見るまでもなく、僕とエルの身体は、一年間の過酷な洋上生活と特訓によって、一回り引き締まり、少年期から青年期へと移り変わってきていた。



エルの男装姿も、もはや美少年というよりは、隠しきれない極上の美少女としての艶やかさを帯びている。



 ──そして、ついにその日が訪れた。



「……ジン、見えたよ! 霧の向こうに、新しい大陸が……!」



 エルの歓喜の声に、僕が『真理の揺り籠号』の船首へと歩み寄ると、分厚い海霧が割れたその先。



 どこまでも広がる広大な大平原と、天を突くような巨大な石造りの塔がそびえ立つ、未知の新天地──**『東方大陸』**の全貌が、夕陽の光に照らされて姿を現した。



 一年かけて、ようやく辿り着いた、一人目の怪物アルテミシアの待つ地。



 しかし、船の先端で空気を吸い込んだウロボロスが、その蠢く死の紋様をピキリと緊張させ、苦々しい表情で吐き捨てた。



「……チッ、やっぱり神様は仕事が速えな。おいガキども、あの大陸の空の魔力粒子の数式がおかしいぞ。……神が世界の上限を強制解放した影響だ。すでに『神の信徒』の最高執行部隊が、一人目の怪物アルテミシアのすぐ近くまで迫ってやがる。このままじゃあいつが洗脳されて、俺たちの未来がすべて先読みされるぞ」



「神の洗脳部隊が、もうすぐそこに……。タイムリミットだね」



 僕は拳を小さく握り込み、十三歳になった引き締まった身体の骨格の軸を、カチリと完璧に中央へと固定した。



 一年間の洋上道場で、僕たちの技術は神の想定を遥かに超える領域へと進化している。水の密度すら味方にした僕のリアル武術が、東方大陸の神のシステム相手にどこまで通用するか。



「接岸と同時に、全速力で『大数魔導学院』へ突入するよ、エル、ウロボロス、トア!」



「うん! 神の未来予知の数式ごと、僕たちの真理でハッキングして、ひっくり返して見せるさ!」


十三歳になった二人が、世界中に潜む最強のバグたちを巻き込んだ『神殺しの五年間』の、最初の戦場へと、ついにその第一歩を力強く踏み出すのだった。


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