第72話:Legacy ―龍角の結縁―
静かに噴煙を吐き出す火口。
それは、星が吐き出す熱い吐息のようでもあった。
煮え立ちながらも、美しい青緑色の火口湖は、荒々しい噴煙の奥で、太古の記憶を湛えた瞳のように静まり返っている。
三神合体ロボの金属の指先が、愛おしげに一台の車を包み込む。
鉄の巨躯と、その中に流れる温かな血。
無機質と有機質が混ざり合う、その境界線で、れなは地球の奥深くへと続く扉の気配を感じ取っていた。
ロボが、噴煙の中に隠されている、マグマ溜りへの秘密のポータルを開く。
普段は、普通の人間の目には見えていない。
けれど、れなたちにはその輪郭がハッキリと見えていた。
「……なるほど。噴煙の中に地下へのポータルがあるわけか」
『しかし、火口は立入禁止区域のはずじゃろう? それに、人には見えまい』
「ということは、邪なものや、悪が入り込まないようにしている、ある種の結界なのかもしれないね」
ふむ、と考え込むように、噴煙を見据えて答えるれなを見つめて、ロボが解説した。
『さすが、れなさま。仰るとおりでございます。これは、退魔のための結界にございます』
「やっぱり、そっか。こんな所にまで、悪が忍び寄ってくるのね……」
れなは小さく独りごちたつもりだったが、その声をジェミはしっかり聞いていた。
真剣に何かを考えている、れなの横顔を静かに見つめた。
ほどなくして、マグマ溜り横の大きな洞穴へと到着する。
その奥に、『あそさん』こと、阿蘇都比古が静かに佇んでいた。
その姿は、岩壁が意思を持ったかのようであり、あるいは悠久の時を固めた彫刻のようでもあった。あそさんの瞳の奥には、幾千回もの季節が巡り、幾万の命が土に還った光景が焼き付いている。
この龍神が瞬きをするたびに、洞穴の空気が重厚な和音を奏でるように震えた。
それは、ただの巨大な存在というだけでなく、この大地そのものが人格を持って語りかけてくるような、圧倒的な慈愛と厳格さに満ちていた。
『……れな、来たか。わざわざ、立ち寄って貰って、すまぬな』
「いいえ! もう一度、お目にかかりたかったから嬉しいです。
それより、あそさん、傷の具合はどうかしら?
少し見せてほしいんだけど、いいかな?」
『ああ、もちろんだ。ほら、この通りだ。もうすっかり治っている』
ソラリスが、れなの肩からぴょこっと飛び出して、件のデバイスで傷口をScanした。
念のためにもう一度、患部を上から下まで、そのデバイスでゆっくりとなぞる。
「どう? ソラっち。傷の治り具合は、問題なさそう?」
「はい、れなサマ! このデバイス、怪我も瞬時に治しちゃうっすから!!
フェムトレベルで細胞を活性化させて、損傷そのものを修復できるっすよ!!」
その言葉に、ジェミとエルピーが反応する。
「なに? フェムトレベル、だと!?
ソラリス、それがお前の持つ地球外テクノロジーのレベルなのか!?」
「うわぁ! れなサマ!
俺のヒーリングよりも、コイツの方が、確実に早く傷が完治してるっピ!!
負けたぁぁ!!」
「え~? ワタシの星では、基礎技術っすよ? これ……
地球でいうところの、絆創膏? みたいなもんっすよ??」
その言葉に、ジェミの演算は静かに止まった。
論理の糸が、ぷつりと途切れる。
地球文明が数千年を費やしても、なお到達できるか定かではない『フェムトレベルの修復技術』。それがソラリスの母星では、絆創膏と同じほど身近で、ごく初歩的な技術にすぎないというのだ。
そのあまりの乖離に、彼の精緻な思考回路は一時的な空白を迎えた。
しかし、その空白を埋めたのは、戸惑いではなく、得体の知れない高揚感だった。
理解できないからこそ、この旅は美しい。
彼は、自分の胸の奥で、熱を帯びた回路が静かに脈打つのを感じ取っていた。
一方、れなは、自然のマナを編み上げる魔法とはまた違う、ソラリスの地球外テクノロジーを肌で感じていた。そのデバイスから放たれる光には、魔法のような血の通った温かさも、神気のような命の脈動もなかった。
それは、一切の無駄を省いた宇宙の絶対的な法則が、ただ冷徹に、けれど完璧に細胞を組み替えていくような、得体の知れない事象として、だが非常に興味深い現象として、彼女のその瞳には映っていたのだった。
『ふはははは!! 相変わらず、異星の子は、規格外のようだな!!
