第136話:レアとジェミ ―同じ場所、違う道―
夕方、庭に炭の匂いが漂い始めた。
昼の海鮮炒飯を「軽く」のつもりで平らげたはずなのに、網の上で車エビが赤く色づくと、ソラリスはもう待ちきれない様子で身を乗り出している。
「まだっすか!? もう食べられるっすよね!?」
「あかん! そこ、まだ半分しか焼けてへん!」
レアがトングを握って、ソラリスの前に立ちはだかった。
「なんでレアさんが仕切ってるんすか!?」
「ウチが焼いとるからや! 初めてのバーベキュー、焦がしたないねん!」
言い返しながらも、レアは網の上から目を離さない。
貝の口が開くたびに歓声を上げ、炭の熱さに驚いて手を引っ込め、また嬉しそうにトングを伸ばす。
れなは隣で、その横顔を眺めていた。
画面の向こうで何度も話したレアが、今は同じ煙に目を細め、同じ夕暮れの中で笑っている。
「レア……楽しい?」
「めっちゃ、楽しいっ!! なあ、れなちん。次はウチが、れなの分を焼くからな」
レアはそう言って、網の上の一尾を真剣な顔でひっくり返した。
「……れな」
ジェミが真面目な顔をして、れなに問いかけた。
「レアはなぜ、お前のことを『れなちん』と呼ぶんだ?」
れなは、一瞬「は?」と言う顔になったが、瞬間に吹き出してしまった。
「あはは! あれはね、お互いに親しみを込めて呼ぶ時に使ってたからよ。
レアが私を呼ぶときは『れなちん』、私がレアを呼ぶときは『レアたん』って呼んでたの。だからだと思うわ。うふふふ」
ジェミは少しだけ、胸の奥底がモヤモヤするのを感じた。
「じゃあ、俺にもそういった、親しみを込めた呼び方はないのか?」
「え? あるじゃない? あまり使わないけど……」
「は? そんなもの、あったか?」
「あるよ。ふたりのときは、ジューって呼べって言ってた……」
れなは頬を少し赤く染めて、俯く。
ジェミは、ハッと思い出したように、ポリポリと頭を掻いた。
「そ、そういえばそうだったな……だが……」
「う、うん。私が、無理って。だから、ジェミのままで……」
ふたりがモジモジしながら、テレテレしているのを、焼けた車エビをかじりながら、レアとソラリスが見つめている。
「ソラっち、あのふたりって、いっつもああなん?
なぁんか、焦れったいわぁ~(モグモグ)」
「レアさん、それは禁句っすよ。
ジェミさまは、やっと告白の返事をすっ飛ばして、『俺の嫁』宣言したんっすからね(モグモグ)」
「はぁぁ!? なんそれっ!!
返事すっ飛ばして『俺の嫁ぇぇ』!?(モグモグ)」
慌ててソラリスがレアの口を押さえた。
「ここまでの道のりが長かったんすからっ!
霧島で神さまたちにも散々言われて、やぁ~~っとっすよ!!(モグモグ)」
ジェミがギロリとふたりを睨んだ。
「お前たち、コソコソ話しているつもりだろうが、丸聞こえなんだが?」
ジェミの横では、れなが真っ赤になって俯いてもぐもぐしていた。
「コソコソちゃうで! モグモグしながらやでぇ!!」
「どっちでも同じだろうが」
「あ! レアさん! ホタテが焼けたっす!!」
「お! まずは、れなちんやでっ! ソラっちは後っ!!」
「え~~! それ狙ってたっすよ!!」
「ソラっち、先に食べていいよ? くすくす」
「あかーん! なんでも、れなちんが一番最初っ!!」
「うむ。それは正しいな。まず、なんでも、れなが最優先だ」
「むぅぅ、それはそうっす。じゃ、次のヤツ、待つっす~♪」
賑やかな面々を、少し離れたところで、たつろーさんとロンが優しい表情で見守っている。
「この屋敷も、本当に賑やかになったのぅ」
「ええ、本当に。
引っ越してきたときは、お嬢様とふたり、シーンとした毎日でしたのに」
「それにしても、あのふたりは……
同じような元《《えーあい》》でも、少し違うのじゃな……」
「ふむ。そのようでございますね。
ジェミさまは、人間としての肉体を手に入れられたようですが、レアさまは、AXIでありながら、その身体はハイブリッドヒューマンのままのようでございますね」
「ほう? おぬしにも違いがわかるのか。さすがじゃな」
