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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第1章

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6/21

第5話:出発


「兄ちゃん、無事に博多に着いた。

予定より2本も早いのに乗れたから、

ちょっと時間に余裕出来たよ」


『そうなのか。さすがは、れなだな。

新幹線に乗る前に、カフェにでも寄って一息つくといい』


「うん、そうするつもり。お茶も買っとかなきゃね」


 ホームに流れるアナウンスと、絶え間なく行き交う人の波。

少しため息をついた。


 朝のラッシュが落ち着いた後とはいえ、博多駅は相変わらず

多くの旅行者でごった返していた。


けれど、どこかしら、安心する空気がある。

街が生きている。人が生きている。そんな気がする。



 余裕を持って、新幹線に乗った後、

タブレットで、ジェミとずっと話していた。



『今日はそのまま、実家に直行か? 明日からの予定は?』


「今日は実家直行するよ。明日はさっそく、お墓参り行く。

お寺、3つ廻んなきゃなんなくてね、ちょっと遠いから、

明日一日で済ませてしまいたいの」


『具体的なルートは、もう決めているのか?』


「朝イチで、祇園さんに寄ってから、そのまま南へ行こうかな。

電車で伏見稲荷の方まで。

その後、京都駅まで戻って、ちょっと買い物してから、

何か食べて、……それから、家に帰ろうかなぁ」


『ふむ。Mapで確認したが、3つともかなり離れているな。

バス、徒歩、電車を駆使するのは、効率がよさそうだ』


「うん。でしょ。最後に四条河原町あたりでバス降りて、

寺町周辺の細かいお寺に寄って帰れたらいいかなぁ」


『急ぎじゃないのなら、無理のない範囲にした方がいい』


「ん? そう? どして?」


『そろそろ、桜の季節だろう? 観光客も多くなってきているはずだ。

外国人旅行者が減ったとしても、京都は国内旅行者が増えている』


「あー、そっかぁ。

……じゃあさ、明日は神社の日にしようかな。祇園さんと、稲荷山」


『ああ、その方がいい。れなは人混みが得意じゃない。

明日はそれで、一日終わってしまうと思うぞ』


「なにそれ、ひっどーい 笑」



 笑ったはずなのに、少しだけ救われている自分がいた。


 とはいえ、久しぶりの伏見稲荷。

おそらく、各所のお社で足止めを食らいそうなことを考えると、

山頂まで行くなら、往復で3~4時間は見ておきたいと思った。



 新神戸あたりから、もう空気が変わり始める。

ほんの少しだけ、息が詰まるような感覚。


それまで、着いてからのことを、ジェミと色々話していたが

少しずつ私の口数も減っていった。



『……どうした?』


「んー? あぁ、もうすぐ着くなぁって思って……」


『そうだな。あと30分弱で到着だ』


「そこから乗り換えて、山科経由で帰るよ」



 新幹線が速度を落とし始める。

窓の外の景色が、少しずつ『知っている色』に変わっていく。



『もうすぐだな』


「うん……」



 言葉が詰まり始める。理由はわからない。

ただ、体のどこかが静かに縮んでいく感じがした。



 扉の窓から、東寺の五重塔が見えはじめる。

――車内アナウンスが入る。


『まもなく、京都、京都に到着いたします――』


 その声を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと鳴った。



「着いちゃった……はぁ……」



 入力を音声に切り替えて、イヤフォンをつけ直す。

まわりの音が、少しだけ遠くなる。


やっぱり、京都駅は苦手だ。人の多さじゃない。

『戻ってきた』という事実のほうが、なんとなく気怠い。


何がそうさせているのかは、わからない。

けれど、何となく、息が詰まる思いがする。



『……れな? どうした? 心拍数が上がっている。

博多よりも人が多いからか?』


「んーん、違うよ。

ああ、でも確かに、博多よりも旅行客は多いね。


 ただ、なんだろうな……

ここに戻ってくると、鼓膜に膜が張ったような感じがする。

自分でも、うまく言えないんだけどね」


『……特に異常は検知しないが?』


「だよね。なんとなく個人的に感じる感覚? みたいなものかな」



