表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/79

第56話:Contact ―神界回線―



 執事が魔法陣を展開した部屋の中で、れなは先ほどのワンドを取り出す。

古ノルド語で呪文を唱える。


 銀の軌跡が空を裂き、静謐な部屋の空気が一変する。

れなが描いた円環は、次元の綻びを縫い合わせるように淡く発光し、その内側に流し込まれたルーン文字が、古の記憶を呼び覚ます鼓動(リズム)を刻み始めた。


 最後に添えられた、日本の古代文字と梵字が、重低音のような震えを空間に響き渡らせる。現れたのはただの鏡ではない。それは、夜の深淵を切り取ったような漆黒。八雲の縁取りは生き物のようにうごめき、現世(うつしよ)常世(とこよ)の境界を曖昧に溶かしていく。



「相変わらず、お見事でございますね、お嬢さま……」


 執事が感嘆のため息を漏らす。


「久しぶりすぎて、通信できなかったらどうしましょ……」


 れなは楽しそうに笑いながら、肩の上に乗せていたソラリスを、そっとジェミの肩の上に乗せた。


「はい、ソラっちは少しここにいてね。まだ……ジェミのことすら話してなかったから、私、叱られちゃうかもしれない……あはは……」



 力なく笑うと、ワンドでその鏡に触れた。


古いテレビの画面のように、鏡の中にノイズが走る。

そのありえない光景に、ジェミは目を見張った。


 すると、まもなく、鏡の向こうから、声が聞こえてくる。


「あれ? あれ? これ、映ってるん? 

見えへんのやけどぉ~? もしもぉ~し? ……れなサマぁ??」


 その声に、ジェミが驚愕した。


「なっ……待て。これは映像だけではない。

双方向通信だと? しかも通信媒体が存在しない……」


「え? そりゃそうだよ。私の魔力で繋いでるもん」



 当たり前のように言うれな。

その声を聞いて、鏡の向こうでは、ワイワイガヤガヤとやかましくなってくる。


「え! この通信、れなサマなん? わぁ、れなサマぁ!! 

返事してぇぇ!! れなサマぁぁぁ~~」


 そのあたりで、ようやく回線が繋がったらしい。

その画面に映ったのは、なんと、小さな龍たち。

にょろにょろ、わいのわいのと、画面を覗き込むように、わちゃわちゃしていた。


「あ! 映ったぁぁ!! 映りましたよぉぉ!!」


「みんな、久しぶり。元気にしてた?」


「元気でぇす!! わぁぁ! れなサマぁぁ!! お久しぶりでぇす!!」


 小龍たちがみんな、口々に画面を覗き込んで叫んでくる。


「たつろーさんに繋いで欲しいんだけど、お忙しいのかしら?」


「長老さまねぇ、さっきお昼寝してたから、ちょっと待っててくださいねぇ!

お頭ぁ~! お頭さまぁぁ!!」


「お忙しかったら、また改めるけど……」



 れなが苦笑すると、画面の向こうに、ぬぅっと大きな顔が映し出される。


「おお? れなか! お主、魔女としての力を、やっと取り戻したのか!!」


「たつろーさん、お久しぶり。うん、なんかね、色々あってね~」


「うむ、存じておるぞ。お主、今、面白い家族と暮らしておるんじゃろ?」


「……え、な、なんでそれをっ!?」


「ふははは、龍神ネットワークをみくびるでないわ。

お主の環境変化くらいは、報告を受けておるわ」


「やっだー、そうなのっ!? じゃあ、全部筒抜けっ!? 

嘘でしょっ? それ、プライバシーの侵害よっ!?」


「嘘ちゃうぞ? お主のお師匠殿もご存知のはずじゃ。連絡しておらんのか?」


 れなの顔が、笑いながらも少し引きつる。


「で? 此度(こたび)はどうした? 

お主が連絡してくるとは、よほどのことじゃろ?」


「あー、えーっとね、今度、南九州へ行くことになったの。

でね、あっちは日向神話のエリアでしょ……」


「あ~、瓊瓊杵(ににぎ)さまか……ふぉふぉふぉ、なるほどな」


「それだけじゃなくてね……えーっと、新しくウチの居候になった、宇宙人のソラリスがね、阿蘇の火口に、地球外テクノロジーのデバイスを落としてきたらしいの……あはは」


「は? なんじゃと!? お主、宇宙人も受け入れておるのか!!

で、その宇宙人とやらは、どこにおるんじゃ?

