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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第140話:黙示録 ―天界へ丸投げ―


 私は買った袋を足元へまとめ、レアを見た。


「あ、本屋さんだけ、最後に行きたい!」


「ウチも行く~♪」



 ここに座っていても、話の内容は虫の大きさと結界の枚数しか増えそうにない。

ソラリスのお腹はロンたちに任せ、私たちは再び席を立った。



 本屋さんでは、水族館の生き物が載った本を見つけた。

レアが隣から覗き込み、イルカの写真を指差す。



「明日、この子らに会えるんやなぁ?」


「うん。買った服、どっち着ていく?」


「それ、まだ迷ってるねん~。どっちがいいかなぁ?」


「イルカたちも、水の中から、見学に来た人間たちを見てるんよ?」


「え!! マジでっ!? すごいな! アイツら!!」


「あはは、ほんとにね! あとで翠にも、色々教えてもらおっか!」


「うんうん! そうしよ! ダンゴムシ食べるのかとか!!」



 ふたりはまた、顔を見合わせてクスクス笑った。


 楽しそうに悩むレアと、ページをめくる。

お揃いの時計をつけた手首が、並んで動いた。


 気になる本を何冊か買って戻ると、テーブルでは、まだ会議が続いていた。



「……もうお前、いっそ宇宙船で、全部出してこい」


「宇宙船、月の裏に墜落したままっす……」


「今すぐ直せんのか!?」


 たつろーさんの問いに、ロンが顎へ指を添える。


「ああ。行くだけでしたら、できるかもしれませんよ」


「なに?」


「魔界経由で、月の裏へ行けた覚えが……」


 ジェミとたつろーさんが、揃ってロンを見た。


「……はぁ!? どういうことだ!?」



 私も、足を止めた。

私たちがイルカを見ている間に、こちらの話の行き先は、月になっていたらしい。



「ロン! ワタシの船、直ったら、お茶飲みに来るっす♪」


「それは楽しみですね。ククク」


「まず、修理が先だろうが!」



 私はレアと顔を見合わせ、席に戻った。

ソラリスが、私の買った本を覗き込む。



「お! イルカっす! 明日、ダンゴムシ持ってくっすか?」


「お前の持っているダンゴムシを食わせたら、喉に詰まるだろうが!」


「じゃあ、先に翠に試してみるっす!」


「……翠に、何を食べさせるって?」



 私が尋ねると、ソラリスは黙って、自分のチャックを押さえた。

ジェミとたつろーさんが、ようやくコーヒーを飲む。



「じゃあ、魔界でお腹の中のお掃除するっす……」


 しょんぼりしたソラリスに、ロンが優しく微笑んだ。


「ええ。私がお供いたします」


「……ロンも来るっすか?」


「もちろん。お腹の管理を、お任せいただきましたので」



 私はレアの紙袋から覗く服を、そっと中へ戻した。


 明日は、これを着て水族館へ行く。

その前に、ソラリスのお腹を、何とかしてもらわなければならない。

服と靴と、お揃いの小物。レアの初めてのお買い物は、大成功だった。


 ……ダンゴムシさえ、出てこなければ。




 帰宅すると、私とレアは、買ってきた袋を抱えて、先に部屋へ上がろうとした。

その間に、ロンたちは、ソラリスのお腹をどうするか、最後の相談をするらしい。



「ロン。魔界なら、宇宙線の影響は大丈夫なの?」


 階段へ向かう前に尋ねると、ロンは、いつもの涼しい顔で微笑んだ。


「場所によりますね。ですので、できれば月の裏まで通り抜けようかと」


「あ? ほんじゃ、魔界で出すんとちゃうんや?」


 レアも階下を覗き込んで尋ねている。


「汚染されて巨大化したダンゴムシを放したら、私が叱られますので」


「……ロンでも、叱られるんや」


「ええ。たいへん不本意ながら」


 その隣で、ソラリスが、お腹のチャックを押さえている。


「月まで行ったら、ワタシの船も直すっすか?」


「まずは、通れるか確認いたしましょう」


「通れなかったら?」


「最悪の場合は、天界のあのお方のところへでもお持ちして、丸投げいたしましょう」



 たつろーさんが、ぴたりと動きを止めた。


「……おぬし、ワシの名前は出すなよ」


「かしこまりました」


「俺の名前もだ」


「ええ。ソラリスのお腹から出たものですので」


「……ワタシの名前は、出るっすか?」


「もちろんです」


