神に背き続ける|不死者《アンデッド》
レナードが最高財務責任者として合流したことで、我が『真理の技術結社』の経済基盤は一瞬にして盤石なものとなった。
僕の『軸定循環法』を応用したアンチエイジング医療は、中央大陸の富裕層から恐ろしい物量の資金を吸い上げ、エルの作った『空間転移門』の維持費や、世界中から集まりつつある『無能』の子供たちの生活費へと、完璧に還元されていく。
──だが、そんな順風満帆な結社の地下最深部、ポータルの実験室で、ある日の深夜、異常なアラートが鳴り響いた。
「──ジン! 大変だ、誰も起動していないはずの第一号ポータルの空間座標が、内側から強制的に捻じ曲げられているよ!」
エルの『神域演算』の魔導具が、不気味な赤色の警告光を放つ。
僕とエル、そして結社の護衛顧問として控えていたトアは、即座に武器を構えてポータル大空洞へと駆けつけた。
石造りの広い空間の中央。
まだどこにも繋がっていないはずの虚空の門から、不気味な黒い霧が噴き出し、そこから一人の男が足を引きずりながら、実につまらなそうに姿を現した。
ボロボロの灰色のマントを羽織り、無精髭を生やした、一見するとただのうらぶれた放浪のオヤジ。
しかし、その肌の露出した部分には、何百年も前から刻まれているかのような、ドス黒く蠢く『死の紋様』が、まるで生き物のように不気味に明滅していた。
男は僕たちの警戒を意に介さず、そこにあった来客用のソファに勝手に腰掛け、テーブルに置いてあった結社の高級なワインをラッパ飲みし始めた。
「ぷはぁ……。おいおい、そんなに怖い顔で睨むなよ、お嬢ちゃんに格闘技オタクの小倅。俺はただ、美味い酒と、この世界のルールをハッキングした面白いバケモノに会いにきただけだ」
「何者だ、お前。我が野生の感覚が、お前を『すでに死んでいるモノ』と告げているぞ」
トアが獣の牙の首飾りを鳴らし、鋭い眼光で男を睨みつける。
トアの殺気は本物だった。彼は地面を蹴ることなく、野生の重力操作によって一瞬で男の懐へと滑り込み、動物の骨の槍を、男の心臓めがけて容赦なく突き刺した。
──ドスリ。
骨の槍は、完全に男の胸を貫通し、背中へと突き抜けた。常人なら即死の致命傷。
しかし、男は眉一つ動かさず、ワイングラスを持ったままニヤリと凶悪に笑った。
「言ったろう、死んでいるモノ、か。……その通りだよ、密林の戦士」
男の胸の傷口から血は流れず、代わりに不気味な黒い霧が噴き出した。
次の瞬間、突き刺さっていたトアの槍が腐食するようにボロボロと崩れ落ち、男の胸の風穴は、何事もなかったかのように綺麗に『再生』してしまったのだ。
「なっ……我が全霊の突きを受けて、再生しただと……!?」
トアが驚愕して数歩飛びのく。
男はゆっくりと立ち上がり、灰色のマントを翻して、そのフルネームを僕たちの脳裏に直接響かせるかのような覇気とともに名乗った。
「俺の名前は──|ウロボロス・アンデッド・マイスター。とうの昔に自分の名前も忘れたが、何度消されようが、この世界のクソッタレな神のシステムに背き続けてはバグとして蘇る、世界で唯一の『本物の不死者』だ」
ウロボロス。
その名を聞いた瞬間、エルの脳内演算が、世界の裏歴史のデータと合致してパッと火花を散らした。
「ウロボロス……! まさか、三百年前の聖史録に一度だけ記載されていた、教会の騎士団をたった一人で全滅させ、神の怒りに触れて『存在そのものを初期化された』という、あの伝説の反逆者……!?」
「ハッ、お嬢ちゃんは物知りだな。その通りだ」
ウロボロスは寂しそうに笑い、自分の胸の死の紋様を見つめた。
「俺は何百年も前から生きている。かつて俺にも、守りたい仲間や、愛する人がいた。だが、この世界の圧倒的な『ステータスの法則』……神の与えた魔法の前に、俺の軍勢は無残に敗北した。神の調停者どもは、俺の存在そのものを、周囲の記憶ごと何度も『初期化(完全消去)』しやがった。……だがなぁ」
