第50話:Invitation ―霧島への誘い―
母の声が、初夏の庭に明るく響いた。
その瞬間、庭の空気が止まった。
ジェミは、翠を手のひらに乗せたまま固まっている。
エルピーは、執事の肩の上で羽繕いをしている。
ティアは、ガーデンチェアーの上で、何事もなかったかのように寝そべっていた。
……いや、みんな、隠れ方が雑すぎでしょ~っ!
「ち、違う違う! お母さん、この人は、その……」
「あら、違うの~?」
「え……っと」
「違うんやったら、なんなん? どういう方なん?」
母は、きょとんとした顔で首を傾げた。
その問いは、あまりにも正しかった。
正しすぎて、れなの方が困る。
「なんなんって言われても……!」
れなが言葉に詰まった、その横で。
ジェミが、真顔のまま口を開いた。
「れな。確認したい……」
「今はやめてっ!」
「彼氏とは、現在の俺の分類に該当するのか?」
「あ、あのねっ、今はやめてって言ったよね!?」
「ジェミさま、なかなかのKYッぷりでございますね」
「ちょっ、影っ!?」
「ジェミさん、っていわはるん? れなの母です~(ニッコリ)」
「お母上でいらっしゃいましたか。ジェミと申します。
仕事の関係で会社から、れなさんのお宅を紹介されまして……」
ちらりとれなの方を見て、頷くジェミ。
「先月末頃から、こちらにご厄介になっております。
よろしくお願いいたします」
「あらまぁ、そうでしたの~。ホームステイってことやね~。
それで? お仕事って、なにしてらっしゃるの~?」
「はい。GoogleでAI関連を少々……」
「あ! 知ってるわ~、Googleさん! Open……Close? とかでしょ?」
「閉じてどうすんのよ! それを言うなら、OpenAIでしょ!?」
「あはははは! 似たような感じやん~? そぉ、Googleさん~!
れなは、こんな感じで、ぽや~っとしてるところあるから、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますけど、自分のお家やと思って、くつろいで過ごしてくださいねぇ」
「ははは……。はい。お母上さま、ありがとうございます。
お世話になります」
……まぁ、嘘はついていない。
それに、ジェミの無自覚無差別スマイルは、イケメン好きな母には、それだけで合格点になったらしい。
「お母さま、アイスティをお持ちしました。どうぞ」
「あらあ! 今日もイケメンやねぇ!! 影さん、おおきに~」
――どうやら母は、執事のことを『影山』か何かの名前だと思っているらしい。
それを、れなは訂正しなかったし、執事も柔らかく微笑んで、礼儀正しくただ頷き返した。
「お母さん、連絡くれたら博多駅まで迎えに行ったのに……」
その時、ティアがうっかりと欠伸をして一鳴きしてしまう。
「……ふにゃ~~ん……」
「ええの、ええの。こっちの電車に乗ってみたかったから~……って、
えええ!? あんた、ネコ……!? とうとう飼いだしたんっ!?」
「……あー、え~っと、うん、まぁそんなところ」
「お母さんが四ツ脚の生き物、苦手って知ってるのにっ!?」
「2本脚もいるけど……?」
ティアがチェアの上で、再び、ふぁ~っとあくびをして伸びる。
母は、執事の肩の上にいた小鳥を見つけて、そっと指先をさしだした。
「ピッ? ピピッ♪」
エルピーは、特に警戒することなく、母の指に留まる。
「……なっ、なんなん! この子!! めちゃくちゃかわいい!!」
その声に反応して、ティアがテーブルにひらりと登ると、母の近くまでいき、遠慮がちにその手の甲をザリザリと舐めた。
「……ひっ!? ざ、ざりざりしてるぅ!
