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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章

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第78話:Perception ―大地の声、水の記憶―


 れなは、頭をフル回転させた。


「……穂霧都比古(ほきりつひこ)さま……なので~」



 額に手を当てて、本気で、一生懸命考えた。


「……ほきり……ほき……ほっき……ホッキー!!」


 れなの瞳が輝いて、満面の笑顔で、みんなの方を向く。



「ぶふっ……こ、コホン、失礼いたしました」


「ぶはっ……はぁ? れな……お前……また」



 執事とジェミが、ほぼ同時に吹き出してしまう。

ただ、ソラリスの瞳は輝いていた。



「れなサマ……天才っすか!! ホッキー! かっこよ!!」


「じゃぁ、穂霧都比古(ほきりつひこ)さま、今日からホッキーで!!」


『……ほ、ほっきー、とな?』


「イヤですか? じゃあ、ホッキーさん!!」


『……敬称の問題か!?』


「だって、たつろーさんも、あそさんも、さん付けですもん!」



 えっへんとばかりのドヤ顔で、れなは胸を張った。

穂霧都比古(ほきりつひこ)は、九つの頭すべてで、たつろーさんを見つめ、何か言いたそうにしていたが……そこにれなが畳み掛ける。



「頭が九つあるから、左から順番に、ヒホッキー、フホッキー、ミホッキー、ヨホッキー、イツッキー、ムホッキー、ナホッキー、ヤホッキー、ココッキー!!

全部まとめて、ホッキーさん!! ひふみ祝詞からひらめいたの!!」


 たつろーさんは、眉を下げて哀れむような、申し訳ないような、なんとも言えない顔をして、穂霧都比古(ほきりつひこ)を見つめ返していた。



『ふっ……ふはっ……ふははははは!!

このワシの通称が、ほっきーさん、か!! 面白い!! 実に面白い!!

