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魔力ゼロの無能判定を下された転生者、本物の身体操作で世界を凌駕する  作者: Y.K
第2章

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隔離海峡《デッド・ライン》の洗礼と、水中の術理

魔導軍船『真理の揺り籠号』が出航してから、数週間が経過した。



 僕たちの乗る黒い船体は、中央大陸と東方大陸を隔てる、世界で最も凶悪な暴風の海──『隔離海峡』(デッド・ライン)の領域へと、深く侵入していた。



 ザザァアアンッ!!!



 激しい怒涛が甲板を打ち鳴らし、船体が上下左右に不規則に激しくピッチングする。常人ならまともに立つことすらできず、激しい船酔いで泡を吹く環境だ。



 だが、僕とウロボロス、そしてトアは、その激しく揺れる甲板の上で、平然と呼吸を整えて構え合っていた。



「っとと……。なるほどね、船のローリングが左に傾いた瞬間、地球の重力に加えて船の慣性ベクトルが右斜め下に引っ張られる。ここで足の裏を突っ張ると軸がブレるから……骨盤の力を抜いて、船の揺れのエネルギーをそのまま背骨に素通りさせればいいのか」



 僕は波の不規則な周期を足の裏の触覚で感知し、トアから学んだ『転位・野生のうねり』の足捌きを船のピッチングと完全に同期させていた。


不安定な足場だからこそ、筋肉の無駄な力みが削ぎ落とされ、僕の『緩解』は日に日にそのキレを増している。



「ギャハハ! 流石は格闘技オタクだ、もう船の揺れを味方にしてやがる!」



 ウロボロスが大笑いしながらワインを飲み干した、その瞬間だった。



 ビキィイイイイン!!!



 エルの持つ『神域演算』の索敵魔導具が、不気味な高音の警告音を鳴らし、周囲の海面が一瞬にして血のようにドス赤く染まった。



 海中から、無数の巨大な、そして異常なほどに膨れ上がった魔力の数値ステータスを持った影が、凄まじい速度で船へと急接近してくる。



「──ジン、みんな! 海中から大量の敵性反応だよ! 神のステータス上限強制解放リミット・ブレイクの影響で狂暴化した、魚人族の精鋭──|『深海を統べる魚人狩猟団』《アビス・フィッシャー》だ! 数値が……凶悪なモンスター級にバグ上がってる!」



 ザバァアアアアンッ!!!



 エルの絶叫と同時に、海面を割って、全身にびっしりと青い鱗をまとった、身長二メートルを超える魚人の戦士たちが、三叉槍を手に甲板へと次々に飛び込んできた。彼らの瞳は神の洗脳によって真っ白に染まり、「世界の異物を……排除せよ……」と不気味な神託の声を漏らしている。



「フン、神の操り人形が、海の生魚にまで手を回したか! おいジン、甲板の上は俺とトアで片付ける! お前は──」



 ウロボロスが灰色のマントを翻して魚人の三叉槍をわざと胸に受け止めながら叫ぼうとした、まさにその時。



 船の底から、これまでの嵐とは比べ物にならないほどの、凄まじい『衝撃波』(トーション)が響き渡った。



 ゴォオオオオン!!!



「きゃあああっ!?」



 船体が直角に傾くほどの凄まじい衝撃。海中から現れたのは、船の全長を遥かに超える、太さが城壁ほどもある数本の、吸盤がびっしりと並んだ不気味な漆黒の触手だった。




 それは、神のルール改変によってバグ化した超巨大海獣──|『深淵の巨妖(クラーケン)』だった。



 クラーケンの巨大な触手が、『真理の揺り籠号』の船体を丸ごとへし折らんばかりの勢いで締め上げ、冷たい深海へと強引に引きずり込もうとする。みし、みしりと船の装甲が悲鳴を上げた。



「しまっ……! このままじゃレナードが買ってくれた船の魔導主機ポータルパーツが水圧で潰されちゃうよ! でも、クラーケンの本体(弱点の核)は海の中だ! 甲板の上からじゃ打撃が届かない!」



 エルの『神域演算』が、クラーケンの核が海面下五十メートルにあることを弾き出す。



「──だったら、僕が海に潜るよ、エル」




「ええっ!? ジン、何を言ってるの!? 水中は地上と違って──」



「大丈夫、エルの頭脳を信じてるからね。……よし、エントリーだ!」



 僕は迷うことなく、魚人族の攻撃をかいくぐり、極寒の激流が渦巻く海へと頭からダイブした。



「おい待て格闘技オタク! 水中での窒息死すら無効化する、この不死の俺を置いていくな!」



 ウロボロスもまた、黒い霧を噴き出しながら僕の盾となるべく海へと飛び込んできた。



 ドブゥウウウウン!!!



