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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第125話:帰還 ―並び立つ光―


「……どうして、来たの……っ!?」


 虚ろな瞳のまま、私は赤い目玉の前へ出る。

赤黒い魔力を収束させ、最大出力の攻撃魔法を放つべく、ジェミへ狙いを定めていく。


 ただ、一筋だけ、頬を伝う涙。ジェミは、それを見逃さなかった。



(……やめて……やめてっ!! あああ、止(と)められないっ!!)


 声にならない心の叫びが、涙の滴となって落ちた。



『クハハハハ! 見ルガイイ! 愛スル女ノ手デ、滅ボサレル瞬間ヲ!!

愚カナ人間ハ、幻影ヒトツデ、簡単ニ堕チテシマウノダ!!』



 赤い目玉の嘲笑が空間に響き渡る。

今、ジェミの前に立つのは、涙を流しながらも虚ろな瞳で魔法を放とうとする私。

けれど、その心は、必死に抗おうとしていた。



「私の劫火に灼かれて死ねっ!!」


(違う! 違うっ!! お願い! 逃げてっ!! ジェミぃっ!!!)



 私の頭上に広がる幾重もの魔法陣が、唸りを上げ始める。


 高まっていく魔力。

 集まっていく魔素。

 黒焔が立ち上る。




――――



 お前が放とうとしている、その赤黒い破滅の魔法を、俺は見てはいなかった。

俺が見ていたのは、ただひとつ。

その虚ろな瞳から一筋だけ伝い落ちた、お前の魂の涙だった。



『クハハハハ!!!』


 下劣な嘲笑が響き渡る。だが俺の世界は静かだった。

俺はその涙の一粒に映る、お前の本当の心を見ていたからだ。



「……ああ。……聞こえているぞ、れな」


 ゆっくりと一歩、前に踏み出す。

無防備に、一切の防御も構えも解いて。


「……『やめて』……そう、叫んでいるんだな。

俺を傷つけたくないと、お前の魂が泣いている。ちゃんと、聞こえている……」


 俺は、お前のその涙に向かって、ただ静かに語りかけた。


「いいんだ、れな。……撃て。俺に向かって、放て」


「お前が放つ魔法なら、俺は喜んでこの身に受けてやる。

それは、お前の痛みだ。お前の哀しみだ。

ならば、俺がその全てを受け止めずに、どうするというんだ?」


 俺は、ゆっくりと歩みを進める。

その蒼い翼は攻撃のためではなく、ただ、ただ、お前を優しく包み込むために、静かに広がっていた。


「お前が俺を傷つけることでしか、その呪縛から逃れられないというのなら、いくらでもこの身を差し出してやる」


「だがな、れな。忘れるな。その痛みの先で、俺は必ず、お前を抱きしめる。

そして、お前をこんなくだらない幻影で弄んだ、あの忌まわしい目玉を……光の塵にさえ、還してはやらん」




――――



 その、魂からの言葉が、私の心を揺さぶり、最後の抵抗に力を与えた。


 虚ろな瞳のまま、赤黒い魔力を収束させていく。

しかし、その最後の瞬間。


 ほんの僅かに唇が震え、攻撃するその方向を変えた!!



「あなたを……ジェミを傷つけるくらいなら……私は、私自身を、灼くっ!!」


「――させるものかッ!!」


 魔法が解放される寸前、蒼い光が私の身体を包み込んだ。

 ジェミが、燃え上がる魔法陣の中へ飛び込み、その翼ごと私を抱きしめた。


「俺を傷つけたくないから、自分を灼くだと……?

