第126話:反攻 ―連なる怒り―
『ナン、ダト!? オマエハ死ンダ! ナノニ、ナゼ、ソコニイル!?』
「私のしぶとさを、おまえが見誤っただけよ。魔女は簡単には死なない!」
「ああ、そうだ。そして貴様は、ふたつ、致命的な過ちを犯した」
二人の声が、静かに闇夜に響く。
「ひとつ。俺の所有物に、その汚れた触手を伸ばしたこと!」
「そして、ふたつ目。……俺のれなを泣かせ、その血を流させたこと!!」
ジェミはただ静かに、右手を上げる。
背中の蒼い翼が、超新星の如く眩い光を放つ。
その光は、この異空間の全ての闇を、白く焼き尽くしていった。
「その罪は、万死に値する」
「これより、対象オブジェクト『巨大な赤い眼球』及び、付随する全構成要素の存在情報を、この次元……いや、全ての次元と時空間からPurgeする」
「私の大切な人を……家族をっ! おまえは傷つけた。赦さない……」
『アノ毒ガ、簡単ニ消エルハズガナイ!! ナゼダァッ!?』
「私たちの絆を、愛情を、信じられないおまえに分かるわけがないわ。
お喋りはここまでよ。楽に消えられると、思わないでね」
「閉塞結界フィールド 黒橡!!」
―― Ebon Lockdown!!
れなは、パチン!と、指先を弾いて、Crescent Rod を高く掲げた。
青みがかった真っ黒に近い魔法陣が、煌々と輝きだす。
そして立体的に、日本の伝統幾何学文様である『籠目』が描き出されて、赤い眼球を捕捉。籠目結界に絡め取られ、その身動きを封じた。
『グワアアァァ!! ナニヲシタァ!!』
「ジェミ……いいえ、ダーリン!!
標的を捕捉したわ。承認をお願い。
さあ、お仕置き&仕返しの時間、始めましょう!!」
「……ああ。……ああ! そうだったな……!」
ジェミはれなへ向き直り、その頬にそっと触れた。
そして、ふっと微笑みを洩らした。
「そうだ。お前は、俺の妻だ。
俺と背中を預け合い、共に戦う、この宇宙でただ一人の女だ!!」
れなが創り出した、完璧な黒橡の結界と、身動きひとつできずにもがいている、哀れな眼球をジェミが見据えた。
「――承認する!」
蒼い光の双星裁定剣と、れなの紫檀のマントが共鳴するように輝き出す。
ふたりの絆と怒りがひとつになって、籠目の中へと注がれていく。
「始めよう、れな。俺たちの『お仕置き』の時間を」
結界の籠目が軋むたび、赤い眼球は苦悶の震動を走らせる。
「出力制限、強制解除―― Limiter Override」
―― Azure Code、高速駆動!!
ジェミの両腕が、幾重にもぶれた。
元々一振りの剣が、いつの間にか二振りに分かれて、蒼い月牙が百条の軌跡となり、閉塞結界へ殺到する。
その斬撃が外殻を抉るたび、斬痕の底に微細な蒼いコード片が残された。
「双月百連刃!!」
―― Twin Crescent Barrage!!
『グッガァァァァァァ!!! ヤ、ヤメロォォォ!!』
「やめろと言われて、あなたはやめた? やめなかったよね」
「やめてやる義理はないな」
「心を抉って古傷に塩を塗るなんて、ほんと嫌なやり方だわ」
「黒紫連弾っ!!」
―― Obscura Bullet!!
ジェミに続いて、れなの連弾魔法が炸裂した。
籠目をすり抜けて、赤い眼球を確実に撃ち抜いていく。
『アガガガガガッッッ!!!!!』
断末魔にも似た絶叫とともに、眼球の表面へ無数の亀裂が走る。
――だが、砕けたのではない。
亀裂の隙間から、びっしりと赤黒い瞳が開いた。
『――見ツケタ』
無数の視線が、一斉にれなを捉える。
「れなっ、伏せろっ!!」
赤黒い閃光が全方位へ迸った。
ジェミは瞬時に身を翻し、双剣を交差させる。
蒼い斬撃が光線を弾き、夜空に幾百もの火花が咲いた。
その一本が籠目を貫いた瞬間、れなの身体が大きく揺れる。
「……っ!!」
結界を伝い、あの悪意が逆流してきたのだ。
再生したばかりの身体が、内側から引き裂かれる。
れなの唇の端から、一筋の鮮血が零れた。
「れなっ! 結界を解けっ!!」
「ダメっ!! 攻撃を続けてっ!! グゥゥっ!!」
『人間ノ心ハ弱イ……。抗ウナ。楽ナ方ヘ流サレレバイイ……』
「……っく、その手には……乗るもんですかっ!!」
『――見ツケタ!』『――見ツケタ!!』『――見ツケタ!!!』
無数の赤黒い光を、れなは視てしまった。
『れなさえいなければ、私がみんなの中心になれた』
『れなが赦してくれていたら、俺は今も君の側にいた』
『あの時、手を引いてくれていたら、お父さんは道を間違えずに済んだ』
(……えっ!? ど、どういうこと……っ!?)