 激しい気泡とともに、僕の身体は一瞬にして深い闇の水中へと包まれた。

 

「──|『神域改変・水圧反転』《アクア・ハック》、執行!」



 脳内にエルの凛とした声が響き、僕の周囲に、水中でも呼吸を可能にし、水圧の負荷を均等にする微小な演算式が展開される。



 だが──呼吸はできても、物理的な『現実』が僕の肉体に重く圧しかかった。



(……くっ、これは、想像以上に最悪の環境だね……!)



 水中。それは、前世の地球の達人たちであっても、決して克服することのできなかった『全方位からの水の抵抗ブレーキ』がかかる絶対的な空間だ。



 拳を突き出そうとしても、水の密度が強烈なブレーキとなり、打撃の速度が地上の三分の一以下にまで著しく低下してしまう。格闘技の基本である「地面を蹴る」という行為も、水の浮力のせいで足元がフワフワと浮いてしまい、ベクトルの支点が全く作れない。



 ゴボゴボゴボッ!!!



 水中を我が物顔で泳ぐ魚人族の戦士たちが、三叉槍を手に、身動きの取れない僕めがけて四方から一斉に突撃してくる。さらに、その背後からは、クラーケンの巨大な触手が、水圧の弾丸のような速度で僕を圧殺せんと迫っていた。



「ギャハハ! ジン、敵の突進は全部俺の不死の肉体で受け止めてやる! だが、お前がその水の抵抗をどうにかしねえと、ジリ貧だぞ!」



 ウロボロスが肉体を魚人の槍でメッタ刺しにされ、クラーケンの触手で骨を粉砕されながらも、黒い霧の障壁となって僕の周囲のヘイトを必死に買い続けてくれている。



(水の抵抗……。浮力……。全方位からの水圧……。どうする、ジン・ハルバート。前世の武術の型は、すべて『空気抵抗』の中で生きることを前提に作られている。この密度の高い水の中で、ロスなくエネルギーを伝えるにはどうすればいい?)



 迫り来るクラーケンの、ビルの一棟ほどもある巨大な触手の先端。



 迫る死線を前に、僕の脳内は、かつてないほどに静寂リラックスへと沈み込んでいった。



(……そうだ。僕はまだ、型に囚われていたんだ。トアは言っていた。『自然の重力のうねりを味方にしろ』って。水の抵抗を『押し返そう』とするからブレーキになるんだ。水の密度そのものを、僕の肉体の一部として『緩解』で完全に受け入れればいいんだ)

 僕は水中の中で、すべての四肢の力を完全に抜いた。



 フワフワと漂うクラゲのように、完全な脱力。



 水を敵として押し返すのをやめた瞬間、僕の皮膚の感覚が、周囲のすべての水圧のベクトルと完全に『同調』した。



(地面がないなら、周囲のすべての『水圧』を、僕の骨格の軸を支える臨時の支点(突っ張り)に変えればいい。全方位から均等に押してくる水圧のエネルギーを、サスペンションのように僕の体内に引き込んで、一箇所へ収束させる──)



 エルの脳内演算が、僕の肉体のパラダイムシフトを瞬時に察知し、歓喜の声を上げた。



『──解析完了! ジンの肉体、水流の密度を完全にハッキングしたよ! いける、水中の新術理、放ってぇええ!!』



 目の前に、僕を圧殺せんと、クラーケンの巨大な触手が迫る。



 僕は不安定な水中で、背骨の軸を周囲の水圧だけでカチリと固定し(軸定)、水のブレーキを完全に無効化した右の掌を、静かに、優しく、クラーケンの触手の中心へと突き出した。



(──『緩解・水流浸透撃』(ハイドロ・バースト)



 ──|ド、プゥウウウウンッッッ!!!《・・・・・・・・・・・・・・》



 水中全体が、まるで爆弾でも破裂したかのように激しく気泡を上げて震動した。



 水の抵抗を100%カットし、逆に水圧のエネルギーを上乗せした僕の打撃の衝撃波は、クラーケンの頑強な触手を完璧に透過。水中を高速で伝播し、五十メートル底にあるクラーケンの『脳天の核』へと、一直線に突き抜けていった──。



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