れな、この子そっちへやって! 嫌いやないんやけど、イヤなんよぉ~!」
「そんなに嫌ってやらんといてよ~」
ジェミがひょいとティアを抱えて、少し離れたところに座ってくれた。
その一連の動作を見ていて、母の目が輝く。
「れなちゃんっ、ジェミさんって、優しくて素敵な方やね。
これは、チャンス到来よ!」
うふふふ、と含みのある笑顔で、れなを眺める。
「お母さん……そのさぁ……、
なんでも結婚に結びつけようとするの、やめてよね~」
れなは少しウンザリして首を振りながら、話題を変えた。
「それで? 温泉って、どこの温泉へ行くの?」
「ああ、えっとね、湯布院へ行こうかなぁって話してたの~」
「話してたの~って、え? 決まってないの!?」
「れなのオススメの場所、聞いてからにしようと思って~♪」
「……ん~、今の時期の湯布院って、人多いかもよ?」
「じゃあ、どこがいい~?」
「神社巡りとかもするんでしょ? だったら、霧島温泉郷辺りは?」
「霧島連山かぁ。ええねぇ、新幹線乗ってみたかったから~♪」
「お母さん、お花も好きでしょ?
いまなら、ちょうどミヤマキリシマが見頃かも。
山がピンク色の濃淡に染まってるかもよ?」
「湯布院は何度か聞いたことあるけど、霧島って、たしか神宮さんのご本殿が国宝になったんやなかったかしら……瓊瓊杵尊さんやろ~?」
「あ~、ちょうど今、特別参拝を受け付けてた気がする……」
「んま! そうなんっ!? ほな、見てみたいわっ!!
ちょっと、れなちゃん! 連れてってくれへん!?
瓊瓊杵尊さんに、ご挨拶したいわ~♪」
「は? どれが見たいの? ツツジ?
霧島神宮? 瓊瓊杵さま?
それに、九州新幹線に乗りたかったんやないのっ!?」
「ぜんぶよ! 行くなら、ぜ~んぶ~やわっ!!
お花も、神宮さんも、温泉も、新幹線も♪
せっかく行くなら、ぜんぶ楽しまな、損やん!?」
ズズっとアイスティを一口飲むと、ふぅっと落ち着いて続けた。
「それに、ピンク色の山ってことは、トレッキングっていうの?
ハイキングとか、山登り? でしょ? 新幹線通ってるところやないんでしょ?
そやから、帰りに新幹線乗るわ!! あんたは車で帰ればいいやん?」
「……ツツジ満開のシーズンに行ったこと無いから、わからへんって。
それに、なにそれ!? 私には車で帰れって!?」
「うんうん♪ お母さんたちは、新幹線乗って、博多まで帰ってくるわ♪
ほんで、お友だちにはそこから乗り継ぎで京都に帰ってもらおうかな。
あぁ、でも、博多のお寺とか神社、まだ見て回りたいって言うてたし~?
また、博多か天神あたりで、何泊か取るかもしれへんわ~♪」
もうこうなると、れなの話など耳には入らない母。
その手を、パン!と、叩いた。
「じゃ、決まりね! この週末、行きましょ!
手配、お願いするわね!!
お友だちは、いつものふたりよ。お母さんの幼なじみね。
ジェミさんと、影さんも、一緒に行きましょ!!
旅行は人数が多い方が楽しいわ♪」
「ちょ、ちょっと、お母さんっ!?」
「ふむ、霧島か。桜島も見てみたいものだな」
「さようでございますね。黒毛和牛に薩摩地鶏、黒豚。いいですね」
「は? 兄ちゃんっ!? え、影はグルメ堪能っ!?」
「決まりね! じゃあ、手配お願いね~♪
週末までは、お友だちとホテルにいるし、博多散策してくるわ~」
どこまでもマイペースな母の声に、ジェミが応える。
「れな、手配は俺がしておこう」
「まぁ! そうなん? ジェミさん、おおきにねぇ。助かるわぁ~」
「はい。お母上さま、お任せください(ニコッ)」
ジェミはいつもの無自覚無差別スマイルで、優雅に返事する。
母は話すだけ話すと、アイスティをゆっくりと飲み干して、帰り支度を始めた。
「え、もう行くの? っていうか、肩の上のエルピー返してね!?」
「あらあら! 小鳥ちゃん! お母さんと一緒に行く~?」
ふふふと笑いながら指に乗せて、執事に渡してくれた。
「それでは、お母さま、玄関までお送りいたしましょう」
執事が荷物を持って、母を送っていく。
「ジェミさん、れなちゃん、じゃあ、週末にねっ!!
