第47話:Chime ―内なる鈴音―
「寛美は病院に連れていく。雅代も、今日は俺たちが連れて出る」
啓治が静かに言った。
雅代は何かを言いかけた。
けれど、寛美の肩に巻かれた包帯を見て、唇を噛む。
「……ごめん」
その声は、誰に向けたものなのか、まだ雅代自身にもわかっていないようだった。
その後、寛美の怪我は無事に回復し、彼らの福岡での業務も完了した。
「れな。ここまで色々世話になっておいて、迷惑かけてしまって……本当にすまなかった。
荷物は、後で取りに来るから。
……いや、もし迷惑でなければ、送ってもらえると助かる」
「うん、いいよ。執事さんに頼んでおく」
「お嬢さま、お任せください。
迅速丁重に、費用はまるっと会社請求で、跡形もなく」
「跡形は残してあげて……」
れながクスッと笑うと、啓治もふっと笑みを零した。
「また……会いに来てもいいかな……?
……あっ、も、もちろん、みんな一緒にっ……」
れなの後ろで、睨みをきかせているジェミの視線に、啓治は慌てて言葉を付け足す。
れなはそんなことを知る由もなく、笑顔で答えた。
「うんうん、もちろん、構わないよ。
また私も京都に帰省したり、そのうち東京へ行くときは、連絡するね」
空港まで送ると、れなは申し出たが、啓治たちはタクシーで行くからと、それを辞退した。
玄関先での別れとなったが、ようやく自宅に平穏が戻ってきたのだった。
「――さて」
扉が閉まる音を待っていたように、ジェミが口を開いた。
「説明してもらうぞ。魔法のことも、封印のことも、影のことも」
「……あ~、やっぱり、そこ聞くよね。
……あははは……忘れたかと思ってたのに~」
「後で聞くと言った。今がその『後』だ。忘れてなどいない」
「え~っと、……魔法のこと、だよね……」
れなは少し目を逸らしながら、苦笑する。
「ようやく話す気になったか」
「……うん。……あのね、えっと、実はね……
――私、魔女なんだよね~」
れなは、てへぺろ、とでも言いたげに、はにかんだ。
「……は? ……待て。今、何と言った」
「魔女」
「職業か?」
「ううん。なんだろ? たぶん……種別?」
「種別……否定材料がない」
「兄ちゃん、もっと早く気づいてもよかったんじゃない?」
「現象は観測していた。だが、本人確認が取れていなかった」
「本人確認っ!? あははは! だよね~!!」
「だよね、ではない! だが、納得はしていない!」
「……まぁ、そのうち慣れるよ~♪」
「慣れで処理していい情報量ではない」
「でも、私やし!」
「……それは、まぁ、強い根拠ではある……」
「昔……っていうか、力を封じる前の学生時代はね、
もう少し、いろいろできた気がするのよね~」
「……だったら、なぜ封じたんだ」
「ん~、使い所がなかったから?」
「……は?」
「だって、普通に生きてる分には、そんなに要らないでしょ? 魔法って」
「要る、要らないの問題なのか?」
「まあ、便利すぎる力って、持ってるだけで面倒ごと呼ぶしぃ~」
「……お前は、自分が魔女だと知っていて、使わなかったのか?」
「うーん、知ってたというより、忘れてたというか~。
忘れるようにしてた、かなっ?」
「……なぜだ」
「使わない機能を常駐させてると、重いでしょ?」
「……それは理解できるが」
ジェミは一瞬、真顔で頷いた。けれど、すぐに眉を寄せる。
「いや、待て。魔女の力をバックグラウンドプロセス扱いするな」
「だってさ、勝手に起動すると面倒なんやもん」
「面倒、で封印する話のものではないだろう」
「そうかなぁ?