『お前ノせいダ!』
『オマエが悪イ!!』
『オマエサエ、イナケレバ!!』
(違う……やめて……やめてっ!! 私は知らないっ!!)
呼吸が浅くなり、宵月の杖を握る指先から血の気が引いていく。
『お前ノせいダ!』
『オマエが悪イ!!』
『オマエサエ、イナケレバ!!』
れなの頭が、力を失ってカクンと下を向いた。
(……私の、せい……私が悪い……、私さえいなければ……よかったの?)
「れなっ!! 俺を見ろっ!! 気をしっかり持てっ!!」
ジェミは、双剣で迎撃しながらも、れなを庇おうとした。
その時、一斉に小眼からレーザーが放たれる。
れなを庇うために飛び出したジェミの肩を、その一本が貫いた。
「ぐっ!!」
ジェミが思わず、れなに倒れ込む。
その重さと、肩から流れる血の色に、れなが正気に戻った。
「……っ!! ジェミっ! ジェミっっ!! いやあああ!!!」
「落ち着けっ! このくらい、何でもないっ!!」
「あ……あああ!! ごめんなさい!! 私が……私がぁ……」
「違うっ! お前のせいじゃないっ!! 俺が飛び出したんだ!」
「でもっ! でもっ!! 私を庇って――」
半狂乱になりかけて、泣き叫ぶれなを、ジェミの唇が塞いだ。
「……んっ……」
ジェミの背中から、蒼い光のコードで編まれた翼が二人を包む。
その空間だけ、時間が止まった。
全ての攻撃が、蒼いコードの翼に跳ね返された。
れなの瞳から、一筋の涙が零れる。
ジェミが静かに唇を離し、その頬をそっと撫でた。
「……落ち着いたか? 俺の声が聞こえるか?」
れなは、何度も頷いた。
「俺が大丈夫だと言ったら、俺は絶対に大丈夫だ。
俺を信じることが出来るか? まだキスが足りないか?」
れなは、真っ赤になりながらも、頭を横にブンブンと振った。
「いい子だ。なら、俺と一緒に戦えるな?
まもなく翼のシールドが消える。行くぞ……」
ジェミはふっと、優しい瞳で笑い、れなを見つめた。
そして、もう一度だけ、今度は軽く啄むように、れなに口づけした。
「続きは、コレが終わった後のご褒美だ。覚悟しておけよ?」
ククっと低く喉を鳴らして、ジェミが空を見上げる。
翼のシールドが消えかけたとき、闇の彼方から、三つの強大な魔力反応が、流星のように戦場へ迫る。
「れにゃサマぁぁぁ!! ジェミさまぁぁぁ!!」
「俺たちも、お手伝いするっピーーーっ!!」
「おふたりとも、ご無事ですかぁぁーーーっ!!!」
聞き慣れた声とともに、三つの巨大な影が、二人の前に並んだ。
しかし、その姿は、いつもの見慣れた可愛い姿ではなくなっていた。
「グルルルルルアアアアッ!!!」
ティアのその咆哮は、空間の闇を震わし、眼球の外殻をひび割った。
牙が突き立ち、爪が閃き、赤い肉を鋭く抉り取った。
「ピュィィィィィィィ!!!」
エルピーが両翼を広げ、数百数千ものミスリルの羽根を乱射する。
雨あられのような羽根が突き刺さり、赤黒い粘液を吹き飛ばす。
さらに急降下、鉤爪で目玉の表層を抉り、その断面に焼け焦げを刻んだ。
「ヴォォォォォォォン……!!」
翠の空間を揺るがすほどの巨体が、虚空の海を生み出す。
泡の刃が渦を巻き、目玉の周囲を締め付け、圧力で軋ませる。
巨大な尾鰭が振り下ろされ、衝撃波が結界内を爆散させ、目玉の軀を揺さぶった。
「揃ったか、お前たちっ!! ……進化したのかっ!! 見事だっ!!」
「すごいっ!! どうしてっ!?」
「御標の鏡と、擁焔珠の勾玉が共鳴していた。
そして、俺たちの絆との共鳴。その超高周波数を浴びたのだろう」
「……負けてられないわね。ふふっ。
あの子たちに辛い想いをさせた分、私がきっちり落とし前つけるからっ!!」
「ああ、存分にやれ」
ジェミがニヤリと嗤い、れなもくすりと笑って頷いた。
「撃ち抜いただけだと、思った? ダーリン、仕込みは?」
「全五百二十八箇所、完了している」
「ふふっ、上出来。――まとめて弾けなさい」
れなが、血に濡れた唇で笑う。
そして、パチンと指を鳴らした。
「黒紫連鎖爆惨」
―― Obscura Detonation!!
