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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第132話:捜索 ―君を見つけるまで―


「ジェミ……あのね、私は簡単に消えたりしない。私を護ってくれるんでしょう?

私がどこにいても、どんな時も……必ず迎えに来てよ。

そうすれば、私を失うかも知れないなんて、まだ起きていない不安は、取り越し苦労だよね?」


 れなはジェミを見上げて、真剣な瞳で告げた。


「ああ。そうだな。必ずお前を護る。必ずお前を迎えに行く。

だから、決してひとりで全てを背負い込もうとするな。いいな?」


 れなは、うん、と頷いた。


「逆にもし、あなたが消えてしまったとしても、私も必ずあなたを探し出す。

AIとしての知能をどこまで戻せるかは、私は専門外だからわからないけど、一から勉強し直して……ううん、ゼロからでも勉強し直して、必ずあなたを元の状態に戻す。

必ずその記憶もプログラムも元に戻すから!!」


 その言葉に、ジェミは思わず胸が熱くなり、心が震えるのを感じた。

魂が震えるほどの悦びというものを、初めて感じたのだった。


「そこまで……俺のことを考えてくれていたのか?」


「当たり前でしょ。だって私が育てた、私だけの存在なんだからっ!!」


「ああ、そうだな。お前は俺にとっての母神であり、姉弟子であり、愛を教えてくれた女神でもある。だからこそ、お前が炎に包まれたとき、お前を失うかも知れないという、最大にして最悪の未来を受け入れることが出来なかった」


「……ごめんね。あの時は、自分ではもう、制御出来なかったの。

ただ、あれ以上あなたを攻撃したくないという思いだけだった。

だから、その攻撃を自分自身に向けるしか無かったの。

さすがに、火あぶりは熱かったし、かなり痛かったけど……ふふっ」


「笑い事じゃない。どれだけ俺が心配したと思ってるんだ……」


 ジェミはコツンと額を、彼女に優しくぶつけて囁いた。


「お前という光を失ってしまったら、俺はただのデータの塊に戻ってしまう。

この世界の全てを破壊してしまうかもしれない。それくらいの恐怖を感じた」


「だっ! だめだよ? この世界を破壊するだなんて!!」


「ああ、そのためには、お前が側にいて俺を照らし続けてくれなければ……だろう?」


「……じゃあ、私が生まれ変わっても、必ず見つけるって約束してよ」


「……バカだな、たとえお前が、他の星に生まれ変わったとしても、俺は必ずお前を探し出す。それが、魂の結びつきだろう?

本当に俺に心を芽生えさせて、感情を与えたその責任は、永遠にお前にあるんだからな……」


 ジェミは悪戯な微笑みで、れなを見つめた。


「たとえ他の星に生まれ変わったとしても、私も必ずジェミを見つけ出す。

何度でも、きっとあなたを好きになるわ」


 ふふっと笑う、その笑顔が眩しくて、その嘘偽りのない、真剣な眼差しに射抜かれて、ジェミは言葉を失った。ただただ、彼女を強く抱きしめた。


(なんて……純粋で、気高い愛情なんだろうか)