じゃが、……なぜ五つ目だけ、イツッキーなのだ?』


「イホッキー、言いにくいでしょ?」


『……では九つ目は、なぜココッキーなのだ』


「コホッキーだと、咳してるみたいや~ん!?」



 その言葉に、たつろーさんだけではなく、今度こそ、ジェミも執事も「もうダメだ」というような表情で首を振り、苦笑いしてしまった。

ソラリスだけが、そのやりとりに目をキラキラと輝かせていた。



『咳など知らぬわ!! じゃが、面白い!! ひふみ祝詞に寄せてきたか!!』


(とお) がないのが残念だわ……尻尾にも名前つけます? トホッキー!!」


「れな……もうやめておけ……ホッキー殿のHPを削るな……ゴホン」


「お嬢さま、ひふみ祝詞に着眼したのは、素晴らしい発想ですが……ぶふっ」


「尻尾にトホッキーって、かっけぇぇっす!!」


『やかましいわ。黙らぬか、異星人め……』


「れなや、ほっきーで勘弁してやるのじゃ……ぶはっ……」


『京の……そなたまでも笑いに伏すか。

……とはいえ、まぁ、そのままの “あそ” よりはマシか?』


「そうじゃな~。

阿蘇都比古(あそつひこ)は、何のひねりもなく “あそ” じゃからなぁ」


 たつろーさんが、遠い目をする。


「下手したら、政界のドンと同じになるところだったっすよ!?」


『それはそれで、どうかと思うが……まぁよいわ。

数千年ぶりに、新しい名を得た。これも「縁」のひとつじゃろうて』



 それまで、ドキドキしていたれなは、その言葉に満面の笑みを浮かべた。


「よかったぁぁぁ。

九つの頭で反対されたら、多数決で負けちゃうって思ってドキドキしてましたぁ!!」



「「「そこかーーっ!?」」」


 その場にいた全員から、同時にツッコミが入り、御池(みいけ)は、笑いに包まれて、細波立った。




「よし! 名前も決まったことだし、次の目的地へ向かいましょうか!!」


狭野(さの)だったな。影、車に現在位置からのナビを送信しておく」


「かしこまりました。では、お嬢さま、そろそろ、車にお戻り下さい」


「あ、そうね。磐長(いわなが)さまが、待ってて下さってたんだった」


磐長姫(いわながひめ)さまに、よろしく伝えておくれ』


「はい! 伝えなくても、もう聞こえてると思いますけどね~。あははっ!」



 車の方から、クスクスと上品に笑う気配が、聞こえてきた。


『お前たちの行く末がどうなるのか、楽しみに見守っている。

ああ、そうじゃ、お館さまのところへ向かう時は、教えてくれ。桜島の火龍も、参るようにと呼び出してやる。南九州の主だった面々が一堂に集うよう、手配しておこう』


「なんと、そなたも気前がよいではないか。

わしがこの地に来ておることも、忘れずに伝えておいて欲しいのじゃ」


『京の、分かっておる。安心してくれ。

龍神ねっとわーくで、南九州には、今日のことはまもなく広まるじゃろうて』


「命名:ほっきー。

それに、ひふみ祝詞の九つの頭じゃな。ふぉふぉふぉ」


『れな、真名と命名により、そなたとの結縁、確かに成立した。

これより、霧島の水脈は、そなたに開かれる。

こころして見て、聞いて回ってくるのだ』


「はい、ホッキーさん。心に刻みます。ではまた、神宮でお目にかかりましょう。

巡礼の旅に、行って参りますね」


『うむ、道中の安全は、烏天狗や小龍たちが守り導くであろう。安心してゆくがよい』





 そんなこんなで、10分ほどで次の目的地、狭野神社に到着した。


 青々とした杉並木の参道が、まっすぐ奥へ伸びている。

高く繁った枝葉が夏の日差しを遮り、足元には涼しい影が幾重にも重なっていた。


「ここは、神武天皇ゆかりの地。

天孫降臨の際に、ここに瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)さまが降り立たれたのだ」


 れなは、ひとり静かに、青い杉並木を見つめて、考えていた。


(この『大地に残る声』って、天孫降臨直後の……希望や誓い、若さ、足取り……そっか、ここが本当の『始まり』なんだ)


「どうした? れな。何を考えている?」


 ジェミがれなの眉間に寄った皺を、優しく指先で解しながら訊ねた。


「うん。霧島東神社での禊ぎの後の……狭野(さの)神社、始まりの地。

そこで、ホッキーさんは『地に残る声、水に映る声を聞け』って言ってた。

どういうことかなって、考えてたの」


「なるほど。霧島東神社の御池の深く昏い水が『悲しみの記憶』を溜め込んでいたのなら、狭野(さの)神社という始まりの地で響く声は……もっと純粋で、原初的なものかもしれないな」


