第139話:お買い物 ―お揃いが嬉しくて―
翌朝、朝食を終えたレアは、私の隣にぴったりとくっついて座っていた。
何も言わない。
けれど、私が顔を向けるたびに、にこっと笑う。
その目が、さっきからずっと同じことを訴えている。
「……お買い物、行こっか?」
「行くっ!!」
返事と同時に立ち上がったレアに、思わず笑ってしまった。
昨日、約束したもんね。
「まずは服と靴やね。あと、小物とかバッグとか、下着とか……」
「れなちんとお揃いのも、欲しい♪」
「うんうん。気に入ったのがあったら、一緒に買おう」
私の腕に絡みつくレアの向こうで、ジェミが立ち上がる。
たつろーさんも、何やら楽しそうに髭を撫でていた。
「ワシも見立ててやろう。レアには、明るい色が似合いそうじゃな」
「……まず、本人の好みを聞いてからにしろ」
ジェミが、早くも釘を刺している。まだ家から出てもいないのに。
その後、全員でロンが運転してくれるファントム号に乗り込んだ。
ショッピングモールに到着すると、レアは吹き抜けを見上げ、目を輝かせた。
重なり合うフロア。ガラスの向こうに並ぶ服。
通り過ぎる人たちの手には、色とりどりの紙袋が揺れている。
「うわぁ……いっぱいお店があるぅ!! どこから行こ?」
「まず、服かな?」
「うんっ!」
レアに手を引かれ、婦人服のお店へ入る。
彼女はハンガーに掛かった服を一枚ずつ見ながら、時々、指先でそっと生地に触れていた。
「これ、思ってたより柔らかい」
「見た目だけやと、わからへんもんね」
「うん。あ、こっちはちょっと重いんやなぁ」
知識として知っていたものを、ひとつずつ、自分の手で確かめている。
その横顔を見ていたら、急に、いろんなものを買ってあげたくなった。
……いかん。財布の紐まで、実体化に感動して緩んでいる。
そんな自分の甘さに、思わずクスクス笑ってしまった。
「レア。これなど、どうじゃ?」
たつろーさんが持ってきたのは、淡い珊瑚色のブラウスと、ふわりと裾の広がるスカートだった。
「わぁ、かわいい!」
「そうじゃろう。おぬしが着れば、花が咲いたようになるぞ」
たつろーさんが、満足そうに頷く。
そこへ、別の服を持ったジェミがやってきた。
「こっちも着てみろ。明日、出かけるなら動きやすい方がいい」
落ち着いた紺色のワンピースに、薄手のカーディガン。
こちらも、レアによく似合いそうだ。
「おぬし、妹にまで黒系を着させるつもりか?」
「紺だ」
「似たようなものじゃろう」
「違うだろう」
……また、始まった。
レアはふたりの顔を見比べると、両方の服を受け取った。
「ほな、着てくるし、待っててな♪」
最初に着て出てきたのは、たつろーさんの選んだ服だった。
鏡の前でくるりと回ると、スカートの裾が、柔らかく揺れる。
「どう? どうっ!?」
「ほれ、ワシの見立て通りじゃ!」
「うん、かわいい! レア、そっち向いてみて?」
私が鏡越しに笑うと、レアも嬉しそうに笑った。
ジェミは腕を組んだまま、少しだけ頷く。
「……悪くない。次も着てみろ」
次のワンピースでは、雰囲気が変わった。
先ほどよりも少し大人っぽくて、でも、笑うとやっぱりレアだった。
「ジェミ兄、意外とセンスええやん?」
「意外は余計だ」
「褒めてるんやで~?」
たつろーさんが、むう、と口を曲げる。
私は笑いを堪えながら、レアに尋ねた。
「レアは、どっちが好き?」
「両方!」
――即答だった。
「明日と明後日で着る!
