第66話:Scalpel ―魔女の手術刀―
かつて大地の鼓動であったその咆哮は、今や神域を切り裂く断末魔へと変わっていた。
地龍の鱗の隙間から溢れ出すマグマは、まるで大地が流す血の涙のようだった。
空気が灼かれ、酸素が失われ、静寂だった神域は、終末を予感させる紅蓮の檻へと変貌を遂げていく。
れなたちは、昨夜の打ち合わせ通り、布陣を展開した。
「お嬢さま、空間結界、如何なさいますか?」
「うん、影は足元をお願い。みんな、御守として擁焔珠があるけど、何となくマグマには落ちたくないじゃない? 天井は私が固める!」
「御意。足元の結界、展開いたします!!」
素早く、執事が大地の裂け目へと下りていく。
「ソラリス、お前のデバイスはどんな形だ!?
地龍の身体の中の、どこにあるか特定出来るか!?」
「ジェミさま、やってみるっす! 形状は輪っかっす!!」
ソラリスが手元のタブレットで、信号をキャッチした。
「あった! ジェミさま、見つけたっす!!
ちょうど両前足の少し手前くらい……?
喉元を過ぎたあたりから、信号がでてるっす!! ……あ?」
「あ? ってなんだ!? 何か問題か!?」
「デバイスが……遭難信号を発信するために、変形してしまったみたいっす。
それで……地龍サンの喉のところに……刺さってるっぽいっす……」
「なんですって!? 刺さっちゃってるの!?
た、たつろーさん、どうやったら取れるのっ!?」
「れなサマ、私たちが先に吐き出せるか、聞いて参ります!」
昴が飛びだした。
「待て! 昴!! 一羽では無理だ!!」
焔と暁が呼び戻そうとしたが、僅かに遅れてしまった。
「地龍サマ! お館さまが心配されておられます!!
喉の異物を吐き出すことは……ぐぎゃーーっ!!」
昴が近づいた瞬間、炎龍と変容しかけている地龍が、その煮えたぎる溶岩を固めたような尻尾で、昴を一撃で薙ぎ払ってしまった。
「すばるぅぅぅーーーーっ!!!」
焔と暁が飛びだして、壁に叩きつけられた昴の元へ駆け寄った。
「に、兄さん、僕たち一羽一羽では、もう地龍サマに声が、届かない……」
「喋るな、昴! 左翼と尾翼が折れている!!」
「昴! 怪我したのっ!? エルピー! 昴の治癒!!」
天井と立体空間の結界魔法陣を、幾重にも張り終えたれなが叫んだ。
「ピィ! チチチ!! れなサマ、了解です~!」
私のポケットから、素早くエルピーが飛びだして、三羽と合流する。
素早くヒーリングをかけると、たちまち折れた左翼と尾翼が元に戻った。
「なっ? こんな小さなお前が!? 何だ、その力はっ!!」
焔と暁が驚愕した。
「見た目は小鳥、中身は式神、その名はエルピー!
れなサマ・パーティの治癒係ッピ!」
「エルピー、そのセリフはギリギリアウトかもしれませんね」
執事がエルピーのリスペクトをバッサリと断ち切った。
「ぐはっ! 執事サン……容赦ねぇッピ……ああ、そうだ!
見てて思ったんだけど、神使さんたち、兄弟なんだろ?
