第十六話
「中にいるのは分かっている」
外から男の声が聞こえる。
その声は強制を促すような声ではなく
落ち着いた声だった。
「出てきなさい。危害は加えない」
ヒヨリが口を押さえる手に、力が入った。
「話を聞きたいだけだ」
嘘には聞こえない。
数日前と全く同じ状態。
パニックが始まった時に
助けに来てくれた男達。
その救助の言葉を無視して
変わり果てたマサルと一緒にいる2人。
その時と違うのは
扉の先の男達が
中に人がいるという確信が
強くあること。
そして……
ガンッ!!
ドアが揺れて
ユリの肩が小さく震えた。
「最終確認だ。開けるぞ」
(待って!)
ユリが声を出そうとした瞬間
バンッ!!
ドアが破られた。
銃を持った男たちが、なだれ込む。
ヒヨリが、息を詰める。
ユリは、咄嗟に
マサル、それより少し離れた所にいるヒヨリ。
その2人よりも少しだけ玄関に近い距離に
動きだした。
そして、震えながら両手を広げる。
後ろの2人を守るかのように…
その不思議な光景を
全員が目の当たりにする。
隊員の一人が、警戒を強めた。
「感染者だ。撃て!」
「待って!」
ユリが言葉を発する間もなく
乾いた音が
マサルの体を撃ち抜く。
その衝撃で、マサルは後ろに倒れた。
「……っ!」
ヒヨリが叫ぶ。
「パパ!!」
マサルに駆け出したヒヨリのもとへ
数人の男が動けないユリを
素通りして近付いた。
そして、
強いけど優しい声色でヒヨリに声をかけ、
他の男の銃口は倒れているマサルに向いていた。
「危ないよ!こっちにおいで!もう大丈夫だから!」
ヒヨリが泣き叫ぶ。
「パパ!パパ!」
床に倒れたままのマサル。
ユリの視界が揺れる。
残酷にも時は流れ続けた。
「今ここにいる生きている人は
あなたと娘さんだけですか?」
別の隊員が、ユリに聞く
銃口は下がっていた。
落ち着いた声で隊員はもう一度ユリに
話しかけた。
「事情を聞かせてほしい」
危害を加える気はないのは確かだった。
ユリは動かないマサルを一度見て
目の前の隊員に視線を戻す。
「……この人は」
ユリは言葉を探していた。
説明できるのか。信じてもらえるのか。
そのとき。
――ガサッ
小さな動き。
ユリの目が、見開く。
マサルの指が、動く。
次の瞬間。
マサルは体を起こした。
「っ、動いた!」
隊員の1人が銃を構え直した。
……が遅かった。
1人の男の腕を掴み
放り投げ、
マサルのはヒヨリの前に立っていた。
「くそっ!」
別の隊員が銃をマサルに撃つ。
体を貫かれてもマサルは
ヒヨリの前から動かないマサル。
「やめて!!」
ヒヨリが叫ふ。
「パパを撃たないで!」
もう一度その声が響いた。
確かに「守ってくれている。」
それは事実には変わらない。
ただ…
ユリはその場から動けずにいた。
やめて!とも声を出せずに
ただ震えていた。
外から、エンジン音が聞こえて
別の車両がまた1台増えた。
そして男たちが車から飛び出してきた。
「通常弾じゃだめだ!」
「捕獲装備、使え!」
別の銃が向けられる。
――バシュッ!!
網のようなものがマサルに広がった。
それでもマサルは、変わらずヒヨリの前に
立ち続けた。
ヒヨリを囲む者たちを
遠ざけようと…
男たちがまた別の新しい銃を、構える
「マサル…」
マサルはここで排除される。
直感でユリは察した。
「発砲ストップ!」
強く低い声が響いた
一人の男が、ゆっくりと歩いてくる。
他の隊員とは、明らかに雰囲気が違う。
状況を、完全に把握している目。
その男が″網の中の男″を見つめる。
それから″その男″の隣にいるヒヨリを見つめる。
少しの間をおいて
視線をユリに向けた。
「あなたがあの男の奥様ですか?」
この男は
マサルをモノ扱いしなかった。
それが安心させるためなのか油断させるためなのか
考えるより先に言葉が出た
「そうです。私の大切な夫です。」




