第16話:風の神域と迷走ナビ
「ここから乗り換えが、あと2回だ。
JR大阪を経由して、阪神梅田から、姫島駅で下車。
そこからは、歩いて10分程度だろう」
その言葉に、今更ながら、ふと気づいた。
「ん? 梅田から行けたの?
じゃあ、京阪じゃなくて、阪急で梅田まで行けばよかったんじゃない?」
「……ああ、そうとも言えるな」
「はぁ!? えええ!? どゆこと!?
そっちだったら、乗り換え1回で行けたんじゃないのっ!?」
「……ふむ、どうやらそのようだ」
「え~? ナビは任せとけ、じゃなかった!? 笑」
「……………」
すました横顔に少し焦りが見えて、思わずクスクス笑ってしまった。
「わ、笑うな。たまには、こういうことも……ある」
「はいはい、そうですね~ 笑
なぁんだ、兄ちゃんでもやらかすことあるんだね!!」
「……やらかしてなどいない」
「はいはい! まぁね、行けるんだからいいよ、どっちでもね 笑」
4月下旬のはずなのに、今日はジリジリと気温が上がる。
今日の日中は25度にもなる、という予報が出ていた。
日傘を持ってきていたとはいえ、暑さが苦手な私は、体力が削られていく。
「大丈夫か? 途中で一度、休憩を挟むか?」
「ん、大丈夫。先にその神社へお詣りしてみたい。
どんな神さまがいらっしゃるの?」
「これから向かう神社は、阿迦留姫命が祀られている。
姫嶋神社は、女性の再出発や願いを叶えてくれる場所だそうだ。
お前にぴったりな場所なんじゃないか?」
「へぇぇ!! そうなのっ!? 楽しみが膨らんできたぁ!」
神社に近づくと、ちらほらと祭の幟が見え始める。
とはいえ、平日のまだ早い時間だったからか、表通りのお店はまだ開店前。
裏道へ入ると、静かな住宅街が広がっていた。
「……人、少ないねぇ……」
「ああ、そうだな。でも、ほら、見えてきたぞ」
大きな楠の森が見えてきたその向こうに、立派な鳥居の朱が映える。
爽やかな風が吹き抜けて、木々を揺らした。
吊された帆立絵馬が、カタカタと心地よい音を響かせている。
鳥居の前で、ぺこりと一礼する。
兄もそれに倣って、一礼して、一緒に参道を進んでいった。
手水舎で、手と口を濯ぐ。一通りの作法を、兄に教えた。
「ふむ、なるほど。まずは水で清めるということか」
「うん。俗世の穢れをここで落としてから、ご神前へご挨拶に向かうの」
「なるほど。興味深い……」
春の花で華やかに美しく飾られた手水舎を、珍しそうに眺める兄。
その姿を、スマホで写真に収める。
いつまでも動きそうにない様子に、兄の手を引っ張った。
「みてみて! たくさんの風車がある!! わぁぁ~!!」
「ほう、さすがにこれだけあると、圧巻だな」
本殿の両脇に、数十……いや数百もの風車が並んでいた。
さっきまでの暑さが嘘みたいに、吹き抜けていく風が気持ちいい。
お賽銭を入れて、鈴を鳴らし、柏手を打つ。
兄もそれを真似て、同じ様にしていた。
その時、ザァァっと木々の葉が揺れて、一斉に風車が廻り始める。
カタタタ……カラカラカラ……
風が通るたびに、順番に廻り始める風車。
思わず、祈りの手を止めて、それに見入ってしまった。
「……すごいね……きれい……」
光を反射して、カラカラと廻る数百もの風車に、言葉を失う。
その風に乗って、お囃子の音が聞こえてきた。
振り返ると、境内の開けた所で、子供たちがお囃子と舞の練習をしている。
「れな……あれは、何をしているんだ?