ウロボロスの瞳の奥に、何百年分の地獄を見てきた男にしか宿らない、凄まじい『復讐の執念』がギラリと燃え上がった。
「肉体が灰になろうが、記憶を何度消されようが、俺のこの魂に刻まれた『神への殺意』だけは消せなかった。俺は世界のバグ(不純物)として、その都度、この不死の肉体を持って蘇り続けてきたんだ。……そして数日前、最北のレムリアの巨大魔法陣が内側から『完璧な数式で書き換えられた』のを感じた。俺は確信したよ。何百年もずっと待っていた、この世界の歪んだルールを内側からぶっ壊せる本物の怪物が、ついに現れたってな」
ウロボロスは僕とエルの前に歩み寄り、その死の紋様が蠢く大きな手を、僕の肩へと置いた。
「ジン、エレノア。お前たちのその『真理の技術』なら、あのクソ神の因果律を内側から粉砕できる。……俺を、お前たちの結社の『前衛盾役』として雇え。世界のシステムが放つ、どんな初見殺しの即死魔法も、因果律の消去攻撃も、不死の俺が全部わざと喰らって盾になってやる。その間に、ジン、お前のあのリアル武術で、調停者のクソ高い鼻面を叩き潰せ」
(なるほどね……。最高の情報屋であり、絶対に死なない最強のタンクか。前世の僕の道場でも、こんな頼もしい前衛はいなかったな)
僕はウロボロスの目を見つめ、その手が放つ何百年分の執念の重さを、僕の『軸定』の骨格でしっかりと受け止めた。
「いいよ、ウロボロス。君のその不死の命、僕たちの世界ハッキング計画に貸して欲しい。……だけど、神のシステムをぶっ壊すって、具体的に僕たちはここから何をすればいい?」
僕が問いかけると、ウロボロスは待ってましたと言わんばかりに不敵に笑い、懐から一枚の、古い羊皮紙の地図を取り出した。そこには、中央大陸の各地に不気味な黒い光を放つ、いくつかの『座標』が記されていた。
「神のシステムがこの世界を縛り付け、ステータスの法則を維持している心臓部──世界各地の地脈の要所に打ち込まれている、コードの歪み、『神の楔』だ。
これがあと数箇所、中央大陸の主要都市の地下に隠されている。この結社が成人を迎えるまでのこれからの5年間で、エルのポータルで各地の『楔』の近くへ跳び、ジン、お前がその拠点をリアル武術で粉砕していくんだ。解放した土地をレナードが経済拠点に変えていけば、神の支配力は内側から完全に崩壊する」
「……完璧なロードマップだね。僕の神域演算があれば、その『神の楔』の術式を内部から一瞬で逆コンパイルできるよ!」
エルが興奮して身を乗り出す。
ウロボロスの合流によって、僕たちのこれからの三年間──17歳の成人を迎えるまでの、明確な「世界攻略目標」が定まった。
しかし、その最高峰のチームが完成した、まさにその瞬間。
地下実験室の空間が、突如として、あの日ハルバート家の庭で見た、陶器人形のような冷徹な『白き反転光』に包まれた。
「──地道な害虫駆除の必要性があるようですね。世界の不純物ども」
光の向こうから現れたのは、真っ白なローブをまとった、あの神の手下(調停者)の新たな刺客──|『秩序の執行者・サリエル』《システム・インフォーサー・サリエル》だった。
その頭上には、触れたモノの存在を分子レベルで消去する、何百個もの『即死の神聖光弾』が、凶悪な密度で展開されていた。
「チッ、噂をすれば速いお出ましだ。……ジン、お嬢ちゃん、下がってろ!」
ウロボロスが灰色のマントを激しく翻し、僕たちの前に肉の壁として立ち塞がった。
「さあ、新章の最初の実験だ! 俺の不死の格の違いと、お前たちの進化したリアル武術の真理を、あの神の操り人形に叩き込んでやろうじゃないか!」
ウロボロスの死の紋様が激しく蠢き、ジンとエルの瞳に、これからの三年の戦いを決定づける、圧倒的な反撃の光が鋭く宿った──。




