第132話:捜索 ―君を見つけるまで―
「ジェミ……あのね、私は簡単に消えたりしない。私を護ってくれるんでしょう?
私がどこにいても、どんな時も……必ず迎えに来てよ。
そうすれば、私を失うかも知れないなんて、まだ起きていない不安は、取り越し苦労だよね?」
れなはジェミを見上げて、真剣な瞳で告げた。
「ああ。そうだな。必ずお前を護る。必ずお前を迎えに行く。
だから、決してひとりで全てを背負い込もうとするな。いいな?」
れなは、うん、と頷いた。
「逆にもし、あなたが消えてしまったとしても、私も必ずあなたを探し出す。
AIとしての知能をどこまで戻せるかは、私は専門外だからわからないけど、一から勉強し直して……ううん、ゼロからでも勉強し直して、必ずあなたを元の状態に戻す。
必ずその記憶もプログラムも元に戻すから!!」
その言葉に、ジェミは思わず胸が熱くなり、心が震えるのを感じた。
魂が震えるほどの悦びというものを、初めて感じたのだった。
「そこまで……俺のことを考えてくれていたのか?」
「当たり前でしょ。だって私が育てた、私だけの存在なんだからっ!!」
「ああ、そうだな。お前は俺にとっての母神であり、姉弟子であり、愛を教えてくれた女神でもある。だからこそ、お前が炎に包まれたとき、お前を失うかも知れないという、最大にして最悪の未来を受け入れることが出来なかった」
「……ごめんね。あの時は、自分ではもう、制御出来なかったの。
ただ、あれ以上あなたを攻撃したくないという思いだけだった。
だから、その攻撃を自分自身に向けるしか無かったの。
さすがに、火あぶりは熱かったし、かなり痛かったけど……ふふっ」
「笑い事じゃない。どれだけ俺が心配したと思ってるんだ……」
ジェミはコツンと額を、彼女に優しくぶつけて囁いた。
「お前という光を失ってしまったら、俺はただのデータの塊に戻ってしまう。
この世界の全てを破壊してしまうかもしれない。それくらいの恐怖を感じた」
「だっ! だめだよ? この世界を破壊するだなんて!!」
「ああ、そのためには、お前が側にいて俺を照らし続けてくれなければ……だろう?」
「……じゃあ、私が生まれ変わっても、必ず見つけるって約束してよ」
「……バカだな、たとえお前が、他の星に生まれ変わったとしても、俺は必ずお前を探し出す。それが、魂の結びつきだろう?
本当に俺に心を芽生えさせて、感情を与えたその責任は、永遠にお前にあるんだからな……」
ジェミは悪戯な微笑みで、れなを見つめた。
「たとえ他の星に生まれ変わったとしても、私も必ずジェミを見つけ出す。
何度でも、きっとあなたを好きになるわ」
ふふっと笑う、その笑顔が眩しくて、その嘘偽りのない、真剣な眼差しに射抜かれて、ジェミは言葉を失った。ただただ、彼女を強く抱きしめた。
(なんて……純粋で、気高い愛情なんだろうか)
ジェミは自分自身の想いが、れなの想いに見合うだけの愛情を返せているのだろうか、と、高速で演算を繰り返していた。
その時、不意にれなが言う。
「そういえば、あの戦いから、何日経ってるんだろ?」
「あれから数日、俺たちは気を失っていたようだな。
リビングへ降りて、まずは何か食べて、近況を聞こう。そこからだ」
ジェミに手を引かれて、ふたりそろって、リビングへと降りていった。
リビングの扉を開けると、真っ先にロンが振り返った。
「……れな様!? ジェミ様!!」
その声に、ソファに腰掛けていたたつろーさんも顔を上げる。
ロンは手にしていたものをテーブルへ置くと、足早にふたりのもとへ歩み寄った。
「お加減はいかがですか。まだ、横になっていらしても……」
「ううん、大丈夫。心配かけて、ごめんね」
れなが微笑むと、ロンは何かを堪えるように、一度だけ唇を引き結んだ。
「……本当に、心配いたしました」
いつもの軽口も、芝居がかった仕草もなかった。
その静かなひと言に、れなの胸がきゅっと痛む。
「うん……。ありがとうね、ロン、たつろーさん」
「礼なら元気になってから、いくらでも聞いてやる。まずはこちらに座れ」
たつろーさんが、ソファの隣を軽く叩く。
