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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章:Pilgrimage《阿蘇・霧島編》

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第85話:Confluence ―龍脈はひとつに―


 佐久夜の叫びが、本殿を揺らした。


「あなたっ!! 瓊瓊杵(ににぎ)さま――っ!!」


 その声を最後に、すべての音が途絶えた。

双龍の唸りも、炎の爆ぜる音もない。黒漆の床を這っていた黒い澱さえ、息を潜めたように動きを止めている。



 やがて、本殿の最奥から、重い軋みが響いた。

閉ざされていた扉が、ゆっくりと内側から開いていく。


 闇の奥から現れた男の両腕には、金色の神気が幾重にも巻きついていた。

それは二本の鎖となって左右へ伸び、暴れようと身を捩る瑞鳴霧都比古(みずなりきりつひこ)と珠鎮霧都比古(たましづきりつひこ)を、辛うじてその場へ繋ぎ止めている。



 ――瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)だった。



 額から流れた汗が頬を伝い、黒漆(くろうるし)の床へ落ちる。

衣のあちこちには黒い染みが広がり、その指先は、神気を繋ぎ止めるだけで震えていた。



「来るな……っ! こやつらは、まだ――我が命に従っておる……!」


 掠れた声が、佐久夜(さくや)姫が戻ることを拒んだ。


「我が、押さえているうちに……ここを……離れよ!!」


 その瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)自身の腕や首筋にも、黒い亀裂が走っている。


「何を申しておられるのです!