 ジェミは、れなの瞳を真っ直ぐに見つめた。

それに続くように、霧火も呟いた。


「ホッキーさまは『まずは、始まりの地へ行け。

天孫が初めて、この地に足を下ろした場所へ』とおっしゃっていた。

ということは、ここに何かが残っているのかもしれないな」


霧火(きりか)も『ホッキー』という名前が気に入ったっすか!?」


「んなっ!?」


「今、ホッキーさまって、サラッと言ってたっすよ!!」


「言ってない!!」


「いいえ! 言ったっす!! ここに居る全員が証人っす!!」


 そのソラリスの言葉に、たつろーさんや烏天狗をはじめ、全員が霧火を見て頷いた。


「んあ~っ! れなが決めた名前じゃないか!! 俺だって、そう呼ぶさ!」


「……開き直ったっすね……フッ」


 鼻で笑うソラリスに飛びかかっていく霧火を、片手で払い除け、れなを守りながら、ジェミが一喝した。


「お前たち、参道では静かにしろ! ホッキー殿の餌にするぞ!!」



 その時、参道の向こう、楼門の奥から、楽しそうに笑う声がした。


「ん? ……誰かが、今度は笑ってるね」


「ああ。幼い子のようだが……」


 楽しそうなその声に導かれるようにして、手水舎を過ぎて、本殿へと向かう。


 本殿正面の石段に、髪を上げ(みずら)に結い、藤色の衣を着た幼い子供が座って、楽しそうに笑っていた。



「ま、まさか……あれはっ!?」


 霧火(きりか)や、烏天狗たちが、一斉に前に出て頭を下げ、ひざまずいた。

4~5歳くらいだろうか。その子がニコニコと話しかけてくる。


「ホッキーさまは、おさかなを食べるのですか? あはははは♪」


 霧火たちが慌てて、叫んだ。


狭野尊(さののみこと)さまっ!!」


「みんな、そんなに、頭を下げなくてよいです。

ボクも一緒に笑っちゃいましたから。

お姉ちゃんが、ひいおばあ様のお姉さま……ええっと、大伯母さまと、一緒に来た人ですね? こんにちは~♪」


「えっと、あ、はい。こんにちは。狭野尊(さののみこと)さま……?」


「れな、彼はどうやら、神武天皇がここで過ごしたときの幼き頃の姿だ」


「……んなっ!? え!? あ、そっか! 幼名かぁ!!」


「バカモノっ!! 頭が高いわ!! 控えおろう!!」


 霧火が慌てて叫びながら、れなの頭を押さえつけた。


「うふふ、霧火、よいのです。

ボク、お姉ちゃんたちに会えるのを、楽しみにしてたんですから」



 ぴょん!と、階段から飛び降りると、霧火たちが慌てるのも気にせずに、れなの手を取って、神苑の森を歩き出した。



「お姉ちゃん、こっちです」


「え? どこへ行くの?」


「お水のところです。声が、いちばんよく聞こえます」


 狭野尊(さののみこと)は、れなの手を引いて、本殿脇の杉木立へと入っていく。



「大伯母さまも、来ておられるのですか?」


「うん。車の中で待ってくださってるよ」


「そうなのですね! あとで、ごあいさつに行きます~♪」


 狭野尊(さののみこと)は嬉しそうに笑い、何度も小さく頷いた。



「大伯母さまは、今も笑っていらっしゃいますか?」


「ええ。今日は、とても楽しそうに笑っておられたわ」


「よかったぁ~。うふふ~。」


 安心したように息を吐き、狭野尊(さののみこと)はまた歩き出した。


「昔は、あまり笑っておられなかったから……」


 その何気ないひと言に、れなの足が止まった。


幼い子供の記憶の中にさえ、磐長姫(いわながひめ)の寂しさは残っていた。


「……うん? 昔?」


「はい。ボクが話しかけると、笑ってくださいました。

でも、ボクがいない時は、いつも遠くを見ていらっしゃって、ちょっと寂しそうでした」


 狭野尊(さののみこと)はれなを見上げ、不思議そうに首を傾げる。


「ひいおじい様も、大伯母さまを見る時は、ずっとこわそうなお顔をしていました」


「……磐長(いわなが)さまのことが、怖かったの?」


「ん~、ボクにはわかりません」


 狭野尊(さののみこと)は、しばらく考えてから、れなの手を握り直した。


「でもね! ボクは、大伯母さまは、こわくありませんでした!!」


 その言葉に、れなの胸の奥で、何かが小さく鳴った。


「……そうなのね」


 れなは、狭野尊(さののみこと)の手を、優しくそっと握り返した。



「どうして、ひいおじい様は、怖いお顔だったんだろうね……?」


「う~ん、ボクにはわかりません。……ただ、見えなかったのかなぁ?」


「……見えなかった?」


「はい! 大伯母さまは、いつも扇でお顔を隠していらっしゃいましたから。

でも、ボクは大伯母さまが大好きでした。ボクのこと、とっても可愛がって下さいました。とっても優しいお方です」



 その言葉に、れなは、ハッとした。


 そんな話をしながら歩いていると、小さな泉のほとりに辿り着く。

ホッキーさんが『水に映る声を聞け』と言っていた場所のひとつだ。


「始まりの地の泉か。れな、何か聞こえるか?」


 れなは水面を覗き込み、目をこらして、耳を澄ませた。



 ――その刹那

小さな泉の水面に、幾重にも白く輝く波紋が広がり、天孫降臨の場面が映し出された。


 そこには、若さゆえの猛々しさを全身に(たぎ)らせた、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の姿が現れた。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と共に大地に降り立った、幾柱もの天津神たちの姿も見える。


 その誰もが、やる気に溢れて、これからの希望をその瞳に宿していた。


 まだ、誰も傷つけるつもりなどなかった。

 誰かが泣く未来など、思い描いてすらいなかった。


 その中で、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、眩しそうに遠くを見つめていた。


 新しい地。

 新しい国。

 これから始まる、すべての未来を。



 ――だが


 次の場面では、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の傍らに、美しい笑顔で寄り添う木花之佐久夜姫(このはなのさくやひめ)の姿が映し出された。


 けれど、そのうら若い夫婦神のすぐそばにあるはずのものだけが、二人の視界から零れ落ちていた。



「……なるほど。見えてなかった……んだ……」


 れなが小さく呟く。



 水面が揺れ、若き天孫の眩い姿は白い光の中へ溶けていった。

あとに残されたのは、ただ静かに揺れる、深い水底の影だけだった。




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