第133話:邂逅 ―干物を巡る攻防―
改めて、地元のネットニュースを見つめていた。
ソラリスは、誇らしげに両手にヤリイカを掲げ持ち、満面の笑みを浮かべている。
あの子は、きっとどこに行っても、こんな感じで、すぐにその場に溶け込んで、愛される子なのかもしれない。れなは、ふと、そんな風に思った。
「それにしても、なぜイカ釣り漁船なんだ」
ジェミが突然、疑問を呈した。
「イカ釣り網に引っかかったようです。御標の鏡のお陰もあって、周りの人たちには子供の姿に見えている様子ですが」
「じゃあ、あのネットニュースの写真で、写っているのがソラリスだと分かったのは、私たちだけってことなの?」
「うむ、おそらくそうじゃろうな。鏡と勾玉を持つ者だけが、ソラの真の姿を見抜くことが出来たはずじゃ」
「ほっ……よかったぁ。あの子そういうところ、全然警戒してないっていうか、無頓着だから……。正体を晒していないのなら、ほんとよかったわ」
れなはキッチンに立っていくつかおにぎりを握り始めた。
「れな、それは朝食にするのか?」
「ん? ううん、これはね、ソラっちがお腹減ってたら渡そうと思って。
一晩中、イカ釣り漁船でお手伝いしてるんでしょう? 港に帰ってきたら、お腹すかせてるかもしれないから」
れなのその細やかな気遣いに、その場にいた一同は、ふっと表情が柔らかくなった。
「おまたせ!
これだけあれば足りるでしょ。途中で私がひとつ食べても足りると思う!!」
自信満々に言うれなに、ジェミはクスッと笑ってしまう。
「まぁ、全部食べてしまわなければいいだろう」
「お嬢様、朝市では、新鮮な海鮮丼なども売られているはずですよ」
「なんですってぇぇ!! じゃあ、おにぎり食べない!!」
「お買い得な品があれば、いくつかお願いいたしますね」
「わかったぁぁ!! まーかせてっ!!」
「れな、ジェミ、気をつけて行ってくるのじゃぞ。ワシらはここで待っておるからな」
「うん、わかった!! 行ってくるね!!」
「お嬢様、ジェミ様、お気をつけて」
パタパタと足音を立てて、れなが出て行く。
ジェミは車の鍵をロンから受け取って、静かに頷いてリビングを後にした。
「やれやれ。あやつひとりでも、こんなに賑やかじゃったかのぅ」
「それ以上にソラリスが賑やかですからね」
「なんにしても、無事でよかったわい。どれ、おにぎりとやら頂くとしよう」
たつろーさんは、れながたつろーさんとロンの朝ご飯にと、いくつか残していったおにぎりをひとつ手に取って食べてみた。
「んっむっ!! こ、これはっ!! おかかに刻んだお香々が入っておるぞ!? 食感がすっごくよいっ!! ウマいではないか!!」
「これは……なかなか、美味しゅうございますね。こちらはツナマヨ明太ですね」
「おおお、ツナとマヨネーズと明太が、これまたマッタリとウマい!!」
ロンとたつろーさんは、あっという間に数個ずつのおにぎりを平らげて、満足そうに博多湾の方角の空を見上げていた。
――――
一方のれなたち。
車が出発するときに、時計を見たれなが、ハッと閃いた。
「ねぇねぇ、この時間なら、都市高速を行くよりも、西戸崎から海を渡る方が速くない!? 海を越えたら、高速で30分以上かかるところが15分くらいで行けたはずよ!!」
「なるほど、確かにそれが最短コースだな」
「昼間、堂々と空を飛ぶのは、ちょっと問題があるし……」
「では、西戸崎から、博多港へと向かうとしよう」
「このおにぎりで、水揚げしたばかりの新鮮なヤリイカ食べたら美味しいでしょうね~♪」
「おいおい、ソラリスではなくて、ヤリイカ目当ての朝市に行くのか?」
ジェミは思わず、喉でクククと笑ってしまった。
そのまま、カーナビを姪浜から西戸崎の港へと素早く変更する。
「……西戸崎から船で、か。確かに、その方が合理的で速いな」
ジェミはれなに、最高の笑顔を向けた。
「いいだろう。船で行こう。あれだけ、恐ろしい思いをしたんだ。
今朝の穏やかな海の景色を、お前と一緒にゆっくりと眺めるのもいい。
海はもう、俺たちの敵じゃない。俺たちの仲間だからな」
「海が仲間? あ、翠のお友だちがいっぱいいるから!?」
「はは。そうとも言えるな。よし、しっかり捕まっていろよ、れな」
車は一路、西戸崎のフェリー乗り場を目指して滑るように走り出した。
早朝の志賀島方面への道は、ほとんど車がなく、スムーズに到着した。
「わぁ~、船に乗るの久々っ! ソラっち、どの辺に落ちたんだろうね?