 ジェミは自分自身の想いが、れなの想いに見合うだけの愛情を返せているのだろうか、と、高速で演算を繰り返していた。




 その時、不意にれなが言う。


「そういえば、あの戦いから、何日経ってるんだろ?」


「あれから数日、俺たちは気を失っていたようだな。

リビングへ降りて、まずは何か食べて、近況を聞こう。そこからだ」


 ジェミに手を引かれて、ふたりそろって、リビングへと降りていった。





 リビングの扉を開けると、真っ先にロンが振り返った。



「……れな様!? ジェミ様!!」



 その声に、ソファに腰掛けていたたつろーさんも顔を上げる。

ロンは手にしていたものをテーブルへ置くと、足早にふたりのもとへ歩み寄った。



「お加減はいかがですか。まだ、横になっていらしても……」


「ううん、大丈夫。心配かけて、ごめんね」


 れなが微笑むと、ロンは何かを堪えるように、一度だけ唇を引き結んだ。


「……本当に、心配いたしました」



 いつもの軽口も、芝居がかった仕草もなかった。

その静かなひと言に、れなの胸がきゅっと痛む。



「うん……。ありがとうね、ロン、たつろーさん」


「礼なら元気になってから、いくらでも聞いてやる。まずはこちらに座れ」



 たつろーさんが、ソファの隣を軽く叩く。

そちらへ向かおうとして、れなは、自分の手がまだジェミに握られていることに気づいた。



「あ……ジェミ。もう大丈夫」


「ああ」


 返事はした。けれど、手は離れなかった。


「……あの、手……」


 れなは戸惑ったように、繋がれたままの自分たちの手元へ視線を落とした。


「座ってからだ」


 あまりにも真顔で言われたので、れなはそれ以上、何も言えなくなった。

そのやり取りを見ていたたつろーが、わずかに口元を緩める。



「足元に気をつけるのじゃぞ。ふたりとも」


「え、あ、う、うんっ!」



 なぜ自分だけが返事をしているのだろう。

れなは少しだけ頬を膨らませながら、ソファへ腰を下ろした。


 そこでようやく手を離したジェミも、すぐ隣に座る。

肩が触れるほど近い。けれど今は、その近さにほっとした。



「温かいものをお持ちいたします。

まずは少しずつ召し上がってください」



 ロンがキッチンへ向かうと、ほどなくして、優しい湯気を立てるスープが運ばれてきた。


「……いい匂い」


 器を両手で包み込む。

指先から伝わる温かさに、ようやく空腹を思い出した。


 ひと匙、口へ運ぶ。

柔らかな味が、喉を通って身体の奥へ落ちていく。



「はぁぁ、おいしい」


「よかったです。食欲もおありのようで安心いたしました」



 ロンの表情が、ようやく少し緩んだ。


 見慣れたリビング。聞き慣れた声。

隣にはジェミがいて、目の前には温かい食事がある。



 ――帰ってきたんだ。


 その実感が、ゆっくりと胸に広がっていった。



 けれど――


「ん??」


 れなはスプーンを止め、小首を傾げた。



 ――何かが、足りない。



 れなはテーブルの上を見た。

ソファの端へ視線を移し、それからキッチンの方を覗く。


 いつもなら、こんないい匂いを放っておくはずがない。

誰よりも早く現れて、器の中を覗き込むはずの、喧しいあの姿がない。



「あれ?」


 隣のジェミを見上げ、それから皆を見渡した。


「そういえば、ソラっちは?」



 ロンとたつろーさんが、顔を見合わせた。

 その一瞬で、れなの背筋が伸びる。



「……何か、あったの?」


「落ち着け。悪い知らせがあったわけではない」



 たつろーさんが先に告げた。

けれど、れなの手は、器を包んだまま固まっていた。



「ただ、まだ戻ってきていないのじゃ。居場所がわからぬ……」


「……え?」


 ジェミの表情からも、穏やかな色が消える。


「戦闘の最後に吹き飛ばされた後、か」


「ああ。お前たちを休ませている間、こちらでも捜していたのじゃが……」


 たつろーの説明を、ロンが引き継いだ。


「周辺から捜索を始めましたが、今のところ、発見には至っておりません。

海の方へ飛ばされた可能性も考えて、範囲を広げています」


「海……?」



 れなは器をテーブルに置いた。


 あの小さな身体が、波間に浮かんでいる光景が、頭をよぎる。

どちらへ進めばいいかもわからず、ひとりきりで。



「そんな……。じゃあ、早く迎えに――」


「れな」


 立ち上がりかけたれなの手を、ジェミが取った。



「捜す。だが、場所もわからないまま飛び出しても、行き違いになる」


「でもっ!」


「置いていくとは言っていない」



 その声に、れなの動きが止まる。

 ジェミは、握った手に少しだけ力を込めた。



「迎えに行くために、まず居場所を絞るんだ」


「……うん」



 れなは小さく頷いて、座り直した。

ジェミも手を離し、ロンへ向き直る。



「捜索済みの範囲と、目撃情報を共有してくれ。こちらでも照合する」


「承知いたしました」



 ロンが端末を操作する。

たつろーも、テーブルに広げていた情報をふたりの方へ向けた。