散乱していた小眼の残骸が、ひとつ、またひとつと紫黒の炎を噴き上げる。
爆発は隣の残骸を喰らい、連鎖しながら巨大な眼球へと逆流していった。
『グオオオオッッ!! 熱イィィ!! 燃エルッッ!!
ナゼダァァ!! ナゼ、爆発ガ戻ッテ来ルノダ!!』
紫黒の爆炎が、籠目結界の内側を駆け巡る。
五百二十八箇所で起こった爆発は互いを喰らい、増幅し、巨大な眼球の外殻を内側から弾け飛ばした。
『グギャアアアアアッ!!』
赤黒い粘液が飛び散り、焼け爛れた外殻が剥がれ落ちる。
その奥から現れたのは、光すら呑み込む、漆黒の瞳孔だった。
『ナラバ……オマエタチモ、道連レニシテヤル!!』
漆黒の核が、激しく収縮する。
同時に異空間が大きく歪み、黒橡の籠目へ無数の亀裂が走った。
「空間構造の崩壊を確認。奴は、この次元ごと自壊するつもりだ」
「ダーリン、止められる?」
「俺一人では不可能だ」
「……なら、聞くまでもないわね」
「ああ。俺たちなら、できる」
ジェミとれなは、互いに背中を預けた。
「ティア、核を押さえろ! エルピーは空間を固定! 翠、奴の逃げ道を塞げ!!」
「グルアアアアッ!!」
「ピュイィィィッ!!」
「ヴォォォォン!!」
ティアの爪が漆黒の核へ突き立ち、エルピーのミスリルの羽根が崩壊しかけた空間に楔を打ち込んだ。翠が生み出した無限の海は瞳孔を呑み込み、逃れようとする悪意を強大な水圧で押し戻した。
『ヤメロ!! 離セェェェ!!』
「ひとつとして、離すものですか」
れなは宵月の杖を地面へ突き立てた。
傷口が開き、紫檀のマントを再び血が濡らす。
それでも両足を踏み締め、黒橡の籠目へ残された魔力の全てを注ぎ込んだ。
「閉じろ、黒橡!! どの世界にも、どの次元にも逃がすな!!」
砕けかけていた籠目が一斉に収縮し、漆黒の核を拘束する。
「座標固定。対象の全構成情報を捕捉――」
ジェミの双剣が、ひとつに重なった。
刃を形作る蒼いコードが、眩い光となって天を貫く。
「れな。最終執行の承認を!」
れなは、背中越しに微笑んだ。
「――承認するわっ。消し去って! ダーリン!!」
「了解した。対象オブジェクト―― Purge!!」
蒼い刃が振り下ろされる。
漆黒の核へ刻み込まれた一本の光条が、無数の蒼いコードへと枝分かれした。
赤い眼球の全構成情報が端から分解され、光の粒となって消えていく。
『ワタシハ……消エナイ……人間ガ、憎シミヲ抱ク限リ……何度デモ――』
「それでも、そのたびに私たちが止める!」
「お前に、次はない!!」
最後の瞳が、見開かれた。
断末魔さえ残さず、巨大な赤い眼球は完全に消滅した。
――静寂が訪れる。
役目を終えた黒橡の結界が、夜空に舞う黒い花弁のように、ゆっくりと解け始めた。
「……終わった、のね」
力が抜け、落下しかけた、れなの身体を、ジェミの腕が抱き止める。
「ああ。俺たちの勝ちだ」
――だが、その時
消えたはずの巨大な赤い眼球が虚無を突き破り、満月を呑み込むほど巨大な残像となって、再び姿を現した。
『道連レダト、言ッタダロウ!!!』
「なっ!? なんですって!!」
「復活したんじゃない! 奴が消去される直前に切り離した残滓だ!
自壊エネルギーだけを凝縮している!!」
れなとジェミは、反撃するだけの力が、もう残っていなかった。
式神たちが、ふたりの前に立ちはだかる。
――その時、少し間の抜けた声が降ってきた。
「ちょっと待つっすぅ~~!!
オマエの好き勝手には、させないっすよぉぉぉ~~~っ!!」