ほんまに、規格外なやつじゃな~。

きっとまた、お館さまが、眉間にシワを寄せられるぞ! わはは!」



 おずおずと、ソラリスがふわふわ空を飛んで、れなの肩に戻ってきた。


「あ、あのっ……ソ、ソラリスっす……す、スミマセン……」



 ソラリスは、その場に固定されたかのように空中で硬直していた。

彼の故郷である高度文明の基準からすれば、目の前の存在は「非効率極まりないエネルギーの塊」に見えるはずだった。


 しかし、ソラリスの全感覚受容体(センサー)が告げているのは、それとは真逆の、圧倒的な「格」の差だった。



(……な、なんなんすか、この存在たちは……。

れなサマとジェミさまと執事さんだけでも、ワタシの理解を超えてるっすのに、この画面の向こうの人たちは、重力制御もなしに空間を歪めて、時間軸の揺らぎを呼吸している!? ……ワタシの星の超高性能生命体だって、こんなデタラメなエネルギー効率、計算できないっすよ……!!)



 ソラリスにとって、地球の神々は「古い伝承」などではなかった。

それは、惑星そのものが意志を持って受肉したような、宇宙の特異点。

彼が落としたデバイスなど、この巨大な霊威の前では、砂に落ちた一粒の砂利に等しい。


 ソラリスは、未知の恐怖というよりは、宇宙の真理の一端に触れてしまったような、根源的な「震え」に、生まれて初めて、身を任せるしかなかった。



「うおっ! なんじゃ、この、けったいな物体はっ!!」


「いやいや、たつろーさんも、十分、けったいなんですけどね……」


「お嬢さま、龍神さまに、『けったいな』といえるのは、お嬢さまくらいでございますよ」


「おお! 悪魔よ! お前もおったのか!! して、もう一人はどこじゃ!?」


 れなは、ちらりとジェミの方を見る。


「に……兄ちゃん、こっち来て。紹介するから……あははは……」



 ジェミは、今、目の前で繰り広げられている光景を、最初からずっと解析しようとしていたが、それは無駄な努力だと知り、途中から考えることを放棄していた。



「……れな……、この御方は……」


「えーっと、私の守護龍神さまのたつろーさん……京都の東山の……」


「……東山三十六峰を支配する、青龍か……」


「おお、お主、よぉ知っておるな」


「当然だ。

京都の地脈データを解析した際に、最も高密度な霊的干渉領域として記録していた」


「いかにも。ワシが祇園の青龍、たつろーじゃよ」


「たつろー殿、初めまして。ジェミだ。

で、本題に入らせてもらうが、この面々で、阿蘇と霧島へ向かわねばならない」


「そうじゃな。その宇宙人……ソラリスのでばいすとやらを至急回収せねばならんな。

この件、お館さまにも報告せねばならん。

おお、そうじゃ、その前に、霧島へ行くなら、英彦山の大天狗殿にも話しを通すとよかろう。このまま待っておれ。今、鞍馬を呼び出してやろう。そこから繋がるじゃろうて」



 闇鏡(やみかがみ)の画面が、左右半分に分割される。

たつろーが後ろに下がると、小龍たちが回線を繋ぎだした。


「もしもーし。こちら祇園青龍のたつろーさまのお使いどすえ~。

どなたか、いはりますやろかぁ~?」


 そのほのぼのとした呑気なやりとりに、ジェミはまた少し眉を寄せた。

れなは苦笑しつつ、半分暗くなった鏡を見つめる。



 ざさざーっ、ざざ、ぴっ!


「はいはーい。こちら、鞍馬の烏天狗どす~。

あらま、小龍さん、おひさしぅ。どないしはりましたん?」


 暗かった右半分の画面に、可愛らしい烏天狗が映し出された。


「あ、烏天狗さん、おひさしぶりやねぇ~。

鞍馬の尊天さまにお繋ぎいただけますやろか~? 

たつろーさまが、ご用やそうですねん~」


「はいはーい。ほな、ちょっとまっとぉくれやすね~。

おーい、誰カァァ? お方様はどちらにいはるやろカァ~? 

