無能鑑定と、親の心子知らず
「ハルバートさんですね。では、お子さんをこの『鑑定の水晶』の前へ」
白き法衣をまとった神官が、厳かに微笑む。
目の前にあるのは、怪しく青い光を放つ大きな水晶玉。この世界では、五歳頃に受けるのが一般的な「魔力鑑定」だが、我が家の場合は緊急を要する「悪霊診断」のような名目で特別に見てもらうことになったらしい。
「ジン、大丈夫よ……。お母さんがついているからね」
「神官様、どうかこの子に憑いた生霊を暴いてやってくれ」
両親の悲壮感に満ちた視線を受けながら、僕は自ら進んで、短い幼児の腕を水晶へと伸ばした。
ひんやりとしたガラスの感触。次の瞬間、水晶の内部で、頼りない、今にも消えそうなほど小さな白い光がポツンと灯った。
神官が、不可解そうに眉をひそめる。
「……おや? これは……」
「ど、どうなんだ神官様! どんな恐ろしい怨霊が取り憑いているんだ!?」
ガルクが身を乗り出す。神官は眼鏡の位置を直しながら、困惑した声を漏らした。
「いえ、悪霊の類は一切感知されません。ただ……その、非常に申し上げにくいのですが」
「申し上げにくい……?」
「この子の保有魔力量ですが──『ほぼゼロ』です。一般の平民の平均値の、さらに百分の一にも満たない。これでは、生活魔法の火を点けることすら生涯不可能でしょう。いわゆる、完全な魔力不全……最底辺の『無能』です」
神殿の洗練された空間に、冷ややかな宣告が響いた。
その瞬間、セリアはその場に崩れ落ちるようにして涙を流した。
「ああ、そんな……。ジンのあのおかしな発育は、悪霊のせいじゃなくて、脳の魔力回路が欠乏してバグを起こしていたせいだったのね……! かわいそうな我が子……!」
「クソッ、俺が元騎士でありながら、息子にまともな魔力も継がせてやれなかったというのか……!」
ガルクも拳を固く握りしめ、悔しさに顔を歪めている。
両親は「魔力不全のせいで、脳に異常が起きて奇妙な言葉を喋っていたのだ」と、完全に都合の良い解釈で納得してしまったようだった。
──だが。
渦中の僕はといえば、泣き崩れる両親の横で、内心めちゃくちゃテンションが上がっていた。
(なるほど! そういうことか……!!)
僕は自分の小さな手のひらをじっと見つめる。
神官は僕の魔力を「ほぼゼロ」と言った。しかし、僕自身の身体感覚は全く違う。
この世界の人々が『魔力』と呼んでいるエネルギー。それは、前世の武術でいうところの『内気』や『気功』と全く同じものだ。
(この世界の奴らは、魔力を体外にジャブジャブと垂れ流しているから『保有量が多い』と判定されるんだ。でも僕は違う。前世の呼吸法と軸定軸定の癖で、発生した魔力を一滴も漏らさず、細胞の隅々、インナーマッスルの経絡へ完全に『練り込んで収めて』しまっている)
つまり、外から見たら空っぽのバケツに見えるが、実際は超高密度に圧縮されたエネルギーが、肉体の内側に内包されている状態なのだ。
大雑把に魔力をぶっ放すだけの魔法使いからすれば「無能」に見えるだろうが、身体操作の達人からすれば、これ以上ないほど「ロスがゼロの最高に洗練された状態」だった。
(良かった。外に漏れ出す無駄な魔力がないなら、それだけ肉体の内圧を高める鍛錬に集中できる。うん、めちゃくちゃ効率がいい。やっぱりこの身体、最高だぞ)
親の心子知らず。
絶望に打ちひしがれる両親の横で、一人の武術オタクだけが、誰も気づかない『最強のインナーマッスル魔力回路』の完成に、ほくほくの笑顔を浮かべていた。
*
「それから数年」
両親の勘違いによる涙ぐましい奔走が始まった。
「ジン、今日はこの街で一番高い栄養薬を買ってきたからね。これを飲めば、少しでも魔力回路が潤うかもしれないわ」
「ジン、体力がつけば魔力も増えるかもしれん。今日は一緒に山を走るぞ!」
ガルクとセリアは、僕の「魔力不全」をどうにかして治そうと、家計を切り詰めて高価な薬を買い漁り、僕のために必死になってくれた。親の愛というのは本当にありがたい。
だが、内心では別だった。
(お父さん、お母さん。その薬、ただの苦いビタミン剤だよ……。あと、山を走るなら、そんな力んじゃダメだ。大腿四頭筋じゃなくてハムストリングスを使わないと、膝を壊しちゃうよ……)
心の中でそんな突っ込みを入れつつも、僕は親の愛を無にしないよう、出された怪しい薬は大人しく飲み、ガルクの筋力任せのトレーニングにも「正しい身体操作の間引き方」を実践しながら、マイペースに付き合っていた。
同時に、僕は一人で『軸定』『緩解』『転位』『圏境』の四大技法を、この世界の『魔力』に完全に適応させるべく、日々の訓練に明け暮れていた。
気づけば、僕は七歳になっていた。
魔力は相変わらず「ゼロ」判定のままで、見た目は線の細い、色白の少しおとなしそうな少年へと成長していた。
そんなある日の午後。
セリアにお使いを頼まれ、村の小さな広場を通りかかったときのことだ。
「おいおい、見ろよ。ハルバート家の『無能引きこもり』が歩いてるぞ」
行く手を塞ぐようにして現れたのは、村のいじめっ子のクソガキ三人衆だった。
先頭に立つのは、少しだけ身体強化の魔法が使えることを自慢している、この界隈のガキ大将。名前は『レイ』。村で二番目に有名な商家の息子だ。
彼はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、僕に向かって、僕の最も大切にしている両親を嘲る言葉を吐き捨てた。
「お前のせいで、お前の親、怪しい薬買い漁って借金まみれなんだろ? 魔力ゼロの無能を育てるなんて、ハルバートの伯父さんも同情しちゃうよなぁ!」
取り巻きのガキどもが下品にドッと笑う。
僕は、手にしたお使い袋を持ったまま、冷徹な目で彼らを見つめた。
(……はぁ。世も末だな。子供が少しばかりの力に溺れ、親の純粋な愛を嘲笑うか。──よし、教育してあげよう)
現代の論理派武術家として、僕は静かに『軸定』の姿勢を取った。
線の細い僕の身体の内側で、圧縮された魔力が、静かに、しかし決壊直前のダムのように牙を剥き始める。
「お前らのお両親はどんなに素晴らしい人か、僕は知らん。だが、親の愛を嘲笑う奴は──」
僕は、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「この世で最も醜い存在だ」
その瞬間、イジメっ子はようやく気づいた。
目の前の「線の細い無能」の少年が、自分が刃向かってはいけない相手だということに。
だが、気づいたときは遅かった。
第2話をお読みいただきありがとうございました!
ついに不穏なクソガキどもが絡んできました。次回、ジンの「リアル武術×脱力」による、鮮烈な戦闘シーンが炸裂します!
同時に、親の愛に気づき、「無能」という烙印の本当の意味を知る少年の、真の成り上がりが始まるのです。
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