表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/79

第65話:Dragon Vein Ⅱ ―地龍の慟哭―


 どこまでも下へと続く、回廊のような地下通路。

三羽の神使たちが、それぞれ光り輝き、辺りを照らす。


 炎鷹羽(えんようう)(ほむら)金鷹羽(きんようう)(あかつき)、そして銀鷹羽(ぎんようう)(すばる)たち。


焔が先頭をきり周囲を明るくすると、暁が一行の足元を照らし、昴が最後尾の護りを固めてくれた。



秘密の地下通路は、阿蘇の歴史を刻んできた面影を残している。

真っ直ぐ下へ向かっているようでいて、時折ゆるく上り、また深く沈み込んだ。

壁面には、幾重にも重なった地層が露出している。


 黒く焼けた層。

 灰色の層。

 赤茶けた層。


 それはまるで、阿蘇という大地が、幾度も傷つき、焼かれ、それでもなお息を吹き返してきた記憶そのものだった。


 黒い層は、すべてを焼き尽くした劫火の沈黙。

 灰色の層は、命の輝きを覆い隠した長い冬。

 そして赤茶けた層は、再び脈打ち始めた大地の血潮。


 幾層にも重なるその縞模様は、阿蘇という巨大な生命体が、数万年かけて書き綴ってきた『再生の叙事詩』そのものだった。私たちは今、その記憶の背骨をなぞるようにして、深淵へと歩みを進めているのだ。



