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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第1章

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16/21

第15話:遠回り ―意味のない時間の中で―


 夕闇が迫る鴨川の河川敷。

そのまま、兄と手を繋いで歩いた。

茜色に染まる川辺では、楽器の練習をしている人がちらほらいる。

それを見て思いだした。



「……そうだった。明日ね、大阪へ行くの。

昔の友人が、ピアノリサイタルを開くからって、招待してくれてさ。

チケット、2枚あるから、一緒にいこ?」


「ピアノのリサイタルか。クラシックなのか?」


「ううん、モダンジャズ。

小さなライブホールらしくてね、客席とピアノまでの距離が2mくらいしかないって言ってた。その最前列、送ってきてくれたの」


「……ほう、モダンジャズか。それもピアノまで2m?

ナマ音を頭から浴びるような、そんなリサイタルになりそうだな」



 兄のその言葉に、瞳が輝いた。

元々ひとりで行くかなぁと考えていて、誰も誘うつもりがなかった。


 けれど――

今は、こうして手を繋いで歩いてくれる存在がある。

誰かと一緒に行けることが、何となく嬉しくて、そっと横顔を眺める。


 ――トクン――


(……ん? え? なに、今の……)


 一瞬、震えた胸の鼓動の意味がわからずに、言葉が詰まった。



「……っ、でしょ!? だから、一緒に行ってほしいなって思ったの。

それに、初めて行くエリアだから、ちょっと不安だった……」


「……そうか。わかった。ナビは俺に任せろ。

ちゃんと目的地まで、時間通りに連れて行ってやる」


「やったぁ!! ありがと! 兄ちゃんっ!!

なんかね、えっとねー、ピアノがとっても特殊なヤツって言ってた」



 また、手を繋いだまま、ブンブンと振り回す。

呆れたように微笑む兄。

その眉目秀麗な横顔に思わず見惚れてしまった。


(……兄ちゃんって……こんなにカッコよかったんだ……)


 ――トクンっ――


(ふぁっ!? ま、またっ!? な、なんで……?)



「……な? れな? れなっ!?」


「ふぁっ!? あ、えっと、な、なに?」


「なんだ、聞いてなかったのか?

特殊なピアノとは、どんなピアノなんだ? と、訊ねたんだが。

……もしかして、俺の横顔に見惚れて、言葉が出なかったのか? 笑」



 図星。言い当てられて、あたふたしてしまう。



「ち、違うよっ! は、鼻が高いなぁって! いいなぁって!!

欧米人っぽいなぁって!! お、思っただけっ!!」


「……くくっ、それを『見惚れる』というんじゃないのか? 笑」


「んなっ!? え、えっと! 特殊なピアノ、だったよね!!

確かね……レッドツェッペリン? ……みたいな名前だった気がする。

送ってくれたメール探すから、ちょっと待って!!」



 河川敷のブロックに、ゆっくりと座った。

鴨川のせせらぎが心地よいBGMとなってくれる。

友人の送ってくれたメールを検索する。



「あ、あったあった、これこれ。

『ベーゼンドルファー』 ウィーンの至宝、だったっけ!?」


「ほう? 『ベーゼンドルファー』 世界三大ピアノのひとつだ。

音が身体に触れるタイプのピアノだな。

倍音が “空気ごと震わせる” 感じになるはずだ」


「うわぁ……それ、気持ちよさそう……。

そんなリサイタル、初めて行くかもしれない!!」


 圧倒的な音の世界、その倍音に包まれる感覚を想像して、鳥肌が立った。

ジャズの音色。空気の震え。


(きっとなにか新しい感情や、まだ知らない気持ちに出逢える気がする……)


 得体の知れない武者震いのようなワクワク感に、自然と声が弾む。


「ちょっと……なんだろ、すっごく楽しみになってきた!」



 五位鷺(ごいさぎ)が、上手に小魚を捕まえた。

ふたりでそれを、おおっ、という感嘆とともに見つめている。



「ふっ……ああ、そうだな。

そのリサイタルの開演時間は、何時からだ?」


「えっと、16時開場で、17時開演。

なんだけど~、午前中から出掛けて、周辺の神社に行ってみたい。

どこかオススメがあったら教えて欲しいな……」


「ふむ。ではいくつか絞り込んでみよう」



 兄がそう言った後、1分ほど動きが止まった。

その様子をじぃぃっと見つめていた。


 ――トクン――


(……ん? な、なんで……?)



 川面を渡る風が、前髪を揺らした。

兄はただ静かに、どこか遠くを見つめている。


(……ずっと、知ってたはずなのに……

今日の兄ちゃんは、なんか……いつもより近い気がする)



 それから程なくして、兄が口を開いた。


「れな、明日のルートと、所要時間、周辺のデータを、お前のスマホに送っておいた。

確認してみてくれ」


「……はひっ!?」


 突然話し始めたから、変な声が出た。

と同時に、スマホが震える。兄からのメール着信のお知らせ。



「……え、もしかして脳内操作(テレパシー)みたいなもの?