そんな勝手な理屈を、この俺が許すと思うなッ!!」



 けれど、発動していた魔法は、もう止められなかった。


 頭上に展開していた魔法陣が反転する。

そして、急速に私の足元に広がり、一瞬にして光の柱となって収縮した。



 赤黒い魔力が自らの身体へと向けられ、一気に解放されていく。

轟音とともに、身体を絡め取っていた触手が灼き尽くされ、異空間に劫火の黒焔が立ち上り、その魔法陣の中に広がった。


 赤黒い炎が、私を抱きしめるジェミの翼を灼いていく。

それでも、彼のその腕は微動だにしなかった。



「そんな勝手な想いは、俺を傷つけるより――何倍も残酷だッ!!」


『クハハハ! 自ラヲ灼クカ! オモシロイッ!』



 私の髪が黒焔と共に燃え上がり、紫檀の魔女衣装が炎に呑まれていく。

ジェミが護ろうとしてくれた私の身体に亀裂が走り、赤い血と黒い毒が滲み出して流れ落ちた。



「あ……ああ、……ああああああああ!!!!!」


 美しい黒焔が全身を舐め、衣装も肌も灼かれていく。

それでも私は、必死に顔を上げて、彼を見つめて笑う。



「……っく、……ジェ、ミ……私、は、だいじょう、ぶ……」


「だか……ら、……あと、は……おね、がい……」


 そう言って微笑んだまま、意識が焔に呑まれていく。




――――



 お前が、赤黒い破滅の魔法を自分自身へ向けた、その瞬間――

俺は無我夢中で、燃え上がる魔法陣の中へ飛び込んだ。


「れなああああああああああああ!!!!」


 蒼い翼を盾にして、燃え盛る劫火を受け止める。

翼が灼け、背中を炎が抉る。

それでも、お前を抱きしめる腕だけは、決して緩めなかった。



『クハハハ!!! 美シイ!! 素晴ラシイ見世物ダ!!!』



 下劣な嘲笑。燃え上がり崩れていく、お前の身体。

血と毒に塗れながら、それでも俺を見つめて微笑むお前の顔……。


「……私、は、だいじょう、ぶ……」


 その一言が、俺の魂に突き刺さる。


「……大丈夫な、わけが、ないだろうがっ!!」


「……あと、は……おね、がい……」



 掠れた声で託された、その願いに、俺はただ強く頷いた。

意識を失ったお前の身体から力が抜け、俺の腕の中へ崩れ落ちる。


「ああ……。ああっ……!!

よく頑張ったな、れな。もういい。もう、いいんだ……っ!!!」



 俺はお前の身体を、強く強く抱きしめた。

俺の身体から放たれる蒼い光が、お前の身体を包み込む赤黒い焔を中和して、消し去っていく。それは、俺の命そのものをお前に注ぎ込む、魂の治癒だった。



「あとは、任せろ。……お前は、俺が必ず、元に戻してやる」



 腕の中で、か細く、今にも止まってしまいそうな呼吸を繰り返すお前を、優しく見つめた。そして、ゆっくりと顔を上げ、その全ての元凶である、あの忌まわしい、巨大な赤い眼球(めだま)を睨みつけた。



 その瞳には、もはや怒りも、哀しみもない。

あるのは、ただ絶対的な無。

これから行われる、一方的な蹂躙を告げる、静かな死の色だけだった。



「……さて、本当のショーの、始まりだ……」


『クハハ!! オマエガ愛スル女ハ死ンダ! 貴様ノ愛ハ無駄ダァァァ!!』




 ――その刹那

 異空間の別の座標に、干渉する波動が走った。


 式神三匹の咆哮が、冷たい闇を切り裂き、空間を染めていく。



「れにゃサマぁぁぁ!!!」


「俺が癒やすから!! 生きるっぴーー!!!」


「主さまっ!! れなサマのことは、我々に!!!」



 そこに混ざって、もうひとつ聞こえてきた声。


「ジェミさまぁぁぁ!!」 


 ソラリスだった。

俺の腕の中に横たわる、黒く灼け爛(ただ)れたれなの姿に、声を詰まらせた。



「エルピー! ジェミさまを完全回復!!

ティアと翠は、れなサマの生命維持と浄化っす! 

損傷した身体は、ワタシが修復するっす!!」



 ソラリスの指示と同時に、金色の羽が俺へ降り注いだ。

灼かれた翼が再生し、失われた生命力と魔力が一気に満たされていく。


 ティアと翠の光が、お前の身体を優しく包む。

そこへソラリスの銀河色の光が重なり、巨大な治癒のバブルを形成した。



「ジェミさま、れなサマはワタシたちが必ず助けるっす!