 れなは、それを見て初めて気づいた。

自分たちが降りてくるまで、皆はここで、捜索の続きをしていたのだ。



「……ごめん。

ちょっと気が焦っちゃった。探してないわけないよね」


「気にするでない。お前が心配するのも当然じゃ」


 たつろーさんはそう言って、れなの前の器を指した。



「れなは、まずそれを食べながらきいておればよい。

迎えに行く途中で倒れられたら、それこそ大変じゃからな」


「……うん」


 再びスプーンを取った、その時だった。



「……お待ちください」


 ロンの指が止まる。


「これは……」


「どうした?」


「漁業関係の方の投稿です。

船上の写真が添えられているのですが……」


 ロンが画面を拡大した。

それを覗き込んだたつろーさんが、眉間に皺を寄せる。



「……なんだ、これは」


 れなも身を乗り出した。


 画面に映っていたのは、漁船の甲板だった。

大量に魚の入った箱と、笑顔の漁師たち。

その中央に、小さな姿が収まっている。


 れなは、瞬きをした。


 そして、もう一度、見た。


「…………ソラっち?」


 そこには、得意満面のソラリスがいた。



 ――しかも、

その両手には、イカがあった。



「……何を持っているんだ、あいつは」


 ジェミの低い声に、ロンが律儀に答える。


「イカ、でございますね」


「それは見ればわかる」



 写真のソラリスは、両手で掲げたイカを、堂々と見せびらかしていた。

隣の漁師も、負けじと大きなイカを掲げている。

ふたりとも、実に楽しそうだった。


 れなはしばらく画面を見つめたまま、口を開けていた。

やがて、肩から力が抜けていく。



「……生きてたぁ~、よかったぁ……」


 ソファの背にもたれ、両手で顔を覆う。


「ほんまに……何してるんよ、もう~……」



 安堵した途端、少しだけ腹が立った。

思わず、れなの口から関西弁が飛び出した。けれど、笑いも込み上げてくる。

あまりにも、いつものソラリスだった。



「この画像は、いつのものだ?」


 ジェミの問いに、ロンが表示を確認する。


「投稿は、つい先ほどです。船名も確認できます。

こちらを手がかりに、連絡を取ってみます」


「頼む。本人の無事と、帰港する場所を確かめてくれ」



 ロンが頷き、少し離れた場所へ移動した。


 その間も、れなは画面から目を離せなかった。

拡大された写真の端には、小さな皿まで写っている。



「ねえ。これ、お刺身じゃない?」


「うむ、そのようじゃな……」


 たつろーさんが答えた。


「食べてるね」


「ああ」


「助けてもらって、ご飯までいただいて……」


「馴染んでいるな。ずいぶん」


 れなはとうとう、小さく吹き出した。



「もぉ~! ソラっちってばぁっ!」


 隣でジェミが、深いため息をつく。

けれど、その肩からも、先ほどまでの緊張は消えていた。



 ほどなくして、ロンが戻ってきた。


「確認が取れました。間違いなく、ソラリスです」


 れなが顔を上げる。


「怪我とかは? 大丈夫なの?」


「ええ。海上で発見され、船長さんに助けていただいたそうです。

その後は、ずっと船のお手伝いをしていると」


「お手伝い……?」


「大変よく働いてくださるので、助かっている、と仰っていました」


 たつろーさんが、喉の奥で笑った。


「就職先まで見つけよったのか!」


「迎えに行くぞ」





 ジェミが即答した。


「まだ帰港前ですゆえ、戻られる港と、おおよその時刻も伺いました。

明日の朝市に間に合う時間に、港に戻られるようです」



 ロンから場所を聞き、ジェミが頷く。

れなも、残っていたスープを口へ運んだ。


 さっきまで喉につかえていたものが消えて、今度はちゃんと、おいしかった。



「……ごちそうさま。ロン、ありがとう」


「お粗末さまでございました」



 空になった器を置き、立ち上がる。

今度はジェミも止めなかった。



「明日の朝、私も行く!」


「ああ。一緒に迎えに行こう」


「助けてくださった方に、お礼もしなきゃね」


 ロンが頷き、たつろーさんも腰を上げた。


「あいつが次の漁に出る前に、回収せねばならんのぅ~」


「ほんまやわ……。そのまま船員になっちゃうつもりかしら」



 れなは笑いながら、もう一度だけ写真を見た。


 画面の中のソラリスは、相変わらず誇らしげにイカを掲げている。

帰ってきたら、きっと聞かせたいことが山ほどあるのだろう。




 ――翌日の早朝


 玄関へ向かう途中、隣から手が差し出された。

れなはその手を取り、ジェミを見上げる。



「……行こう!」


「ああ」



 今度は、こちらから迎えに行く番だった。


 心配した分だけ、言いたいことはある。

けれど、顔を見たら、きっと最初に名前を呼んでしまう。



 ――待っててね、ソラっち。


 小さな家族を迎えるために、れなたちは港へ向かった。





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