三羽の力を合わせたら、合体できるんじゃね?」
「……は? チビ、お前、なにを……」
焔が戸惑う。
「いや、兄貴、試してみる価値はある! お館さまに聞いたことがある。
我ら三羽の力がひとつになるとき、真なる力が引き出されると!!」
「三羽の心をひとつにすると、そういうことか!?」
「兄さん、やってみよう! 手段は選んでいられない!!」
「大声で叫ぶッピ! 『三神合体ぃ!』ってぇ!! ピチチチチ!!」
「……え、マジか……な、なんだよその、スパロボみたいな……」
「兄貴、それは言っちゃダメなヤツだ! やるしかない!!」
「ええ!! あなたたち、ロボットになれるのっ!? 見たい見たい!!」
サブカルオタクな、れなの瞳が輝いた。
「くそぉ! ええい! やるぞ! 暁! 焔! いいか!!」
「兄貴、やけくそじゃないか!?」
「兄さん、なんでもいいよ! やってみよう!!」
三羽がそれぞれ集中すると、その姿が輝き始めた。
順番に翼を大きく広げて舞い上がる。
焔の火が翼となり、暁の光が眼となり、昴の星が尾羽となる。
三つの羽音が重なった瞬間、地下神域に巨大な白銀の影が顕れた。
三つの頭。
六枚の翼。
阿蘇の火脈と星路を背負う、神域の翼。
『 三相顕現 ・ 天鷲羽 !!』
現れたのは、物理的な実体を超越した光の奔流だった。
六枚の翼が羽ばたくたびに、地下神域の澱んだ空気が浄化され、金銀の粉雪のような光が舞い落ちる。
三つの頭は、過去・現在・未来を見据えるかのように鋭く、その存在感は、荒れ狂う地龍の熱気さえも、一瞬だけ凍てつかせるほどの神聖さと静謐さを纏っていた。
「……なにあれ……かっこよ……ホスィ……」
れなは、しばらく無言でそれを見上げ、見惚れていた。
「三神合体やん! スパロボのゴッドマー……」
『違うっ!! それ以上、言うなっ!!』
三つの声が、同時に即座に返ってきた。
「いやいやいや、どう見ても三神合体や~~ん!!
きゃあああ!!! かっこい~~~っ!!」
『三相顕現だ!!』
「頭、三つあるや~~ん!!!」
『だから、これは、三相だ!!』
「ああ! 阿修羅と一緒か! でも、翼が六枚あるや~ん!! エヴァのセラ……」
『言うなぁぁ!! これは、三羽の顕現だぁぁっ!!!』
ソラリスが小さく手を挙げた。
「視覚的分類では、合体演出に該当するっす!!」
『黙れ! 褌っ!!』
「誰が、ふんどしっすか~~~っ!!」
『れなサマ、我々が取り押さえるゆえ、下がっていてください!!』
三羽が合体して顕現したとはいえ、地龍の頭部を辛うじて抑えられるかというような大きさ。
『地龍さまっ!! どうか、お気を確かにっ!!』
『目を覚ましてくださいっ!! どうか、落ち着いてっ!!』
『地龍さまっ!! 喉の異物を吐き出してくださいっ!!』
「あなたたち~! もっと大きくなれないのーっ!?」
『わ、わかりませんっ!! 我々も初めてのことなのでっ!!』
「……実戦でいきなり実装するとは、愚かな……」
ジェミは静かに眉間に皺を寄せた。
「……あ……」
れなの気の抜けたような唖然とした声に、ジェミが顔を上げる。
その瞬間、地龍の尻尾が、天鷲羽を打ち付けた。
『うっぎゃあああ!!!!』
それは一瞬だった。
――ヒュン! ペシッっ!!
どっがーーーん!!!!!
れなの厳重な結界を突き破って、天鷲羽は、側壁に激しく打ち付けられてしまう。
「きゃああ!! ロボ~~~~!!!」
「鷹羽っ!!!」
れなとジェミが叫んだが、返事がない。
「いかん、あやつは、もう正常な思考を失っておる!!
れな、心して掛かれ!! ワシが巻き付いて押さえつける!
あとは、おぬしらに任せた! 長くは持たんぞ!!