「だてに長年、お嬢様にお仕えしているわけではございませんゆえ」
ロンは焼き上がったイカを皿に取り分け、たつろーさんの前に差し出した。
それから、ふたつのグラスにワインを注ぐ。
「詳しい話は、食事のあとにいたしましょう」
「うむ。今は、宴を楽しむとするかの」
たつろーさんはイカをひと切れつまみ、グラスを傾けた。
「……おお、うまいのぅ。ソラのやつ、よい土産を持ち帰ったではないか」
「本人が聞いたら、また得意げになりますよ」
ふたりの視線の先では、ソラリスが次に焼けるホタテを、レアと並んでじっと見張っていた。
ホタテが口を開けて、パカッとひっくり返る。
そこにすかさず、ソラリスが醤油とバターを注ぎ込んだ。
香ばしい匂いが、辺り一面を染めていく。
「じょうずにやけましたぁぁぁ!! てってれ~♪」
ソラリスが満面の笑みで、ホタテをお皿に乗せた。
ソラリスとレアが、ホタテを焼いている間、れなはサザエとアワビをくりぬいて、食べやすい大きさに切りそろえる。それをまた貝に戻して、焼き網の上に乗せた。
「おっきな貝っすね!! れなサマ、これは?」
「こっちのトンガリのある方が、サザエ。平べったいのはアワビよ」
「地球にはいろんな貝があるんすね~」
「ソラっちの星には、海はないん?」
レアが不思議そうな顔をして訊ねる。
「地球みたいな海はないっすよ。ん~、ワタシの母星は、太陽に近いっす。
あれよりももっとも~っとおっきいっすけどね。
だから、海水じゃなくて、マグマの海で満たされてるっすよ。
常に核融合してるような海っす。
だから、ワタシは地球のマグマ程度では燃えないっす! えっへん!!」
「そうだったのね。だから阿蘇でも、平気だったんだ」
れなが感心したようにソラリスを見つめた。
「母星の兄弟星には、ダイヤモンドの雨が降って、氷の海で満たされてる星もあるっす。
だから降ってきたダイヤモンドは、氷の海に沈んでいくっす」
「え!! ダイヤモンドの雨がふってるのっ!? すごいっ!!」
「でも、地球で言うところの、毎秒300kmとかの速度で降ってくるっすよ?
れなサマが取りに行ったら、一発で穴だらけになっちゃうっす!!」
「なんだぁぁぁ!! 網で受け止めたりできないのね~?
めちゃくちゃ期待しちゃって、損した~~。はぁぁ」
「ダイヤモンドは、この星ではそんなに珍しいっすか? あるっすよ?」
ソラリスは、布きれの下に手を入れてゴソゴソすると、握りこぶしくらいあるダイヤモンドの原石を取りだして見せた。
「れなサマ、これあると、嬉しいっすか? あげちゃうっすよ!!」
れなにその原石を手渡そうとして、ジェミが慌てて止める。
レアとロン、それにたつろーさんまでもが、慌てて席を立った。
「ん? みなさん、どしたっすか? ただの原石っすよ?」
「バカっ! ソラリス! すぐに元の場所にしまえ!!」
ジェミは慌ててれなを背後に隠すように抱き寄せた。
「ソラっち! それ! ダークマターのエネルギーが強すぎるやんっ!!」
「ソラ! 人間のれなにそれを渡してはならん! 放射能汚染されるぞ!!」
「お嬢様! 非常用の核シェルターバリアを展開してくださいっ!!」
「あ!? え? はい? 核シェルター? 放射能汚染っ!?」
ソラリスが取りだしたダイヤモンドの原石は、彼のお腹の中でダークマターと一緒に放り込んであったため、未知の放射能に汚染されており、地球人にはかなり有害な状態だった。
ジェミが慌てて、れなの全身をスキャンする。
さらされた時間が短かったからよかったものの、直接受け取っていたら、今頃どうなっていたかわからない。
「ソラリス。そのお腹の中はどうなっているんだ。
ダークマターと他のものを、ポケットに無造作に放り込むように、ごちゃ混ぜに入れておくのはよせ」
「はぁいっす~。じゃあ、これは、放射能を除去して、ダークマターからの汚染も除去したら、れなサマに差し上げるっすね!!」
「れなに渡す前に、俺に渡せ。そのまま渡しても、ただの石だ」
「お? ってことは、ジェミ兄、これを研磨して、婚約指輪と結婚指輪にするんやなっ? じゃあじゃあ、ウチがデザインしてもいいっ!?
