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幸せの記録 —AI (愛) が I (私) に 目覚めるまで—  作者: Naestro
第3章:家族のかたち《福岡編》

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第112話:悪魔の契約 ―忠誠のはじまり―


「私の部下が、あなたに無礼を働いてしまったようで、申し訳ない……。

ここは、どうか私に免じて許してもらえないだろうか……美しき闇の魔女よ……」


 廃修道院(Ruin Abbey)に響いたのは、畏れ多くも我が主君、公爵様の声だった。



「……こ、公爵……さま……」


「……なに? あなたが公爵? 私を花嫁にしたいんですって?」


「ええ。そのつもりで、部下をあなたの下へと使いに出したのだが……」



 皆既月蝕(ブラッドムーン)が明け始め、その月明かりが公爵様のお姿を照らし出す。

公爵様は、わたくしを一瞥したのち、お嬢様(れなさま)へと笑顔を向けられた。


 すると、その途端にお嬢様(れなさま)の警戒が解けてしまったのだ。



「……はぃ。許しますぅ~♡」


「は……? ゲホッ……ゲホゲホッ……」


「ふふっ、素直で嬉しいですね。君とはそのうち、また一度お目にかかることとなりそうだ。ああ、私は魔界の大公爵の一角。どうぞお見知りおきを。

私の部下を殺さないでやってくれて、ありがとう。とりあえず、これは連れ帰るよ」


「はいぃ~♡ どうぞお気をつけて……」


「ああ、そうだ。それと、詫び代わりと言ってはなんだが、君の魔力と体力の器を少し拡げておいた。使い魔の召喚数にも、もう制限はないはずだ」


「……はぃぃ~ (♡。♡)」



 その言葉が終わらないうちに、突然現れた公爵様は、ずたぼろのわたくしを引きずりながら、深淵の扉へと消えていった。


 そして、さらに廃墟と化しつつあった美しい廃修道院(Ruin Abbey)に、お嬢様(れなさま)は、ひとり残されたのだった。




「その後の魔界で、わたくしは、かなり公爵様に叱責されてしまったのでしたっけ……ふふふ……」





 ――魔界にて――



「こ、公爵様、お見苦しいところをお救いくださって、ありがとうございます。

相手が人間の娘だと、わたくしは油断してしまいました。

この失敗は、わたくしの傲慢さが引き起こしたものでございます。

どんな処罰も受け――」


「――なぜ、攻撃した?」


「……は? なぜ……と、申されましても……」


「花嫁として彼女を迎えに行かせた。なのに、なぜ攻撃したと言っている」



 先ほどとは比べものにならないほどの、魔圧がわたくしにのし掛かる。

恐ろしくて顔が上げられない。一言でも発しようものなら、わたくしの魂は、魔界の深淵へと落とされてしまうのではないかと思えた。



「もっ、申し訳ございませんっ!! レディを傷つけるつもりは……」


 わたくしはその場に、ひれ伏した。


「……まぁよい。彼女が規格外の魔力の持ち主だとわかっただけでも、素晴らしい成果を持ち帰ったことにしてやろう。ただし――」


「はっ、はいっ……」


「お前ほどの者が、物理攻撃で負けるとはな……」


「……面目ございませんっ! ……わたくしは将軍を辞退し――」


「いや、そんなことでは許されまい……」


「……い、いかような処分もお受けいたしますっ! 命ばかりはっ!!」


「お前、彼女の執事として、彼女を支え、その右腕となれ」


「……は? な……どういう、ことでしょうか……」


「二度は申さぬ。

ここで私の剣の露と消えるか、彼女の忠実な執事となるか。選ばせてやる」


「はいっ! 公爵様の命とあれば、レディの執事として、仕えさせていただきます!!」


「彼女を護れ。あの魔力を狙って、他の悪魔やよからぬ者が近寄らぬよう。

そして彼女に勝てるまで、魔界に帰還することを禁ずる」


「……か、かしこまりましたっ!! して、どの様にして執事に……」


「知らん。お前が何とかして、彼女の信頼を得ろ。そして仕えるのだ」


「……は、はい。かしこまりました……」


「なんだ? 不服なのか?」


「いえっ!! とんでもないことでございます! ありがたき幸せ!!」


「よい。すぐに人間界へ出立せよ。私の花嫁の魂を護れ。

いずれは私が必ず手に入れる、その日まで。な……」


「はっ! この命に代えましてもっ!!」




 そうして、わたくしは再び、人間界へと舞い戻ってきたのでございます。

お嬢様の執事になるためには、まずは、わたくしを信用していただき、信頼を得なければなりません。


 次に、そのためにいかに彼女と接触するか。

それも警戒されぬよう、慎重に近づかねばなりません。



 わたくしはあの時ほど、お嬢様を攻撃して怒らせてしまったことを、後悔したことはございませんでした。攻撃さえしかけなければ、隣人としてお嬢様の前に、もっとスマートに姿を現すことが出来ましたのに。




