優しい味
最後にこれだけは食べていきなさいとモモセから差し出されたのは鰹節と小口ネギが乗ったお粥だった。
色々と現実離れした話を聞いていた反動か、気持ち悪さは幾分か和らいでいる。それどころか、灯の死についてほんの少しでも真実に触れられる可能性があると知って、自分の中に生きる活力のようなものが湧き上がるのを感じていた。
その活力は、真実を知ってしまえば途端に萎んでしまうことが簡単に想像できる頼りないものだけれど、今はそんなものにすら縋り付くことしかできない。
「熱いから、少しずつね」
「モモセ、俺には冷酒。真珠にはジンジャーエールと親子丼」
「はいはい」
モモセはかなりの高身長でガタイも良い大人の男なのに、お盆を持ってカウンターに戻って行く様子はどこか『お母さん』のイメージを持たせる。そのアンバランスさがまた、僕の緊張感を和らげた。
「食えよ。美味いぞ」
これから食事をする僕に多少気を遣ってか、真珠は体を真横に向けて煙草に火をつけた。
「いただきます」
小さめの茶碗に半分くらいのお粥。量も配慮してくれたらしい。一口食べると、出汁の優しい香りが広がる。優しい、優しい味だ。これなら食べられる。
それでもいつもの何倍もの時間をかけてやっと食べ終えると、じわりと視界が歪んだ。涙の薄い水膜が瞳を覆って、溢れていく。
こちらに向き直った真珠は意地悪そうな笑みを浮かべて、僕に向かって思いっきり煙を吐き出した。
「うわっ、何すん…けほっけほっ…!」
そしてぐっと身を乗り出して、僕の頭に手を置いた。
「帰ったら風呂入れよ。ヤニくせぇから」
帰り道も自分の周りに煙草の匂いが漂っているのを感じた。
「そりゃ、風呂入るよ。うわ、煙草くさぁ」
独り言を呟いてからふと、自分が何日も風呂に入っていなかったことを思い出した。どうでもよかったのだ。食事も風呂も。生活する上で必要とされていることの何もかもが。
けれど今、ごく自然に人間らしい生活を取り戻し始めていることに気がついた。そしてそれらの全てが今日であったばかりの男たちによってもたらされたものだということも。
最後に吐き出された真珠の煙草の煙さえ、僕への配慮だったのだと気づける程度には、僕の頭も動き始めていた。
「うぅ。大人だなぁ…」
真珠の金色を思い出して僕は悔しさを感じた。自分の幼稚さ、浅はかさ、無力さ。自分がまだ自分でしか無いという存在のちっぽけさに。
「明日、昼1時。境界美術館。よし…っ」
唇を噛んで、家までの道を歩いた。




