真理の技術結社《オーダー・オブ・リアリティ》
──西の森の巨大な樹々が、凄まじい物理の衝撃波とともに一斉になぎ倒された。
もうもうと立ち込める砂塵の向こうから、野生の精鋭戦士たちを引き連れ、全身から圧倒的な『リアル武術の覇気』を放つ十二歳の少年──ジン・ハルバートが、ついにその姿を現した。
「──お待たせ、エル! 五年ぶりだけど、ちょっと遅くなっちゃったかな!」
その懐かしい声を、その不敵な笑顔を、エレノア──エルは最北の都市レムリアの領主館のバルコニーから見つめていた。彼女の大きな瞳から、一瞬にして大粒の涙が溢れ出す。
「ジン……! ジン、ジニアス……!!」
エルはドレスの裾を引きちぎるような勢いでバルコニーの手すりに足をかけると、そのまま高さ十メートル以上はある地上へと迷わず飛び降りた。
普通なら大怪我、あるいは即死の高さ。しかし今の彼女の肉体は、ジンの『緩解』の思想を数式化し、体内で駆動させている。着地の瞬間に筋肉のブレーキを完全解放し、位置エネルギーの衝撃をすべて四方の地面へと素通りさせる極限の足捌き。
トン、と羽毛のように軽やかに着地したエルは、そのまま一直線にジンへと駆け寄り、その胸へと勢いよく飛び込んだ。
「わわっ、エル!?」
五年ぶりに抱きしめたエルの身体は、同じ十二歳とはいえ、驚くほど線が細く、隠しきれないほどの気品と、もの凄く柔らかい『女の子の華奢さ』に満ちていた。男装の上からでも分かるその圧倒的な美少女ぶりに、ジンの強固な『軸定』が照れ臭さでわずかに乱れる。
しかし──。
「ジン! 会いたかった! 本当に会いたかったよ……っ!! それより君の今の西の森からのエントリーの瞬間! 骨盤のうねりを空間の重力波形と完全に同期させて摩擦係数をマイナスにしてたよね!? 歩幅のロスが完全にゼロだった! それ僕がノートの三十八ページ目に書いた『空間摩擦反転中和理論』の第5項の──!!」
エルはジンの胸に顔を埋めたまま、涙で顔をグシャグシャにしながらも、息を継ぐ暇もないほどの猛烈な早口で魔法理論をまくし立て始めた。顔を真っ赤にして、相変わらずの熱量でオタクトークを爆発させる相棒。
ジンは一瞬呆気にとられたが、次の瞬間、クスッと爽やかに笑ってエルの頭を優しく撫でた。
「あはは。中身は完全に、僕の最高の相棒のままだね。ちょっと安心したよ」
「もうっ! 真面目に聞いてよ! 僕がどれだけこの技術の話を君としたかったか──」
「──おしゃべりはそこまでだ、世界の不純物ども」
2人の感動の再会を切り裂くように、南の街道から、地を揺るがすような鉄錆の足音が響き渡った。
現れたのは、真っ白な甲冑を身にまとい、不気味な神聖魔力を全身から放つ、教会の最高戦力──『秩序の守護騎士団』数百騎の軍勢だった。彼らは手にした聖剣を一斉に掲げ、ジンとエルを完全に抹殺するための、強烈な絶対防御障壁を展開しながら包囲網を縮めてくる。
「エレノア・ヴァレンシュタイン。および平民の小倅。世界のシステムをこれ以上乱すことは神が許さぬ。その首、ここで刈り取ってくれる」
数百人の大人のプロの騎士たちによる、圧倒的な物量の暴力。
だが、ジンとエルは、手を繋いだまま、お互いを見合わせて不敵に微笑んだ。
「エル、五年分の僕たちの研究成果、あのおじさんたちで最終実験しちゃおうか」
「うん、喜んで! 僕の脳内演算と、君の肉体を──今ここで、完全に一つに繋ぐ!」
2人が繋いだ手から、凄まじい密度の魔力と意識の波形が同期する。
五年間の孤独な鍛錬を経て、2人の共同術理は、世界そのもののルールをハッキングする神域の領域へと進化していた。
(──『圏境・無限共鳴軸』、接続)
ジンの身につけた「野生のうねり(重力操作)」の全触覚データが、エルの「神域演算」へと流れ込む。
「敵の防御障壁、分子結合数式の解析完了! ジン、そのまま前進して触れるだけでいいよ!」
「了解。──いくよ」
ジンとエルは、まるで手を繋いで散歩でもするかのように、正面から迫り来る数百騎の騎士団に向けて、ただ普通に『歩き出した』。
突撃してくる騎士団の聖剣が振り下ろされる。しかし、ジンとエルがただ一歩を踏み出し、その絶対防御障壁に『そっと触れた』その瞬間。
──|パリ、パリン、パリリンッ!!!《・・・・・・・・・・・・・・・》