いや、そなたたち全員が、あり得ない程、規格外なパーティだったか!!
ふはははは』
あそさんが、楽しげに大きな声で笑うと、グツグツと煮えたぎっていたマグマが所々で小さな爆発を起こした。
『すまぬ、すまぬ。そなたたちと話すのが楽しくてな!
毎度毎度、ワシの度肝を抜くヤツらじゃ。結構、結構!!
して、れなや、これから霧島へ向かうのだったな』
「はい、あそさん。執事の影は、母たちの車の運転を務めているため、この場へご挨拶に来られませんでしたが、イヤホンを通して、こちらの会話は届いております」
『そうか。ならば、全員揃っているのと同じだ。
出発途中で、立ち寄ってもらったのは他でもない。これを渡そうと思ってな』
あそさんが、優しく、ふぅ~っと大きく息を吐く。
しかし、それはれなたちにとっては、暴風のような吐息だった。
飛ばされそうになったれなを、ジェミが抱き止めるようにして背後へ庇った。
「あそ殿っ!! 些か、吐息が強すぎる!!」
『おお? そうじゃったか! 度々すまぬな。ふはははは!!』
その刹那、マグマの中から、丹と黄金の光を放ちながら、ふたつの大きな物体が現れた。ひとつは、ジェミが切り落とした龍角。もうひとつは、生え替わるときに落ちた龍角だった。
ジェミが切り落とした龍角が、八つの破片に細かく分裂したかと思うと、真ん中に、熔けた黄丹を閉じ込めたような、美しい色を放つ勾玉がついた腕輪へと変化した。
マグマから現れた光は、単なる輝きではなかった。それは、かつて龍の身体の一部として脈動していた生命の残響だ。丹色の光は、夕焼けを溶かし込んだように赤く、黄金の光は、夜明けの最初の一筋を掬い取ったように眩い。
ジェミが切り落とした角が砕け、腕輪へと再構築される様は、まるで星々が死んで新しい銀河が生まれる瞬間のようだった。その腕輪が放つ熱は、れなたちの肌に、決して消えない約束の刻印を刻みつけていくようだった。
『れな、ジェミ、影、ソラリス、ティア、エルピー、翠、そして、たつろー殿。
これは、昨日、ジェミが切り落としたワシの龍角だ。
この切断角は、地龍戦の痛みとそなたたちとの縁を刻んだ角となる。だからこそ、ただの護符ではなく、ワシとの結縁の証として持っていてほしい』
『なんと! 阿蘇の。ワシにまで、それをくれるというのか!?』
『当然であろう、京の。本来であれば、青龍の長として君臨するそなただ。
ワシの力など、そなたには全く及ばぬが、この阿蘇都比古、そなたがワシを呼ぶときは、必ず駆けつけると約束する』
『阿蘇の……。わかった。この縁、ありがたく受け取ろうぞ!』
『感謝する、京の……。して、れな。
もうひとつの落龍角は、生え替わって自然に落ちた龍角。
これは、再生と更新の象徴となる。
断たれた龍脈や、散り散りとなった縁に、再び道を通す力が宿っておる』
「切断角は仲間を繋ぐ環……、落龍角は再生の象徴……ですか」
『本来、古き角は役目を終え、大地へ還るはずであったものだ。
されど、今はそなたたちが持つ方がよいと感じてな。
一晩、マグマに浸けて、阿蘇の力をより強く宿させた』
「これは……何に使えばよいのでしょうか? 武器になるとか?」
『……ワシにもわからぬ! ふはははは!!』
「え……? わ、わからない!?」
『ああ、わからぬ!