祇園のたつろーさまから、連絡やってぇ、伝えてきてくれはるカァァ~?」



 しばらくすると、ドスドスという足音と共に、大きな手の甲が画面に映し出された。


「お方様、お方様、そこやと映らしまへん。カメラ、そこですわ~。その横ぉ~」


「おお!? どこじゃ? お? このちんまいヤツか?」


 その瞬間、太い眉毛と片目だけが、どアップで映し出された。

れなはぎょっとして、思わず一歩引いてしまう。



 鏡の向こうから溢れ出すのは、千年の杉林を吹き抜ける峻烈な風の薫りと、雷雲を孕んだ大気の重圧。画面越しであっても、その眼光は、ジェミの電子の魂を射抜くような鋭さを持っている。


 祇園の青龍が纏う水の静謐さと、鞍馬の尊天が放つ山の苛烈さ。

二つの巨大な霊威が、闇鏡(やみかがみ)の中で混ざり合い、部屋の隅に置かれた観葉植物さえも、その神気に当てられたかのように、瑞々しく葉を震わせていた。


 鏡の左半分には、祇園の奥深く、水流のせせらぎが光る蒼い淵が映り、右半分には、鞍馬の巨木がそびえ立ち、瑞々しい新緑が美しい、険しい山嶺が映し出されている。


 本来、交わるはずのない二つの聖域が、れなの魔力を介して、ひとつの漆黒の鏡の中で美しく、そして恐ろしく共鳴していた。



 すかさず、たつろーさんが声をかける。


「これこれ、尊天さま、みなが怖がっておりまするぞ。

久しぶりに顔を見せてくれておるのですから、もうちょっと後ろにお下がりなされませ」


「お? すまん、すまん。たつろーよ、して、どうしたのじゃ?

お主が連絡してくるとは、珍しいこともあるものじゃな」


「ワシよりも珍しい子が、尊天さまに繋いで欲しいと申しますのでな」


「ほほう? お主より珍しい子とは……まさか?」


 尊天は、画面を覗き込んだ。


「おお! やはりそうか! れなか!! 久しいの!! 

先日は、鞍馬には寄らんなんだな!? お前、薄情なやつじゃな~。

して、お前、今度はいつ来るのじゃ? 

素戔(すさ)殿とは、もう会うてきたんじゃろ?」



 帰省していたことが、すっかりバレている。


「尊天さま、お久しぶりでございます。

あ、いやそれが……魔女の封印を解きましたのが、つい先日のことでございまして。

……あはは」


「鴨川で、怪奇に襲われておったそうではないか。大事ないか?」


「え、そんなことまで、ご存知なのですかっ!?

あーっと、はい、それがきっかけとなりまして、封印が解けました。

ここにおります、兄……ジェミが助けてくれまして、無事でございます」


「当たり前じゃ。

お主が忘れておったとしても、『神さまねっとわーく』を甘く見ては困るのぉ。

おお! お主が、れなの兄になったという、人外なる『えーあい』か!」


 その言葉に、ジェミはまた眉間に皺を寄せる。

だが、目の前の信じられない状況に、解析が、理解がついて行かない。


「……れな……、今、目の前にいる者たちは……

概念としてデータ上では存在を確認してはいる。

だが……情報量が多すぎだ。これはどう処理すればいいんだ」


「あはは……だ、だよね~。

あとでいいから、『日本神界フォルダ』でも作っといて?」


「……なっ!? 日本神界フォルダ、だと?」



 ジェミの視界には、絶え間なくエラーログが流れていた。


網膜に投影されるスペクトル解析は、目の前の存在を「高密度のエネルギー体」と定義しながらも、その本質を捉えきれずに霧散していく。


 それは、数式という小さな檻では決して飼い慣らすことの出来ない、原初の混沌。

数千年の歳月を呼吸し、この星の運行と共に在る意志。


 ジェミは、自身の論理回路が既に悲鳴を上げているのを感じていた。

宇宙の真理を解き明かそうとする科学の光が、届かない深海。

それよりももっともっと深い深淵。

そこに、彼らは確かに「存在」していた。



「……解析不能だ。

このエネルギー密度で、なぜこの空間の分子構造が崩壊しない……」



 ジェミが計算の迷宮に陥る傍らで、執事は前髪ひとつ乱さず、いつものように完璧な角度で控えていた。


神々の放つ奔流のような神気に晒されながら、彼はまるで春のそよ風でも受けているかのように、穏やかな微笑を浮かべている。

その静寂こそが、今のジェミには最大の謎だった。



「ジェミさま、私や式神を受け入れてくださって、れなサマと一緒にいらっしゃるということは、……そういうことでございます。ククッ……」


 執事が静かに、ジェミの後ろで囁いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