教会の誇る無敵の神聖障壁が、2人が触れた場所から、まるでただの薄い氷細工のように、派手な音を立てて内側からド派手に粉々に砕け散った。ジンの放つブレーキゼロの物理浸透衝撃が、エルの数式によって「障壁の分子結合を完全に中和する波形」に変換され、ただ歩くだけで防御を無効化してしまったのだ。
「なっ……我が教会の絶対防御が、ただ歩いてくる子供たちに触られただけで……!?」
「君たちの強さって、やっぱりガチガチに力んでるから、僕たちの『理』の前にはただの案山子なんだよね」
ジンが爽やかに笑いながら、先頭の騎士の馬の胸元にそっと手を添えた。
筋肉のブレーキを完全解放した、自重の移動だけで放つ浸透打撃。
──ボフン。
「ぶひひん!?」
「ぎゃあああっ!?」
馬の巨体と、上に乗っていた巨漢の騎士が、衣服や鎧を一切傷つけられないまま、内部の魔力経絡と三半規管を同時にハッキングされ、真後ろへと何メートルも吹き飛んで一瞬で気絶した。
手を繋いだまま、ダンスを踊るような滑らかな『転位』のステップで、数百騎の騎士団のど真ん中を爆走する2人の子供。触れる、いなす、そらす──ただそれだけの微小な挙動で、教会の最高戦力たちが、次々と白目を剥いて泥の上に転がっていく。完全なる蹂躙、圧倒的な地獄絵図がそこに広がっていた。
と、その時だった。
「──エレノアァアアッ!! 今助けに行くぞ我が娘よォオッ!!」
「ジン! 親父の意地を見せてやる! 神様だろうが何だろうがぶちのめ──え?」
東と西の街道から、激しい土煙を上げて、オーギュスト公爵率いる『黒曜影衛隊』と、ジンの父親ガルク率いる『鋼鉄の狼』のオヤジたちが、全戦力をもって同時に戦場へと突入してきた。
親たちは「愛する我が子を命がけで救うぞ!」と、五年の執念を爆発させて武器を構えていた。……いたのだが。
彼らの目に飛び込んできたのは、東西南北から包囲していた教会の最高精鋭数百騎が、わずか十二歳の子供2人に手を繋いだまま散歩がてらに小突かれ、文字通り赤子の手をひねるようにボロ雑巾のごとく次々と全滅させられていく、あまりにも現実離れした光景だった。
ガルクは大剣を構えたまま、ポカンと口を開けて硬直した。
「……おい。お前ら。……俺たちの出番、なくね?」
オーギュスト公爵もまた、高級なマントを翻した姿勢のまま、額に青筋を浮かべて呆然としていた。
「我が娘エレノア……。男装させて隠居させていたはずが、あのハルバート家の小倅の技術と合わさった結果……化け物なんてレベルではないな。世界をハッキングしてやがる……」
最強の親たちが、助けにきたはずの本人の前で、完全に置いてけぼりを食らって、ただの『観客』と化していた。圧倒的な親バカと、最高にシュールなカタルシス。
やがて、数百騎いた『秩序の守護騎士団』は、一人の死者も出さないまま(全員が内部の経絡を綺麗に揺さぶられただけの完全な気絶)、庭の泥の上に綺麗に整列するようにして全滅した。
ジンとエルは手を繋いだまま、静かに呼吸を整え、空を見上げた。
灰色の呪いが解け、美しい青空が広がるレムリアの街。
「終わったね、ジン」
「うん。でも、これが終わりじゃない。ここからが始まりだよ、エル」
ジンは集まってきたガルクやオーギュスト公爵夫妻、そしてトアたち野生の戦士たちを見渡し、1人の論理派武術家として、そしてこれからの新時代を創るリーダーとして、不敵に微笑んだ。
「お父さん、公爵閣下。僕たちのこの『ステータスに頼らない、本物の身体操作と演算の技術』があれば、世界中の『無能』や『落ちこぼれ』と呼ばれた人たちを、全員、教会の騎士団より強くすることができる」
ジンの言葉に、公爵も、ガルクも、息を呑んで耳を傾ける。
「世界の歪んだステータス至上主義、そして神のシステムそのものを裏からひっくり返す。──そのための、本物の真理を伝承していく拠点を、僕とエルでここに創るよ」
エルがジンの隣で、最高の、そして最高に美しい誇らしげな笑顔でノートを掲げた。
「──その名も、『真理の技術結社』。僕たちの新しい技術の歴史を、ここから世界中に広げてみせるさ!」
最北の都市レムリアの青空の下、世界から異物と蔑まれた二人の怪物が、世界をハッキングする最強の秘密組織の誕生を告げた。




