夕焼けの廊下
通っている高校の、文化部系の部室しかない校舎の隅の方。落語研究同好会の部室の目の前にある階段から足を滑らせて落ちたのだそうだ。
落語研究同好会の部員たちは顧問の厚意で寄席の見学に行く日だった。僕だけはその日、バイトのシフトが入っていたので不参加にしていた。元々、落語に強く興味があったわけではない。同好会存続のために頭数だけ揃えたいと言われて入部したのだ。バイトが休みの日の放課後に少し部室に立ち寄るくらいのやる気も協調性もない部員だ。
その日、夕方のバイトまでの30分ほど時間を潰すために無人の部室に立ち寄ることにした僕が、高尾 灯の第一発見者になった。
さらさらの長い髪が、窓からの夕焼けを浴びてオレンジ色に輝いていてとても綺麗で、あぁこの綺麗さは高尾 灯だとすぐにわかった。山を染め上げる紅葉みたいに暖かなのに、どこか悲しいアンビバレンツな美しさだ。
どうしてこんな廊下に寝ているのだろう。わざと足音を立てて近づいても高尾 灯はなんの反応もしなかった。
え。もう着いちゃうんだけど。
流石に素通りするのはおかしいか。「どうしたの」くらい、声をかけた方がいいよな。なるべく平坦な、なんでもないような声で。焦りとか、緊張とかが滲まないような平らかな声で。
「た、高尾じゃん。どうしたの」
一言目で噛んだ。頭の中はなんだかピンポン玉みたいな熱くて速い生き物がぐるぐる回っている状態で、つまりはパニック状態だった。でも、数秒待っても高尾 灯が反応を返すことはなかった。
「え、高尾…?高尾…あ、あかり…?」
高尾 灯に揶揄われている可能性だって全然考えなかったわけじゃない。
高尾 灯と僕はそんな感じだ。美しく明るくて優しくてお姫様みたいな高尾 灯と、根暗で地味な染谷 久松という男はスクールカーストの頂点と底辺に存在している。お互いの領域が違うことは、ちゃんとわかっているから、同じ教室の中にいても昔のように気安く話しかけたことなんてない。
小学校低学年の頃までの僕らは家も近所で家族ぐるみの交流もあって、すごく仲良しだった。そんな僕だからわかる。もともと高尾 灯はいたずら好きのおてんば娘だ。だから昔、子供の頃にやっていたような『死んだふりゲーム』で久しぶりに僕のことを揶揄いにきたという可能性だってゼロじゃない。
高尾 灯はその後、なんの反応も返すことはなく、流石に異常を感じた僕はその顔を覗き込んだ。すやすやと穏やかに眠っているだけのような美しい顔をしている。ただその美しい顔の下側、床に触れている面だけが真っ赤な血に染まっていた。
思わず後退りをすると、踵にこつんと何か硬いものが当たった感触があった。
透明なガラスの小さな空き瓶が、血に濡れて夕日を赤く反射していた。




