表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/80

第49話:Guardians ―お庭でレッスン―


 ティアがひらりとテーブルの上から降り、れなの膝の上に乗った。


「な~ぅ。ゴロゴロゴロ……」



 エルピーも、れなの肩の上に乗り、髪の毛で遊ぶ。


「ピピッ♪ チュンチュン……」



 (すい)は、ジェミの手元に落ち着き、主を見つめた。


「きゅぅ~? きゅきゅ……」



「ねぇ。影……この子たち、人語は話せないのかなぁ?」


「魔力が馴染むまで、少々時間が必要です」


「そっかぁ~」



 ジェミは眉を寄せる。


「人語が話せるようになるのか?」


「うん、たぶんね~」


「お嬢さま、私が教育係を担当いたします。

数時間もあれば、簡単な日本語は話せるようになるかと」


「たった数時間でいいの!?」


「数時間だと? 影、何をするつもりだ」


 ジェミは思わず眉をひそめた。


「……? 日本語教育でございますが……」


 執事は涼しい顔で、小首を傾げる。


「うんうん、意思疎通出来ることは大事だからね!!」


「そこか!?」


「じゃあ、お願いするね!」


「かしこまりました」




 執事は何やらタブレットのようなものを取りだして、記入し始めた。

執事が取りだした端末の画面が、彼の端正な横顔を青白く照らし出す。その指先は、まるで精密機械のように一切の無駄なく滑り、虚空に浮かぶ文字列を整理していく。彼が佇む場所だけ、影が不自然に濃く、陽光さえもその輪郭を侵すことができないかのようだった。



「では、まず、彼らの属性と能力を確認いたしましょう」


 信じられない、と言った表情で、ため息を落とすジェミ。

それを見てクスクス笑いつつ、れなはティアの名前を呼ぶ。



「ティア、創造主権限において命じる。おまえの情報を開示して」


 テーブルの上で、すくっと姿勢を正し、返事をした。


「にゃん!」



 一鳴きすると、目の前に小さなウィンドウが開いた。

その鳴き声は、静謐な水面に投じられた一石のように、空間に柔らかな波紋を広げた。

虚空から染み出した光の粒子が、れなの瞳の奥にある銀河と共鳴し、琥珀色の文字を綴っていく。


 それは単なる数値の羅列ではなく、新たに産声を上げた魂の鼓動が、幾何学的な文様となって具現化した福音のようであった。



「ステータスウィンド!?」


「ゲーマーなお嬢さま仕様でございますね」


「知恵のパラメータは、まだ5じゃないか……」


「それは、これから急激に伸びていくところでございます」


「ということは、チュートリアルが終わった直後くらい?」


「その独特の判断基準が、理解不能だ」



 ティアのステータスを一通りチェックする。

どうやら、ティアは、光と火、陸の属性を持つようだ。



「じゃ、次はエルピー、おいで」


 れなの肩にいたエルピーが、指先に留まる。

つぶらな瞳が輝く、小さな頭を、クルクル動かす様子がかわいい。



「エルピー、創造主権限において命じる。ステータスオープン」


「ピッ!」


「なるほどね、おまえは、風と波動、空の属性なのね」



 指先でエルピーが澄んだ声で、さえずり始める。

ふわりと心地よい風が巻き起こり、暑さで少し疲れていたれなをリフレッシュしてくれた。


「ふわ~、すごいね! 肩凝ってたのがすごく楽になったよ! ありがとね、エルピー♪」



「じゃあ、次は翠ね。翠は、兄ちゃんがチェックしてみて?」


「俺が!?」


「だって、兄ちゃんを主として、その守護にしたんだから~」


「……ふむ。コホン、では……」



 ジェミがあらためて、翠を見つめる。


「翠、主の第一権限において命ずる。ステータスオープン」


「キュイ!」


「……なるほど。翠は当然だが、水と音波、液体とある……」


「あ~、だから空中でも泳げるんだ! 