ふたりがウチに選んでくれた服やもん。大事に着るで♪」
たつろーさんの顔が、ぱっと明るくなった。
ジェミも、何も言わずに自分の選んだ服を受け取る。
(……レア、うまいことやったなぁ? くすくす……)
私の視線に気づいたレアが、片目を閉じてウインクした。
ところが、レジへ向かう直前。
たつろーさんが、そっと私の袖を引いた。
「……れな。すまぬが、路銀を少し、貸してはくれぬか」
「あ、そっか。現代のお金、持ってなかったよね」
「うむ。あとで、鱗を一枚……いや、三枚やるから」
その申し訳なさそうな顔に、私は思わず吹き出す。
「それ、古の小判になるでしょ? 服代より高いやん!?」
「釣りは取っておけ」
「それって、お金借りる側が言う台詞と違うんだけどね」
私はクスクス笑う。
隣で聞いていたレアが、たつろーさんの腕に、きゅっと抱きついた。
「たつろーさんが買ってくれたんやな~♪ おおきにねぇ!!」
古の龍神さまは、途端に、ほくほくとした顔になった。
服が決まると、今度は靴とバッグ。
履き心地を確かめながら歩き、鏡の前でバッグを肩に掛ける。
気づけば、私まで色違いのバッグを手にしていた。
「れなちんは、そっちの色が似合うな~♪」
「レアは、こっち?」
「うん。並んで持ったら、かわいいと思わへん?」
(――思います。ええ、とても!!)
髪飾りのお店では、お揃いのシュシュも選んだ。
レアが私の髪に当て、私がレアの髪に当てる。
それだけで楽しくて、なかなか決まらない。
「全部お揃いになってしまうなぁ」
「色が違うし、どっちがどっちのか、ちゃんとわかるやん?」
「そっか! どっちがどっちの使ってもいっかぁ!!」
「あはは! そうやなぁ♪ そうしよっか~♪」
私たちにとっては、何の問題もない。
ようやく必要なものが揃い、下着のお店の前まで来たところで、ジェミが足を止めた。
「ここからは、ふたりで行ってこい。俺たちは、そこのスタバで待っている」
「はーい♪」
レアと手を繋いだ、その瞬間。
「ワタシも行くっす! ぶらじゃーが欲しいっす!!」
飛び出しかけたソラリスを、ジェミとたつろーさんが、左右から摘まんだ
「お前には必要ない」
「何に使うつもりじゃ?」
「イカ入れるっす! ふたつ入るっす!」
レアが、私の肩に顔を伏せた。笑いを堪えた肩が、小刻みに震えている。
「食べ物を入れるものではない!」
ジェミの声に、ソラリスが首を傾げる。
「生ものはダメっすか!? ほんじゃ、昨日捕まえたダンゴムシ、いっぱい入れるっす!」
「そういう問題ではないっ!」
「……待て」
ジェミの声が、急に低く鋭くなった。
「今、そのダンゴムシは、どこにいるんだ?」
ソラリスは、そっとお腹のチャックを押さえた。
「……みんな、お留守番してるっす」
ジェミとたつろーさん、ふたりの手が同時に離れた。
「お前、まさか、ダークマターと一緒に、また……」
「あ、そっすね! 一緒にポイって入れてあるっす!」
ソラリスがチャックを開き、何かを取り出した。
「ほら、元気っすよ♪」
丸い灰色。沢山の節がある。
そして、なぜかゲンコツくらいの大きさがある。
その下で、たくさんの脚が、もぞっと動いた。
「きゃああああ!!」
「れなちん、こっちぃぃ!!」
レアに引っ張られ、ふたりで後退する。
「バカっ! お前っ、しまえ! 今すぐ!!」
ジェミの怒声に、ソラリスが慌ててそれをお腹へ戻した。
「丸まったら、かわいいっすよ?」
「丸まる前に、こっちの寿命が縮むわっ!! なんじゃそのでっかいのは!!」
たつろーさんまでもが慌てている。
後ずさった私たちの前で、ロンが、さりげなくソラリスを人目から隠した。
「……おぬし、一体そこに何匹入れた?」
「ん~~? ……わかんないっす。いっぱいっす♪」
たつろーさんが、目を閉じる。
聞かなければよかった、と顔に書いてあった。
「ロンが、これでお魚釣れるって言ったっす!!」
突然、責任を押しつけられたロンは、にっこりと笑った。
「大きくしろとは、申し上げておりません」
「大きい方が、大きいお魚釣れるっすよ?」
「先に、お前が食われるぞ」
ジェミが、ソラリスのチャックを指差す。
「もう開けるな。いいな?」
「はぁいっす……」
私とレアは顔を見合わせ、そのまま下着のお店へ逃げ込んだ。
店の奥まで来て、ようやく息をつく。
顔を見合わせると、今度はふたりとも笑いが止まらなくなった。