 そこは、正確に報告するらしい。私は、レアと顔を見合わせた。


「……じゃあ、よろしくね。ロン」


「お任せください。お嬢様」


 いつも通りの、頼もしい返事だった。

ただ、今回は、その頼もしさを、天界の誰かが引き受けることになるのかもしれない。




――――



 白く輝く石畳の上へ、ふたつの影が落ちた。


 片方は、黒い執事服を隙なく着こなした悪魔。

もう片方は、自分の腹を両手で押さえた、小さな宇宙人である。



「おお! ここ、ピカピカっすね!」


「ええ。美しいですね。でも、チャックは、まだ開けないでください」


「はぁいっす♪」



 ロンが袖口を整える、その前へ、鋭い光が走った。


「――止まれ」


 白銀の剣を構えた大天使ミカエルが、ふたりの行く手を塞ぐ。

その目は、すでに不愉快そうに細められていた。



「悪魔。何をしに来た」


「少々、ご相談したきことがございまして」


「――ならぬ。帰れ」


「まだ、用件を申し上げておりませんが……」


「聞く前から、嫌な予感しかしない!!」


 ロンは、わずかに首を傾けた。

その隣で、ソラリスが、ぱっと顔を上げる。



「ダンゴムシ、何匹ほしいっすか?」


「だ、ダンゴムシっ!? そんなもの、一匹も要らん!!」


「では、どなたか、お話の通じる方へお取り次ぎいただけますか」


「――貴様……!」



 剣先が、ロンの胸元へ向いた。ロンの笑みが、ふっと消える。

細められていた目が開き、その奥の色が、真正面からミカエルを捉えた。


 ミカエルの手が止まった。白銀の剣がワナワナと震え、ほんの少し下がる。


「……い、イエスさまぁぁぁ!!」


 呼び声が、白い回廊へ響き渡った。

ロンは、もう、いつもの笑顔へ戻っている。



「ありがとう存じます。これで、少しは、話が早くなりそうですね。ククク」


「もっと偉い人が、お片づけ手伝ってくれるっすか?」


「そのようですね、そうなるとたいへん助かりますね」



 小さな天使達が花びらを撒き散らし、かしずく天使達に付き添われて、光り輝く人が現れた。


「おやおや。ずいぶん賑やかだね」


 穏やかな声とともに、イエスが姿を現した。

ミカエルが、すかさず駆け寄る。


「イエスさま! この悪魔が、変な生き物を大量に持ち込んで……!」


「まだ、外へは出しておりません。ご相談に伺っただけです」


「大丈夫! まだ全部、ワタシのお腹っす♪」



 イエスの視線が、ソラリスの腹へ降りた。

両手で押さえられた、一本のチャック。


「……なるほど。それは、開けずに話せるかな?」


「え~!? 見なくていいっすか?」


「うん。まずは、君の説明を聞かせてもらおうか」


 にこやかに頷きながら、イエスはチャックから目を離さなかった。


 ロンが、一歩前へ出る。


「地球で捕まえたダンゴムシを、こちらの腹へ入れていたのですが、内部に保管されている物質の影響で、巨大化しておりまして」


「どのくらい?」


「先ほど確認した時点では、ゲンコツ大ほどでした」


「いっぱい、いるっす!」


「……いっぱい」



 イエスは、笑顔のまま、その言葉を繰り返した。


 ――人間界で、それが一斉に放たれたら。


 そんな光景が、一瞬、頭をよぎる。

黙示録に、この宇宙人のお腹についての記載は、なかったはずだ。



「ご存知の通り、人間界では、保管が難しいものですから」


 ロンが、丁寧に付け加えた。イエスは、彼の顔を見る。

悪魔の執事は、たいへん困っているような顔を、実に上手にしていた。



「……これは、父上にお伝えした方が良さそうだね」


「では、お取り次ぎいただけますか」


「ミカエル。父上へ、この件を」


「はっ!」


 ミカエルが、すぐさま踵を返す。

ソラリスも、何かを思いついたように、チャックへ手を掛けた。


「待ってる間に、数えるっすか?」


「いや、いいよ、そのままで。出さないでおこうか」



 笑顔のイエスに、手首を、そっと止められた。

その時、豊潤な百合の香りとともに、ひとりの女性が現れる。



「あら。執事の悪魔さん?」


 柔らかな声が、庭の方から届いた。

聖母マリアが、花の咲く小道を歩いてくる。


「今日は、れなちゃんは一緒じゃないの?」


 ロンが、恭しく頭を下げた。


「はい。聖母さま。本日、お嬢様は、新たに家族となられましたレアさまとのお買い物から戻られたところでございます」