水のないところでも動けるってことね♪ すごいじゃない!」


「キュキュイ~♪」



「では、実地訓練と参りましょうか。

三者三様、あの的に攻撃してみてください」


 執事が、かなり離れたところに案山子の的を複数用意した。

ティアがテーブルからひらりと舞い降りる。優雅な足取りで近づいていく。

一呼吸おいて、二体の案山子が静かに裂けた。



「おおお~! ティアすご~い!!」


 ジェミも何も言わず、感心したような目で見つめている。

次にエルピーが、小さな身体で空に舞い上がる。

かまいたちのような鋭い風刃で、次の三体を切り刻んだ。


 しかし、ピピッ!と一鳴きしたかと思うと、まだ無事な案山子の頭に留まって、優しくさえずり歌い始めた。


 すると、切り刻まれてバラバラになっていた五体の案山子が、柔らかい緑色の風に包まれ、元通りに復元されていった。砕け散った案山子の破片が、重力から解き放たれたようにふわりと浮き上がる。



 エルピーのさえずりは、時を巻き戻す調べとなって庭園に満ち、傷ついた木肌を慈しむように撫で上げた。失われた繊維が一本ずつ編み直され、かつての形を取り戻していく様は、まるで冬枯れの森に一瞬で春が訪れたかのような、残酷なまでに美しい再生の奇跡だった。



「ふわぁ! エルピー、無生命体も元に戻せるの!?」


 れなは感心したように、エルピーを見た。



「では、最後に翠。存分にその力、見せてやれ」


 ジェミが言うと、翠は空中で、くるりと一回転した。


 尾びれを案山子の一体に叩きつける。

空中に水の輪が生まれたかと思うと、それが一気に弾けた。

エルピーが復元した五体の案山子を、水圧で押しつぶした。



「うむ、見事だ、翠」


「さすが、お嬢さまが創られただけのことはございますね」


 執事も満足げに、その戦果を眺めている。



「みんな、攻撃はわかったけど、防御はどうなの?」


 れなが執事に問いかける。


「そうでございますね……では、私がお嬢さまを攻撃いたしましょう。

式神たちに守らせてみるのは、いかがですか?」


「待て」


「……? ジェミさま、何か問題でも?」


「れなを攻撃するだと!? それを俺が許せるとでも?」


「……では、ジェミさまを攻撃させましょう」


「なぜそうなる!」


「問答無用でございます。では参りますよっ!」


「兄ちゃん、がんばれ~! 

あ、念のために、庭に結界張っておくから、みんな、全力発揮してね~!」


「れなまでっ!?」



 れなはティーカップを持ったまま、自分の周囲にまず防御結界を展開する。

続いて、庭全体のかなりの広範囲に、多重魔法陣を展開した。



「式神たち、戦いの中で言語力も磨くとよろしいでしょう」


 陽光が降り注ぐ穏やかな午後の空気が、執事の一歩によって一変した。

大気が凍りつき、肌を刺すような殺気が、陽だまりの匂いを塗り替えていく。


 ジェミの視界の中で、れなだけが嵐の目のような静寂を(まと)って微笑んでいた。

彼女が展開した多重魔法陣は、まるで幾千の星々が地上に降り立ったかのように、庭園を幻想的な瑠璃色に染め上げている。



 執事の手から放たれた棘鞭(ソーンウィップ)が、まるで意思を持つ蛇のようにジェミの腕へ迫る。


 だが――それより早く、白き閃光が走った。


「にゃあぁぁっ!」


 ティアの炎を纏った鋭い爪が、空中で鞭を鮮やかに切り裂く。

同時に、翠が展開した分厚いバブルの盾が、ジェミの全身を死角なく包み込んだ。


 透明な水の膜越しに見る世界は、歪んで、どこか遠い。護られているという安堵感以上に、ジェミの胸を焼いたのは、れなが創り出した「神域」に足を踏み入れることさえ許されない、己の無力さへの焦燥だった。


 瑠璃色の光に包まれて微笑むれなは、もはや彼の手の届く場所にいる妹という存在ではなく、世界の(ことわり)を書き換える若き女王のように見えた。



「兄ちゃん! 兄ちゃんは攻撃しちゃダメよ! 大人しく守られててね!」


「なっ!? 万が一、突破されたときはどうする!」


「あ~、その時は、執事とやり合っちゃえば?」


「お前! 軽く言いすぎだ!!」


「大丈夫~♪ ウチの執事、強いから、兄ちゃん本気ださないとだよ~!」


「な、なんだとっ!? れなっ!?」


「お喋りはそのくらいにしておいた方が……よろしいかとっ!」



 いきなり背後に立った執事。今度はレイピアでジェミを貫こうとする。


 しかし、エルピーが降らせた無数のタングステンの羽根が、金属音を響かせて雨のように降り注ぎ、それを弾いた。


「ほう、小鳥のくせに、やりますね。タングステンですか……ならば……」


 執事が飛び込もうとしたところへ、ティアの爪が襲い掛かる。

その背後から、エルピーの羽根が再び降り注ぐ。

そこに、翠が全方位から水の散弾丸を連射する。重い水圧が、庭に弾ける音を響かせた。



「なんの、これしき。

おまえたちは、お嬢さまの足元には、まだまだ及びませんね」


「なんだと!? ……れなは、もっと強いというのか」


 執事はピタリと動きを止め、ふっと口角を上げた。


「おや、ジェミさま、ご存知ありませんでしたか? 

