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魔力ゼロの無能判定を下された転生者、本物の身体操作で世界を凌駕する  作者: Y.K
第1章

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二つの|執念《しゅうねん》と、|大魔法陣《システム》の崩壊

ジンが世界の果てから中央大陸を目指して爆走し、エルが灰色の都市で知性の牙を研ぎ澄ませていたその五年間──。


 中央大陸の表舞台では、二つの巨大な『大人の執念』が、神の隠蔽システムという分厚い壁に、泥臭く穴を開け続けていた。


 ヴァレンシュタイン公爵家の最深部、厳重に遮蔽された地下作戦室。


 かつて書類をすべて吹き飛ばして怒り狂ったオーギュスト・ヴァレンシュタイン公爵は、五年の歳月を経て、その髪にわずかな白髪を混じらせながらも、眼光だけは餓狼のように鋭さを増していた。


「──閣下! ついに、ついに掴みました!」

 公爵家最強の隠密部隊『黒曜影衛隊』オブシディアン・シャドウの隊長が、血眼の表情で部屋に飛び込んできた。その手には、五年間、大陸中の教会の情報網をハッキングし、検閲の目をすり抜けて集められた、数千枚の断片的な情報書面が握られていた。


「申せ」


「教会が最高機密として情報封鎖していた『最外周の大陸』……そこから、信じられない噂が流れてきております。魔力を一切感知させない謎の少年が、トロールやヒュドラといった最高位の魔獣を『ただ素手で触れるだけ』で内部から粉砕し、野生の戦士たちを引き連れて、中央大陸へ向かって凄まじい速度で直進している、と」


 オーギュストの隣にいた妻のエルフレデが、ハッと息を呑んで立ち上がった。


「魔力ゼロの少年が、素手で……。あなた、間違いないわ。あの時の……ハルバート家のジンよ! あの子は生きていたのね!」


「フ、フハハハ……! やはり生きていたか、あのバケモノめ! 世界の因果律に消されながら、自力で世界の果てから這い上がってくるとはな!」


 オーギュストは狂おしいほどの歓喜の笑みを浮かべ、デスクを激しく叩いた。


「だが、それだけではない。もう一つ、我が公爵家が誇る情報逆演算魔導具が、ある異常な数式の書き換えを感知した。中央大陸の最北端、かつて神の呪いによってマナを遮断された|『封殺都市・レムリア』《アンチ・マナ・シティー》……あそこの大魔法陣の術式が、内側から何者かによって、ミリ単位で完璧に書き換えられつつある」


「まさか……エルがそこに!?」


「ああ。あの規模の大魔法陣を、教会の監視に気づかれずに内部からハッキングできる人間など、この世に我が娘、エレノアをおいて他にはおらん! ……繋がったぞ、五年の執念が、ついにミッシングリンクを捉えた!」


 オーギュストは立ち上がり、背後の黒いマントを激しく翻した。


「総員に告ぐ! これよりヴァレンシュタイン公爵家は、全戦力を最北の地レムリアへと向ける! 神の信徒どもが気づく前に、我が娘と、その最高の伴侶を迎えに行くぞ!」


     *


 同じ頃、大陸の薄暗い街道を、数騎の巨大な軍馬が爆走していた。


 先頭を走るのは、大剣を背負った男──ジンの父親、ガルク・ハルバートだった。その背後には、かつて戦場を震撼させた伝説の元Aランク冒険者パーティ『鋼鉄の狼』(アイアン・ウルフ)のオヤジたちが、全盛期の装備を身にまとって不敵に笑っている。


「おい、ガルク! 公爵家の隠密の動きを盗み見て正解だったな! 北のレムリアって都市に、お前のバカ息子と、あの公爵家の小娘がいる可能性が跳ね上がったぞ!」


「へっ、魔力を吸い取る都市だあ? 魔法使いにとっては地獄だろうが、あのジンの『リアル武術』からすりゃ、ただの遊び場みたいなもんだろ!」


 ガルクは愛馬の手綱を強く握りしめ、北の空を見据えた。


「ジン、待ってろよ。お前が俺の脳みそに遺してくれた『軸定』の癖のおかげで、俺は五年間、お前の存在を片時も忘れずに済んだ。……今度は親父の意地を見せてやる。神様だろうが何だろうが、俺たちの家族を邪魔する奴は、この『鋼鉄の狼』が全員ぶちのめしてやるからな!」


