第十二話
最後に家の敷居から外に出たのは
凄く前のような気がした。
静かだった。
風の音だけが、残っている。
ユリは、ヒヨリの手をしっかりと握り
もう片方の手には
昔買った
スキーストックが握りしめられていた。
刃物などは逆に危険かもしれない。
それに…
武器というには程遠いものを手にした理由は
後ろの存在を信じているからだった。
幸い、
歩いても行ける距離に
一軒のコンビニエンスストアがある。
散歩するにはちょうどいいくらいの距離。
こんな状況じゃなければ…
ユリは意を決して歩き出した。
周りに視線と神経を集中して
声を忘れたかのように押し殺して
ふと後ろを振り返った。
マサルは数歩離れて
歩きにくそうについてくる。
なんの障害もなく
コンビニの駐車場までたどり着いた。
中に入ると
映画や漫画で見たことあるようなものを
想像していたが
そこまで荒れている様子もなかった。
ただ、所々の壁や床には赤い液体が
ペンキのように張り付いていた。
そして、…鼻をつく嫌な
嫌な臭いがかすかにする。
それはドリンクを補充するために入る倉庫の方から
漂ってきている気がした。
ユリは首を振りながら
視線を扉から店内に戻した。
それと同時に似つかわしくない
無線機やそれに付随した機械の存在も
目に入った。
「……すぐ取って、出ようね。」
ユリが小さく言って
ヒヨリが頷いた。
姿勢を低くして
店内を探し回る。
ふと入り口を見ると
マサルは
自動ドアがあったであろう場所で
首を下げて立っていた。
恐ろしい存在、倒れているヒトなどが
いなかったことが小さな救いだった。
もう一度店内に視線を見つめ直すと
弁当…おにぎり…菓子類…
食料はまだそれなりに残っていた。
ヒヨリのためにたくさん持っていきたい。
でも、同じような境遇の人が他にいるかも…
ユリは缶詰を数個ポケットに押し込み、
逆のポケットから小銭を
何枚か手に取ると
それをレジ横にそっと置いた。
バンッ!!
突然バックルームの扉が、勢いよく開いた。
「……っ!」
男が三人、飛び出してくる。
目が、普通じゃない。
「女だ!」
男の1人が声を発した。
一気に距離を詰めてくる。
武器として握っていたスキーストックは
あっという間に奪われ、
遠くに投げられてしまった。
2人は男達によって
バックルームに引きずり込まれた。
鍵の閉まる音と共に
ユリは引きずり込まれた部屋を一望した。
奥には震えて膝を抱えている
男がもう1人いた。
「おい、今さらビビってんなよ!」
3人のうちの1人が吐き捨てる
「……だって……」
怯えた男はそれ以上声が出なかった。
欲望というものは時には非常に残酷になる。
ユリは、ヒヨリをかばうような体制をとった。
逃げ場はなかった。
「パパ!!」
ーードンーー
扉をノックするような音が
バックルーム内に響いた。
全員の動きが止まる。
バキッ!
今度は扉が
紙細工のように歪み、そのまま呆気なく崩れた。
崩れた扉の前に立っていたの
先ほどの騒ぎで男達の視界に入らなかった存在。
それがゆっくりと足を踏み入れた。
その濁った視線はユリとヒヨリの方へ
向いていた。
「この辺りにはもう……なんでいるん…」
男の一人が言葉をこぼす前に
床に叩きつけられていた。
頭は潰れたトマトのようになって
動かなくなっていた。
「は……?」
もう1人男が壁に押し付けられる。
骨が砕ける音なのか壁が壊れる音なのか
嫌な音が響いた。
「ひぃ!」
逃げようと足を動かした
男の頭を掴み最初に壊した男の上に
叩きつけた。
本当にあっという間だった。
最後に残った一人の男は
その異物から目を離さず
震えていた。
叩きつけた男から手を離し
ゆっくりと最後の獲物を見つけた瞬間…
「パパ!」
ヒヨリの声が響いた。
ついさっきまでの激しい衝突が嘘のように、
場は不気味なほどの静寂に沈んだ。
ヒヨリが、涙を拭きながら
「……パパ」
もう一度マサルの名を呼んだ。
その空間だけ切り取られたような静寂。
「……行こう。」
その空間を繋ぐようにユリが口を開いた。
ユリはヒヨリの手を握り
この惨劇の場を後にした。
少し遅れて
マサルがついてくる
一定の距離を保ったまま、ゆっくりと。
離れていく女と子供、
それについて行くヒトではない存在
残された男は静かにそれらを見ていた。
気配がなくなりしばらくすると
男はかすれた声で一言呟いた。
「……なんだよ、あれ」
男は一瞬ハッと驚いたような顔をして
立ち上がった。
男の視線が
散らばったままの機器に向いた。
店内には男の他に誰もいない。
それでも男は忍び足でその機械に近づき
無線機の電源を探す。
『……――こちら……応答しろ……』
男は一瞬びくっと震えた。
そして息を飲んだ。
もう一度外を眺めて
家族の姿が見えないことを改めて確認した。
「応答しろ……聞こえるか?!どこの部隊だ!?」
無線機の奥でもう一度同じ声が鳴った。
震えた声で男が発した。
「もしもし!聞こえますか?〇〇町のコンビニです!」
小さい間の後、
再び無線機から声が届いた。
「……!〇〇町の住民の方ですか!?
なぜまだそちらにいるのですか!?
そちらの住民保護の部隊はどうしたのですか!?」
「………!」
男は一瞬言葉に詰まる。
似つかわしくない無線機がここにある理由。
その無線機を使い慣れた人間がいない理由。
その原因は自分にもある事を知っていたから…
「す…すいません!近くに見当たりません!
でも……」
男は続ける。
「感染者を1人見つけました!でもおかしいんです!」
自分でも気づかないほどに早口になっている。
「落ち着いて!まずは身の回りの安全を確保してください!それで、その感染者は今どこに!?」
無線機の向こうの声は
慌ただしく、でもどこか落ち着いて
質問を投げかけた。
「……一緒に……女、子供と一緒に行動してるんです!女と子供は襲われていないんです!女と子供について行ってるんです!」
男は焦りでうまく説明できない。
その場で自分が見た光景をただただ
無線機の向こうに投げかけた。
無線機の奥はで空気が変わる事を感じる。
外は、相変わらず静かだった。