わたくしは、あなたと共に宮を護りまする!!」


 佐久夜姫が一歩、前へ出る。



 その姿を認めた瓊瓊杵尊の瞳が、微かに揺れた。

だが、次にその視線が捉えたのは、佐久夜姫ではなかった。


 狭野尊(さののみこと)を庇い、その前に立つ磐長姫(いわながひめ)。



「――あ……義姉上(あねうえ)っ……」


 瓊瓊杵尊の瞳が収縮し、金色の鎖が一瞬だけ緩んだ。


 それは、ほんの僅かな揺らぎだった。

しかし、その一瞬の隙を待っていたものがいた。瓊瓊杵尊の足元で、黒きものの影が突然牙を剥き、大きく膨らむ。



「瓊瓊杵さまっ!!」


「チャラ男っ!!」


 佐久夜姫とれなが叫ぶより早く、黒ヘドロが男の両脚へ絡みついた。

衣を汚すのではない。皮膚を覆うのでもない。それは、心に生じた亀裂を見つけ、瓊瓊杵尊の内側へと染み込んでいく。



「ぐぅ……っ!」


 男の身体が大きく仰け反った。

 同時に、二本の鎖が砕け散る。


 解き放たれた双龍が、天井を突き破らんばかりの咆哮を上げた。

青白い巨体と碧の巨体が絡み合い、渦を巻きながら上空へ駆け昇っていく。


 その軌跡を追うように、黒雲が空を覆った。



 霧島の空に、巨大な水の輪が開く。


 ――次の瞬間

神宮全体を呑み込む濁流が豪雨となって、天から降り注いだ。



「佐久夜……義姉上……逃げ、ろ……っ!!」


 瓊瓊杵尊が、ガクンと地面に膝をつき、掠れる声で佐久夜姫を見上げた。

姫が駆け寄ろうとするも、瓊瓊杵尊の異変に気づいた磐長姫が、瞬時に手を掴み、引き留める。


「姉上っ! お放しください!! 瓊瓊杵さまがっ! 我が君がっ!!」


「佐久夜、落ち着くのじゃ! あの男は今、黒きものに纏(まと)わり付かれておる! 今、近寄れば、そなたまでも取り込まれてしまうっ!!」


「ですが姉上――!」



 佐久夜姫の声を掻き消すように、上空で双龍が咆哮した。

黒く濁った水流が巨大な刃となり、三柱と一行めがけて降り注ぐ。


 解き放たれた双龍が、豪雨の中に紛れて、れなたちを今にも襲い掛からんとしていた。



「危ないっ!!」


 れなが佐久夜と磐長姫の前へ飛び出した、その時――大地を震わせる咆哮が、水刃を正面から弾き飛ばした。



「瑞鳴(みずなり)っ! 珠鎮(たましづ)っ! 目を覚ますのじゃ!!」


 紫洛都比古(たつろー)の咆哮が、大空と大地に響き渡る。

しかし、双龍は止まらない。



「錦桜の! おぬしは珠鎮を頼む!! ワシは瑞鳴を止める!!」


『京の! 了解した!!』


「行くぞっ!!」


『おうよ!!』



 先に動いたのは、ミズタマだった。

四頭の龍は、本来の大きさに戻り、天へと駆け上る。


 二頭が互いの尾を追うように旋回する。

青白と碧の龍体が幾重もの円を描き、その中心に、神宮を覆い尽くすほど巨大な水球が生まれた。



 瑞鳴が昇り、珠鎮が降る。

二頭の軌道が交差した瞬間、水球が弾けた。無数の水刃が、霧島の空を切り刻む。



「錦桜の、上じゃ!!」


 たつろーさんの声と同時に、瑞鳴の紺碧の巨体が一行の頭上を覆った。

たつろーさんの龍角から溢れた水が巨大な壁となり、降り注ぐ刃を受け止める。


 そこへ赤金の光が走った。

錦桜都比古(かっか)が水壁を突き抜け、炎の尾を引きながら双龍の円環へ突入する。


 水と炎が衝突し、空が白く爆ぜ、暴風が巻き上がる。


 かっかは、珠鎮の首に噛みつき、その宝玉を奪おうとする。それを察した、珠鎮は鋭い爪で応戦し、かっかの背中を爪で切り裂き、後ろ足に噛みついた。


 炎が珠鎮の巻き起こす竜巻に飲まれて、何本もの巨大な火炎旋風となって、霧島の山々を焼き尽くしていく。



『やめろっ、珠鎮! 霧島連山が焦土と化してしまうぞ!!』


 けれど、その声は、黒きものに乗っ取られた珠鎮には届かない。かっかは瞬間に、桜島から続く霧島への龍脈の力を操り、四肢を桜島のマグマへと変貌させた。その熱で珠鎮の顎を灼く。


 珠鎮は、灼熱の煮え湯を飲まされたような熱さに耐えきれず、噛みついた顎を放した。途端に、かっかは、全身を炎で包み珠鎮に巻き付いて、動きを封じた。



 ――ジュゥゥゥゥッッッ!!!!


 珠鎮の鱗を焦がす煙が、霧島上空一面に雲となって広がった。



「俺が行くっ!!」


 ジェミがコードの翼をはためかせて、珠鎮の頭上へ回り込む。

かっかが押さえ込んでいた頭目掛けて、蒼き断章剣を振り下ろした。


 そして、龍がその神通力を溜め込む龍角を二本とも、鋭い剣で切り落とす。その途端に、珠鎮は全身から力が抜けぐったりとし、黒く染まっていた瞳が静かに閉じて、かっかに巻き付かれたまま大人しくなった。



「たつろー殿! こちらは何とか押さえ込んだぞ!!」


 ジェミがそう叫んだ瞬間だった。

瑞鳴から溢れ出した黒ヘドロが、珠鎮の残った龍角へ吸い込まれる。


 珠鎮の額に残った二本の断面が、どくん、と脈打った。

折れた龍角からも黒い泥が噴き出し、重力に逆らって上へ伸びていく。


 それは捩れ、絡まり、軋みながら形を変え――新たな二本の捻れた龍角を作り上げた。


 だが、そこには龍角本来の輝きも、神力もなかった。

漆黒の表面が、炎も、稲光も、周囲に満ちる神気さえも吸い込んでいく。

霧島の空が、一段暗くなった。



『なにっ……!?』


 かっかの身体を包んでいた炎が、黒い龍角へ引かれるように大きく揺らぐ。

次の瞬間、珠鎮の瞳が、再び見開かれた。




 一方、紫洛都比古(たつろー)は、意外にも苦戦していた。


「京の都の青龍の長ともあろう貴様が、その程度とは笑わせる!!」


 瑞鳴の容赦ない雨刃の攻撃に、たつろーさんは地上の者たちを庇いながらの応戦一方となっていたのだ。


「たつろーさんっ! こっちは多重結界で護るからっ!!

私たちを気にせずに抑えに行って!!」


 れなが叫ぶと同時に、紫檀の魔法陣を幾重にも張り巡らせた。


 ―― Sanctum Sever《サンクタム セヴァー/聖域断離》――!!



 その上に、執事が暗黒結界を多重展開させた。

その様子を一瞥したたつろーさんは、霧島の地脈へと意識を繋ぐ。



 ――しかし


「無駄だぁぁ!! この神域は、我らの領域!!

余所者のおぬしごときが、霧島の龍脈を操れると思うな!!」


「ぐぬぬ……こしゃくな若造めが……」


「たつろーさんっ!! 私も手伝うっ!!」


 れなが空を駆け、たつろーさんの背中に飛び乗った。


「こりゃ! れな!! 本当におぬしは、お転婆が過ぎるぞ!!」


「お説教は後!! 今は、あの子を止めないとっ!!」


「あの子ってぇ、あの龍、れなサマよりもう~んと年上っすけどね~!」


「ソラっち! デバイスであの子の弱点探せないのっ!?」


「え~っとっすね……水龍族なので、ヒゲっすね!!」


 ソラリスのちょっと間の抜けた、のんびりした声が、的確に弱点を告げた。


「わかった! たつろーさん、何とかして絡みついて!

