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魔力ゼロの無能判定を下された転生者、本物の身体操作で世界を凌駕する  作者: Y.K
第1章

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不要なる異物

僕とエルの完璧なシンクロ──『圏境・共鳴軸』コスモ・シンクロニシティから繰り出された一撃は、名門公爵家の魔導騎士たちを文字通り一瞬で粉砕した。


 庭の泥土の上に転がる、意識を失った騎士たち。

 元騎士の父親ガルクも、母親のセリアも、あまりの衝撃的な光景に腰を抜かしたまま完全に硬直している。


「やった……やったよジン! 僕たちの理論は、帝国の精鋭にだって完全に通用したんだ……!」


 エルが僕の左手を握りしめたまま、その中性的な美しい顔を歓喜に染めて飛び跳ねた。僕の身体操作の感覚が彼女の肉体と同期しているため、今の彼女は病弱の苦痛から完全に解放され、まるで羽が生えたかのように軽い身のこなしを見せている。


「うん。エルの波形演算のおかげだよ。これでバルト先生に続いて騎士団まで全滅だ。流石に公爵家も、僕たちの技術を『無能の妄想』だなんて無視できなくなる──」


 僕がそう言って、エルの頭を優しく撫でようとした、その瞬間だった。


 ──パチン。

 世界から、すべての()が消えた。

 夕暮れの赤黒い風がピタリと止まり、宙を舞っていた枯れ葉が、まるで空間に縫い付けられたかのようにその場に停止する。ガルクの叫ぼうとした口も、セリアの流した涙の滴すらも、時間の檻に囚われたかのように空中で静止していた。


 動けるのは、僕とエルだけ。


「……む?」


「ジ、ジン……これ、何……!? 空間全体の魔力粒子が……完全に固定されている……!」


 エルの顔から一瞬で血の気が引いた。彼女の持つ最高峰の魔法演算能力が、今この場に訪れた『異常』の格の違いを瞬時に察知したのだ。

 静寂の底から、衣服の擦れる衣擦れの音だけが、不気味に響いてくる。


「──素晴らしい。実に素晴らしい技術です。まさかステータス最底辺の『無能』と、回路不全の『落ちこぼれ』が、世界の因果律を乱すほどの術理を編み出すとは」


 ハルバート家の壊れた生垣の向こうから、一人の男が音もなく歩いてきた。


 真っ白な、一筋の汚れもない神聖なローブ。顔を深く覆うフードの隙間から見えるのは、この世の誰よりも整っているが、同時に生命の温もりを一切感じさせない、陶器人形のような冷徹な笑みだった。


 男が放つのは、魔力などという生易しいものではない。世界そのものを支配するような、圧倒的な『システム権限』(ルール)の波動。


 読者にも、この世界の住人にもまだその正体は分からない。しかし、間違いなくこの世界の根底を牛耳る手下であることだけが、本能で理解できた。


「何者だ……!?」


 僕はエルを背後に庇い、瞬時に『軸定』の姿勢を取った。


「名乗るほどの者ではありません。ただ、世界の調和を保つための『調停者』(プログラム)、とでも思っていただければ。──ジン・ハルバート。あなたの存在、そしてあなたがエレノア・ヴァレンシュタインと共に創り出したその技術は、これ以上の発展を認められません。あなた達は……この世界には不要な異物です」


 白いローブの男が、静かに右手を差し出してきた。

 呪文の詠唱も、魔法陣の展開もない。ただ『そうなるのが世界のルールだ』と言わんばかりの、絶対的な死の概念が僕を襲う。


(──『転位』!)


 僕はエルの手を引いたまま、零コンマ秒の最適解へ滑り込もうとした。しかし、足を踏み出そうとした瞬間、地面そのものの物理法則が書き換えられたかのように、一歩も前に進めない。


「小賢しいですね。空間の座標を固定しました。動けるわけがありません」


「だったら……これでどうだっ!!」


 僕は逃げるのを諦め、正面から男の胸元へ向けて、筋肉のブレーキを完全解放した『緩解』の浸透打撃──『軸定・定位打撃』(テクス・ストライク)を放った。大人をも木っ端微塵にする、僕の現時点で最強の一撃。


 ──ボフン。


 僕の拳は、男の白いローブの胸元に完全に直撃した。


 しかし、男は避けることすらしなかった。涼しい顔のまま、僕の打撃を真っ向から受け止め──そして、フッと微笑んだ。


「ふむ、面白い技術だ。物理エネルギーと微小な魔力波形を完全に同期させ、防御障壁を透過して内部を破壊する、ですか。……なるほど、確かに既存の魔法体系の枠を外れている。ですが、世界の法則そのものを管理する私達には、届きませんよ」


 男の胸元から、僕の打撃の衝撃波が、光の粒子となって霧散していく。


 僕が前世から積み上げてきた本物の武の理が、完璧な形で直撃したにもかかわらず、一ミリのダメージすら与えられなかった。


「あ……あ……」


 背後で、エルが絶望の声を漏らす。

 僕の脳裏に、強烈な、前世の地下鉄のホームで死んだ時以上の、凄まじい怒りと渇望が燃え上がった。


(ふざけるな……。せっかくエルと出会って、ようやく新しい武の深淵が見えてきたんだ。それを、こんな理不尽な世界のルールごときで、終わらせてたまるか……!)


