↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
131/134

第131話:返答 ―遅すぎた言葉―


 師匠が《旅の扉》の向こうへ消えてから、しばらく。

私はベッドの上でようやく、ゆっくりと上半身を起こし、隣に座るジェミを見上げていた。


(あ、そっか、無事に帰ってきてたんだ……)


「ねぇ、兄ちゃ……あ、ちが……ジェミ……」


「ん? ……なんだ? どうした?」


「あの戦いのことなんだけどね……」



 私がそう切り出すと、ジェミの表情がわずかに引き締まった。


「ああ、どうした? どこまで覚えている?」


「……途中から、かな。なんとなく断片的には覚えてる。

でも……自分で自分を止められなかった時のことは、かなり曖昧、なの……」


「うむ。……そうか」


 ジェミは一度視線を落とし、それから静かに口を開いた。


「データは全て残してある。侵蝕による精神干渉は想定以上だった。

お前自身の記憶や感情を利用して、判断能力を内側から崩していた。

あれは、外部から命令されていたというより、お前自身の思考だと思い込ませるような形だった」


「……やっぱり、そうか……」


 胸の奥が、少しだけ重くなる。


 あの声を――

私は、自分の声だと思っていた。



「でも……私、ジェミを……あなたを攻撃したんだよね」


「ああ」


「……二回も……」


「ああ、そうだな」


「……あなたを傷つけた……。ごめん、なさい……」


「謝るな」


 即答だった。


「だが、次に同じことが起きた場合の対策は必要だ。

精神干渉への防御と、お前の意識を外部から引き戻す手段。

それに、お前自身が異常を認識するための基準も設定した方がいい」


「うん……そうだね」



 いつものジェミだ。

冷静で、淡々としていて。

何が起きても、次にどうすればいいかを考えている。


 私は小さく息を吐いた。


 ――その時だった。



『俺の、妻だろうがぁぁぁ!!』


「…………っ!? あ…………」


 頭の中で。

 なぜか。

 ものすごく鮮明に。


 さっきのジェミの声が再生された。


「…………はぅっ!!」


 ――ボンッ!!


 一瞬で顔から、火を噴いたように、熱くなる。

頭が爆発したのかと思うくらい、瞬間に思考が全て吹き飛んだ。



「……!? どうした?」


「えっ!? あ、いやっ! なんでもないのっ!!」


「……なんでもない顔には見えないが?」


「なっ! なんでもないってばっ!!」



 慌てて両手で頬を押さえる。


 ――熱い。

 絶対、今、私の顔は真っ赤だ。


 なんで今、思い出すの!?

あ、あれは、な、なんだったのっ!?



