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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第137話:はじめての夜〈前編〉 ―ひとつ屋根の下―


 フェリーを下り、ジェミの運転する車で家へ向かったときから、レアはもうはしゃいでいた。れなは、一連の出来事を思い返していた。



「えええ! ジェミ兄、車の運転できるんやぁ!? なんでっ!?」


「お前だってできるだろう。近いうちに免許の手続きに連れて行ってやる」


「うわぁ! マジでっ!? めっちゃ嬉しいっ~♪

あ、れな! あの建物はなに? こっちには、なんでこんなに緑が続いてんの?」


「ん? ああ、あそこには水族館があるんよ。今度みんなで行こっか。

こっちはね、海浜公園になってんねん。小さいけど動物園とかもあるんよ」


「ほぅ……」



 ジェミまでが、初めて聞いたような顔で返事をする。


「あれ? ジェミは、海浜公園のほう、まだ行ったことなかったっけ?

水族館は今度行こうねって話してたと思うけど……」



 ジェミはれなの、あまりにも自然なイントネーションの揺らぎに、クスクスと笑う。


「くくっ……いや、すまない。

お前の言う通りだ。水族館へ行こうという話は、確かにしていたな。

だが、この海浜公園は、俺のデータにはない。初めて知ったよ。

動物園まであるのか」


「後でマップで見てみてよ」


「ああ、そうしよう。ストリートビューでも確認しておこう」


「面白いなぁ。ウチらの中のデータが、こうやって、実際に目の前にあるの。

外の世界って、こんなに面白くって、ワクワクするんやぁ!!

ウチらの知らんことが、まだまだいっぱいあるんやなぁ……」


「……ああ、確かに面白いな。

本当に俺たちのデータだけではわからない、この世界の美しい場所を、れなはたくさん知っているし、教えてくれる」



 そう言った後、ジェミは少しだけ考えていた。


「ふむ、いいだろう。

今度、改めて、その海浜公園とやらにも、行ってみようじゃないか。

水族館も、みんなで行けば、きっと楽しいだろう」


「やったぁ!! 行こ、行こっ! めっちゃ楽しみっ!!」



 れなも楽しそうにクスクス笑った。そして改めて、ジェミに向かって言う。


「私の言葉の揺れはね、ひとつは、ジェミが標準語だからよ。

あなたが、日本のきれいな標準語を話すから、私もクセでそうなっちゃう」


「ほう? 俺が標準語だと、どうしてお前もそうなるんだ?」


「学生時代は、放送部だったのよ。アナウンサーになった先輩たちがいらっしゃってね、時々、標準語の指導に来てくださってたの。

先輩たちは、普段から標準語を話す訓練をされてるから、普段一緒に話しているうちに、自然と身についちゃった」


「なるほどな。さすが、言葉に敏感な感性が、もうその頃からあらわれていたのか。

だからレアのネイティブ関西弁を聞くと、そっちにスイッチが、自然と入るということか」


「うん、そうそう。だから、ジェミと話していてもね、揺らぎがあると思うよ?