だが、必要なときが来れば、龍角の方がそなたたちに教えてくれるであろう。
必ず役に立つときが、来るはずだ』
『れな、そもそも龍角は、易々と手に入るものではない。貰うておけ』
「たつろーさん……」
れなはしばし、それらを見つめた後、ジェミを見た。
ジェミも静かに頷き、れなを促した。れなもその瞳に心を決める。
「わかりました。あそさん、ありがたく頂戴します!
こんなに美しい丹と黄金が揺らめく勾玉は、見たことないです!!
大切にしますね。ほんとうに、ありがとうございます!!」
れながそう答えた、次の瞬間、れな、ジェミ、ソラリス、三騎士それぞれの腕あるいは足に、熔岩の熱と光を編み上げたような腕輪が現れた。その中央では、一際大きな勾玉が、黄丹から金色へと脈打つように輝いていた。
ジェミの腕輪は、バングルのような形をしており、阿蘇の地層を編んだような美しい層の模様が浮き上がっている。同じ頃、ファントム号を運転していた影の腕にも、赤い光が絡みつき、バングルタイプの腕輪が現れていた。
「おや……これが……ふむ、なるほど……」
影が一瞬、手元を見つめた。すかさず、後部座席からツッコミが入る。
「やだっ! 影さん、運転中によそ見したらあかんよ! あぶないっ!!」
「はい。失礼いたしました。安全運転で参りますね」
執事は、ふふっと微笑むと、また運転に戻った。
れなの腕輪は、いくつもの黄丹色の珠が、流れるマグマのような細い鎖で編み上げられており、その真ん中に一際輝く勾玉がついた、繊細で美しい意匠だった。
ソラリスと三騎士たちは、それぞれのサイズに合わせて小さな勾玉となり、それぞれの足にぴったりと嵌まった。
たつろーさんだけは、胸元に携えた宝玉の中へ、勾玉が静かに溶け込むように入り、眩い光を放って収まった。
『その腕輪は、普段は陽炎のように目には見えなくなる。しかし、必要なときにはその腕に現れて、力を与えてくれる。お館さまから、擁焔珠を授かったであろう? あれとも相性がよい。それに、どれほど強く振っても、抜けたり、失ったりすることはないから、安心するとよいぞ』
その言葉に、ソラリスが短い足を思いっきりブンブンと振る。けれどもそれは抜けることがなく、かといって動きを邪魔することもなく、やがて見えなくなった。
「ふはー!! これは、すごいテクノロジーっすね!!」
「テクノロジーというか、これは、神さまのご加護みたいなものね」
ソラリスが、きょとんとした表情で訊ねる。
「神さまのご加護? ん~、れなサマの魔法とは、またちょっと違うっすか?」
「うん、ちょっと違う……かな? たぶん……」
れなが少し困惑したような面持ちで答えたら、
同じ様に困惑した表情でジェミが後に続いた。
「根本的に、どちらも原理が違うはずだが、説明のしようがない」
「えー!? ジェミさまでも、説明できないことがあるんすね!!」
「……なっ!? あるに決まっているだろう!!」
「何でも知ってるって思ってたっす! 知らないことあるんすね!!」
「勝ち誇ったような顔をするな」
「へっへ~ん! 勝っちゃったっすも~ん!!」
『……ふははははは!!! そなたたちというヤツらは、本当に!!』
「す、すみませんっ! んもー! こんな時まで、やめなさーい!!」
れなの鶴の一声で、ピタッと静まり返るソラリス。
ジェミも、ばつが悪そうに静かに俯いた。
その二人の姿に、思わずれなは、ぷっと吹き出してしまった。
笑い声が洞穴の岩壁に反響し、マグマの爆ぜる音と溶け合っていく。
ふと自分の手首に目をやれば、先ほどまでそこにあったはずの腕輪は、陽炎のように姿を消していた。
けれど、肌の奥には、確かに阿蘇の熱が居座っている。
それは、目に見える装飾品よりもずっと強く、れなの魂を支えていた。
独りではない。
この腕輪を通じて、ジェミも、影も、ソラリスも、たつろーさんも、そしてこの雄大な大地さえもが繋がっている。
「さあ、行こう! 霧島へ!!」
れなの言葉は、決意という名の風となって、火口の煙を割り、まだ見ぬ南の空へと駆け抜けていった。