私は今まで一度も、お嬢さまに勝てたことがございませんが……」


「……は!?」


「私が魔界に戻れないのは、お嬢さまに負け続けているからでございます。

まぁ、それに甘んじているところは、否めませんが……フフッ」


「ん? そうだっけ? まだ一度も勝ってなかったんだっけ?」


 執事は楽しげに目を細め、れなを恭しく見つめた。




 模擬戦闘の後、三騎士たちが、初めて片言を話し始めた。


「れなサマ……爪とぎ、欲しいにゃっ!」


「ピピっ! タングステンより、きっとミスリルの方が軽いッピ!」


「バブルの盾……中の空気はどのくらい持つのだろうか……キュイ……」


「あらあ! あなたたち、もう話せるようになってきたのっ!?」


「……なに!? 三匹とも、知恵のパラメータが1500を突破している!?」


「え、さっき5だったよね?」


「さようでございます」  



 ティアの喉から漏れるゴロゴロという音に、知性の律動が混じる。

それは、混沌としていた意識の海に、一筋の理が差し込んだ瞬間だった。


 獣の純粋な瞳の奥に、深淵のような知性の灯がともる。

ただの魔力の塊が「個」としての自覚を得たその響きには、創造主であるれなへの盲目的な憧憬と、世界を理解しようとする貪欲な意思が、重厚な和音となって混じり合っていた。



「……実地訓練、こわっ! すごっ!!」


「実地訓練ほど、能力開花にちょうどよい訓練はございません」




 その時、玄関先の方から、明るく呑気な声が聞こえてきた。

一瞬で、翠のバブルの盾が弾ける。その瞬間、初夏のスコールのように、庭先に水が舞う。それはキラキラと昼間の光に照らされて、虹を創り出した。


 張り詰め、研ぎ澄まされていた魔力の糸が、その朗らかな声ひとつでぷつりと途切れた。虹の飛沫が、戦いの余韻を優しく洗い流していく。


 先ほどまで死線を彷徨(さまよ)っていたはずの庭園は、今やただの「騒がしい我が家の風景」へと引き戻されていた。圧倒的な日常という名の暴力が、神秘のベールを剥ぎ取り、世界を再びありふれた、けれど愛おしい色彩で塗り潰していく。





「れ~な~ちゃ~~ん! 

これからお友だちと温泉行くから、ちょっと寄ってみたわ~♪

あんたも、一緒に行く~?」



 その声は、どんな強力な結界も、どんなに鋭い殺気も、まるでオモチャの壁であるかのように軽々と踏み越えてきた。


 お母さんが(まと)う空気は、焼きたてのパンのような、あるいは干したての布団のような、抗いようのない「生」の匂いに満ちている。


 魔法という幻想は、この圧倒的な現実感の前では、ただの子供の火遊びに過ぎないのだと思い知らされるようだった。



「……おっ、お母さんっ!?」


「あらあら! お庭が水浸しやん!? 水遊びにはちょっと早いんちゃう?」


 ……あっ、ヤバっ!!


 そう思って、慌てて振り向く。



 ――しかし、

ティアはテーブルの上で寝そべり、エルピーは執事の肩に留まって羽繕いしている。

翠は、クリスタルの置物のようになり、ジェミの手のひらに収まっている。

ジェミは無言で、それを乗せたまま固まっていた。



 先ほどまで感じていた魔道の深淵も、れなへの焦燥も、母の放つ圧倒的な「生活感」の前では霧散してしまった。

彼はただ、手の中の翠の冷たさだけを頼りに、現実を繋ぎ止めている。



「あら……こちらの方は? れなちゃんの彼氏さんっ!?」


 母がジェミを見て、目をキラキラさせた。





三騎士、起動直後からいきなり実地訓練です。


ティア、エルピー、翠。

それぞれ小さな姿ではありますが、どうやら能力の伸びしろはかなり大きいようです。


そして、れなの家では、戦闘訓練も日本語教育の一環になるらしいです。

教育方針が少々、魔界寄りですね。


さらに最後には、まさかの母、登場。

空飛ぶイルカも、魔法の模擬戦も、ひとまず隠せた……はずなのですが。


次回、

母の目に映ったジェミは、いったい何者なのか。

そして、れなはこの状況を、どう説明するのでしょうか。


次は、6月 7日(土)21:30 明日引き続いて公開です。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