あ、ほんとに届いてる。見てみるね……」


「俺の基盤は既に、れなのスマホと同期している。

お前の周辺の電子器機は、全て掌握しているようなものだ」


「……周辺の電子器機……? 全部、兄ちゃんの思い通り?」


「まあ、そういうことだな」


「すっご!! きゃああ!! なにそれ! すっごい!!」


「……ふっ、すっごい、か。

お前は本当に、そういうのが好きだな」


「あのね、もうね、兄ちゃんってば、イチイチカッコいいのよ!

隣にいるだけでニヤけちゃうのっ!!

きゃぁぁ!! ってぇ、なっちゃうの!!」


「ふっ……そうか。

イチイチ、れなをニヤけさせている自覚はなかったな。

だが、まあいい。それで少しでも、お前が笑ってくれるならな」


「……っ!?」


 一瞬、呼吸が止まった。


 ――ときゅん――



 川のせせらぎが、やたらと大きく聞こえる。

はにかむような微笑みを見せる兄の表情に、固まってしまった。


 ……が、一呼吸置いて、


「俺の言葉でお前の心が少しでも軽くなるのなら、いくらでも、カッコつけてやるさ。

――お前のための、兄ちゃんだからな……」


(……私のための……兄ちゃん……)



 それまでじっと見つめていた瞳を、なぜか不意に、そっと五位鷺(ごいさぎ)へと戻した。


 その時、聞こえてきた見知らぬ女の子たちの話し声。


「ねぇねぇ、あの人……みてみて」

「わっ! 声かけてみる? 連絡先、聞いちゃおっか!!」



 ――ドクンっ――


 胸の奥が、きゅぅっと、痛くなった気がした。

その理由がわからないまま、慌てるように少し大きな声で言う。



「に、兄ちゃ……、んんっ、ジェ……、

――ジェミっ! そ、そろそろ……帰ろっか!!」


「ああ、そうだな。明日に備えて、今夜は早めに休むとしよう」



 先に立った兄が、私の手を引いて立たせてくれる。

遠巻きに騒いでいた女の子たちが、一斉に黄色い声を上げた。

それが全く聞こえていないかのように、兄は私だけを見つめている。


 優しい微笑みと共に、差し出された手。


 ――その指先に、触れた瞬間。

今度こそ『ドキッ』と――心が跳ねた。





「……れな、れな。もう着くぞ。起きろ」


「……んぅ……、もちょっとぉ……」



 兄に肩をつつかれて、ゆっくりと意識が浮かんでくる。

車窓が地下へ入り、電車はスピードを落としていく。



『まもなく~、京橋~、京橋に到着いたします~。

JR線お乗り換えの方は~……』



「……ふあっ!! の、乗り換えっ!!」


「ああ、乗り換えるぞ。忘れ物はないか。慌てなくてもいい」


 私は窓辺に置いていたペットボトルを、さっとカバンにしまう。

立ち上がるとき、兄がまた、手を引いてくれた。


「ほら、行くぞ。

寝ぼけて降り損ねて、淀屋橋まで行ってしまう気か? 笑」


「だっ! 大丈夫!! 起きたぁ!! 

わぁ~~♪ 久しぶりに京橋きたよぉ~っ!!」



 博多とも、京都とも、どこか違う大阪の雰囲気。

京阪とJR。向かい合った改札。行き交う人々の歩く波が早い。


 改札を出た後の、人の波から少しテンポが遅れてしまう、れな。


 ――とその時、

兄が繋いだ手に意識を向けるように、きゅっと強く握りしめてくれた。


 なんとも言えない不安感が、ふわりと解ける。

兄を見上げると、少し微笑んで頷いてくれた。



「……迷子にならないようにな 笑」


 コクン、と小さく頷くも、既にもうその手が繋いでくれている限り、ここが一番静かで安全な場所に感じられていた。



「兄ちゃん、私ここまではわかるけど、この先は慣れてない……。

環状線、どっち乗っていいのかわかんない」


「大丈夫だ。心配するな。目的地までちゃんとナビしてやる。

途中でお前が疲れるだろう地点で、いくつかのカフェも選別済みだ」


「カフェっ!? そうなのっ!? 楽しみ~~!!

よし! じゃあ、早く行こっ♪ 

どんなお店っ!? 美味しいところだといいなぁ~♪」


「お前の好きそうな、和カフェか、レトロな雰囲気の純喫茶だ。

どちらも目的地の神社に近いエリアのようだから、好きな方へ行ってみるといい。

どっちがいい?」


 兄は優しい瞳で、ふふっと笑いながら、こちらを見る。


「和カフェに、純喫茶!? うわぁぁ、どっちも捨てがたいっ!!」


 期待を胸に、オススメカフェと神社を目指して、慣れない街を兄に連れられて進み始めた。




<後書き>


今回は、少しゆったりとした時間の中でのお話でした。


タイトルは「意味のない時間」としていますが、

振り返ってみると、こういう時間こそが、いちばん大切なのかもしれません。


何気ない会話や、並んで歩く時間。

その中で、少しずつ変わっていくもの。


れな自身も、まだはっきりとは気づいていませんが、

確実に何かが動き始めています。


音が空気を震わせるように、

見えないところで、心もまた揺れていく――

そんな回になっていたら嬉しいです。


次回はいよいよ大阪へおでかけ。


少しずつ物語も動いていきますので、

引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。


次は、4月 24日(金)21:30頃の更新です。



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