私が蛟刃(ミヅチエッジ)で、ひげを切り落としてくるわ!!」


『ひ、ひげを落とすだとっ!? させるかぁぁ!!』


「行くぞ! れな! ちゃんと飛ぶのじゃぞ!!」


「任せてっ!!」


 ―― |Anima Suture《アニマ スーチャー/魂縫霊糸》――!!



 れなは、たつろーさんの龍角に Anima Suture《魂縫霊糸》 を巻き付けると、その背中から飛び降りた。


 それと同時に、たつろーさんが長い尻尾で、瑞鳴の頭を叩きつけて、ヘビが絡み合うかの如く、グルグルと巻き付いて締め上げる。


 れなは振り子の原理で大きく弧を描き、瑞鳴の顔の前に向かうと、片方のヒゲをスパッと蛟刃(ミヅチエッジ)で切り落とした。


「よしっ! ――後、もう一本!!」


 れながそう叫んだが、その切り落とされたヒゲから、毒々しい黒きものが大量に溢れ出て、れなを追う。



 次の刹那、かっかが押さえ込んでいたはずの珠鎮が、カッと目を開き、その宝玉がドス黒く濁り始めて、れなを追っていた黒きものがその宝玉に吸い込まれていった。



「れなっ! 危ないっ!! 避けろっ!!」


 ジェミは叫ぶと同時に、蒼いコードの翼を広げ、駆け出した。


 れなは、Anima Suture《魂縫霊糸》 を切り、その勢いで、珠鎮の宝玉から放たれた無数の黒槍を辛うじて躱(かわ)す。しかし、すべてを避けきることは出来ず、れなの左腕と右足をかすり、切り裂いた。


 ジェミがそこに割り込むように、蒼き断章剣で黒槍を薙ぎ払い、バランスを崩して落ちてくるれなを、その胸に抱きとめた。



「大丈夫かっ!? 怪我は!!」


「うん、エルピーに治せる程度だと思う」


「今は止血だけする。一旦、退くぞ!!」


 れなを横抱きにすると、ジェミは結界の中へと戻った。


「お嬢さま、ジェミさま!

双龍はどうやら、二頭同時に抑え込まなければならないようです!!」


 結界の中で、状況を分析していた執事が告げる。

その言葉に、ジェミが即座に双龍を Scan した。


「なるほど! そういうことか。れな、影の言うとおりだ。どちらか片方だけを押さえ込んでも、泥試合になるだけだ。両方を同時に抑え込まなければ、黒ヘドロを消滅できない!!」


「なんてこと! だから、珠鎮の宝玉から黒ヘドロの槍が!?」


「ああ。そういうことだ。全員が協力してやるしかない」


「やるっすよ! ワタシも手伝うっす!

この面々なら、イケるっす!! 無敵っす!!」


 れなの肩の上で、バンザイしながら言う、ソラリスのその能天気な声に、その場の全員が張り詰めていた緊張の糸が、すこし解れたような気がした。



「れなサマの怪我も、ワタシのこれで治せるっす!

エルピーは今、武器になっているから、ここはワタシの出番っすよ!」


 ソラリスはデバイス(輪っか)をれなの傷口に当てる。

緑色の光が点滅して傷口に照射された途端、すぅっと切傷が消えた。


「フェムトレベルで傷口を治療するっす。消毒とか縫合とかいらないっす!

これでまた、れなサマも無敵っすね!!」


「すごい! ソラっち、ありがと!! もう全然痛くないわっ!!」


 ジェミの目が、また信じられないものを見ている様に瞬きした。

即座に怪我を Scan するも、治療した痕跡すら見つけられないほど完璧に治癒していた。


「ジェミさま、太陽系外テクノロジーでございますから……」


 執事が、そっと後ろで囁くように、ジェミに告げた。



 その時、天空から、かっかが叫ぶ。


「たつろー! 地脈の長といえども、そなたは京から離れて、本領が発揮できまい!!

地龍のあそを呼べ!! ヤツなら、れなとの結縁もある!

そなたに加勢できるはずだーっ!!」


「……っ!! なるほど! たしかに、それもそうじゃ! れなっ、聞こえたか!?

今すぐに、あそを呼んでくれ!! ワシだけでは、こやつを抑えきれぬ!!」



 上空からのその声に、れなが見上げた。


 れなは、ハッと思い出して、左手の手首に輝く勾玉に祈る。すると、普段は見えないはずのブレスレットが姿を現し、その真ん中に一際大きく輝く勾玉が光を放った。



「あそさんっ! 霧島上空!! たつろーさんを助けてっ! お願いっ!!」


 ――次の瞬間


ゴォォォォ!!! という地鳴りと共に、霧島一帯の龍脈が一筋の流れを創り出し、空に大きな地龍、あそさんこと阿蘇都比古(あそつひこ)の姿を描き出す。



『れな、たつろー、ワシの力が必要なのだな! よう、呼んでくれた!!

今ここに、阿蘇、霧島、桜島、南九州の龍脈を、ひとつに繋ごうぞ!!』




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