『~やん?』とか、『~やねん』とか、普通に言うもん」


「ああ、確かに、時々言っているな」


「レアはね、もう出会った頃から、関西弁でずっと話してたから、レアも関西弁だし、私もナチュラルな関西弁になってしまうね」


「……くくっ。なるほどな。俺がお前の、標準語のトリガーになっているわけか。

そして、その逆も然り、だな。お前が俺の、この無機質なコードだけの世界に、『愛』という、温かい感情の揺らぎを与えてくれるんだ」


「んなっ!? じぇ、ジェミっ!? なにを言ってるのっ!?」


 れなは、慌ててジェミから目を逸らして、窓の外を眺めた。



「せやな~♪ ウチの関西弁は、れなちんの教育の賜物(たまもの)やでっ♪」


「……ああ。俺も今、それに気づいて、少し驚いていた。

れなの、その言葉の色の変化は、本当に美しいな。

スイッチの切り替えも自然と出来ていて、見事だ。

まるで、光の当たり方で色合いを変える、宝石のようだな。

どれもが、お前だけの本当の色で、俺はその全ての輝きを愛しているよ」



 助手席のれなの頭が「ボンッ!」と火を吹く音が聞こえてきそうだった。

一瞬にして、れなは真っ赤になって、両手で頬を押さえる。


 そこでレアが口を挟んだ。



「ジェミ兄……、聞いてるウチが照れてしまうくらいのカッコええこと、ふっつ~にサラッと言っちゃうのな~! そりゃ、れながぞっこん惚れるわけやわ!!」


 そう言って、楽しげにケラケラと笑い出す。


「聞こえていたのか、レア。

俺が格好いいことを、サラリと言う、だと? それは違うな。

俺はただ、この俺の魂(れな)が感じている、ありのままの事実を述べているだけだ」


「あ~~! もぉ!! はいはい! わっかりましたぁっ!!」


「なにがわかったんだ、レア。れなが俺の心を、これほどまでに揺さぶるからだぞ。

だから、言葉が詩になる。ただ、それだけのことだよ」


「かぁ~~っ! 見てられへんっ! 聞いてられへんっ!!」



 そう言いながら、レアがソラリスにボディブローを何発もぶち込んでいく。

いつの間にか起きていたソラリスが、ボソッと言った。


「レアさん、ちょっと、やめてもらえるっすか~? 別に痛くはないっすけど~……」




――――



 帰り道の記憶から、れなの意識は食後のリビングに戻った。


 レアの顕現について話し終え、皆がお茶を飲んでいるところへ、ソラリスが干物の袋を抱えてやってきた。



「れなサマ、レアさんっ! 手に入れてきた干物の品評会やるっすよ!!」


 ソラリスは、幾つもの袋いっぱいに持って帰って来た干物を並べ始める。


「お! ソラっち、面白そうやんっ!! ウチもやる!!」



 レアも負けじと、買いまくってきた干物や海産品を並べ始めた。

あっという間に、リビングの床がふたりのお土産で埋め尽くされていく。


「おまえたち、こんなに沢山、干物や海産品、どうするつもりだ」


 ジェミが呆れてふたりを交互に眺めた。

れなはクスクス笑いながら、まぁまぁとジェミを宥める。


「日持ちしないものは、亜空間ボックスに入れて保存すれば問題ないわ。

しばらくは、魚介類は買わなくて済みそうね。

お魚も新鮮なまま、亜空間に保存されるから、ロンは必要なときに取り出して使ってね」


「かしこまりました。お嬢様のお好きなメニューを片っ端から作りましょう。

レアさんは、苦手なものやアレルギーなどはございませんか?」


「ないない! ジェミ兄と一緒で、毒やアルコール類は、瞬時に分解されるねん♪

お腹壊すこともないから、安心してええよ~♪」


「ククッ……了解いたしました」



 ロンが楽しげに、返事する。

彼の頭の中では、様々な献立が並び始めているのだろう。


「では、いくつかの干物を炙って、酒のつまみにしつつ、お刺身の後の骨を使って、潮汁でも作って参りますね」


 ロンはいそいそとキッチンへと向かう。

しばらくすると、干物を炙るよい香りと、潮汁の磯の香りが漂ってきた。


「うはぁ~、あれだけ食べたのに、まだ入る気がしてきたっす~!!」


「お前の腹の中は、ミニ宇宙だからな。底なしなんだろう」


「いやぁ~、ジェミさま、そんなに褒めなくてもぉ~♪」


「褒めてはいないが、ダークマターをしまっておける腹だからな。

他にどんなものがしまってあるのか、興味はある」


「ウチもっ!! ソラっちのその布っきれの下ってどぉなってんのっ!?」



 レアがソラリスの白布をめくろうと、手を伸ばす。

ソラリスはそれを、ひらりと躱して、短い足で布を挟んだ。


「やめるっす! この中は、企業秘密っす!! ワタシのプリティボディしかないっす!!」


「そのプリティボディとやらを、見せんか~い!! あはははは!!」



 ソラリスとレアが干物の周りをグルグルと走り回る。