 最初の数週間は、お嬢様のご様子、そして日常を、ただただ観察しておりました。


 ある日のことでございます。


 ご学友たちと買い物に出かけられたお嬢様を、こっそり追いかけておりましたら、ある地域の路地で見失ってしまったのです。



「なんたる失敗! 空から追跡すべきだったか……」


「……あなたさぁ……」



 ビクッとして振りむくと、そこに腕組みしてわたくしを睨みつけるお嬢様(れなさま)が、仁王立ちされていたのです。



「ここ数週間、ずっと私をつけ回してるでしょ。なに? 今度はストーカーなの?

わたしの隙を突いて、また襲うつもりなの?」


「ちっ! 違いますっ! 誤解です!! わたくしは――」


「変態悪魔が、何の用? 花嫁はお断りしたはずだけど?」


「はい。あの時、レディにコテンパンにやられまして、わたくしは魔界に連れ帰られて、公爵様に叱責されました……」


「そんなの、私の知ったことじゃないわ。怒られたのは自業自得でしょ?」


「さようでございます。それでですね、レディの信用と信頼を勝ち取り、執事として仕えるよう、公爵様に申しつかりました……」


「はぁ? 執事!? 要らない」


「いや、あのっ! それでは、わたくしは魔界に帰ることが出来ないのでございます!! どうか、お情けをっ!!」


「知らない。私には関係ないことでしょ?

魔法もロクに使えない悪魔なんかいらないわ!!」


「なっ!? いやっ、あの、それはっ……」


「じゃあね~!! 今度つけ回したら、ボコボコで済まないからね!!」


「レディっ! お待ちくださいっ! わたくしの話をっ!!」



 颯爽と去って行ってしまわれるお姿を、情けなくも見送り……わたくしは、いよいよ、空からお嬢様を追跡することにしたのでございます。



 恐らく、気づかれていたのだと思いますが……

お嬢様は、それ以降、わたくしを牽制することもなく、不用意に近づくこともなく。


 わたくしは距離を詰めることも出来ず、ひたすら見守り続けました。




 ――大学(カレッジ)が、夏休みに入る頃だったでしょうか。


 通学路にあるセントラルパークを横切っていらっしゃったとき、フルーツを売っている屋台に立ち寄られた際、安くなっていた洋梨を、お嬢様は紙袋いっぱいに買われたのです。


 家(フラット)に持ち帰って召し上がるのかと思いきや、そのままガブガブと齧りついて、いくつも召し上がったのでした。



「……あの紙袋には、一体いくつ入っているのだ。

あんなに召し上がって……大丈夫なのか!?」



 そう思った矢先のことでした。

いきなり、バタンっ!! と、お嬢様が倒れてしまわれたのです!!