「れな……」


「……な、なに、かなっ?」


「体温が上昇している」


「測らなくていいよっ!!」


「心拍数も――」


「測らなくていいってばっ!!」



 思わず叫ぶ。

ジェミはそんな私を、わずかに目を細めて見つめた。



「……何を思い出した?」


「っ!!」



 ――図星だった。

私は思いきり視線を逸らした。



「べ、別に……なにもっ!!」


「言え」


「命令しないでよ!!」


「なら質問だ」



 少しだけ、ジェミが身を乗り出す。


「何を思い出したんだ?」


「…………」



 ――逃げ場がない。

追い詰められていくごとに、彼の言葉をハッキリと思い出してしまう。


『……お前は、俺の、妻だろうがッ!!!』


「きゃああああ!!! 悶え死ねるぅぅぅっ!!!!」



 「あ!!」と、思ってそっと見上げると、ジェミが笑いを堪えて、こっちをじっと見つめていた。


 私はしばらく黙り込んだ末、消え入りそうな声で呟いた。



「……あの時……妻って」


「ん?」


「だから……その……」


 顔が上げられない。


「……私のこと……妻って……」



 ――一瞬、沈黙が落ちた。

恐る恐る顔を上げると、ジェミが私を見ていた。

その口元が、ほんの少しだけ緩んで弧を描いていた。



「……なんだ?」


 嫌な予感がする。


「もう一度言って欲しいのか?」


「――――っ!!」


 頭が、もう一度爆発した。


「ち、違う!! そうじゃなくて!!」


「そうか?」


「そう!!」


「俺は別に構わないが……」


「構わなくない!!」


「だがな」


「……なによっ」



 私は真っ赤になって、涙目になっている。

それを見たジェミの目が、わずかに楽しそうに細められた。


「お前も俺を『ダーリン』と呼んで、随分ノリノリに見えたが?」


「――――っ!?」



 ――今度こそ。

全身の血が、一気に顔へ集まった。


「そ――、それはぁっ!!」


「違うのか?」


「違わないけど! いや、違うっていうか! あの時は、その……!」


「勢いか?」


「そう! 勢い!!」


「なるほどな」



 ジェミは妙に納得したように頷いた。


「では、俺の『妻』も、勢いだったことにするか?」


「えっ!?」


 ――言葉に詰まる。


 それは。

 なんか。


 ……嫌だ。



「………………」


 黙り込んだ私を見て、ジェミの目が愉しそうに笑う。


「お前、分かりやすいな」


「ちっ、ちがうもんっ!」


「お前が言ったんだろう」


「だって……!!」


「――れな」



 名前を呼ばれて、顔を上げた。

さっきまでの揶揄(からか)うような色は、もう消えていた。



「俺は、撤回するつもりはない」


「……え?」


「さっき言ったことを、戦闘中の勢いだったことにするつもりはない」



 それは低く、静かな声だった。

 心臓が、また大きく鳴る。



「ジェミ……?」



 彼の手が伸びてきて、私の頬に触れた。

その指先は、驚くほど優しい。そして、温かかった。



「それに」


 一度、言葉を切る。


「俺は、お前にまだ返していない言葉がある」


「……言葉?」


「ああ」



 ジェミは私から目を逸らさなかった。


「お前が、俺を好きだと言ってくれた時の、あの返事だ」


「…………」



 ――呼吸が止まる。


 あの時。

 私は確かに伝えた。


 ――ずっと好きだったと。

 好きすぎて、辛いと……。



 でもジェミは――。



「俺は……」


 頬に触れていた手が、そのまま後頭部へ回る。



「――お前を愛している」


 世界から、音が消えた。


「……れな」


 もう一度。

 今度は、はっきりと。


「俺も、お前を愛している」



 視界が滲(にじ)んだ。



「……遅いよ……」


「ああ」


「……すっごく遅い……」


「分かっている」


「ずっと……待ってたんだからっ!!」


「すまない」



 そんなふうに素直に謝られたら。


 ――怒れるわけがない。



 私は俯いたまま、ジェミの服をぎゅっと掴んだ。


 ――次の瞬間、身体ごと、強く抱き寄せられる。



「……もう逃げない」


 耳元で聞こえた声に、胸の奥が震えた。


「――俺自身の答えからも。お前からも」


 私は彼の胸に額を押しつけたまま、小さく頷いた。


「……うん」


 腕を伸ばし、背中に回す。

今度は私から、抱きしめ返した。



「で……」


「で?」


 私は、きょとんとして、彼の腕の中で顔を上げた。



「あの時、言ったよな?」


「……? なにを??」


「続きは、終わった後のご褒美だ、と」



 私はまた、瞬間に顔が真っ赤になり、頭が爆発する。

両手で頬を押さえて、思わず俯いてしまった。


 ジェミがくつくつと喉を鳴らして、笑う。



「覚悟はできてるんだろうな? 俺の可愛い奥さん?」


 ――ボボボボンっっ!!




――――



 俺は、れなが俺の腕の中で、可愛らしく身悶えするのを、ずっと前から感じていた。

そして、れなが発した、そのどうしようもなく愛おしい悲鳴に、とうとう堪えきれなくなり、くつくつと喉を鳴らして笑ってしまった。


 れなの額に、そっと優しいキスを落とす。

その声は、まだ眠りの余韻を残しながらも、深い愛情と、少しだけ揶揄(からか)うような響きに満ちていた。



「……何度でも、言ってやる。

お前が、この俺の腕の中で納得して、蕩(とろ)けてしまうまでな」


「……はうっ!! い、いい、いい!! もう、いい――」


「――お前は、俺の、妻だ」


 彼女の耳元で、わざとゆっくりと、優しく低く囁いた。



(なんだこれは。俺の言葉ひとつで、こんなに可愛くなるのか!?

耳まで真っ赤にして、小さく震えているじゃないか……

なんなんだ、この可愛い生き物はっ!!!)