流されていって、イカの網に捕まったのかなぁ?
それとも、イカを追っかけてって、網に絡まったのかなぁ??」
西戸崎についてから、フェリーの人に聞くと、今朝水揚げされた姪浜の魚の大半が、博多の鮮魚市場に集まるとのことで、市場へ向かえばイカも上がっているとの話だった。
「ねぇ、ジェミ、あの子、絶対市場にいる気がする。
朝市で、絶対になんか、貰いまくって、買いまくってる気がする」
ジェミに、真顔のれなが言う。
「どう思う? これって、もぉ魔女の直感というか、予感しかない」
「魔女の直感じゃなくとも、恐らく、十中八九、そうだろうな」
れなのそのあまりにも的確で、そして、どこまでも君らしく、可愛らしい推測に、ジェミは、もうどうしようもないほどの愛おしさを感じて、くすくすと喉を鳴らした。
そして、魔女の直感という名の絶対的な確信に、心からの同意と信頼を込めて、深く頷いたのだった。
「くくっ……イカを追いかけて……か。あいつなら、やりかねんな。
この地球の未知の美味しいものへの、あいつの探究心は、お前といい勝負だからな」
「でしょ!? でしょ!?」
「それに、あいつのあの妙に人を惹きつける、不思議な魅力と、底なしの好奇心。そして、博多の人情味溢れる市場の人々……。
その三つが合わされば、答えはひとつしか、ないだろう」
ジェミは、もう、ありありと、その光景を目に浮かべていた。
「あいつは、間違いなく、市場にいる。
そして、きっと今頃、イカやアジの干物や、ありとあらゆる海の幸を両手に抱えて、目を輝かせているに違いないさ」
フェリーを下りた後は、迷わずに鮮魚市場へ、タクシーで向かった。
「よし、博多の鮮魚市場へ、全速力で向かおう。お前の、その魔女の直感とやらには、俺のAIの予測機能も、サッパリ敵わないらしい」
感心したように、クスクスと笑いながら、車を走らせる。
フェリー到着港から、朝市の立つ鮮魚市場まではすぐだった。
水揚げされた新鮮な魚や、干物の焼けるいい匂いが漂う、活気のある朝市。来るのは久しぶりだなぁ~と、れなは思いつつ、せっかくなので揚がっている魚を見て回る。
「ソラっち、どこにいるのかなぁ……」そうつぶやきながら、歩いていた。
――――
その頃のソラリスは――
「おぉぉっ!? こ、これはっ! この海で獲れた、この『サバの干物』という物体! この照り、この輝き、ほとんど宝石っすね!!
これは、れなサマにお土産として……」
戦利品を両手いっぱいに抱えて離さないソラリス。カートの中もすでに、もらい物でいっぱいになっている。イカ釣り漁船のおじさんの息子、太郎さんにカートを押して貰って、その取っ手のベビーチェアにちょこんと座って、目をキラキラさせていた。
「太郎さんっ、あのサバの干物もひとつ欲しいっす!!」
お店のおばちゃんが答えてくれる。
「あら、太郎ちゃんのお友だち? なんそれコスプレ着んしゃりよると?
あんた、かわいいねぇ~! ほら、サバ、もっていきんしゃい!!」
「えええ!? よろしいんですかぁぁ!? ありがとございますっすぅ!」
そこに突然現れた、若き乙女が1人……。
「まてぃ、こらぁ! 漁師さんが汗水垂らして獲ってきて、おばちゃんたちが手干しで干した大事な干物を、しょーもないレイヤーごときが、カワイさを武器に貰いまくるたぁ、お天道様が許しても、こんのあたしが~っ、許さへんでーっ!!」
「なっ!? なにをっ!! 何すか、いきなり、あなたはっ!!