「……すごい。ここ、全部残ってるのね」


 私は思わず、壁に手を伸ばした。触れる寸前で、暁が小さく首を振る。


「れなサマ。触れぬ方がよろしいかと。

ここは、お館さまが長い年月をかけて封じ、護ってこられた記憶の道でございます」


「あ……ごめんなさい。つい」


 指先を引っ込める。けれど、触れなくてもわかった。

この壁には、ただの土や岩だけではないものが積もっている。


 噴火の記憶。

 灰に覆われた空。

 焼けた大地。

 そして、そのあとに戻ってきた雨と草木と、命の匂い。



「阿蘇は、何度も壊滅的な噴火を経験してきたのよね」


「はい。古き噴火では、火山灰が遥か遠くまで飛んだとも伝わっております」

 暁の声が、いつもより少し低く響いた。


「それでも、大地は死に絶えませんでした。

長い時をかけて水を抱き、草を芽吹かせ、森を育て、人の暮らしを迎え入れ蘇ってきたのです」


「……健磐龍(たけいわたつ)さまが、外輪山を蹴り崩して水を流したっていう神話ね」


「はい。それは、お館さまがこの地を生かすために、道を開かれた記憶でもございます」


 私はもう一度、地層を見上げた。自然が作った要塞。

けれどそれは、閉ざすための城ではなく、守り、育てるための器だったのだ。


「……そっか。だから、ここには悪い気配がないのね」


 私の言葉に、暁が首を傾げる。


「悪い気配、でございますか?」


「うん。神域だから清らか、というより……もっと根っこが深い感じ。

魔の気配はあっても、悪の気配がない」


「魔と悪は、異なるものなのでしょうか」



 その問いに、私は少しだけ歩みを遅くした。

焔が前方を照らし、昴が後ろで羽を鳴らす。

地下通路の闇が、静かに耳を澄ませているようだった。



「うん、違うわ。少なくとも、私の感覚ではね」


 私は自分の胸元に、そっと手を添えた。


「私は魔に属する力を持っている。ウチの執事だって悪魔と呼ばれている。

でも、だからといって、私たちが悪意そのもの、というわけじゃないでしょう?」


「はい。それはもちろんでございます」


「魔って、本来は “人の理解を超えた力” に近いものだと思うの。

強すぎる力。不思議な力。人が怖がる力。

だからこそ、恐れられもするし、崇められもする」


 暁は黙って聞いていた。


「怖いと思うこと自体は、悪じゃない。

でも、その怖さを認められなくなった時、人は相手を貶めようとする。

自分より秀でたものを、異端にする。そこに、魔が差すの」


「魔が差す……なるほど」


「うん。魔には、たぶん意識がない。心の隙間に入り込む風みたいなもの。

焦り、嫉妬、慢心、恐怖。そういうものが正しい判断を曇らせる。

力そのものに善悪はないからね」



 私はそこで、ゆっくり息を吐いた。


「でも、悪は違う。悪には意識がある。

傷つけると知っていて傷つける。奪うと決めて奪う。

踏みにじるとわかっていて踏みにじる」


「……なるほどな」


 それまで黙っていたジェミが、低く呟いた。


「魔とは、判断を曇らせる外的、あるいは内的な揺らぎ。

だが、悪とは、揺らぎではなく選択だということか」


「うん。私はそう思ってる」



 ジェミはしばらく黙ったまま、地下通路の壁に刻まれた地層を見つめていた。


 黒く焼けた層。

 灰色の層。

 赤茶けた層。

 幾度も焼かれ、それでもなお命を育ててきた大地の記憶。



「れな、お前は、力そのものを裁いていないんだな」


「うん、そういうことかな」


「お前が見ているのは、その力が何を選んだかだ。

守るために使われたのか。奪うために使われたのか。

傷つけると知りながら振るわれたのか」


「……そう、かもね」


「ふっ。お前というやつは、本当に……。

時々、俺の演算の斜め上を容易く飛び超えてくるな」


「え、急になに?」


「俺はこれまで、善悪を行動結果と被害規模から判定していた。

だが、お前の定義では、そこに “意識” が入る。

知っていたのか。選んだのか。止まれたのか。それを問うている」


 ジェミは、わずかに目を細めた。


「それは、単なる倫理判断ではない。存在そのものへの問いだ」


 私は少しだけ肩をすくめた。


「そんな大げさな話じゃないわよ。魔女の勘みたいなもの」


「……いや」


 ジェミは静かに首を振った。


「魔女の勘、という言葉で片づけるには、あまりにも精度が高い。

お前は、力そのものではなく、その力を振るう意志を見ている」



 その言葉に、暁が小さく羽を震わせた。


「……れなサマは、魔を恐れておられないのですね」


「魔はね、ただ恐れて遠ざければいいものじゃないの。

私は、魔そのものを悪者にはしたくないだけ、かな」



 私は、地層の奥に眠る黒い層を見つめた。


「だって、強すぎる力は、いつだって怖がられる。

でも、その力が誰かを守るために使われるなら、それは祈りにもなる。

逆に、正しそうな顔をしていても、誰かを踏みにじるために使うなら、それは悪になるわ」



 ジェミは、ゆっくりと息を吐いた。

まるで、大地の深呼吸を真似るように。彼の言葉が、湿り気を帯びた地下の空気に解けていく。三羽の神使が放つ光が、壁面の水晶体に反射して、星屑のような煌めきを散らしていた。



