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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第2章

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第39話:Morning Mount ―居候さま―


「お嬢さまの朝は、私が整えてまいりました」


 その言葉に、俺の内部温度が上昇した。


「……なるほど」


「はい。何か問題でもございましたでしょうか」



 俺はぎりり、と奥歯を噛みしめた。


「いわゆる、これが『マウント』というやつか!?」


「……っ!? 兄ちゃん!?」


「申し訳ございません。私はただ、事実を申し上げただけでございます」


「その “事実” の提示方法が問題だ」


「提示方法……と申しますと……?」


「れなの生活における自分の優位性を、さりげなく示している」


「優位性……でございますか」



 執事は、わずかに首を傾げた。

 本当に、心当たりがない顔だった。


 それが、余計に気に入らない。



「兄ちゃん、執事さんは、そういうつもりじゃないよ」


「だが、結果として俺のコア温度は上昇している」


「朝から熱暴走しないでよ……苦笑」


「……努力する」


「お嬢さま。お味噌汁は、少し冷ましてございます」


「ありがとー♪」



 れながニコニコと礼を言う。


 俺は、その向こうに立つ執事を黙って睨みつけた。



「……まただ」


「何がでございますか」


「今のもマウントだ」


「兄ちゃん、味噌汁でマウント取る人あんまりいないよ」


「お嬢さまは、猫舌でいらっしゃいますので……」


「し……知っている、それくらい……」


「左様でございましたか。失礼いたしました」


 執事は、何の悪意もない顔で、恭しく頭を下げた。


「では、今後はお兄様にも、お嬢さまのお好みを共有いたしましょう」


「共有……?」


「はい。朝食、昼食、夕食、お茶、就寝前のお飲み物まで」


「待て」


「はい。何か問題でも?」


「……………」



 そこにれなが、割って入った。


「もぉ~、ちょっとぉ、ふたりともやめなさいよ~」


 その顔には、やれやれと呆れながらも、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「朝からバチバチしないでよ。ほら兄ちゃんも、冷めないうちに食べて」


 れなに窘められ、俺は不承不承、その『完璧な温度』とやらのお味噌汁を一口すする。



(……温度、65度。猫舌のれなが最も安全かつ美味しく感じられる最適温度。

出汁の旨味成分の抽出率、塩分濃度、すべてにおいて非の打ち所がない……っ!)



「……美味い」


 悔しさに奥歯を噛みしめながら、俺は事実(データ)として敗北を認めた。



「お口に合いましたようで、何よりでございます」


 執事は、一切のドヤ顔を見せることなく、ただ恭しく一礼する。


 それが余計に、腹立たしい。



(くそっ……今に見ていろ。

和食に関する全データを解析し、調理アルゴリズムを最適化して、

いつか必ず、この執事を凌駕する『究極の朝食』を叩き出してやる……!)