何度も、同じ動作を繰り返している……」
「あれはね、お祭りで神さまに奉納するやつだよ」
「奉納……?」
「うん。もともとは、神さまを身体に降ろす儀式だったって言われてる」
「……降ろす?」
「今はそこまでじゃないけどね。
神さまに喜んでもらうためのもの、って感じかな」
「……そのために練習しているのか? 非効率ではないか?」
思わず兄の顔を見上げるも、
かなり真剣に見つめて言っている姿に、思わず吹き出してしまった。
「ふふっ……たしかに、兄ちゃんから見たら、非効率かもしれないね 笑」
吹き抜ける風に、乱れた髪をそっと抑えながら続ける。
「でもね、あれって、やってるうちに自然と身についていくんだよ。
何度も何度も練習してね、体も心も鍛えられて強くなっていくの」
「……そういうものなのか……」
「うん。
神さまもね、きっと、
そんな人間たちの営みを見守るのが、楽しいんじゃないかな」
「……神が? 楽しい……?」
「日本ってさ、八百万って言われるくらい、
た〜っくさん、神さまがいるんだよね」
カラカラ、と風車が鳴る。
「同じくらい、仏さまもね。
い~っぱいいるんだよ」
廻り続ける風車を見つめていると、ふわりと微笑みがこぼれた。
「……みんな、楽しいことが大好きなんだよね~」
「……不思議な文化だな」
そう言う兄の視線は、廻り続ける風車から離れなかった。
「……そろそろ行くか?」
「あ! だめ! まだちゃんと、お詣りしてないっ!!」
もう一度、本殿の前で、手を合わせてご挨拶する。
静かに目を閉じて祈る姿に、兄は何も言わず、少し離れて待っていてくれた。
「……では女神さま、きっといい報告を持って、また来ますね」
小さく呟いて、ふふっと微笑んだ。
また、ざぁぁっと風が吹いて、一斉に風車が廻り始める。
その風に、ふっと混ざるように――
『……楽しみにしておるぞ。またおいで……』
鈴のような美しい声が、聞こえたような気がした。
れなは小さく、でも力強く頷くと、くるりと踵を返して歩き出した。
「にいちゃん、お待たせ! オススメのカフェ、行こっ!!」
次の駅を目指して、いくつか乗り換えて、東三国駅に到着した。
そこから次の神社へと向かう途中に、カフェがあると兄は言っていた。
――が、しかし……。
連れてきてくれたはずの和カフェの前で、ふたりが呆然と立ち尽くす。
「……兄ちゃん……、店休日って書いてるんやけど……」
「……そんなはずは……いや、だが、まだある。次行くぞ」
そこからまた、15分ほど歩かされる。
「……兄ちゃん、まだぁ……?」
「最適経路を選択したはずだが……」
「いやいや、絶対ちゃう、それ……笑」
次のカフェの前でも、やはり呆然と立ち尽くしたふたり。
「……兄ちゃん……ここ、移転したって書いてる……」
「……なん、だと……!?」
なんと、2軒目のレトロ純喫茶は、移転したらしい。
「……兄ちゃん……」
「……すまん」
「Map情報、アプデできてないんじゃないの……? 笑」
「そ、そんなはずは……」
フリーズしてしまった兄を見て、もう我慢できなかった。
その場でお腹を抱えて笑ってしまう、れな。
「……っぷ! ぷぷっ!! あーっはっはっはっは!!
やだもぉ~~!! 兄ちゃん、しっかりしてよぉ~!!
あーっはっはっはっは!!!」
「わ、笑うな……た、たまにはこんなことも、ある……」
「ぷくくく、今日それ、二回目……あははははは!!!!」
「す、すぐに近場で探してやるから……」
「大丈夫だよ。先に次の神社へお詣り済ませてから、
どこかでゆっくり、ランチでも食べよ♪ ぷぷぷっ……」
兄の肩をポンポンと叩いて、その手を引っ張って歩き出した。
<後書き>
第16話「風の神域と、迷走ナビ」
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は、風の神域と――兄ちゃんの迷走っぷりをお届けしました(笑)
完璧そうに見えて、どこかポンコツなナビっぷり。
でもそんなやり取りも含めて、少しずつ
“ふたりで歩く時間” が積み重なっていくのが、なんだか楽しくて。
姫嶋神社の風車や、お囃子の音、子どもたちの舞。
目に見えるものと、見えないものが、やわらかく重なっていく場所でした。
そして、最後にふと混ざった “声”。
あれが何だったのかは――まだ、はっきりとはしません。
けれど、何かが少しずつ動き始めている気がします。
次回は、その流れのまま――
また別の神域へ。
そして、少しだけ “内側” へと触れていきます。
引き続き、お付き合いいただけたら嬉しいです。
第17話:余韻 ―ノイズではない―
この後、21:40頃に更新予定です。