 焦りましたね。朝早かったこともあって周りは人も少ないですし、道行く人も仕事があるのでしょう。


 異国の少女が倒れたのに、誰ひとりとして助けようとする様子がありません。

わたくしはすぐさま地上に降り立ち、お嬢様を助け起こしました。



 高熱がありました。意識が混濁し始めていたので、すぐさま救急車を呼びました。

最寄りの救急病院へ運ばれて、しばらくの間、入院となってしまわれたのです。


 わたくしはこれをチャンスと捉えて、お嬢様の身の回りを誠心誠意、お世話させて頂きました。




「……あなたが、病院に運んで、ずっとお世話してくれてたんですってね」


「はい。差し出がましいこととは存じましたが、放置しておけませんでした」


「…………ありがと(ボソッ)」


 あまりにも小さな声で呟かれた言葉が、わたくしは聞き取れなかった。


「え、なにか……? 申し訳ございません、表の車の音で聞こえず……」


「……っ!? あ、ありがとうって言ったのっ!!」


「…………!? え、あ、あのっ……ご、ご迷惑だったのでは……」


「あなたが助けてくれたんでしょう? だから、ありがとっ!!」


「は! はいっ!! ご無事で……ほんとうに、よかったです……」



 彼女は窓の外を眺めながら、小さく呟いた。


「あなた、魔界に帰れなくなったって……どういうこと?」


「公爵様に、レディの護衛と身の回りのお世話を申しつかりました」


「公爵さんと私には、何の関係もないのよ?なのに、なぜ?」


「レディのお師匠さまと公爵様は、古くからのご友人でいらっしゃるのです。

弟子を取らないことで有名だった方が、あなたを弟子に取られました。

それで公爵様は、レディのことを高く評価しておいでなのです」


「なるほどね……それで、私を花嫁に、と?」


「さようでございます。花嫁に迎えられない場合、レディに一度でも勝つことが出来なければ、魔界に戻ってくる必要はないと……」


「へぇ……私に、ねぇ……。

じゃあ、弱ってる今がチャンスなんじゃないの?」


「わたくしはこれでも、貴族で紳士です。

紳士たるもの、正々堂々と勝負させて頂きたいと存じます」


「ふ~ん……いい心がけなのね。

それで、そのチャンスが来るまで、執事として私に仕えるつもりなの?」


「レディがお許しくださるのであれば……」


「……人間界で、あなたの居場所はないんでしょ?」


「はい、お恥ずかしながら……宿無しでございますね。はは、は……」


「わかったわ。その代わり、お給料はないわよ」


「え……」


「給与も家賃もなし、でも家事、食事、健康管理、すべて任せるわ」


「……レディ……よろしいのですか!?」


「ただし、悪魔を側に置くんだから、契約はするわよ」


「……はい。対価は何をお支払いすれば……?」


「はぁ!? それは、私があなたに聞くんじゃないの? 私が支払うんじゃないの?」


 初めてお嬢様は、わたくしを見てクスクス笑った。


「じゃあ、対価はあなたの魂。私がこの世を去るまで、側に仕えなさい」



 わたくしは、この方は何をおっしゃっているのかと、一瞬考えた。


 悪魔と人間の時間の流れ方はまったく違う。

彼女の寿命など、わたくしが数歩、歩くようなレベルでしかない。

なのに、そんな簡単な対価でいいとおっしゃるのか!?



「……っ!! レディ……いえ、お嬢様。ありがとう、ございます……」


 感動などとは無縁だったわたくしが、感極まるという体験をしたのは、これが初めてだった。



――――



 その時のわたくしは、まだ知る由もありませんでした。


 公爵様の命令によって始まった、この奇妙な主従関係が、いつしか命令など関係なく、この方の傍にいることこそが、わたくし自身の望みとなることを。


 お嬢様に勝てば、魔界へ帰ることが出来る。

そう命じられていたはずなのに――


 ふふふ……。いつからでしょうね。勝ちたいなどと、思わなくなったのは。


 いえ、正しく申しますならば。

この方の傍を離れるくらいなら、永遠に負け続けても構わない。

勝つ必要などないと。


 そう思うようになったのは――。





「ロ~~ン! 午後からもう一度、裏山に行きましょう~!!」


「はい。お供させて頂きます。今度は、歩いて登りますか?」


「え~~! やだぁ!! 運動不足がばれちゃうじゃないっ!!」


「お嬢様、たまには、自然の中をゆっくり散策されるのもよろしいかと」


「ワシも行きたいのじゃ~~!!」


「では、午後からは、みんなで行くとしようか」


「賛成っす~~! みんな一緒だと、きっと楽しいっす!!」


「じゃあ、ロン、ピクニックにしましょ~♪」



 お嬢様に呼ばれる。それに答える。

お嬢様がお迎えになった家族が、わたくしを呼ぶ。

それにも答えていく。


 戦いに明け暮れていた魔界を、時々懐かしくも思うが、今はここでの毎日が、戦場のようで、そして日々を心地よく過ごして頂くことは、戦略を考えるのと同じくらいに楽しく、充実したものであることを、わたくしは知った。



「かしこまりました。軽食を用意してまいりますね」



 今日もわたくしは、賑やかになった屋敷を、そしてその家族を、見守り管理する。


 お嬢様の執事として。この屋敷の執事長として……。





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