 ドクン、と心臓が異様な音を立てて脈打った。

 僕は、自分の肉体が壊れるのを承知で、身体が本能的にかけている安全弁を力ずくで破壊した。全筋肉、全神経、体内に超圧縮されていた全魔力を120%強制稼働させる、前世でも禁忌としていた命を削る暴走の領域──。


(──『軸定・壊理暴走』(オーバー・アクセル)……!!)


「おおおおおおおああああああっ!!!」


 七歳の少年の身体から、ドス黒い、そして圧倒的な密度の魔力の嵐が爆発的に吹き荒れた。皮膚がミシミシと裂け、血管が浮き上がり、僕の眼光は完全なバーサーカーのそれへと変貌する。


 空間を固定していた男の『ルール』が、僕の肉体の圧倒的な暴走エネルギーによってパキパキと音を立ててひび割れていく。


「なっ……魔力ゼロの身でありながら、肉体そのものの負荷だけで、私の空間固定を力ずくで引き裂くというのですか!? やはり、生かしておいては世界のバグになる……!」


 白いローブの男の顔に、初めて明確な『焦り』と『不快感』が走った。


 僕は狂戦士と化し、地面を爆砕しながら男の首元へと拳を突き出す。今度こそ、男の因果律ごと噛み殺すような、命を賭した一撃──。


 しかし、男は僕の拳が届く直前、冷徹に指を一本、パチンと鳴らした。


「──不快ですね。消えなさい、世界の果てまで」


 ゴォオオオオン!!!


 僕の拳が男の鼻先に触れる寸前、僕の足元の空間が完全に反転し、巨大な『次元の裂け目』(ヴォイド・ゲート)が出現した。


 暴走状態の肉体の慣性をコントロールできず、僕はそのまま、底なしの闇の中へと吸い込まれていく。


「ジン──ッ!!! 嫌だ、ジン、行かないで!!!」


 エルの絶叫が響く。手を伸ばそうとしたが、その距離は一瞬で無限の彼方へと引き離されていく。


 視界が急速にブラックアウトする寸前、白いローブの男が、僕の背後に残されたエルを見下ろしながら、冷酷に告げる声だけが聞こえた。


「神はあなた達に寛大な慈悲を与えるでしょう。ハルバート夫妻の記憶は改変し、この事象そのものを無かったことにします。……ただし、そこの公爵家の小娘。世界のシステムを勝手に書き換える数式を編み出した、不届きなあなたには──相応の処罰が下ります」


「いや……嫌だぁあああああっ!! ジン!! ジニアス──!!!」


 ドォン、と世界の軸が戻るような音がして、僕の意識は、深い深い、絶望の闇へと完全に突き落とされた。

     *


 ──どれほどの時間が経っただろうか。

 ジトジトとした不快な湿気と、嗅ぎ慣れない鬱蒼とした緑の匂いが、僕の鼻腔をくすぐった。


「……う、く……」


 全身を突き刺すような、激しい筋肉痛と疲労感。リミッターを強制解除した『壊理暴走』(オーバー・アクセル)の代償だ。骨が数本、微細にひび割れているのが身体の感覚で分かる。


 僕は泥の上に倒れていた身体を、辛うじて『軸定』の意識だけで支えながら、ゆっくりと目を開けた。

 見上げた天井は、ハルバート家の木造天井でも、秘密基地の廃屋でもなかった。


 見たこともないほど巨大なシダ植物や、不気味に発光する巨大なキノコが生い茂る──完全に未知の、深い『原生密林』(ジャングル)の景色だった。


(……ここは、どこだ? エルは……お父さんと、お母さんはどうなった……!?)


 混乱する頭を抑え、立ち上がろうとした時、ガシャ、と硬質な金属音が響いた。


「──む?」


 見ると、僕の身体は、太い不気味な黒い鉄格子に囲まれていた。


 ただの檻ではない。触れた瞬間、僕の体内のわずかな魔力が、まるでストローで吸い上げられるかのようにズルズルと檻に吸収されていくのが分かった。体内のエネルギーを常に空っぽにさせる、最悪の『吸魔の檻』(アンチ・マナ・ケージ)だ。これでは魔法使いなら発狂してまともに立つことすらできないだろう。


 檻の外からは、ザワザワとした不気味な話し声が聞こえてくる。


「おい、見ろよ。上から突然、おかしな服を着た人間のガキが降ってきたぞ」


「魔力が全く感知できないな。ただの無能の生贄か? 高く売れるか、それとも──」


 檻の向こうから僕を覗き込んでいたのは、顔に奇妙な泥の化粧を施し、動物の骨で作られた槍を手にした、見たこともない密林の原住民(バーバリアン)の男たちだった。彼らは僕を、完全に『捕らえた家畜』のような冷酷な目で見つめている。

 チートスキルもなし、魔力も檻に吸われて完全にゼロ。おまけに身体は満身創痍の七歳の子供。世界の果ての、未知の密林の檻の中。


 これ以上ないほどの絶望的な、どん底のスタート。

 ──だけど、一人の論理派武術家は、檻の中で静かに、爽やかな笑みを浮かべた。


(なるほどね。魔力を吸い取る檻、か。魔法使いにとっては絶望だろうけど……僕にとっては、無駄な魔力ノイズが消えて、純粋な物理の骨格操作(軸定)に集中できる最高の環境じゃないか。……よし、まずはこの檻の強度の『最適解』を解析して、脱獄のフィードバックを始めようか)


 ジンの瞳に、現代武術家としての不敵な光が、再び鋭く宿った。

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