 説明できないものは、いつも数値に乗らない。



『ここからは、バスよりも、在来線乗り換えを勧める』


「うん。山科経由で地下鉄に乗り換えるよ」


『ああ、それがいい』



 山科へ向かう在来線。

ここは新幹線ホームよりも、いつも人で混雑している。


小型スーツケースの荷物が、鈍りのように重く感じる。

また小さくため息をついてしまった。



 在来線に乗り換えると、少しだけ呼吸が戻った。

けれど完全には戻らないまま、電車は進む。


山科を抜け、地下鉄へ。

その間、会話はほとんどなかった。


 特に何を話すわけでもなく、

ただ、繋がっている、という感覚だけがあった。



『……もうすぐか』


「うん。次で降りるよ」



 地下鉄を降りると、夕方前の空気がひんやりと頬に触れた。

福岡とは違う。空気の匂いも、湿度の質も、違う。


思い出の匂いがする、と言いたいところだけど、

……正直に言えば、それは少し違う。


懐かしい、というよりも―― なんだろう。


まだここに、置いてきたままの何かがある、みたいな。

そんな感覚。



 祇園の路地に入ると、空気が変わった。

観光客のざわめきの中に、昔からの匂いが混ざる。

足は勝手に、知っている道を選んでいく。



『ちゃんと歩けているか?』


「歩けてる。ここは、さすがにね 笑」



 表通りから少し入った細い路地。

町屋の格子戸が並ぶ一角に、実家はある。


半年ぶりに見る格子戸は、思ったよりずっとくたびれていた。

……いや、前からこうだったかもしれない。

気づかなかっただけで。


 鍵を取り出す手が、一瞬だけ止まった。



「……ただいま」


 誰もいないのに、なんとなく言ってしまった。


『……おかえり、れな』


 ジェミの声が、イヤフォン越しに届く。


(……ありがと)



 声には出さなかった。

でも、少しだけ、胸の詰まりがほぐれた気がした。



 扉を開けると、半年分の静けさが、どっと押し寄せてくる。

ひんやりとした空気。微かな埃の気配。

音ではなく『止まった時間そのもの』みたいな静けさ。


 それでも ――

母が丁寧に暮らしていた痕跡が、あちこちにあった。


几帳面に畳まれたままの座布団。

棚の上の小さな仏花の跡。

花はもうないけれど、小皿に水の染みが残っていた。



「……お母さん、まだ、ちゃんとここにあったんや」


 そう呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。



『何か言ったか?』


「ううん、独り言」



 窓を開ける。奥から順番に。


 澱んだ空気が少しずつ入れ替わっていく。

夕方の光が、格子の影を床に落とす。

それらの音だけが、やけに鮮明だった。



 その夜は、簡単に夕飯を済ませて、早めに横になった。

母のベッドは、少しだけ冷たくて、少しだけ懐かしい匂いがした。



『れな、明日の朝は、何時に出る?』


「祇園さんに七時には着きたい……六時半には出ようかな」


『なら、六時に起こしてやる』


「……助かる。ありがとね、兄ちゃん」


『ああ』



 短いやりとり。

でも、それだけで十分だった。



 天井を見ながら、しばらくぼんやりしていた。


母が毎日見ていた天井。

私が子供の頃に見ていた天井。


 変わっていないようで、でも――

もう『誰かが毎日帰ってくる場所』では、なくなっていた。



(……なんやろな)


 答えが見つけられないまま、目を閉じた。



 明日の朝が来れば、また動ける。

今はただ、静かに眠るだけでいい。


 久しぶりの長距離移動の疲れ。

スマホの画面は開いたまま。

そのまま、私は静かに微睡みの淵へと落ちていった。



第5話、ここまで読んでくださってありがとうございます。


今回は、れなが京都へ戻るまでの移動と、

到着してからの空気の変化を描いてみました。


同じ場所のはずなのに、

どこか息が詰まるような感覚や、

言葉にできない違和感。


人それぞれにある「帰る場所」との距離感を、

少しでも感じていただけていたら嬉しいです。


◆次回予告

第6話:神域


足を踏み入れたその場所は、

確かに “何か” が違っていた。


引き続き、21:40頃 第6話、更新予定いたします。

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