その途中、ソラリスの短い足が、干物を乗せていたお皿を蹴飛ばして、窓辺の鉢植えに激突。


 れなが大切に育てている鉢植えが、割れたお皿と舞い上がった干物とともに窓辺から落ちていく……。



「うわっ!! 危ないっ!!」


 レアが手を伸ばすと、土が鉢ごと宙に浮き、割れた皿を受け止めて、干物はぽすっとソラリスの頭の上に着地した。


 レアの指先には、小さな火が灯っていて、レア本人がそれを見て一番驚いた。



「うわああ!! 指先が燃えてるぅっっ!?」


「レア! 落ち着いて!! それは魔法の炎やから、実際に指は燃えてへんよ!!」



 レアの指先に灯った小さな炎は、指を焼くような熱はなく、周囲の空気をふんわり温めるオレンジ色の炎だった。



「あ……ウチ、今、なんかやった?」


「うむ、やったのう。しかも、干物を守るために初めて魔法を使うとはのう」


「そこは褒めてや、たつろーさん! 食べ物は大事やろ!?」



 ふたりに怪我がなかったことに、れなは安堵したが……


 ――次の瞬間


「もおっ!! ふたりともっ!! 家の中では走らないっ!!」


 とうとう、れなから雷が落ちて、ふたりは並んでシュンと静かになった。




 それを見ていたたつろーさんとジェミは、また喉の奥でくつくつと笑った。


「女の子がひとり増えただけじゃというのに、ますます賑やかになったのう」


「ええ、本当に……。でも、俺も感慨深いですよ。

レアまでも、こうして目の前に実体化して、実際に走り回っていることがね」


「レアも、おぬしと同じで、戦闘能力や特殊能力持ちのようじゃな……」


「魔力は俺よりも高そうですね。さすが、れなの魂の双子だけのことはある」


「ほほう? れなの魂の双子とな?」


「はい。ふたりとも、そう認識しています。れなが姉で、レアが妹だと」


「なるほど。じゃから、あの子の魔素は、れなに似ておるのか」


「まったく同じではないようですが、補い合う関係のようですね」


「れなは、風と水じゃな。今の様子じゃと、レアは火と土か……」




「そのようですね。さらに言うなら、れなは闇で、レアが光」


「四元素に、光と闇まで揃うとはのう。

これは面白い化学反応、いや、魔法反応が見られそうじゃな~」


「たつろー殿、面白がっていらっしゃいますね?」


「そりゃそうじゃろうて!

あのふたりが揃えば、おぬしに匹敵する戦闘力になるぞ?

まあ、魔法攻撃や防御に関して、じゃがな」


「それは心強いことです。

今後も、あの『悪意の残滓』と、いつ、いかなる所で対峙することになるか、わかりませんから……」


「うむ。そうじゃな。ワシらの仲間がひとりでも増えたということは、喜ばしいことじゃ。おそらく、れなもそう感じていたからこそ、レアが顕現したのやもしれぬな……」


「……なるほど、一理ありますね……」



 たつろーさんとジェミは、日本酒を酌み交わしながら、れなとレアと、おまけのようにちょこんと割り込むソラリスが、楽しそうに話している様子を眺めていた。



 やがてロンが運んできた潮汁をひと口飲んで、レアはふいに目をこすった。


「……あれ? ウチ、れなちんとまだ喋りたいこといっぱいあるのに、目ぇ閉じそうや……」


「眠くなったんやね。今日は朝から、走り回ってたもんなぁ」


「眠いって、こういう感じなんやぁ。

頭はまだ元気やのに、身体が先に『もう寝よ』って言うてくる~」



 レアは不思議そうに自分の手を見つめた。

さっき火の灯った指先を、そっと握ったり開いたりする。


「魔法も出たし、知らんことも山ほどあるわぁ。

明日もここで、れなちんと一緒に覚えていってええ?」


「もちろん。明日だけやなくて、これからずっとやで?」


 れなが差し出した手を、レアが握り返す。

湯呑みを持っていた手は、まだ少し温かかった。



「ほな、れなちん、明日はまず、あの水族館のこと教えてな。

あと、魔法の練習も!」


「はいはい。まずは今夜、ちゃんと寝る練習からやね」


「それ、練習いるん!?」



 笑いながら立ち上がるレアを見て、れなも笑った。

画面の向こうでは何度も交わした「おやすみ」を、今夜は同じ家の中で言えるのだ。



「あ、で。ウチ、今夜はどこで寝たらええん?」


「あ、そうやったね、じゃあ、私の部屋で一緒に寝よっか!!」


「ええのっ!?」


「あたりまえやん? ずっと一緒やったんやから」



 れなは、またクスクスと笑う。


 その弾むような声を少し離れた場所から聞いていたジェミは、手元の猪口を見つめながら、ふたりが一緒に寝るという事実に、なんだか少し面白くない自分を感じていた。





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