「まあ。それはよかったわ。あの子も、少しのんびりできるのね」


 嬉しそうに微笑んでから、マリアは、ソラリスへ目を向けた。


「小さいあなたも、お買い物してきたの?」


「はぁいっす! ダンゴムシもいるっす! 見るっすか?」


「母上の前で、そのチャックを開けてはいけないよ!」



 イエスの声に、ソラリスの手が止まる。

マリアが、きょとんと首を傾げた。



「あらあら?」


「母上。今、その件で、父上と少し相談をしておりまして……」


「そうなの? ダンゴムシが、どうしたの?」


「ワタシが昨日、捕まえたっす。いっぱいいるっす」



 マリアは、ソラリスの前へ屈んだ。

腹ではなく、その頭へ、優しく手を置く。


「生きとし生けるものは、みんな、大切な命を持っているのですよ。

むやみに捕まえて、お腹へしまってはいけません」


「……はぁいっす」


 ソラリスが、しゅんと肩を落とした。


「勝手に連れてきて、ごめんなさいっす」


「わかってくれたなら、いいのですよ。

では、その子たちも、おうちへ帰してあげましょうね」



 イエスとロンが、同時に顔を上げた。

マリアは、にこにこしている。



「たくさんいるのなら、天界のお庭で、少し遊ばせてあげてもよいではありませんか」


「は……母上。その件は、父上に相談してから……」


「まあ。ダンゴムシのお散歩にまで、お父様の許可がいるの?」


「ここなら、みんな、でっかくなっても平気っすね♪」



 イエスの手が、チャックを押さえた。

 ロンの手が、ソラリスの口を押さえた。



「むぐぐっ!?」


「母上。この子たちは適切な場所へ、私たちが送り届けます」


「ええ。聖母様、どうぞ、ご心配なく」


 マリアは、嬉しそうに、ふたりを見比べた。


「まあ。あなたたち、仲がよいのですね」


 イエスが、ロンへ顔を寄せる。


「悪魔。一時休戦です。これは、緊急事態です」


「ええ。了解いたしました。お父上へのお取り次ぎは、まだなのですか」


「ミカエル! 父上は、まだかなーっ!?」



 ちょうど戻ってきたミカエルが、足を止めた。その顔が、少し引きつっている。


「……処置は、息子に任せた、と仰せです」


「「な、なんだってーっ!?」」



 ソラリスが、ふたりの手の間で、びくっと跳ねた。

 マリアだけが、穏やかに頷いている。



「まあ。お父様も、あなたを信頼していらっしゃるのね」


「……ええ、母上。たいへん光栄です」



 イエスの手に、少しだけ力が入った。

ようやく口を解放されたソラリスが、ぽつりと言った。


「未知の放射能汚染まみれなら、もう太陽でよくないっすか?」


 イエスとロンの目が合った。


「太陽に関わる件なら、アポロン殿に――」


「素戔嗚尊様へお取り次ぎいただけば、天照大御神様にも――」


「あ。でも、いまさっき、マリアさまに、いのちだいじにって言われたっす」


 ふたりの言葉が、同時に止まった。


「ダンゴムシも、だいじっすよね?」


「…………」


「ふたりとも偉いんすから、なんとかなるっすよね♪」



 ソラリスは、にぱっと笑った。

ロンが、静かにイエスを見る。イエスも、静かにロンを見る。


 この瞬間、ふたりは、相手の考えていることが、よくわかった。



「父上でも、少し手に余るかもしれないね」


「はい。ここはひとつ、他の神々にもお知恵を拝借しましょう」


「ハルマゲドンだけに、丸投げドン! ってことだね?」


「……ゴホン……」


「……ま、まずはゼウス殿に繋いでギリシャ神界に話を――」


「いえ、素戔嗚尊様にお伝えして、日本神界へ――」




 ――その頃

ギリシャはデルフォイのパルナッソス山斜面にある神殿で、アポロンがくしゃみをした。


「おや? どこかのレディが、僕のことを恋しがっているんだろうか。

ああ、愛しい人よ、君は今どこに~♪」


 自慢の竪琴をかき鳴らす。



 一方、日本は京都の八坂神社では、素戔嗚尊が訳のわからない悪寒に襲われていた。


「な、なんじゃ、この鳥肌はっ!?

また、れなたちに何かよからぬことが起きておるのか!? ……まさかな?」


 龍神たつろー不在の東山を見上げる。


「まぁ、たつろーが一緒じゃから、大したことではなかろう」




 国は違えども、偉大なる二柱の神は、偶然にも同じ時刻に同じ様に空を見上げていた。





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