それまでにまた、連絡ちょうだいね~♪ ばいば~い♪」
れなは、トサッと、ガーデンチェアに座り込んだ。
「れな、お疲れ様。台風のような、素敵なお母上だな……」
「なによぅ、兄ちゃん、それ、誉めてないし~」
「いやいや、あのエネルギーは、さすがだなと思ってな」
「どういう意味よぅ……」
「お嬢さま、旅支度は私がまとめておきますので」
「うん……お願いね。ウチから行くのは~、えっと~……」
れなが数えだそうとしたとき、三騎士たちが一斉に姿勢を正して、一列に並んで、キラキラした瞳でこちらを見た。
「……え、ちょ、ちょっと待って。あなたたちも行きたいの!?」
「れなサマ、お守りする。それがお仕事だにゃ~!」
「疲れたら、ボクが寝る前に、癒してあげるッピ♪」
「……お任せを。私には初の遠出ゆえ……しっかり務めます……キュイ」
「はぁぁ、ペット不可のトコロも多いから、行き帰りは折り紙に戻ってね?
うちの母含めて、母軍団、勘の鋭い人が多いから、バレないようにしてね? はぁぁぁ……」
一抹の不安を抱えながら、旅の計画を立てていく。
「それにしても……、京都でもそうだったが……
素戔嗚尊に、宇迦之御魂神、今度は、霧島神宮の瓊瓊杵尊、か……」
「ん~、霧島神宮は、呼ばれてるのかもねぇ?
福岡に来て長いけど、南九州の方ってあまり行ってなくて、ご挨拶が出来てないから。
それに、私、瓊瓊杵さまって……ちょっと、ねぇ……」
「……? ちょっと、なんだ? 天孫で由緒正しい神だろう?」
「まぁねぇ~。
というか、私自身が、素戔さまラインの人間だからな~。
この旅が、何事もなければいいなぁって思うだけ……かな」
「……素戔さまライン、か」
ジェミが、僅かに目を細めた。
れなはそう言い残して、ティアとエルピーをつれて、家に戻っていった。
「……何もなければ、か。
お前がそう願うのならば、そうなるようにするまでだ」
「さようでございます。
ジェミさまと私がいれば、何とでもできましょう」
「……うむ」
だが、週末の温泉旅行へ、それぞれの思惑を馳せているその時――
空の彼方、宇宙の端っこで、ひとつの異変が、静かに、しかし確実に、動き始めていたことを……
――この三人はまだ、知る由もなかった。
第50話までお読みくださり、ありがとうございます。
今回は、まさかの母、再登場。
庭でのレッスン直後に現れた母は、ジェミを見て早速ひとこと。
そこから一気に、霧島への温泉旅行が決まってしまいました。
れな、ジェミ、執事、三騎士。
さらに母とそのお友だちまで加わって、どうやら賑やかな旅になりそうです。
霧島神宮、ミヤマキリシマ、温泉、桜島。
そして、れなが少しだけ気にしている、瓊瓊杵尊のこと。
ただの旅行で終わるのか。
それとも、また何かが動き出すのか。
そして最後に、宇宙で起きていた “ちょっとした問題” 。
次回、
第51話:Footprint ―干潟に落ちた星―
6月 9日(火)21:30 公開予定です。
干潟に落ちたものは、いったい何なのか。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