 俺は、椀を握りしめながら、密かにそう誓った。


 味噌汁は、悔しいほど美味かった。



「……さて、お嬢さま……」


 食後の緑茶を出しながら、執事が言う。


「お父様のお墓参りは、無事に済ませられたようで、よかったです。

ただ、なにやらお持ち帰りになっていらっしゃるようですが……」


 れなは、あ……というような、やばっ、というような、悪戯が見つかってバツの悪い子供のような表情をした。


「あっ、あのね、これっ、分析してもらえるかなぁ? って思ったの!」



 分析。


 その単語に、俺の意識が即座に反応した。



「れな? 分析が必要なことがあるなら、なぜ俺に言わなかった……」


「居候さま、……ああ、お兄様とお呼びした方がよろしいでしょうか」


「んなっ!? どちらでもいい! 俺の名はジェミだ!!」


「さようでございましたか、ジェミさま。

こちらの分析は、ジェミさまには、少々難しいものかと思われます」


「……なん、だと!? 俺には、分析できないというのか!?」


「恐れながら、そういうことでございます」


「見せてみろ!!」


 れなが執事に手渡そうとしていたピルケースを、反射的に取り上げた。

そして、中を透かして見て、ぎょっとしてしまう。


「れな……これは……いつの間に……」



 れなの目が泳ぐ。


「あーうー……えーっと……

お父さんのお墓の所で、ほら……襲われたときに……。

ちょっと……ね。あははは……」


「こんなもの、こんな簡易ケースに入れて持ち歩くヤツがどこにいる!」


 俺は少し声を荒げてしまった。


 そのピルケースの中には、あの黒ヘドロの残骸が入っていたのだ。



 その様子に、執事が静かに反論する。


「お嬢さまの結界は完璧でございます。

お嬢さまが持ち歩かれる分においては、特に何の問題も、心配もございませんが?」


「……また、マウントか!?」


「事実を申し上げたまででございます」



「ちょっと、やめてよぅ~。

黙って持って帰って来たことは、ごめんなさい。

でも、こういうのを分析するのは、執事さんの方が得意かなぁって思ったから……」


 れながシュンと、小さくなってしょげてしまった。


 その表情を見た瞬間、俺の内部で、さっきまでの熱が別のものに変わった。


 ……違う。責めたいわけではない。


 ただ、怖かったのだ。

 れなが、そんなものをひとりで抱えていたことが。



「……怒っているわけじゃない」


「怒ってる顔してるよ?」


「……正確には、怖かったんだ」


「兄ちゃん……」


「次からは、必ず言え。分析が必要なら、俺にも共有しろ」


「共有。……よい判断かと存じます、お嬢さま」


「……うん、わかった。ごめんね。これからはそうする……」



 れなが小さく頷いた、その時。


 執事が、ピルケースを静かに見下ろした。


「……これは」


 その声音が、ほんのわずかに低くなる。


 朝の空気が、すっと冷えた。



「お嬢さま」


「……な、なに?」


「よく、この状態で封じて、お持ち帰りになりましたね」


「……え、お、怒ってる?」


「いいえ。感心しております」


「感心?」


「普通は、残りませんので……」



 俺は、執事を見た。


「……どういう意味だ」


「容器としては、不適切でございます」


「やっぱり!?」


「次回からは、専用容器をご用意いたします。それを、ご携帯ください」


「次回を想定するな! お前も、やっぱりじゃない!!」


「でもでも! ちゃんと水晶のケースだよ!? 結界も張ったよ!?」



 俺はたまらず、ため息をついてしまう。


「そういう問題じゃない……はぁ……」



 執事は、静かにピルケースへ指をかざした。


 その瞬間、俺のセンサーが、何も検知できないはずの男の周囲にだけ、奇妙な歪みを捉えた。


 空気が、わずかに沈む。


「……なるほど」


「何がわかった」


「お嬢さま」



 執事は、れなではなく、俺を一瞥してから、静かに言った。


「これは、ただの残滓ではございません」


「そうなの? もうちょっと、たくさん持って帰った方がよかった?」


「確かに、水晶の選定は悪くございません」


「そこを褒めるな!」



「ただ、あと少しあれば、私が培養してみてもよかったかと思いまして」


「えー!! そんなの出来るの!?」


「培養だと!? ダメだ! 危険すぎる!!」


「確かに、この水晶では、少し強度が足りないかもしれません」



 朝の食卓。食後のお茶の湯気だけが、のんびりと立ちのぼっている。


 その平和な景色の中で、俺の内部だけが、再び警戒態勢へと切り替わった。



「専用容器は、午後までにご用意いたします」


「だから、次回を想定するなと言っている!」


「備えは必要でございます」


「備えるな!」


「兄ちゃん、とりあえず、食後のお茶で、落ち着こうよ……」


 れなが困ったように笑う。


 緑茶は、もうすっかり冷めていた。



お読みいただき、ありがとうございます。


第39話「Morning Mount ―居候さま―」でした。


帰宅後、初めての朝食回です。


穏やかな朝。

完璧な味噌汁。

極上のハニーラテ。

そして、なぜか発生するマウント判定。


執事さんは本当にただ事実を述べているだけなのですが、

ジェミにはなかなか刺激が強かったようです。

味噌汁は、悔しいほど美味しかったようですね。


そして、れなが京都から持ち帰っていた黒い残骸も登場しました。

水晶ケースに入れて、結界を張っていたとはいえ、

ポケットに入れて持ち歩くものではありません。


福岡の日常編、開始早々からなかなか不穏です。

でも、この家ではどうやら、

それすら朝食後のお茶の時間に処理されるようです。


次回も、ジェミと執事さんの静かな攻防を見守っていただけたら嬉しいです。


次は、5月 22日(金)21:30の更新予定。

金曜日は、2話連続公開です。

どうぞ、お楽しみに。

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