 大人たちの二つの執念が、今、最北の都市レムリアという一つの交差点へと向かって、猛烈な速度で収束し始めていた。


     *


 ──そして。

 『封殺都市・レムリア』の地下最深部。


 そこは、見上げるほどに巨大な、赤黒く発光する|『魔力封殺の大魔法陣』《アンチ・マナ・サークル》が刻まれた、広大な石造りの大空洞だった。


数百年間、この都市の人間から魔法を奪い、衰退させてきた神の呪いの心臓部。


 その魔法陣の前に、十二歳になったエレノア──エルが、数千枚の羊皮紙の魔術式を宙に浮かせながら、静かに立っていた。


「……長かった五年間。でも、ようやく終わるよ、ジン」


 エルの美しい顔には、一切の迷いはなかった。


 彼女の瞳には、かつての弱々しさは微塵もない。ジンの思想を脳内で極限まで突き詰めた結果、彼女の脳内魔法演算は、世界そのものの数式を書き換える『神域演算』(システム・ハック)の領域へと到達していた。


「エレノア様、本当にやるのですか……!? この魔法陣を破壊すれば、教会の、あの『神の使い』どもが、異常を察知して一斉にこの都市へ攻めてくることに……!」


 背後に控える都市の幹部たちが、恐怖に震えながら尋ねる。


 しかし、エルは不敵に、男装の麗人としての圧倒的なカリスマを漂わせながら、クスクスと鈴の鳴るような声で笑った。


「攻めてくればいいさ。今のレムリアの住民は、君たちが『無能』と蔑んだジンの体内循環の技術──|『軸定・局所循環魔法』《マナ・サーキット・リンク》を五年間鍛え上げてきたんだ。外の魔力に依存しない僕たちの新しい魔法なら、教会の騎士団なんて、ただの『力んだ案山子』だよ。……それにね」


 エルの瞳に、狂おしいほどの、そして最高に美しい執念の炎が灯る。


「僕の『圏境』のアンテナが、さっきからずっと、ビンビンに響いているんだ。世界の果てから、僕の最愛の相棒が、すべての障害を素手で粉砕しながら、この都市に向かって爆走してきているのがね……! あの子が来るんだ。だったら、僕が最高のお出迎えの舞台を用意してあげなきゃ、相棒失格だろう?」


 エルがスッと、右手を大魔法陣のコアへと突き出した。


 その指先から、五年間かけて構築した、既存の魔導の常識を根底から覆す『反転中和の数式』が、一気に心臓部へと流し込まれる。


「──|『神域改変・呪詛解体』《コード・ディストピア》、執行」


 ──パキィイイイイン!!!


 次の瞬間、数百年間にわたって都市を縛り付けていた赤黒い大魔法陣が、まるでただのガラス細工のように、派手な音を立てて内側から粉々に砕け散った。


 ドゴォオオオオン!!!


 レムリアの街全体に、数百年ぶりとなる、圧倒的なまでの純粋な魔力の光(マナ・オーラ)が、地脈から一気に噴き上がった。灰色の空が割れ、美しい青空が都市に差し込む。


 それは、世界のルールに対する、落ちこぼれの天才美少女からの、完璧な『宣戦布告』だった。


「──あ、あわわ……! 大変です、エレノア様! 都市の外壁の魔力センサーに、凄まじい反応が! 南の街道から、教会の『秩序の守護騎士団』システム・インフォーサーが数百騎、さらに東西の街道からも、正体不明の巨大な軍勢が、ものすごい速度でこの都市へ迫っています!」


 偵察の兵が、息を切らせて大空洞に駆け込んできた。


 神の呪いが解かれた瞬間、世界を管理する手下ども、そして、2人を追う親たちの軍勢が一斉に動いたのだ。都市レムリアは、一瞬にして世界中の最高戦力が激突する、絶対的な戦場へと変貌しようとしていた。


 だが、エルは窓の外を見つめながら、その極上の美貌に、最高に幸せそうな笑みを浮かべた。


「ふふ……あっちの、西の森から猛烈な速度で迫ってくる、魔力が『完全にゼロ』なのに、空間の重力をめちゃくちゃに変形させて爆走してくる、あの懐かしい、世界で一番大好きな足音……」


 エルの視線の先──。


 レムリアを囲む巨大な平原の境界、西の森の樹々が、凄まじい衝撃波とともに一斉になぎ倒された。


「──お待たせ、エル! 五年ぶりだけど、ちょっと遅くなっちゃったかな!」


 砂塵の向こうから、トアや野生の精鋭戦士たちを引き連れ、全身から圧倒的な『リアル武術の覇気』を放つ十二歳の少年──ジン・ハルバートが、ついに戦場へと姿を現した。


 技術を極めた『若き龍』と、世界をハッキングした『奇跡の聖女』。


 世界のルールによって引き離された二人の怪物が、五年の歳月を経て、ついにこの最北の戦場で、運命の再会を果たした瞬間だった。

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