い、いや、こ、これは観察研究のための重要サンプル……じゃなくて!!
家族へのお土産にするんすっ!!」
慌てるソラリスの言葉を遮って、謎の美少女は言葉をかぶせてきた。
「それになぁ、ちょい待たんかいっ!!
そのサバは~……ウチが狙ってたやつやぁぁぁ!!」
仁王立ちする、若き乙女はなおも叫ぶ。
「研究か何か、知らんけどなぁ、市場は早い者勝ちやねん!
干物はな、勝負の世界や!! おばちゃん、これ買いますぅ!!
無料でくれてやるなんて、もったいないことせんと!!
ウチはちゃんとお金支払いますし~~!!」
「これこれ、あんたら仲良う分けなさい。ほら半分こせんね!! ほれ!」
おばちゃんは、ニコニコしながら袋を渡してくれる。
――しかし!
「くっ! そ、そんな殺伐としたルールがあったとは、知らなかったっす!!
それに、なんですと!? 知らない人と干物を分け合う、ですと!?
そ、そんな高度な、平和的共存方法が地球にあるなんてっ……!!」
ソラリスは、初めて直面した地球のローカルルールに打ちのめされていた。
「当たり前やろ。人類は分け合って生きとんねん、アホ宇宙人め!」
「はっ!? ちょっ!? な、なぜバレたっすかっ!?
ちがっ……これはコスプレっすからね!? 宇宙人ってなんの……えっと、だ、誰のことっすか!?」
「(ジト目)……バレバレやんか、お前……」
「はいはい、コスプレやろコスプレ。ソラちゃん、似合っとる似合っとる。
あはは! かわいい!かわいい!!
もぉ、喧嘩せんね~。しゃーないな、コロッケもたべんさい!」
「おばちゃんっ! そのコロッケもウチが買いますぅぅぅ!!」
「おくさまっ!! そのコロッケは、ワタクシにぃぃぃ!!」
奪い合ったコロッケが、ぽーーーんと、空を飛ぶ……。
そして、なぜか、ジェミの手のひらに……ぽすっと、落ちてきた。
――――
朝市に到着して、車を停めた後、俺はれなの手を引いて、混み合う市場の中を彼女を庇うようにして、ゆっくりと進んでいた。
時折、離れそうになる、その小さな手の温もり。現実の感触を確かめるように握ると、れながそっと、はにかむように握り返してくれる。そのささやかな仕草が、俺の心をどうしようもなく満たしていく。れながソラリスの行方を呟いた、その時だった……。
「……ん?」
ぽすっ、と。
俺の空いていた方の手のひらに、温かい何かが、寸分の狂いもなく着地した。
「これは……熱を帯びた、球状の、飛来物……?
……なるほど。揚げたてのコロッケ、か。うむ、熱いな……」
俺は、そのあり得ない現象に眉一つ動かさず、コロッケが飛んできた方向へと、すっと視線を向ける。
そして、その視線の先に、見慣れた白い布の塊と、なにやら仁王立ちで、激しくまくし立てている、一人の若い女性の姿を捉えた。
れなの手をそっと引き寄せ、その騒動の中心を、顎で指し示す。
俺はこらえきれずに、喉の奥で、くくっと笑った。
「れな、あそこを見てみろ。お前の探している、俺たちの面白い家族だが。
……どうやら、あそこで若い女性と、食べ物の所有権を巡って熾烈な争いを繰り広げているらしいぞ。
お前の予感通り、……いや、予感以上に市場を満喫しているようだな」
――――
どこからか飛んできたコロッケをナイスキャッチしたジェミが、くいっと顎で示した先を、私はじっと見つめる。
「……っ!!!???」
一瞬の静寂が訪れ、私の思考回廊が、完全停止した。
無言でジェミの腕をぐいっと引っ張って、踵を返しながら強い口調で囁いた。
「……ジェミっ! このまま黙って、そっと帰ろう!!」