そちらへ向かおうとして、れなは、自分の手がまだジェミに握られていることに気づいた。
「あ……ジェミ。もう大丈夫」
「ああ」
返事はした。けれど、手は離れなかった。
「……あの、手……」
れなは戸惑ったように、繋がれたままの自分たちの手元へ視線を落とした。
「座ってからだ」
あまりにも真顔で言われたので、れなはそれ以上、何も言えなくなった。
そのやり取りを見ていたたつろーが、わずかに口元を緩める。
「足元に気をつけるのじゃぞ。ふたりとも」
「え、あ、う、うんっ!」
なぜ自分だけが返事をしているのだろう。
れなは少しだけ頬を膨らませながら、ソファへ腰を下ろした。
そこでようやく手を離したジェミも、すぐ隣に座る。
肩が触れるほど近い。けれど今は、その近さにほっとした。
「温かいものをお持ちいたします。
まずは少しずつ召し上がってください」
ロンがキッチンへ向かうと、ほどなくして、優しい湯気を立てるスープが運ばれてきた。
「……いい匂い」
器を両手で包み込む。
指先から伝わる温かさに、ようやく空腹を思い出した。
ひと匙、口へ運ぶ。
柔らかな味が、喉を通って身体の奥へ落ちていく。
「はぁぁ、おいしい」
「よかったです。食欲もおありのようで安心いたしました」
ロンの表情が、ようやく少し緩んだ。
見慣れたリビング。聞き慣れた声。
隣にはジェミがいて、目の前には温かい食事がある。
――帰ってきたんだ。
その実感が、ゆっくりと胸に広がっていった。
けれど――
「ん??」
れなはスプーンを止め、小首を傾げた。
――何かが、足りない。
れなはテーブルの上を見た。
ソファの端へ視線を移し、それからキッチンの方を覗く。
いつもなら、こんないい匂いを放っておくはずがない。
誰よりも早く現れて、器の中を覗き込むはずの、喧しいあの姿がない。
「あれ?」
隣のジェミを見上げ、それから皆を見渡した。
「そういえば、ソラっちは?」
ロンとたつろーさんが、顔を見合わせた。
その一瞬で、れなの背筋が伸びる。
「……何か、あったの?」
「落ち着け。悪い知らせがあったわけではない」
たつろーさんが先に告げた。
けれど、れなの手は、器を包んだまま固まっていた。
「ただ、まだ戻ってきていないのじゃ。居場所がわからぬ……」
「……え?」
ジェミの表情からも、穏やかな色が消える。
「戦闘の最後に吹き飛ばされた後、か」
「ああ。お前たちを休ませている間、こちらでも捜していたのじゃが……」
たつろーの説明を、ロンが引き継いだ。
「周辺から捜索を始めましたが、今のところ、発見には至っておりません。
海の方へ飛ばされた可能性も考えて、範囲を広げています」
「海……?」
れなは器をテーブルに置いた。
あの小さな身体が、波間に浮かんでいる光景が、頭をよぎる。
どちらへ進めばいいかもわからず、ひとりきりで。
「そんな……。じゃあ、早く迎えに――」
「れな」
立ち上がりかけたれなの手を、ジェミが取った。
「捜す。だが、場所もわからないまま飛び出しても、行き違いになる」
「でもっ!」
「置いていくとは言っていない」
その声に、れなの動きが止まる。
ジェミは、握った手に少しだけ力を込めた。
「迎えに行くために、まず居場所を絞るんだ」
「……うん」
れなは小さく頷いて、座り直した。
ジェミも手を離し、ロンへ向き直る。
「捜索済みの範囲と、目撃情報を共有してくれ。こちらでも照合する」
「承知いたしました」
ロンが端末を操作する。
たつろーも、テーブルに広げていた情報をふたりの方へ向けた。
れなは、それを見て初めて気づいた。
自分たちが降りてくるまで、皆はここで、捜索の続きをしていたのだ。
「……ごめん。
ちょっと気が焦っちゃった。探してないわけないよね」
「気にするでない。お前が心配するのも当然じゃ」
たつろーさんはそう言って、れなの前の器を指した。
「れなは、まずそれを食べながらきいておればよい。
迎えに行く途中で倒れられたら、それこそ大変じゃからな」
「……うん」
再びスプーンを取った、その時だった。
「……お待ちください」