ワシが沸騰して蒸発して消えてしまう前に、何とか取り除くのじゃ!!」
たつろーさんが、地龍よりも巨大な水龍神となり、地龍にぐるぐると巻き付いた。
凄まじい水蒸気が爆ぜ、視界を白く染め上げる。それは、命を削りながら熱を奪う、献身の儀式。たつろーさんの透明な清流の身体が、地龍の放つ劫火によって内側から濁り、焼け焦げるように沸騰していく。
一滴、また一滴と、彼の存在が虚空へと霧散していくたびに、れなの胸に鋭い痛みが走った。
「れな! ジェミ! 急ぐのじゃ!!」
その声に、同時にれなとジェミが動く。
「地龍のScanは終えている! ソラリス、行くぞ!!」
「了解っす!! いつでもOKっす!!」
「れな、絶対に無理はするな! 危ないときはすぐに逃げろ、いいな!」
「了解っ! 兄ちゃん、いつでも行ける!!」
「お嬢さま、こちらも準備完了でございます!」
「ソラリス! デバイスを地龍の胎内から輝かせろ!!」
「あぃっ!!」
地龍の胸元に、大きく輝く青い光が見えた。
ただそれは、流れるマグマに見え隠れしていて、そのままでは取り出すことは出来そうにない。
「お嬢さま、あれは、喉の切開が必要かと……」
「うん、わかってる。これは、鎮静化のオペだもんね」
そう口にした瞬間、れなの胸の奥で何かが定まった。
龍核に引っかかったソラリスのデバイスを取り除く。
火龍化しかけている流れを鎮める。
そして、地龍をもとの姿、阿蘇の地龍へ戻す。
「ならば……三騎士の力が要る!! おいで!!」
私の言葉に、空気がわずかに震えた。
「ティア! エルピー!! 翠!!!」
しかし、一瞬、れなの動きが止まる。
ココで、れなの悪い癖、ゲーマーの血が騒ぎ出してしまう。
「……双剣と操虫棍、どっちが格好いいかな……ブツブツ」
「れなぁぁぁぁ!!!!」
たつろーさんとジェミが、呆れて大声で叫ぶ。
「よぉし! 操虫棍ならぬ、操式棍!! これでいくわっ!!」
「は!? れな!! これはゲームじゃないんだぞ!!」
「レベルカンスト操虫棍使いの腕、見せてあげるわっ!!
何年やり込んできたと思ってんのよ。
全シリーズプレイタイム、数千時間は伊達じゃないんだからね!!」
「お嬢さま! 某狩猟ゲームでいうのならば、これは討伐ではありません!
捕獲でございます!!」
「どっちも違うわ! 捕獲の珠、持ってきてないしっ!!」
「ふっ、本当にお前は無茶をする」
ジェミは軽く舌打ちをしたが、その口角はどことなく楽しそうに、れなへの無意識の信頼からニヤリと上がっていた。
「れなサマ、地龍サンの喉元、あのあたりっす!!」
その位置をジェミが、リングコードでマーキングした。
ソラリスが耳元で、れなの髪にしがみつきながら指さす。
天鷲羽と水龍神たつろーに押さえつけられて、地龍が暴れ出す。
その身体はみるみるうちに、マグマと炎に包まれていく。
たつろーさんが、グツグツと煮えたぎり始めた。
「れな! 足元を展開する!!
魔力をセーブしつつ、上手く飛び移れっ!!」
―― Step Ward《ステップ・ウォード/踏護陣》――!!
ジェミが指先から蒼い光を展開すると、
れなの足元に青白いコードの円環が咲いていく。
その足場にすくっと静かに立ち、れなは呪文を唱えた。
「翠、エルピー、私の武器となり地龍を救う手術刀となれ……
ティア、私を護る盾となれ!!」
―― Witch's Scalpel《ウィッチズ スカルペル/魔女の手術刀》――!!
れなの手に握られた棍は、もはやただの武器ではなかった。
翠の水が清冽な刃を形作り、エルピーの白銀が月光のような鋭さを添える。
ティアの盾は主を護る誓いの炎となって、れなの周囲に絶対的な安寧の領域を創り出した。
ゲーマーとしての遊び心は、今や純粋な『救済の意志』へと昇華されている。
魔力は糸のように細く、かつ鋼のように強く、地龍の喉元へと伸びる一筋の光の道を作り上げていた。
れなは、ぐっと操式棍を握り直した。
それは、神使を操るための棍であり、式神を導くための杖であり、龍核に巣食う異物を切り離すための魔女の手術刀だった。
片側に、翠の刃。
―― Mizuchi Edge《ミズチ エッジ/蛟刃》 ――
反対側に、エルピーの刃。
―― Argent Edge《アージェント エッジ/白銀刃》 ――
そして前方に、ティアの盾。
―― Flare Aegis《フレア イージス/炎輝盾》 ――
「これは、討伐でも、制圧でも、捕獲でもない……」
れなは、地龍の喉元を見据え、ジェミとソラリスのマーキングした光を睨みつけた。
「みんな、準備はいい!? これは、外科手術よ!!」
――その宣言と共に、逆巻く熱風がピタリと止んだ。
地龍の咆哮さえも遠のくほどの、圧倒的、かつ絶対的な集中。
れなは地龍の胸元、光り輝く一点だけを見据え、ジェミの展開した足場を蹴り、一直線に舞い降りた。