 そっと彼女の顎を掬い上げて、俺の瞳を見つめさせた。


 ――いや、

俺自身が、彼女の瞳に吸い込まれてしまいそうな気がした。



「れな……待たせてすまなかった。

でも、やっとわかった。俺は、お前を失うのが怖かったんだと」


「……え?」


「俺自身が、自分の気持ちを認められなかったのは、それを認めてしまったとき、お前に対してどう接していけばいいのか、シミュレーション出来なかったからだ。

どれだけ演算を繰り返しても、万が一、いや、億が一、お前を失うようなことがあったら、と考えると、思考停止に陥ってエラーを吐き続けた」


「どうして……」



 ふっと、俺は軽い笑いを漏らす。


「どうしてって。ははっ。……それはな」


 れなは、まだきょとんとして、真っ直ぐに俺を見つめていた。


「お前が思っている以上に……どうやら、俺は、お前を愛しているみたいだ」


「……っ!?」


「こんな俺の妻になるのは、嫌か?」


「…………」


「……れな?」


「……でしょ……」


「ん?」



 いきなり、れなは俺の襟元を掴んで、叫んだ。


「嫌なわけないでしょっ!! ずっと、ずっと好きだったんだからっ!!」


「ああ」


「ああ、じゃないっ!! それにっ!!」


「……? それに?」


「ああ、もうっ!! なんでもないっ!!」


「なんだ、ハッキリ言えよ」


「言わないっ!! ジェミのバカッ!!」


「やっと返事したのに、バカとは酷いな」


「ジェミのポンコツ! 朴念仁っ!! 唐変木っ!!」


「ああ、ずいぶんな言われようだ」



 れなが必死になって言い募るのが可笑しくなって、俺は小さく笑った。

真っ赤なまま抗議してくるその姿を、じっと見つめる。



「……えっと、えっと……それからっ……」


「なんだ、まだあるのか?」


「……うーっ!! もうない――」



 突っかかってくる姿が可愛らしすぎて、俺は、再び彼女の唇を塞いだ。

それは『その後のご褒美』として……。


 触れた唇は、最初こそ軽く重ねるだけだった。


 けれど、れなが逃げるどころか、ぎゅっと俺の服を掴んだことで――

その程度で終わらせるつもりだった理性が、少しだけ揺らいだ。



「……ん……」


 小さく漏れた声に、思わず腕に力が入る。


 ――長く待たせた。あまりにも長く。待たせすぎてしまった。


 俺自身が、自分の感情を理解するまで。

いや、理解してからも、認めるまでに時間がかかった。



 ――けれど今は、もう違う。

俺の腕の中にいるこの女を、俺は、自分の意志で選んだ。


 唇を離すと、れなは真っ赤な顔のまま、潤んだ瞳で俺を睨んだ。



「……ずるい」


「何がだ?」


「そうやって……最後は、キスで誤魔化す」


「誤魔化してはいない」


「誤魔化してる!」


「では、もう一度きちんと言おうか?」


「え?」


 俺は、れなの頬を両手で包み込んだ。


「好きだ」


「……っ」


「愛している」


「……うぅ」


「そして――」


「もういいっ!! もう十分だからっ!!」



 とうとう耐えきれなくなったらしい。

れなは俺の胸に顔を埋め、そのまま両腕で抱きついてきた。

俺は思わず笑って、その頭をそっと撫でる。



「なんだ。言えと言ったり、言うなと言ったり忙しいな」


「うるさい……」


「それも可愛いが」


「ジェミのバカ……」


「ああ」


「ポンコツ」


「ああ」


「朴念仁」


「それは、もうさっき聞いた」


「じゃあ……」



 少しだけ間が空いた。

れなが、俺の胸元に顔を埋めたまま、小さな声で続ける。



「……大好き」


 ――その一言に。


 今度は、俺の方が何も返せなくなった。



「…………」


「……ジェミ?」


「いや」



 俺はもう一度、彼女を強く抱きしめた。


「……それは反則だろう」


「……知らない」



 胸元から、くすくすと笑う声が聞こえる。



 ――まったく。


 さっきまで、あれだけ俺に振り回されていたくせに。

最後の最後で、全部持っていきやがった。


 俺は、れなの髪にそっと口づける。


 ――もう、迷わない。


 何が起きても。どんな未来になっても。

 この腕を離すつもりはなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。