不滅の盾と、|神域浸透術理《ゴッド・ハック》
地下実験室に、世界の物理法則を完全に書き換える『白き反転光』が満ちる。
光の向こうから現れた神の執行者──|『秩序の執行者・サリエル』《システム・インフォーサー・サリエル》は、その陶器のような無機質な顔を微塵も動かさず、ただ静かに僕たちを見下ろしていた。
「不純物の苗床を確認。これより、存在の完全初期化を実行します」
サリエルが指先をわずかに動かした瞬間、彼女の頭上に展開されていた数百個の『即死の神聖光弾』が、一切の予備動作も音もなく、光速の弾幕となって僕たちへと殺到した。
触れたモノの分子結合を強制的に解除し、世界から消去する絶対の死。
「ギャハハハ! 来いよ、神の人形め! 俺の肉体を消しきれるか試してみろ!」
ウロボロス・アンデッド・マイスターが、不敵な笑みを浮かべて前に飛び出した。
彼は避けるどころか、両腕を広げてその即死の弾幕を真っ向からすべてその肉体で受け止めた。
──ドスドスドスドスッ!!!
光弾が直撃するたび、ウロボロスの肉体は炭化し、消滅し、黒い霧となって霧散していく。常人なら一発で魂ごと消え去る威力。しかし、全身に蠢く『死の紋様』が激しく明滅し、消滅した先から凄まじい速度で肉体を再構築していく。
「ぐ、おおおおおっ! 流石に神の直系は痛えな……! だが、俺のヘイトは完璧に買ったぞ! ジン、お嬢ちゃん、行けぇ!!」
「トア、僕たちの後ろを任せたよ! エル、接続!」
「うん! 『圏境・無限共鳴軸』、最大稼働!」
ウロボロスが肉体を消滅させながら作った零コンマ秒の死角。
僕はエルと手を繋いだまま、トアから学んだ野生の重力操作──|『転位・野生のうねり』《ワイルド・マトリクス》を駆動させ、地面を滑るようにしてサリエルの懐へと肉薄した。
最短最速の軌道。筋肉のブレーキを完全解放した、僕の『緩解』の浸透打撃がサリエルの胸元へ向けて放たれる。
──だが。
(……!? 打撃のベクトルが、消えた……!?)
拳がサリエルの衣服に触れる寸前、僕の放った完璧なはずの運動エネルギーが、まるで最初から存在していなかったかのように完全に消失した。
サリエルの周囲の空間には、神のシステムが展開する『多重因果律障壁』が張られていたのだ。
「無駄です。私の周囲の因果律は『あらゆる物理衝突を無効化する』という決定事項で固定されています。人間の技術など、世界のルール(ステータス)の前には無力」
サリエルの冷徹な瞳が僕を捉え、その右手が僕の胸元へと突き出される。触れられれば、僕の肉体はその瞬間に消滅する。
「させないよ、神の人形! その因果律の数式、今すぐ僕がクラックする!」
僕の後ろで手を繋ぐエルの瞳が、青く神聖な光を放った。彼女の『神域演算』が、サリエルの障壁を構築している神の魔力波形を猛烈な速度で逆コンパイルしていく。
「ジン、敵の防御コードの周期は零コンマ〇二秒! 波形は『聖属性マナの二乗反転』! 体内の高密度魔力を、その逆位相に変調して、三連撃で叩き込んで!」
「了解……! 変調開始!」
僕はサリエルの消去の手を、ミリ単位で首の皮一枚ずらす『転位』の体捌きで回避。同時に、体内に超圧縮されていた魔力の波形を、エルの指示通りに瞬時に書き換えた。
一撃目をサリエルの右肩へ。
──パリンッ!
因果律の障壁の第一層が割れる。しかし、サリエルは即座に第二層の防御数式を自動生成し、僕の拳を弾き返そうとする。
「しぶといですね。再計算を実行──」
「遅いよ! 第二層の弱点座標、右脇腹の三センチ下!」
「そこだっ!!」
僕は弾かれた拳の反動を、骨格の『軸定』でそのまま次の回転運動へとロスなく変換。二撃目をエルの告げた弱点座標へと滑り込ませた。
──ドカァアンッ!!!
神の多重障壁が激しく火花を散らして決壊する。
サリエルの無機質な顔に、初めて明確な『驚愕』の表情が走った。防御システムを完全に無効化され、完全に生身(システム回路)を晒した神の執行者。
「あり得ない……神の数式が、人間の頭脳と技術ごときに、ここまで正確に上書きされるなど……!」
「これで終わりだ。──僕たちの、年単位の成果を見せてあげるよ」
僕はサリエルの胸元へと、最後の一撃──右の掌をそっと添えた。
筋肉のブレーキを外した『緩解』。骨盤から背骨、そして腕へと伝わる地球の重力の反発力。
そこに、エルの神域演算による「神殺しの波形」が完全に融合した、現時点での僕たちの最高到達点。
(──|『軸定・神域浸透打撃』《システム・ブレイカー》)
──轟ッッッ!!!!
地下実験室全体が震えるほどの、凄まじい中和の衝撃波が爆発した。
衣服や外側の肉体には傷一つついていない。しかし、打撃の衝撃はサリエルの分子の隙間を完璧に透過し、彼女の内部にある「神のシステム接続回路」そのものを、文字通り内側から粉々に爆パロ(爆破)した。
「が、はぁっ……!? あ、頭脳が……神との接続が……切断、される……!?」
サリエルの身体から白い光の粒子がボロボロと溢れ出し、彼女は膝をついた。
緻密な理論戦の末の、完全な勝利。
しかし、流石は神の執行者だ。消滅する寸前、彼女は最後の力を振り絞り、空間を強制転移させて光の粒子となり、空中へと逃れるようにして撤退していった。
「システムエラー……一時撤退します。ですが、不純物ども……神の楔がある限り、神は常にあなた達を監視して──」
サリエルの気配が完全に消え、地下室には数百年ぶりの静寂が戻った。
「ふぅ……。流石に、ただの雑魚じゃなかったね。エルのハッキングと、ウロボロスの盾がなかったら、最初の因果律障壁で僕の腕が消し飛んでたよ」
僕は繋いでいたエルの手を優しく握り直し、爽やかに笑った。
「ふふん、僕の計算に狂いはないさ! でも、ジンがいなきゃ、あの零コンマ秒の隙間に正確に打撃を叩き込むなんて不可能だったよ。僕たち、やっぱり最高の相棒だね!」
エルが嬉しそうに胸を張る。
「おいおい、地下室の修繕費がまた跳ね上がりましたよ、お二人さん」
部屋の隅の遮蔽物から、レナードが眼鏡を光らせながら呆れたように歩いてきた。その手には、早くも次の経済戦略が書かれた羊皮紙が握られている。
「ですが、神の執行者を自力で撃退できることが証明されたのは大きいです。ウロボロスさんの知識にある『神の楔』の土地をこれから五年間、片っ端から奪い取って結社の支部に変えていきましょう。資金なら、僕がいくらでも毟り取ってきますから」
「ギャハハハ! 頼もしいガキどもだぜ! 俺の何百年分の消去の痛みが、ようやく報われる時がきたようだ!」
再生を終えたウロボロスが、嬉しそうに僕たちの肩を叩いた。
17歳の成人を迎えるまでの、これからの五年間。
神の繰り出す理不尽なシステムに対し、僕たちの『真理の技術結社』が、肉体と頭脳、そして経済の力で地道に世界を書き換えていく、果てしない、しかし確実に神へと届く反撃の日々が、ここに完全なスタートを切ったのだった。