「さっきのヤツ、脚、いっぱいあったなぁ! あははは!!」
「レア、言わんといて。足の多いヤツ苦手なん。思い出してしまう~!」
ようやく笑えるようになった頃には、下着も部屋着も選び終えていた。
袋を受け取り、お店を出る。
通路の向こうに時計の売り場が見えたので、私は足を止めた。
「あ、時計もいるよね。レア、どんなのが好き?」
「それは要らんよ!」
「ん? なんで??」
レアが、自分のこめかみを、ちょん、と指で叩く。
「衛星から時刻取れるし。今おる場所の時間、ちゃんとわかるで。
誤差も、0.000001秒くらいやし」
「……ええっ!? そんな細かいとこまで、わからんでもええけど……」
そういえば、この子、AXI(人工実存知能)だった。
こうして、一緒に楽しそうに服を選んでいると、ついつい忘れてしまう。
「そっかぁ。お揃いにしようと思ったんやけどな~。残念……」
手に取った時計を戻しかけると、レアが私の手首を掴んだ。
「待って。それやったら、いる」
「え? 要らんのちゃうん?」
「アクセサリーとしてつける!! れなちんとおそろ!!」
真剣な顔で言い切られ、笑ってしまった。
結局、文字盤の色が違う、同じデザインの時計を買った。
包装はせず、その場で腕につけてもらう。
レアは私の手首の隣に、自分の手首を並べた。
「んふふ。お揃い♪」
もう少しだけ、小物を見たくなった。
館内のジュエリーのお店で、色違いのイヤリングを選び、小さなペンダントを見比べる。
レアは指輪もひとつ選んだ。
指に通して、手を開いたり閉じたりしていたけれど、やがて、別の指輪が並ぶケースへ目を戻した。
「……れなちん」
「ん?」
「れなちんとお揃いの指輪、ウチが作りたい」
「え? 作る? レアが??」
「うん。デザインから、自分で考えたい!」
さっきまで選ぶことに夢中だった目が、今度は、何かを思い描くように動いていた。
「ここ、こんな形にして……石は、色違いにしてもええなぁ」
自分の指輪を、くるりと回す。
「れなちんの分も、ウチに作らせて?」
「うん。楽しみにしてる」
レアの笑顔が、またひとつ、大きくなった。
スタバへ戻ると、男性陣は、妙に真剣な顔で話し合っていた。
その真ん中で、ソラリスだけが、フラペチーノを飲んでいる。
「ただいま~。みんな深刻な顔して、何の会議?」
私はみんなの顔を見渡して、キョトンとしながら尋ねた。
「……宇宙線の影響じゃろうな、という話じゃ」
たつろーさんが、疲れたように答えた。
「え? まさか、さっきのダンゴムシ?」
「うむ。あの腹の中で、まだ大きくなるかもしれぬ」
「やめて~! そんな予想、聞きたくない~!!」
私たちが椅子に座ると、ジェミがレアの手元に目を留めた。
「……指輪も買ったのか?」
「んふふ♪ でも、れなちんとのお揃いは、ウチが作ることにした!」
レアはそう言って、ソラリスへ身を乗り出した。
「ソラっち。指輪にできそうな金属、持ってへん?」
「あるっすよ!!」
ジェミが顔を上げる。たつろーさんも、ソラリスの手元を見た。
「これとか、どうっすか?」
テーブルに、小さな金属の塊が置かれた。
淡い銀色のものと、角度によって青く光るもの。
「わぁ、きれい!」
「こっちにもあるっす! え~っとぉ……」
三つ目が、ころん、と転がった。
……もぞっ。
椅子ごと後退した私の横で、レアがソラリスの手を押し戻した。
「素材の相談や! 生き物は頼んでへん!!」
「出すなと言っただろうがぁぁ!!」
「出してないっす! 勝手に出てきたっす!」
「お前が取り出したんだろうが!!」
たつろーさんが、無言でチャックを閉めた。
ロンが、その上から指先を添える。
「今後、チャックを開ける前に、私へお声がけください」
「ワタシのお腹っすよ!?」
「では、ご自分でダンゴムシを数えて、管理できますか?」
ソラリスは、少し考えた。
「……ロン、よろしくお願いするっす」
「素直でよろしい」
ククク、と笑うロンに、ソラリスが小さく尋ねる。
「……ロン、怒ってるっす?」
「いいえ? 帰ったら、一度、中を全部見せていただきますね」
「……全部っすか?」
ジェミが、コーヒーを置いた。
「地下のラボに、五重くらいに結界を張れよ」
「……五重で足りるかのう」
「床と天井も囲め。壁だけでは意味がない」
「承知いたしました」
レアの指輪の相談が、いつの間にか、地下施設の防災会議になっていた。