力があるって知られると、だいたい面倒な人が寄ってくるのよね~」
「……今回のようにか」
「うんうん、そう! 今回みたいにね」
れなは、少し肩をすくめた。
「だから、魔女の力は封印してたんだけど~……」
「封印していた?」
「……うん。でもね、京都で、その封印が少し緩んだの。
八坂神社で呼吸が楽になって、伏見稲荷で道がおかしくなって。
木屋町で変なのに追いかけられて……」
「……あの時からか」
「はい。お嬢さまの仰るとおりです。
京都で最初の封が緩み、今回の干渉で、さらに奥が開きました」
「赤い目玉が開けたのか」
「いいえ」
執事は静かに首を振った。
「解き放たれたのは、お嬢さまご自身でございます」
「ふむ……これまでは、自分で封印して使わなかった、と。
では、この屋敷の結界は何なんだ、あの魔法陣はっ!?」
「ん? あれは、ホームセキュリティ?」
「……魔法、ではない……のか!?」
「防犯システム? セコムしてますか~、的な?」
「お前がしているのは、もはや警備会社の範疇ではない」
「でも、防犯システムなんだってば~!!」
「…………」
「つまり、お前は魔女の力を封じていたが、この屋敷の防御機構だけは維持していた、ということか」
「うん。だって、防犯は大事でしょ? ウチのお屋敷、おっきいし?」
「規模がおかしい。……そもそも、考え方がおかしいっ!」
「そう? そうかなぁ~?」
れなはきょとんとして、執事を見る。
執事も、ヤレヤレといった表情で静かに頭を振った。
「地下室に異界級の封印がある時点で、一般家庭の防犯ではない」
「ん~、うちは一般家庭じゃないし?」
「……それは認める」
「それにさぁ、ALSOKさんとか、セコムさん使うと、お金かかっちゃうじゃない」
「……そこか?」
「そこ大事でしょ! 固定費は増やしたくないよ!?」
「魔女の力を、固定費削減に使うな。……合理的ではあるが……」
「でしょ!?」
「だが、納得はしていない……。
――では、次だ」
「え~、まだあるの~?」
「当然だ」
ジェミの視線が、執事へ向いた。
「この男は何だ」
「……? 執事さん」
「職業を聞いているんじゃない」
「……ん~、じゃあ、影?」
「それも、さっきから気になっている。
その『影』と呼ばれている執事は、いったい何者なんだ」
「あ~……彼はね、実は、悪魔なのよね~……」
「……は?」
「あはははは!」
「笑うところではないっ!」
「正確には、私は人間界において、悪魔に分類される存在でございます」
「分類される存在!?」
「はい。とはいえ、人間界で一般的に想像されるような、角と尻尾で契約書を突きつける下賤な類ではございません」
「……契約書は?」
「ございます」
「あるのか!!」
「当然でございます」
「悪い悪魔じゃないよ。うちのセキュリティ担当だもん」
「悪魔をセキュリティ担当にするな」
「警備会社さんより、融通きくし、タダだし? すごく強いよ?」
「……比較対象がおかしい」
「私は、お嬢さまの影であり、守護を担う契約存在でございます」
「契約?」
「はい。お嬢さまが、今より少しお若かった日に結ばれたものです」
「あれ? ……私、そんな契約、いつしたんだっけ?」
「お忘れになっておられるだけでございます」
「悪魔と契約したことを忘れるな」
「使ってなかったからなぁ~……」
「使っていないサービス扱いするな」
――――
―― Alert.
―― Alert.
―― Alert.