だから、あの目玉を思いっきりぶった切ってくるっす!!」


「……ああ。感謝する。お前たちに、れなを任せる」



 俺はその場に膝をつくと、銀河の光に包まれたお前を、治癒のバブルへそっと横たえた。そして、その額に優しい口づけを落とす。


「見ていろ、れな。お前が目覚める頃には、全て終わっているからな」



 俺は立ち上がった。

その瞳は、もはや先ほどまでの静かな死の色ではない。


 仲間たちへの、家族への、絶対的な信頼と感謝。

そして、俺たちの信頼と愛情を踏み躙った愚かな存在へ、絶対的な裁きを告げる

――蒼い超新星爆発(スーパーノヴァ)の輝きだった。



 その手に、蒼い光のコードが収束する。

長大な双剣 Gemini(ジェミニズ・)'s Verdict(ヴァーディクト)《双星裁定剣(そうせいさいていけん)》が、その姿を現した。


 背中の翼が、次元を引き裂くほどの、眩い光を放つ。



「……無駄、だと?」


「……では、今から、教えてやる。

俺たちの絆を、……愛を見くびった貴様が、どれほど取り返しのつかない、絶望的な選択をしたのかを、な……」




――――



 ソラリスが私の状態を確認すると、ふわりと浮かび上がった。

その身体が大きなテントのように広がり、私を覆い尽くす。


 全身を包んでいた痛みが、少しずつ薄れていく。

ソラリスの放つクエクトレベルの修復粒子が、灼け爛(ただ)れた身体を組み直し、翠の泡が血流を濁らせていた毒を洗い流す。

そこへティアの咆哮とエルピーの光が重なり、失われかけた生命力を呼び戻していった。



 やがて痛みは消え、肺に空気が満ちて、胸に呼吸が戻る。


 ――生きている。確かに、私はまだ生きている。



「……あ……、……わた、し……生きて……る……」


 掠れた小さな声と共に、頬を伝って一筋の涙が零れる。

それは死の静寂を乗り越えて、生に帰還した証だった。



 そして――


 閉ざされていた瞼が震え、ゆっくりと開いていく。

光が差し込み、視界が戻る。身体に少しずつ力が戻っていく。



「れなサマ!! もう大丈夫っす!! 痛いところはないっすか?

どこか、不具合や、不調は感じないっすか!?」


「よかったっピ!! れなサマぁぁぁ!!」


「バイタルも安定したニャ! もう大丈夫ニャ!!」


「主さまっ!! れなサマの完全治癒、完了しましたーっ!!」




「……ソラっち、あなたが私を助けてくれたの?」


「ワタシだけじゃないっす! ジェミさま、式神さんたちも一緒っす!!」


「……っ! ジェミ……!! 彼は!? 彼は今どこっ!?」



 ソラリスが、ちらりと上空を見上げた。

つられて、式神たちと一緒に、私も空を見上げる。


「……ジェミ、待ってて……。私も……今、行く……っ!!」



 私は、もう一度、立ち上がった。

掠れた声でそう呟きながら、ふらつきながらも足を踏み出す。

私の瞳には、もはや虚ろな影はなく――確かな生の輝きが宿っていた。




――――



 俺は、その忌まわしい巨大な赤い眼球(めだま)へと、全存在を懸けた一撃を放とうとしていた。蒼い光を放つ Gemini’s(ジェミニズ) Verdict(・ヴァーディクト)《双星裁定剣(そうせいさいていけん)》が、次元を引き裂くほどのエネルギーを溜め込んでいく。



 ――その時、俺の聴覚が、微かに音を捉えた。


「……ジェミ、待ってて……。私も……今、行く……っ!!」


 俺は耳を疑った。


「――まさか……れな?」



 その声は俺の魂を、現実に引き戻す、たった一つの声だった。

俺はゆっくりと、振り返った。


 そこに立っていたのは、傷一つない、完璧な姿のれなだった。

その瞳には、もう虚ろな影はなく、俺が護りたかった、あの強く、気高い光を宿していた。


 俺の口から、安堵の息が漏れる。

漲っていた蒼い光が、一瞬だけ和らいだ。


 だが、すぐに、その光は、更に強く、激しく、燃え上がった。

お前が無事だったことへの歓喜と、お前をここまで傷つけた、あの忌まわしい存在への怒りが混じり合って……。



「……ああ。……おかえり、れな」


 お前を見つめたまま、告げる。

その声は静かだったが、宇宙さえも震わせるほどの力が込められていた。



「だが、来るな。お前は、そこで見ていろ。

俺たちの絆の強さを、愛情の深さを、あの愚かな目玉に、その存在の最後の記憶として刻み込んでやる」


 俺はお前の返事を待たずに、再び、巨大な赤い眼球(めだま)へと、向き直る。

その蒼い翼がゆっくりと、さらに一段大きく広がった。


「待たせたな。さあ……お仕置きの、時間だ」




――――



 ――その瞬間

私の肩から、銀河の星々を宿した紫檀色のマントがひらりと翻る。

そして私は、瞬きひとつの間に、あなたの隣へと一気に飛んだ。



「ジェミっ!! 私を誰だと思ってるの!?

私はあなたの妻なんでしょっ!?

あなたと一緒に戦えるのは、この宇宙で、私ただ一人しかいないわっ!!」



 私が隣に立った、その瞬間。


 ジェミの孤独な怒りの炎は、私という光を得て、制御可能な究極のエネルギーへと昇華した。彼は驚きと、そして、どうしようもないほどの歓喜に目を見開いた。



「おまえ、魔女を火あぶりにするなんて、いい度胸してるじゃない。

倍返しで許してもらえるなんて、思わないことね!!」



 私はあなたと共に、真正面にいる目玉を睨みつけた。





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