美しくない死
「あれが、灯の走馬灯…」
「あぁ」
抑揚のない声で真珠が答える。
「自死者の走馬灯だ。境界美術館は自死者の走馬灯を展示する美術館だからな」
補足するように赤西が言う。
「自死…?」
そうだ、確かに真珠は言っていた。あの僕自身の満面の笑顔の絵の前で『自分で死ぬ奴の走馬灯』と。
「いや…そんなはずない…。灯が自死?ありえない…。あんなに人に囲まれて、あんなに愛されてた灯が、どうして自分で死ぬなんて、そんな…!」
体力が落ちているせいで、ここまで言っただけで息が続かなくなった。
「人に囲まれて、愛されていれば、孤独じゃないのか」
金色の瞳の奥に深淵のような暗さを湛えて真珠は言った。下を向いて瞳の大半がその長いまつ毛に隠されていたおかげで、視線は合わない。
「でも…っ」
条件反射で接続助詞を発したが、二の句が継げない。だって僕は灯が本当に孤独じゃなかったかどうかを知らない。知ろうとすることを投げ捨てたのだから。
「でも…あんなに…」
「お前、高尾灯も人を愛する心を持つただの人間だということを忘れてないか」
ひゅっと喉の奥で空気がから回る音を立てた。真珠の言ったそんな単純な観点が自分の中に全くなかったことに気づいてしまったのだ。
人は、愛されていればそれで満足するのだと思い込んでいた。そんなわけないのに。
僕自身が、叶うわけもなくてもただ心の奥底で灯を想っていることを日々の活力にしていたのに、そんなことは棚に上げて、灯を神聖化して、崇め愛される灯はそれで満足だろうと、愛情を受け取り続けることで灯は満たされているのだと思い込んでいた。
灯がただの普通の人間、16歳の女の子でしかないことをすっかり忘れていた。
「人間なんて、好いた相手に袖にされただけで簡単に世界の終わりを感じる弱い生き物だからね」
モモセが微笑みを絶やさないまま言う。
灯の走馬灯が頭を駆け巡った。
僕の姿ばかりの走馬灯。幼い頃から最近に至るまでずっと僕の姿を追い続けていた走馬灯。
『ひさちゃん、笑って』
脳内に響いた鈴が鳴るような声は確かに灯のものだった。
僕は、なんて愚か者なんだ。
灯を孤独にさせたのは僕だ。
自分を守るために灯の気持ちを考えようとせず、少しずつ少しずつ時間をかけてその心を削り取った。
飛び降りる瞬間、灯は何を想っていたのだろう。
もしもあの時、僕が部室に既にいて灯の気配に気づけていたのなら。
僕は灯を騎士や王子様のように抱き止めて、その孤独がまやかしだと証明してやれたのだろうか。
あぁ、灯に会いたい。
灯の見た景色から、僕も落ちたい。
「美しくない自死はするなよ」
恍惚と飛び降りる瞬間に思いを馳せている脳内を見透かしたかのように、真珠の声が思考を切り裂く。
「自分の思想も主張もない自死には何の価値もない。誰かの自死の猿真似なんてクソ以下だ」