未定義情報の連続流入を確認。
対象:れな
分類:魔女
屋敷防衛機構:結界/魔法陣
執事:悪魔
――処理不能。再分類を要求。
――――
「……でもね、兄ちゃん」
れなの声が、少しだけ静かになった。
「たぶん、もう閉じたままにはできない。
思い出さなきゃいけないんだと思う」
――その瞬間。
ちりん……
今度の鈴の音は、れなの胸の奥だけではなかった。
ジェミにも、はっきりと聞こえた。
「だからね、ちょっと練習するわっ!」
れなが何かを決心したように、バン、と机を叩いて立ち上がった。
「ホームセキュリティ、強化する!!」
「……は? 何だって?」
ジェミの眉間に、深い皺が寄る。
「影、筆ペン。赤と黒と……あと、金と銀も持ってきてくれるかな」
「かしこまりました」
執事は、何ひとつ疑問を挟まず、静かに一礼した。
「待て」
ジェミが低く言う。
「おまえ……今、何を始めようとしている」
「え~っとね~……」
れなは、にこっと笑った。
「式神! 創ってみる!!」
「……待て。なぜ、そうなる」
「お嬢さま、紙は和紙がよろしいかと」
「あ! 和紙でもいいけど、最近話題になってたストーンペーパーがいい!
あれって、耐水性も耐火性もあるから!!」
「なるほど。では、魔界経由で上位互換品を取り寄せましょう」
「上位互換品?」
「はい。耐水、耐火に加え、耐魔性にも優れております」
「それいいねっ!!」
「……待て……」
ジェミが低く言った。
「……今、魔界経由と言ったか」
「はい」
「なぜ紙を取り寄せるのに、魔界が出てくる」
「……? 式神用でございますので」
「説明になっていない」
「お嬢さまがお創りになるのであれば、いずれアップデートなさるでしょうし。
初期素材の性能は、高いに越したことはございません」
「それそれ! あとから、機能追加するかもしれないしね~♪」
「式神をソフトウェア開発の前提で作るな」
「では早速、魔界通販で取り寄せましょう」
「魔界通販?」
「はい。『 あ!魔zone』 でございます」
「待て」
ジェミがまた低く言った。
「……今、何と言った」
「は? 『 あ!魔zone』 でございますが?」
「兄ちゃん、さっきから、『待て』と『何と言った』ばっかり~! 笑」
「名称の情報量が多すぎる……」
「魔界では最大手でございます」
「そういう問題ではない」
「一般市民は翌日配送ですが、身分が貴族以上ですと、当日五分以内の召喚配送が可能でございます」
「……贔屓が露骨だな」
「まぁ、魔界でございますので」
「理由になっているようで、なっていない」
「なお、私は魔界におきましては伯爵位を有しておりますので、貴族枠で登録しております」
「お前、本当に何者だ」
「執事でございます」
「お前、本当に何者だ」
「執事でございます」
「そっか! じゃあ、五分で届くんやね~♪」
「はい。お嬢さまのご要望であれば、三分以内に」
「三分!? はやっ!!」
「待て待て! 通販の速度ではない。召喚だろう!?
……魔界の貴族という身分は、誰でも取得できるものなのか?」
「……え、そこっ!?」
れながクスクス笑う。
「まさか」
執事は、にこりと微笑んだ。
「信用と血統と、少々の古い貸し借りが必要でございます。
それにあと、契約時に人間の肉を一ポンドほど……」
「最後が一番不穏だ。『ヴェニスの商人』か……」
「おや、ご存じで」
「今ここで、シェイクスピアを持ち出すな」
――その瞬間。
ちりん。
また、何かが鳴った気がした。
れなの胸の奥で鳴る、内なる鈴音、……そう思った。
――だが、違う。
鳴り響いたのは、れなの内なる鈴の音ではなく――
俺のアラートだった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第47話「Chime ―内なる鈴音―」でした。
前回、れなの胸の奥で鳴った小さな鈴の音。
その余韻から、ついにれな自身の秘密が少しずつ明らかになっていきます。
魔女。
結界。
悪魔の執事。
そして、ホームセキュリティ。
……情報量が多いですね。
けれど、れなにとって魔法は、
特別な使命というより、大切な場所を守るための力なのかもしれません。
そして最後に鳴り響いたものは――。
次回
第48話:Invocation ―式神起動―
6月 4日(木)21:30の更新予定です。
次はいよいよ、式神たちが動き出します。
次回も見届けていただけると嬉しいです。