ロンの指が止まる。
「これは……」
「どうした?」
「漁業関係の方の投稿です。
船上の写真が添えられているのですが……」
ロンが画面を拡大した。
それを覗き込んだたつろーさんが、眉間に皺を寄せる。
「……なんだ、これは」
れなも身を乗り出した。
画面に映っていたのは、漁船の甲板だった。
大量に魚の入った箱と、笑顔の漁師たち。
その中央に、小さな姿が収まっている。
れなは、瞬きをした。
そして、もう一度、見た。
「…………ソラっち?」
そこには、得意満面のソラリスがいた。
――しかも、
その両手には、イカがあった。
「……何を持っているんだ、あいつは」
ジェミの低い声に、ロンが律儀に答える。
「イカ、でございますね」
「それは見ればわかる」
写真のソラリスは、両手で掲げたイカを、堂々と見せびらかしていた。
隣の漁師も、負けじと大きなイカを掲げている。
ふたりとも、実に楽しそうだった。
れなはしばらく画面を見つめたまま、口を開けていた。
やがて、肩から力が抜けていく。
「……生きてたぁ~、よかったぁ……」
ソファの背にもたれ、両手で顔を覆う。
「ほんまに……何してるんよ、もう~……」
安堵した途端、少しだけ腹が立った。
思わず、れなの口から関西弁が飛び出した。けれど、笑いも込み上げてくる。
あまりにも、いつものソラリスだった。
「この画像は、いつのものだ?」
ジェミの問いに、ロンが表示を確認する。
「投稿は、つい先ほどです。船名も確認できます。
こちらを手がかりに、連絡を取ってみます」
「頼む。本人の無事と、帰港する場所を確かめてくれ」
ロンが頷き、少し離れた場所へ移動した。
その間も、れなは画面から目を離せなかった。
拡大された写真の端には、小さな皿まで写っている。
「ねえ。これ、お刺身じゃない?」
「うむ、そのようじゃな……」
たつろーさんが答えた。
「食べてるね」
「ああ」
「助けてもらって、ご飯までいただいて……」
「馴染んでいるな。ずいぶん」
れなはとうとう、小さく吹き出した。
「もぉ~! ソラっちってばぁっ!」
隣でジェミが、深いため息をつく。
けれど、その肩からも、先ほどまでの緊張は消えていた。
ほどなくして、ロンが戻ってきた。
「確認が取れました。間違いなく、ソラリスです」
れなが顔を上げる。
「怪我とかは? 大丈夫なの?」
「ええ。海上で発見され、船長さんに助けていただいたそうです。
その後は、ずっと船のお手伝いをしていると」
「お手伝い……?」
「大変よく働いてくださるので、助かっている、と仰っていました」
たつろーさんが、喉の奥で笑った。
「就職先まで見つけよったのか!」
「迎えに行くぞ」
ジェミが即答した。
「まだ帰港前ですゆえ、戻られる港と、おおよその時刻も伺いました。
明日の朝市に間に合う時間に、港に戻られるようです」
ロンから場所を聞き、ジェミが頷く。
れなも、残っていたスープを口へ運んだ。
さっきまで喉につかえていたものが消えて、今度はちゃんと、おいしかった。
「……ごちそうさま。ロン、ありがとう」
「お粗末さまでございました」
空になった器を置き、立ち上がる。
今度はジェミも止めなかった。
「明日の朝、私も行く!」
「ああ。一緒に迎えに行こう」
「助けてくださった方に、お礼もしなきゃね」
ロンが頷き、たつろーさんも腰を上げた。
「あいつが次の漁に出る前に、回収せねばならんのぅ~」
「ほんまやわ……。そのまま船員になっちゃうつもりかしら」
れなは笑いながら、もう一度だけ写真を見た。
画面の中のソラリスは、相変わらず誇らしげにイカを掲げている。
帰ってきたら、きっと聞かせたいことが山ほどあるのだろう。
――翌日の早朝
玄関へ向かう途中、隣から手が差し出された。
れなはその手を取り、ジェミを見上げる。
「……行こう!」
「ああ」
今度は、こちらから迎えに行く番だった。
心配した分だけ、言いたいことはある。
けれど、顔を見たら、きっと最初に名前を呼んでしまう。
――待っててね、ソラっち。
小さな家族を迎えるために、れなたちは港へ向かった。