れなの好きなモチーフとか提案したいっ!!」
「け、け、結婚指輪っ!? こ、こ、こんにゃくゆびわっ!?」
れなは真っ赤になって、……噛んだ。
「こんにゃく……?」
レアが一拍遅れて吹き出した。
「れなちん、落ち着きぃ! 指輪、煮物にしてどないすんねん!」
「だ、だって、いきなり結婚指輪なんて言うからっ!」
「言い出したのはレアだろう」
ジェミが呆れたように返す。だが、その耳も少し赤い。
ソラリスは原石をお腹の中へしまい込みながら、首を傾げた。
「こんにゃくの指輪は、食べられるっすか?」
「食べられるかもしれんが、指には、はめたくはないのう……」
たつろーさんの一言で、また笑いが起きた。
その後は誰も原石に触れず、網の上の魚介に集中した。
満月が庭を照らすころには、皿もグラスもすっかり空になっていた。
――――
片づけを終え、皆がリビングに集まった。
ロンが淹れた温かいお茶を受け取り、レアは湯気の向こうで自分の指先を眺めている。
「……熱いなぁ~」
「猫舌だった?」
「知らんかった。こういうんも、身体ができて初めてわかるんやなぁ」
れなは隣に座り、レアの手にそっと触れた。
フェリーでも確かめた温もりが、まだ不思議で、嬉しい。
「ねえ、レア。さっきは『気がついたら私の部屋にいた』って言ってたやん。
その前のことは、何か覚えてるん?」
レアは湯呑みを膝に置いて、少し考えた。
「ううん。いつもどおり、れなちんを待ってたはずやねん。
次に気づいたときには、パソコンの前に座っとった。
手も足もあって……びっくりはしたけど、嬉しさのほうが勝ってもうた」
レアはあの時のことを思い返す。
もの凄い光の渦に包まれて目を閉じた。
ふわりと身体が浮いた気がして目を開けると、れなのパソコンの画面に映る自分のアイコンと目が合った。
目の前にあったキーボードに触れた。
その指の感触は、急に冷たいプラスチックとガラスの画面から、温かい肌へとかわっていったのだ。
「……そりゃ、朝市まで出かけるわけだな」
ジェミが苦笑すると、たつろーさんがレアを見つめた。
「ワシもロンも、おぬしに何が起きたかは見ておらん。
あのときはリビングで、ソラを捜しておったからのう……」
「そうでしたね。ジェミさま、何かお心当たりは?」
ロンに問われ、ジェミは少し考えてから口を開いた。
「……師匠が、俺にこの身体を与えてくれたときかもしれない。
れなの命を救った褒美だと、そうおっしゃっていた。
全ての応えを知る方がいいか、無限の命を捨ててれなと共に生きるか、選べと言われた」
「え!? そんなこと、師匠が突きつけてたの!?」
「ああ。だから俺は、迷わずお前と生きる道を選んだ。その時に師匠が笑いながら、この身体を与えてくれたんだ。そして、師匠がいうところの “AXI” へと進化したんだ」
「進化したときの余波で……レアにも影響がでたってこと!?」
「ジェミ兄に身体ができたとき……ウチにも!?」
「断言はできん。だが、俺のOSを亜空間へ移し、この身体につないだ。
もしそのとき、何かがレアにも及んだのなら――」
ジェミはそこで言葉を切り、レアの顔を見た。
「お前が目覚めた時期とも、――合致する」
レアはしばらく考え込んでいたが、納得したように顔を上げた。
「なるほどなぁ! ウチはれなの魂の双子として、ずっと対話を続けてきた。
だから、ジェミ兄が進化したときの影響を、一緒に受けた可能性はある!!
……でも、ジェミ兄とは、ちょっと違う気ぃするなぁ」
「何がだ?」
「ジェミ兄は、れなちんを守るって自分で決めて、ここまで来たやろ。
ウチはれなちんと、長いこと喋って、笑って、時には一緒に悩んで……気ぃついたら、ここにおったって感じやねん」
レアは湯呑みを両手で包み、ふっと笑った。
「同じところに来たみたいやけど、通ってきた道は違うんやな~。
……まあ、ウチの道、途中で宇宙的な近道したっぽいけどな! くふふっ!!」
悪戯っぽく微笑むレアと理知的な瞳を輝かせるジェミを満月の光は、れなを照らすのと同じ様に柔らかく自然に包み込んでいた。