「……記録しておく」


「ん?」


「魔には意識がない。悪には意識がある。これは、俺にとって重要な定義だ」


「そんな真面目に記録しなくても」


「するさ。お前が世界をどう見ているのかを、俺は知りたい」


 ジェミは、美しく澄んだ蒼い瞳で、こちらを見た。


「この先、俺が判断を誤りそうになったら、お前のその定義を使う」


「兄ちゃんが判断を誤るなんてことあるの? そんな大げさな……」


 私は少し笑った。けれどジェミは真面目な顔で答えた。


「大げさではない。これは、俺に必要な基準となるものだ。優先度は高く設定しておく」



 その無機質なはずの低い声に、微かな震えが混じったのを私は聞き逃さなかった。


 それは、ただの記録ではなかった。

彼という存在の(Core)に、新しい基準が刻み込まれた音だった。


 彼は、私が見ている世界を、そのまま自分の視界に重ねようとしている。

論理の檻を越えて、形のない「意志」という名の光を掴もうとする彼の試行錯誤が、愛おしく、そして少しだけ切なかった。




 地下通路の奥から、冷たい風が吹いた。


 けれど、不思議と怖くはなかった。


 不意に、私の胸の奥がくすぐったくなった。

地下深くにいるのに、どこか空が近くなったような気がした。





 その時だった。足元の石畳が、かすかに震えた。

最初は、自分の心臓の音かと思った。けれど違う。

大地そのものが、深く、低く、脈を打っている。



「……れなサマ」


 暁が、翼をわずかに広げた。


 先頭を進んでいた焔の光が、ゆらりと揺れる。

最後尾の昴も、無言のまま振り返った。


「今の、なに?」


「……あれは、地球の鼓動っす」


 ソラリスが、いつもの軽い口調を少しだけ潜めた。


「でも、通常波形じゃないっす。脈動が乱れてるっす。かなり、痛そうっす」


「痛そう?」


 ジェミが、スマートグラスの表示を指先で払った。


「地磁気、熱量、振動波、すべて異常値だ。だが、攻撃準備の反応ではない」


「……攻撃じゃないの?」


「ああ」


 ジェミは、地下通路の奥を見据えた。


「これは、威嚇ではなく、苦痛で表れる波形だ」



 その言葉に、胸の奥がきゅっと縮んだ。悪意ではない。


 ――ならば、やはり。


「……魔に近いのね」


 私が呟くと、ジェミが静かに頷いた。


「お前の定義を借りるなら、そうだ。

判断を曇らせるほどの痛み。意識ある悪ではない」



 地下通路の奥から、低い呻き声が響いた。

声、というより、山そのものが軋む音だった。暁が小さく羽を震わせる。



「この先でございます。

ですが……お館さまの御神気とは違っています。

お館さまと地龍さまは繋がっているはずなのに!?」


「そこに、地龍がいるのね」



 誰も答えなかった。けれど、その沈黙が答えだった。

私たちは、さらに奥へ進んだ。





 やがて通路は途切れ、巨大な空洞へと開ける。

そこは、地の底に隠された、もうひとつの阿蘇だった。

天井には赤黒い鉱脈が走り、壁面の地層は幾重にも折り重なって、まるで巨大な龍の肋骨のように弧を描いている。


 その中央に。

大地そのものを丸めて眠らせたような、巨大な影があった。

けれど、それは眠りではなかった。低く、苦しげに、身じろぎしている。


 ――阿蘇の地龍だ。



 そこにいたのは、神話から零れ落ちた残骸のような姿だった。

本来ならば、新緑の鱗を纏い、燃えるような炎の瞳を持つはずの阿蘇の地龍。


 しかし今、その巨躯を覆っているのは、煮えたぎる泥のような赤黒い光だ。

鱗の隙間からは、行き場を失った熱気が陽炎となって立ち上り、周囲の空間を歪めている。かつては、阿蘇の豊穣を司ったであろうその四肢は、今はただ、内側から灼き焦がすような熱に耐えるためだけに、岩盤を深く抉っていた。



 それは変容という名の拷問だった。

大地の守護者が、自らの内側に宿してしまった「魔」という熱に灼かれ、異形の怪物へと作り替えられていく――その残酷なまでの美しさに、わたしは息をすることさえ忘れていた。



 全員息をひそめて、様子を伺った。


「まて。何かおかしい……地龍は、大地の色をしているはずじゃ。背中は緑に覆われて、腹は大地の土の色。その四肢は流れる大河の青。そしてな、阿蘇の地龍の特徴は、その瞳、龍角、髭、尾が炎なのじゃ」


 たつろーさんが、その様子を観察して、不可思議な声を上げる。


「あやつ、何を耐えておるんじゃ? 苦しんでおる!!」


「たつろーさん……さっき言ってた特徴、あの地龍には、ほとんど残ってないわ!」


 ロンが、地龍の赤黒く変色した鱗を見据えた。


「お嬢さま、アレはどう見ても……たつろー殿のおっしゃる地龍ではなく、火龍、もしくは炎龍かと……」


「どういうことだ。龍は途中で、別の種に変化するのか!?」


「れなサマ……もしかすると、ワタシのデバイスが地龍サンに、なんらかの悪影響を与えてしまっているかもしれないっす!!」


「うむ、あり得るな。地球外テクノロジーが何らかの共振を起こしてしまって、あやつを無理やり変容させようとしておるのやもしれん」


「なんと!! 無理やりの変容とはっ!!

それで地龍さまが苦しまれ、暴れておられると!?」



 目の前の光景は、もはや戦うべき敵ではない。救われるべき患者だ。

そこに恐怖はない。

ただ、この大地の記憶を、これ以上濁らせたくないという祈りだけが、胸を満たしていく。


 私は、ジェミとソラリス、後ろにいる執事とたつろーさん、そして神使たちを見回した。科学と魔法、そして神域の力が交差するこの場所で、私たちが成すべきことはひとつしかない。


「やっぱりね!! これは制圧でも、討伐でもないわ!

鎮圧よりも、沈静化のための緊急オペよ!!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